三島良直の発言 (文部科学委員会)
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○三島参考人 現在の国立大学を始めとする大学にとって、しっかりとした評価を受けるべきであるということには間違いがないと思います。
私も、そういう意味で、学長時代には、東京工業大学の教育が、果たして質として、どれだけ国民の皆さんあるいは学生から見てすばらしいものかということをどうやって担保するのか。
今の日本の大学というのは、入学試験というところで入り口保証みたいなことをしているわけですけれども、その後の四年間、あるいは大学院まで行くと六年、九年ということの間に、彼らがどういうふうな勉強をして、どんなことを身につけて、そして社会へ出ていくかというところの評価が非常に甘いところがございました。
これが恐らく、大学が変われと言われた一番の原因だと思いますので、やはり、どういう教育をしているかということをいろいろな形で社会に対して示すという手段が必要だろうというふうに思います。
いろいろなやり方があると思いますけれども、例えば、海外のトップ大学ですと、ホームページというかウエブサイトでそういったデータをしっかりと出して、そして、どういうところへ就職していったか、今卒業生がどう活躍しているかというようなことをきちっと外へ出していくということがあると思いますので、それも一つかと思います。
ただ、何より重要だと私が思いますのは教員の意識でございまして、教員の一人一人が学生一人一人をどこまで、専門性みたいなものもそうですけれども、先ほど冒頭でも申しましたように、もう少し、若いときの大学での生活でどれだけの知識なり教養なりといった人間としての幅をつけていくかというようなことも含めて、学生たちを育てるんだという意識をもっともっと持たないといけないなというふうに思っております。
それをどういうふうに担保して、どういうふうなルールで評価していくかというのは、今、教員評価というのが非常に重要になっておりますので、各大学がしっかりとやるべきでございますし、今回の案の中でも、大学に対する評価の上で給付型を受けられる大学というのを審査すべきであろうと私は思いますけれども、単なる数値的に今何かを設定するのではなくて、恐らく、大学をつくるときの設置審のような形のものが、できた大学の数年後にもまた評価をしていく、そういったような仕組みを、特に教育の質についてやっていくべきだろうというふうに思ってございます。
よろしいでしょうか。