山田美樹の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)

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○山田(美)委員 自由民主党の山田美樹と申します。
 質問の機会をいただき、感謝を申し上げます。
 菅拉致問題担当大臣におかれましては、御出張お疲れさまでございました。
 今から十七年前、私は内閣官房の職員でした。小泉政権下で拉致問題が急展開したため、私は、直接の担当者ではありませんでしたが、何度か拉致被害者の御家族を御支援する機会をいただきました。
 拉致被害者の一人、横田めぐみさんは、私が通っていた東京・大井町の私立小野学園幼稚園の先輩です。北朝鮮が一度目の調査を発表した二〇〇二年九月十七日、私は、当時、官房副長官でいらっしゃった安倍総理が横田めぐみさんの御両親と面会されている部屋の前で、不審な人が近づかないように見張り番をしていました。
 交代で部屋に戻ったときに、NHKの臨時ニュースで、北朝鮮が、めぐみさんは病院の裏山で首をつって自殺したと発表したことを知りました。余りにむごい内容に、私は、部屋から出てきた横田さん御夫妻のお顔を見上げることができませんでした。ところが、滋さんも早紀江さんも、動じる御様子は全くなかったのです。
 拉致被害者の蓮池さんと地村さん御夫妻が、北朝鮮に残してきたお子様方五人を連れて再び日本に帰ってきた二〇〇四年五月二十一日、羽田空港から御家族を乗せたリムジンバスが赤坂プリンスホテルの別館側の玄関に到着し、御家族がバスからおりてきたとき、私もその場でお迎えした一人でしたが、何十人もの報道のカメラが一斉にフラッシュをたいて、目の前が真っ白になりました。今から思えば、あのとき、生まれて初めて祖国の地を踏んだお子様方にフラッシュの光を浴びせるのではなく、例えば拍手でお迎えするとか、みんなで声を合わせてお帰りなさいと言ってお迎えすべきではなかったかという気がしております。
 今、実は、私の手元に、私がかかわらせていただいた二〇〇四年五月二十一日の小泉総理訪朝の際の内閣官房の事務方のロジブックと、それから職員のリボン記章がございます。当時は、自分が将来再び拉致問題にかかわることになるとは想像もしていませんでしたが、五人の帰国の後にはいつか必ず続きがあるはずだと思って、捨てることができずに大切にとってあったものです。あれから十五年もたって、紙が黄ばんで、リボンも色あせました。
 今回、菅担当大臣の訪米が決まったとき、国民の多くが、拉致問題が新たな局面を迎えたのではないかと期待を抱いたと思います。この十五年の紆余曲折を振り返り、そして、今回の訪米を終えられて、菅担当大臣は拉致問題の現在の局面をどのように捉えていらっしゃいますでしょうか。そしてまた、解決に向けた御決意をお聞かせいただければと思います。

発言情報

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発言者: 山田美樹

speaker_id: 1664

日付: 2019-05-17

院: 衆議院

会議名: 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会