小出宗昭の発言 (予算委員会公聴会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○小出公述人 富士市産業支援センターのセンター長の小出でございます。
本日は、このような場にお招きいただいて、非常にありがたく思っております。
私は、この二十年近くにわたって、公がつくりました中小企業支援あるいは創業支援の世界に身を置いておりまして、その最前線で、日本の九九・七%たる中小企業や小規模事業者の皆様方のサポートを行っている立場でございます。
今回は、その立場において、我々自身がどんな考え方でどんな取組をしているかにおいて皆様方に聞いていただく中で、国の予算における経済産業の支援のあり方あるいは中小企業庁の支援や予算のあり方について御検討していただければなという思いでお話しさせていただきます。
私ども富士市産業支援センター、エフビズは、二〇〇八年の八月に、静岡県富士市が施設設置をした公の支援センターなんですね。それを民間の我々が担って運営するという公設民営スタイルの、極めて珍しいスタイルの支援センターとして始まりました。
最近は、この二ページに見ていただくとおり、ちょうどこれはついせんだって、二週間ぐらい前でしょうか、NHKのBS1スペシャルでその特集が報道されたり、あるいは、昨年におきましてもクローズアップ現代でその取組が報道されるなど、あるいは、日経新聞においてもその手の報道がされたり、あるいは、その次のページ、五、六ページを見ていただきますと、朝日や毎日の夕刊の一面トップで報道されるような取組になっております。
これはどういう背景かと申しますと、二〇〇八年の八月にスタートした富士市産業支援センター、エフビズのモデルが、全国、現在、今二十一都市で展開されている。同じモデルを全国に展開されるような流れというのは恐らくこれまでになかったというふうに言われていまして、恐らく地方創生という切り口の中においても最も注目されているような取組ではないかというふうに言われておる次第でございます。
では、私自身はどういうキャリアかと申しますと、もともと、一九八三年に株式会社静岡銀行に入行しまして、銀行には二十六年在籍しておりました。銀行の中において行っていた一番主な業務は、MアンドAのアドバイザー業務を十年近くやっておったんですけれども、四十一歳のときに銀行のトップから出向の命が下って、静岡県がつくった創業支援施設の立ち上げと運営をやれというような指示がありまして、当初二年間の約束だったんですけれども、たまたま物すごくうまくいった背景もございまして、現役の行員としては、七年半出向するという極めて異例的な取組を静岡銀行はやっておるということなんです。
その間、静岡県の施設のほか、静岡市がつくった大きな中小企業支援センターの立ち上げと運営、それから浜松市の支援センターの立ち上げと運営と、都合三つの公の、全然性格の違うものを立ち上げて運営してきたわけなんです。
ちょうど二〇〇八年になりまして、私の生まれ故郷富士市、故郷を離れて三十年もたっておったんですけれども、御多分に漏れず地方都市は非常に厳しい状況でございまして、経済の状況がどんどんどんどん悪化する中で、考えてみると、地域の企業の雇用や経済というのは、結局九九・七%が中小企業、小規模事業者なわけですから、実際、経済を担って、雇用を担っているのは中小企業、小規模事業者であろう、そこをもう一度活性化させることによって町の経済を再浮上させることができないかという考え方のもと、新たな支援センターをつくる計画を立てました。
ただし、そのときに、これまでのあり方だけではだめであろうということで全国調査したときに、ハードが立派でもだめであろう、結局ソフトが重要であろう、ソフトは何かということは、恐らく人だろうということに気がついたのは、富士市は大変賢明だったと思います。そんな中、たまたま私が富士市生まれであることに気がついて、静岡銀行からの出向の立場でやっている私をスカウトして、銀行をやめて支援センターの立ち上げと運営をやってくれということで、二〇〇八年の八月、スタートしたわけでございます。
その間、実は中小企業庁の皆様方も私の動きに対してすごく関心を持っていただいて、二〇〇五年ぐらいからさまざまな政策づくりにかかわらせていただきました。現在は、中小企業政策審議会の委員としていろいろなお手伝いもさせていただいているわけなんです。
そんなエフビズの取組を国はどういうふうに注目していたかというと、九ページの資料を見ていただきますと、これはちょうど二〇一三年の八月三十日に経産省が発表した二〇一四年度の概算要求の資料なんでございますけれども、当然、アベノミクスの中でもど真ん中でやらなきゃならないのは、九九・七%たる中小企業、小規模事業者の活性化だろうと。そういう中で、経営支援を強化するという名目のもと、新たによろず支援拠点というようなプロジェクトを立ち上げるに当たって、明確に富士市産業支援センターがモデルと銘打って展開したわけでございます。こんな形で、私も現在よろずの方にもお手伝いさせていただいているんです。
金融庁や財務省の方はどうかというと、当然ながら、地域においては、中小企業の活性化においてその任に当たらなきゃならないのは私が在籍しておったような地域金融機関なわけですけれども、残念ながら、さまざまな取組をやっている中で、効果的な中小企業支援のあり方というのが提示できないというふうに見られております。そんな中、金融庁幹部からたびたび御要請があって、地域金融機関の中小企業支援のあり方そのものについていろいろな御提言をさせていただいているわけでございます。
十一ページの資料を見ていただきますと、これはちょうど十年前の経産大臣室の写真をちょっと載せさせていただいておりますけれども、実は、私、ずっと経産省、中小企業庁の皆様方とお手伝いをさせていただく中で、やはり彼らの取組というのは非常に的を得ていて、問題点であるとか課題については明確に抽出ができているんだろうというふうに考えております。さまざまな取組を一緒にやらせていただいたり見せていただいておりますけれども、国がつくっている制度やハードに大きな問題はないんだろうというふうに思っているんですね。問題は恐らくその運用であろう、そこにかなりの課題があって、期待されているような成果が出ていないんではないかということが、実はこの写真の会議の席でも、物すごく強い危機感のもと発言されておられました。私もその席におったわけなんですけれども。
それを下の表で見ていただきますと、失敗の三法則、これまでの公の産業支援が何でうまくいかないのかについて、三つでキーファクターをまとめてみますと、まずは目標を立てていたにしてもその管理が甘かったり、あるいは危機感が欠如してしまったり、いわば予算を四月に受け持つと、中身がどうであれ、三月に報告書を出すとちゃりんとお金が支払われるような仕組みそのものにも大きな問題があるだろう、こんなふうに考えておるんです。
では、民間の僕はどういうふうに考えたか、今がうまくいっていない状況をどういうふうに判断したかなんですけれども、これは、当然ながら、経産省や中小企業庁の皆様方の見立てとは全然別の見立てで現在も考えておるんです。
およそ全国あまたの企業、大企業も含めていいと思うんですけれども、経営上の課題や悩みや問題点を抱えている企業というのは一〇〇%なわけですよ。全ての企業が課題や悩みや問題点を抱えているだろうと。同じ一〇〇%が今よりもよくありたいと思っているに違いない、そう思っていなきゃやめちゃいますから。
とすれば、そこの相談窓口に行けば、自分たちの経営がよくなるというところがあるとすれば当然行列ができるだろう、結果が出ているところがあるとすれば当然行列ができるだろう、一体そういうものがあるかないかということで考えたときに、残念ながら二十年前に僕が公の産業支援の世界に身を投じたときにそんなものは見当たらなかった中で、では、我々とすると、民間として任されたわけだから、民間の考え方でやれば具体的にこんなことができるということを提示しようというふうに考えたのがエフビズの取組だったんですね。
それが十三ページなんですけれども、支援という言葉は余りにも曖昧だからはっきりさせてしまおうと。課題や悩み、問題点を抱えていて、みんながよくありたいと思っているんだから、我々がなすべきことなんて単純明快で、課題や悩み、問題点を受け入れてよくする。課題を解決してよくするのはビジネスコンサルに決まっているだろうと。ビジネスコンサルである以上、求められているのは結果だけだ。結果が出ていれば、来る相談件数が活性化のバロメーターだ。こんなふうに考えたんですが、実は、これまで、例えば国の会議に出ても、結果というとどういうふうに言われちゃうかというと、結果の基準が曖昧だというふうに逃げられたりもしていた。だから、そこを明確に、いや、そうじゃない、相手が望んでいることが具現化できたら結果に決まっているだろうというふうに考えました。
来る相談件数が活性化のバロメーターだということに関しては、これまでの会議の議論ですと、自分たちはこれだけ立派な支援メニューをそろえているんだけれども、うちの町にはそれを積極的に使いに来るようなやる気のある経営者が少ないから来ないんだというふうに片づけられていた節があった。僕は、そうじゃないと思っているんですね。
我々は括弧公とつくけれどもサービス業ですから、サービス業でいえば、今の議論というのは、例えば、レストランのオーナーがこう言っているわけですよ。うちはこれだけ魅力的なメニューをそろえているんだけれども、うちの町には味のわかるやつがいないから来ないんだよねと言っているのと一緒じゃないですか。これは、何で来ないかというと、多分、おいしくないからだろうと。
つまり、これまでの産業支援において、そこに相談者が来ないというのは、そこに行っても自分たちの経営が具体的によくなるというふうなイメージが抱かれないから余り来なかったのではないかというふうに考えました。
ですから、エフビズにおいては、十四ページの写真、ちょっとモノクロで恐縮なんですが、これは全て、我々の知恵やアイデアで生まれた新商品や新サービスなんですね。これはこの直近の五年間ぐらいで生まれたものなんです。豆腐屋さんの新商品だったり、あるいは製紙会社の新商品だったり、六次産業化のスーパーヒット商品だったり、さまざまなものを生み出しているから、地域の人たちは、エフビズに来るとこうなるというイメージがつくから来るだろう、こういう話なんですね。
その次のページにあるのはお菓子屋さんなんですけれども、これもまた、それぞれのお菓子屋さんにおいて看板商品として位置づけられるような商品を我々自身のアイデアで生み出した、こんな感じなんですね。それを結局、これも、具体的にはお金をかけないで結果を生もう、知恵やアイデアで流れを変えていこうというようなコンサルティングを目指したわけでございます。
その出た結果を具体的に見える化することが必要だろうということで、SNSを使って、私どもの場合はブログが実は四本もあって、日々のエフビズの姿が四本のブログで発信されているとともに、フェイスブックを通じて、やはりフェイスブックも五本ぐらいありまして、地域の人たちに知らしめることによって呼び込もうと。もう一つは、パブリシティーも意識しておりまして、結局、いろいろな成果が出るものですから、我々の活動そのものがメディアを通じて発信されるから、地域の人たちはイメージする、こういう話だと思います。
こんなふうになると、十九ページを見ていただきますと、これが私どもの相談者の推移なのでございますけれども、今現在、二十五万人の町の富士市の支援センター、エフビズには、月間三百七十件の相談者が来ております。八割が既存の中小企業者、残りの二割が創業者というような割合ですね。九割の方々が口コミで来るような現象なんです。
こんなような現象が出るとどうなるかというと、全国の地方自治体が、うちの町でもそれができるんじゃないかというように考えたわけなんですね。私どもの考え方というのは、こういうことなんです。我々のようなちっぽけな支援センターでは、一社で百人の雇用を生むようなイノベーションは起こせないんです。これは無理なんです。でも、一方で、一社に対してきちんとしたサポートをすることによって、一社で一人の雇用を生むことは現実的に可能、それが百社になれば百人の雇用を生みますよという考え方なものですから、これはどんな地域でもそれが自分たちで引き込むことができるだろうというふうに考えていただきました。
それが、この日本地図に置きますと、北は北海道から南は熊本まで、全国、今二十一の市町村が、みずからの予算を出して、同じようなエフビズモデルというものをつくっております。
これまで、この手のことをやると、必ず地域性ということを盾に、なかなか、そんな一つの町で、例えば富士市でうまくいったものが、ほかの町でうまくいくのかというふうにおっしゃられましたけれども、そんなことは全くなくて、先ほど申し上げましたとおり、全ての事業者が今よりもよくありたいと思っている、あるいは、一社で一人の雇用を生むことで、百社であれば百人の雇用を生むというのは、どこの地域でも反応するわけでございます。一番大きな都市でいうと、福山のような五十万の都市でもあれば、極端なところでいえば、壱岐の島、壱岐市ですね、二万七千人の離島であっても同じような現象が起きている、こんなようなことがエフビズの生む現象です。
ただし、問題なのは人なんです。今回の予算の中でもプロフェッショナルな人材という言葉がありますけれども、本当のプロ、この手のことができるのは、知恵やアイデアを生み出すことができるような非常に高いコンサルティング能力を持っている人、高いコミュニケーション能力を持っている人、情熱を持っている人を引っ張り出さなきゃいけない。これは、恐らくは、これまでのような資格や経験をベースに人を引っ張るんじゃだめだと思ったんですね。
ビジネスエリアの最前線で大活躍している人を引っ張り出してこようということで、募集と選定に三百万ぐらいの予算を出してもらって、民間の転職会社と組みながら応募すると今どうなるかというと、一回の都市の応募に対して、少ないときでも百五十人、多いときになると四百人からのビジネスエリアのトップエリアの人たちが応募してくるんですね。その中からぴかぴかの一人を選び出すというような流れをとっているのがこれなんです。
例えば、この写真にある方ですと、写真の上の真ん中にいる福山のプロジェクトマネジャーの池内さんの前職は、あの世界の名門ブランド、バリーの日本法人の社長さんなんですね。年収は相当高かったはずなんですけれども、これ、全て年収千二百万のポジションなんですが、年収大幅ダウンでもおりてくる。どうせ働くんだったらば、自分のためとか会社のためというよりも、人のため、地域のために汗を流したいというような考え方の人がふえているんだという現象だと思います。
左の下にある、壱岐のセンター長の森君というのは、渋谷の物すごく有名なベンチャーで、森の図書室というプロジェクトで、もういろいろなメディアにも取り上げられていたようなベンチャーだったんですが、渋谷の町から壱岐の島に移住して、彼がセンター長をやっている。釧路のセンター長の澄川君というのは、リクルートのエースです。大垣のセンター長の正田君というのは、エイチ・アイ・エスのエースなんですね。こういう人たちを選び抜いて、選び抜いた上で三カ月間うちで研修させて、その上で現場に突っ込む、こんなようなやり方をやっております。
その次のページを見ていただきますと、各地の新聞においても、行列、行列、利用向上というような記事が出ているのは、彼らのパフォーマンスがいかに高いかということがわかっていただけるんじゃないかと思います。
こんなエフビズなんですけれども、生まれた当初から、二〇〇八年の段階から、どうせ始めるなら全国各地の産業支援のロールモデルになっていこう、地域創生、地域活性化のフロントランナーになろうという形で今まで走ってまいりました。
創業支援については、その次の表を見ていただきますと、この五年間で二百四組の創業者を生みました。その中で生まれた雇用は四百三十四人なものですから、確かに、起業家が生まれれば雇用は生まれるだろうということがこのあたりからわかると思います。
こんなことをやりながら、地域の中で根を張りながら十年間やってきたわけですけれども、具体的にどんなことをやっているかについて、その後のページ、三十一、三十二ページあたりからお話ししてみたいと思うんですけれども、とにかく、先ほど申し上げましたとおり、私どもは、具体的な知恵やアイデアを出しながら、新たな小さなイノベーションを起こしていこう、それによって活性化させようというふうに考えております。具体的に、売上げを上げ、利益幅を上昇させるような取組をしていこうというところなんですね。
一番代表的で有名になったのが━━━というケースで、これを最後に御紹介させていただきたいと思うんですけれども、これは、三十三ページから、以下、ちょっと見ていただきます。
━━━さんというのは、一九八九年に創業された自動車部品の下請企業なんですね。切削加工を主にやっておりました。従業員十三名で頑張っておったんですけれども、私どものところに相談に来た段階においてはどういう状況だったかというと、売上げが激減していたんですね。バブル破綻以降、売上げがどんどん減少していて、もう全く先行きの見通しが立たないというような状況で━━━━━━━社長さんが相談に来られました。
私どもが最初のミーティングの中で指摘しましたのは、今までの産業支援というと、問題点の指摘をしたり、あるいは分析をするという手法をとるんですけれども、まあ、病院で例えてみるとわかると思うんですけれども、来た患者さんに対して、CTスキャンをかけて、血液検査をやって、患者さん、ここが問題ですね、悪いようですよと指摘したところで患者が治るわけもなく、具体的な治療あるいはオペをしない限りにおいては健康体になるはずもないわけでございまして、私どもは、とにかくヒアリングする中で、光るところは何かということを見つけていくんですね。
本人たちはなかなかセールスポイントがないと言う中で、私どもが見出したのが、この会社は売上げの九五%が自動車部品の切削加工で、そこが売上げが激減しておったんですが、残りの五%のところで試作部品をつくっていることを聞き出しました。それを更に聞いてみますと、実は物すごい短納期でやっているんだ、三日で納品をしているんだということをおっしゃっていました。それを普通にやっていることだとおっしゃるものですから、いや、普通じゃないはずだろうと。およそ、試作部品だったらば一日でも早い方がいいに決まっているということで、初回のミーティングで、具体的なサービス名、試作特急サービススリーデーというような新サービスを始めることを提案したわけです。
それによって何が起きたかというと、直後の三カ月で新規の取引先が五十先とれたと。実はここまでは想定内だったんですけれども、更に驚いたのは、彼らのウエブサイトを見て、これまでは全く取引のなかったある自動車メーカーから直接電話が来て、来た仕事というのは何かというと、電気自動車の部品の試作なんですね。もう利益率は数倍以上ですよ。今や、━━━の売上げ全体の三分の一はそのメーカーと直にやっている電気自動車の試作の仕事なんですね。
その話を聞いて更に我々も驚きまして、まさかそんなに高い技術力だと思っていなかったものですから、その上で具体的な提案を私どもの方からまたしまして、であるならばということで、実は、全国あまた、クラシックカーのマニアというのはたくさんいることはわかって、皆さんも御存じかもしれませんけれども、そのメンテナンスパーツを供給するというサービスがないことに気がつきまして、それを提案いたしました。部品再生一一〇番というサービスなんです。
これで展開したところ、全国のマニアから来ただけではなくて、今度はまた別の自動車メーカーから直接それにアクセスしてまいりまして、━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━今やそれが、売上げ全体の五〇%以上がその━━━━━━━の仕事をやっているという形で━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最後の写真、三十六ページにある写真というのは、昨年の四月、新たな工場用地を取得して、新社屋をぶっ建てたというところなんですね。
こういう会社におきましては、人材不足の会社であっても、どんどんどんどんいろいろなエントリーがあるというふうに聞いています。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━もう本当に行き詰まっていた会社がこれだけもうかるようになるような支援をするのが我々の仕事だと思うんですね。
さらに、最後に加えさせていただきますと、実は、この会社、事業承継問題を抱えておりました。後継者がいなかったんです。
そんな中で、後継者問題の解決のすべとして考えなきゃいけないのは、結局、私、かつてMアンドAをやっていた立場から最後に申し上げさせていただくと、実は事業承継問題が顕在化するタイミングというのがありまして、これは何かというと、後継者がいないという問題と業績不振がクロスすると一挙に問題が大きくなっちゃうんですね。逆に言うと、後継者が当面見当たらなくても、もうかっていれば誰かがやるだろうということだと思うんですね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ですから、恐らく求められているのは、今申し上げたような具体的な結果を生むような支援だと思っています。国のつくっている政策、とてもいいと思うんです。それを、更に運用のところに踏み込んでいただいて、我々のような支援がもっともっと進んだらうれしいかなと思っております。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)