島村大の発言 (決算委員会)
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○島村大君 自民党の島村大でございます。
久しぶりに決算委員会、約四年ぶりに戻ってきまして、こういう質問する機会をいただき、本当にありがとうございます。
時間が約三十五分なので、まず、今日は大きく二点、根本大臣始め厚労省に質問させていただきたいと思っております。
まず一点目が、皆さん御案内のとおり、日本はこの国民皆保険制度、WHOも認めております世界冠たる国民皆保険制度、これは皆様方も御案内のとおり、これは昭和三十六年にできております。もう昭和三十六年といえば、私が昭和三十五年生まれですから私が一歳のとき、ということは今五十七年ぐらいたっている制度でございます。
何の制度でも同じだと思いますが、やはり五十年以上たっていれば制度疲労を起こしてもしようがないのかな、また、この背景にある時代も相当変わってきている。これは昭和の時代ですから、今はもう令和に入っておりますので、やっぱりこれを改革していかなくちゃいけないというのは私も重々承知をさせていただいております。
しっかりと、この令和の時代、そして今、人生百年だと言われている時代、そして残念ながら日本も減少社会に入っていると。この減少社会に入ったこの社会保障、特に国民皆保険制度、国民皆年金を、これをしっかりと私はこの今の時代に合った改革をさせていただきたいと思っております。
そして、よくこの国民皆保険制度の話になりますと、医療側の話、それから制度の話、もちろん国民を中心の話ですが、なかなか保険者の話が出ないので、今日はちょっと公的保険者の話をさせていただきたいと思っております。
この公的保険者は、皆さん御案内のとおり、健保組合、それから共済組合、協会けんぽ、そして国保に関しましては市町村国保、そして高齢者の後期医療制度がございます。
そして、もう一つ、なかなか知られていない方もいらっしゃるかもしれないですが、国保組合という制度もございます。この国保組合に関しまして、以前と今とちょっと状況が変わってきているので、ちょっと今簡単にまずはお話しさせていただきますと、今お話ししましたように、国民皆保険制度は昭和三十六年にできた。このときに市町村国保ももちろんできたんですが、その前に、今お話ししました国保組合、これは昭和の三十六年前からできています。ということはどういうことかというと、国はやはり市町村国保をつくるときにいろんな難しい点があったと。やはり、同業種でできるこういう組合はしっかりと国保組合として先陣を切って国保、保険をつくっていただきたいという国の要請があってできたのがこの国保組合でございます。
一番最初にできたのは、昭和の十四年ですね、昭和十四年に東京理容組合、いわゆる床屋さんですよね、東京都の床屋さんが、皆様方が一緒になってこの国保組合を昭和の十四年の時代にもうつくっております。その次にできたのが、昭和十八年に全国土木建築。そして、昭和三十年に入りまして、昭和三十六年の市町村国保ができるまでに、いわゆる弁護士さんとか医師とか薬剤師、歯科医師とか、そういう関係者。そして、今は、理容組合はもちろん、芸能関係、食品関係、医療品、建築土木、いろんな本当に、市場関係もございますが、今百六十二ぐらいのこの国保組合があると言われております。
このように歴史的に市町村国保の前からできているこの国保組合に対して、まずは大臣の今の御認識と、今後この国保組合をどうしていったらいいかということをまず教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。