橋爪隆の発言 (法務委員会)

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○橋爪参考人 ただいま御紹介にあずかりました東京大学の橋爪と申します。専門分野は刑法でございます。
 本日は、このように参考人として意見を述べる機会をいただきまして、大変光栄に存じております。
 私は、法制審議会の刑事法部会の委員として、本件の法改正をめぐる審議に参加いたしました。本日は、刑事法部会の議論を踏まえながら、刑法の研究者としての観点から、改正法案の内容に関しまして若干の意見を申し上げたいと存じます。
 A4判で二枚の資料をお配りしているかと存じます。それに即して進めてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 先に結論から申し上げますと、今回の危険運転致死傷罪の改正法案は、危険運転に対する有効な方策として正当な方向にあり、賛成したいと考えております。
 まず、議論の前提といたしまして、危険運転致死傷罪の基本的な構造について確認しておきたいと存じます。
 配付資料の一をごらんください。
 例えば、飲酒酩酊による運転行為、制御困難な高速度による暴走運転など一定の危険な運転行為には、故意の暴行行為や傷害行為と同程度の生命身体に対する危険性を認めることができます。したがって、これら生命身体に対する危険性の高い危険運転行為から被害者の方の死傷結果が発生した場合、すなわち危険運転行為と因果関係を有して死傷結果が発生した場合には、傷害罪、傷害致死罪と同様に処罰することが正当化できます。これが危険運転致死傷罪の基本的な構造でございます。
 そして、このような前提からは、本罪の実行行為である危険運転行為には、生命身体に対する高度の危険性を有する運転行為と言えるかという観点から、個別具体的に吟味する必要が生じてまいります。
 まさに今回の改正法案、このような観点から、最近の社会情勢を踏まえ、新たに問題となった生命身体に対する危険性の高い運転行為を本罪の実行行為として追加しようとするものでございます。
 これを踏まえて、改正法案の内容につきまして個別に意見を申し述べます。
 まずは、改正法の第五号の類型でございます。
 第五号の類型は、加害車両が被害車両に急接近する危険運転行為、すなわち、あおり運転を想定した犯罪類型です。
 あおり運転が危険運転と評価されるのは、それは、車同士あるいは車と人が、条文の文言で申しますと、重大な交通の危険を生じさせる速度で接近する点において、生命身体に対する高度の危険性を肯定できることを根拠としております。まさに現行法の第四号の類型は、このような発想から、加害車両が危険な速度で被害車両に急接近する行為を危険運転の実行行為と評価し、これによって死傷事故が発生した場合を処罰しております。
 もっとも、改めて考えますに、生命身体に対する危険性が発生するのは、加害車両が危険なスピードを出して急接近してくる場合だけではありません。加害車両がスピードを出しておらず、停止、徐行する場合であっても、その後部を走行する被害車両の方が一定のスピードで急接近してくる場合には、やはり車同士が急接近する可能性が高く、それゆえ死傷事故が発生する危険性は同様に高いと言えます。単純に申し上げますと、二台の車のうちいずれか一方が一定のスピードを出していれば、車の接近には重大な危険性が伴うわけでございます。
 そして、既に申し上げましたように、現行法の四号は加害車両が危険な速度で走行することを要件としておりますので、加害車両が停止、徐行運転を行い、それによって急接近を招く行為は、現行法四号の速度要件を満たさず、現行法では危険運転として処罰できません。ここにおいては、現行法の処罰範囲に不十分な点があったことは否定できないと思われます。そして、この穴を埋めるために、改正法第五号の新設が必要と考えております。
 すなわち、改正法第五号は、後行の被害車両の接近が見込まれ得る状況において、加害車両が停止、徐行を行うことによって、被害車両が加害車両に衝突して生じた死傷事故、あるいは、被害車両が急停車に至った後、さらに第三車両と衝突して生じた死傷事故等について適用することを想定した規定であり、現行法の第四号の規定を補充する機能を有するものでございます。
 続きまして、改正法第六号の類型につきまして意見を申し上げます。
 第六号の類型は、高速道路という環境の固有の危険性に着目した規定でございます。
 すなわち、高速道路においては自動車は停止したり徐行運転することが極めてまれであり、一般的には想定が困難であると言えます。だからこそ、自動車は高速度で運転ができるわけです。したがって、このような想定に反して急に自動車が停止、徐行した場合、回避措置を講じて安全を確保することは極めて困難と言えます。このように、高速道路においてみずからが停止、徐行を行い、それによって被害車両を停止、徐行させる行為は、当該高速道路の交通に対して高度の危険性をもたらす行為であり、これを危険運転の実行行為として評価することができます。
 すなわち、加害車両が停止、徐行することで被害車両に停止、徐行を強いることは、他の運転者にとっては想定困難な事態であり、対応が困難な危険を招く行為と言えますので、このような状況下で被害車両と第三車両の衝突等によって人が死傷した場合には、これを危険運転致死傷罪として処罰する必要性があると考えます。改正法第六号はまさにこのような趣旨を踏まえた規定であり、正当な法改正として賛成したいと存じます。
 以上の評価を踏まえて、幾つかの問題につきまして若干のコメントを申し上げます。
 二枚目でございます。
 まずは、現行法第四号及び改正法五号、六号の関係でございます。
 恐らく先生方は、この改正案をごらんになって、現行法の四号、改正法の五号、六号には共通する側面が多く、適用範囲にも大幅な重複があるとお感じかもしれません。しかし、これらの規定は全て別の観点から危険性を根拠づけるものと言えます。
 すなわち、現行法四号及び改正法五号は、加害車両と被害車両の急接近に伴う死傷の危険が現実化したことを処罰根拠とする犯罪類型ですが、そのうち、現行法四号が加害車両の危険な速度に基づく生命身体の危険をカバーするのに対して、改正法五号は、被害車両のスピードを利用した危険に着目する点において相違します。さらに、改正法六号は、高速道路上で被害車両の停止、徐行を行わせることに基づく道路交通の危険、すなわち停止、徐行状態の被害車両を手段として利用した危険の創出を処罰の根拠としております。
 このように、現行法四号、改正法五号、六号は、全て別の観点から生命身体の危険性を根拠づけているため、これを別々に規定することは必要かつ合理的な判断であると言えます。
 もちろん、事案によっては、一つの危険運転行為が複数の類型に同時に該当する場合があり得ますが、こういった事態は現行法でも生じ得ます。この場合には、検察官が適切な類型を選択して、公訴提起すれば足りると考えております。
 第二に、近時、東名高速道路で発生した悪質なあおり運転との関係でございます。
 先生方御案内のとおり、東名高速道路の事件に関して、東京高裁は、本件行為が現行法第四号の類型に該当し、現行法においても危険運転を構成する旨の判断を示しております。このことから、本件事件は現行法においても解決が可能であり、あえて法改正は必要ないという印象をお持ちかもしれません。
 しかしながら、東名高速の事件を具体的に確認しますと、資料で申し上げますが、まず、1加害車両が危険な速度で被害車両の直前に進入し、その後、2加害車両の直前で停止をしたことから、3被害車両がやむなく停車し、その後、4第三車両との衝突によって死亡結果が発生したという事件でございます。
 東京高裁は、このうち1の行為を四号に該当する実行行為と認定した上で、2、3を因果経過と評価した上で、本罪の成立を肯定したわけです。
 刑法における因果関係は、実行行為の危険性が実現する過程として評価できるかという観点から事案ごとに個別に判断されますので、本件のように複数の行為が介在、競合する事例については、まさに事案ごとの判断でございますので、常に因果関係が肯定できるわけではありません。また、そもそも本件は、1の行為が先行しているからこそ、辛うじて現行法で対応が可能であったにすぎず、もし1の行為がなければ、実は現行法では危険運転として構成することが困難な事件でありました。
 これに対して、今回の改正法案は、本件と類似の事件について、1の行為がなくても危険運転での処罰を可能とするものでございます。
 すなわち、改正法五号は、2の行為を実行行為とした上で、その際に被害車両が一定の速度で走行することを要件として罰するものです。また、改正法六号は、高速道路における2の行為によって被害者の3を招く行為を、被害車両のスピードを問わず処罰対象とするものです。
 このように、改正法五号、六号は、別の角度から、あおり運転の処罰範囲を適切に整備、拡充する趣旨の規定であり、今後の実務においても重要な意義があると考えます。
 最後になりますが、危険運転致死傷罪の改正のあり方について一言意見を申し上げます。
 危険運転致死傷罪は、平成十三年の刑法改正によって新設された規定でございますが、その後、平成二十五年の改正によって行為類型が大幅に追加され、さらに、今回の改正によって新たに二つの類型の追加が検討されております。このように、社会情勢等に鑑みて複数回の法改正が行われ、その都度、新しい類型が追加されているわけです。
 先生方におかれては、それであれば、現行法のように個別の類型を列挙する形式ではなく、むしろ一般的に、生命身体に対する危険性が高い運転行為を危険運転として処罰するというふうな一般的、包括的な処罰規定を置くべきではないかという御意見もあるかもしれません。しかし、私は、このような一般的、包括的な規定ぶりは好ましくないと考えております。
 もし、現行法と違い、今申しましたように一般的な処罰規定が置かれた場合、危険運転の成立を肯定するためには、当該運転行為の危険性が高いことを具体的に証明する必要がありますが、いかなる事情から危険性を認定すべきかの判断基準が条文上明らかではないため、危険運転致死傷罪の実務上の適用が極めて困難になることが懸念されます。こういった意味においては、今後もまた社会の変化によって法改正の必要が生ずるかもしれませんが、現行法のように、生命身体に危険性が高い運転行為を具体的に、かつ個別に類型化する方法の方が立法論としてもすぐれていると考えます。
 私の見解は以上でございます。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 橋爪隆

speaker_id: 32582

日付: 2020-05-27

院: 衆議院

会議名: 法務委員会