久保有希子の発言 (法務委員会)

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○久保参考人 弁護士の久保有希子と申します。
 本日は、このような機会をいただきまして、まことにありがとうございます。
 私は、ふだんの業務として刑事事件に注力しておりますので、そのような経験に基づき、本日は個人的な意見を申し上げたいと思います。日本弁護士連合会では刑事事件の関連の委員会にも所属しておりますが、本日私が申し上げることは会としての意見ではございません。
 私が本日最も申し上げたいことは、処罰範囲を拡大し過ぎないようにしていただきたいということです。これに関連して、三点、これから申し上げたいと思います。
 一点目は、条文化をするということの意義について、二点目として、今回の法案は表現が難しい部分があるということについて、そして三点目に、検察官の裁量により決まる、そういう部分が大きくなりかねないものであるということについて、申し上げたいと思います。
 一点目として、法律制定時に想定していなかった、そういう類型が生じたときに新たに条文化をする、それ自体について反対をするものではありません。
 今回の改正につきましては、先ほど橋爪参考人からも御紹介がありました、東名高速道路事件がきっかけになって改正の話が出たと認識しております。この事件自体は、現時点では因果関係の解釈によって危険運転致死罪の成立は肯定されるという結論になっております。直前の停止行為それ自体は現行法の危険運転行為には当たらないとする一方で、その前の、当初のあおり行為は現行法の危険運転行為に該当するものであり、死亡という結果はその危険が現実化したものであるという解釈のもとで因果関係が肯定されております。
 個別の事件については私は証拠は拝見しておりませんので、その当否について申し上げることはできません。今後、差戻し審が予定されておりますので、そこで改めて審理が尽くされ、因果関係が否定されるという結論になるのかもしれません。
 ただ、昨今、刑事裁判では、危険の現実化という表現のもとで因果関係が広く肯定される、そういう傾向にあります。この傾向は危険運転致死傷罪に限るものではありません。因果関係を緩く解釈することにより、ある行為と結果とを結びつけることが行き過ぎると、どんどん処罰範囲も広がっていきます。処罰するべき行為を解釈によってどんどん広げていくということは、法律の安定性を損なうことになりかねません。
 東名高速道路事件のようなケースも含めて、危険運転致死傷罪として処罰するべき類型として当初の制定時に想定されていなかった行為や、あるいは疑義が生じるようなケースがあった場合には、因果関係を緩く解釈するということで対応するのではなく、新たに法律を制定して明確化するべきだと考えております。そのため、処罰するべき類型を条文で明確化するということについては賛成の意見を申し上げたいと思います。
 その上で、二点目として、今回の法案は表現が難しいということについて申し上げます。
 罪刑法定主義、つまり、ある行為を犯罪として処罰するためには、法律で行為と刑罰をあらかじめ明確に規定しておかなければならないというのは、刑法の大原則です。人権を侵害する方向で作用する法律は、それによって萎縮効果が生じないように、また、誤って不利益を受ける、そういうことがないように、明確に規定されなければならないとされております。
 危険運転致死傷罪は、重大な結果を及ぼす悪質な、危険な運転行為に対して特に厳しい罰則で臨むものですから、その適用範囲はできる限り明確でなければなりません。しかし、例えば、今回の法案にある重大な交通の危険を生じることとなる速度という表現は、一読して理解できるものではありません。
 さまざまな犯罪がある中で、自動車の事故というのは、普通の人が普通に自動車の運転をしている中でもかかわることがある、当事者となる可能性がある、そういう犯罪類型です。一見して自身が行う行為がどのような意味を持つのかということが理解できなければ、多大な萎縮効果を招きかねません。どういう行為が該当し、どういう行為が該当しないのかということは、広く国民に周知されなければならないと考えております。
 三点目として、検察官の裁量が大きくなる危険があるということについて申し上げたいと思います。
 極端な例になるかもしれませんが、改正六号の表現だけを見ますと、例えば、高速道路での渋滞の場合、のろのろ運転をしていてブレーキを踏んだという場合で、後続車両が追突をした、その場合に、改正六号では被害者側にも速度の要件というものはありませんので、加害車両も被害車両も両方とものろのろで、こつんとぶつかったようなケースでも、通行妨害目的があれば改正六号に形式的には該当します。
 もちろん、形式的に当てはまったとしても、故意や因果関係の段階で絞られるだろう、そういう意見もあるかもしれません。ただ、先ほども申し上げたとおり、近年、刑事裁判では因果関係は広く肯定される傾向にあります。また、故意は内心の、心の中の問題ですから、結局は外形的な行為で推測をされるということになります。裁判所が、このような場所でこういう行為をしたのだから故意もあったのだろう、そういうふうに認定をすることは容易なことです。一たび検察官が危険運転致死傷罪として起訴されれば、それはそのまま有罪となる可能性が高いと言えます。
 危険運転致死罪の適用を検討するようなケースでは、残念ながら死亡という重大な結果が当然生じております。それに先行して非難されるような行為が存在している、そういうケースです。
 結果を重視し過ぎると、それを自動車運転過失致死罪として非難すべき行為であるか、危険運転致死罪として非難すべき行為かという判断をする際に、危険運転致死罪で起訴する方向に傾きかねません。少なくとも御遺族としては、危険運転致死罪を問うてほしい、そう希望されるでしょうし、その心情は当然のことです。
 ただ、御遺族がいらっしゃる事件であれ、いらっしゃらない事件であれ、やった行為が同じ危険運転致死罪として起訴されるべきものであればそうされるべきですし、そこまでの非難が値する行為でないのであれば、本来あるべき刑罰を処せられるべきです。
 危険運転致死罪というのは、裁判員裁判の対象にもなり、重大な刑罰を伴うものです。形式的に当てはまれば、検察官の気持ち次第で恣意的に危険運転致死罪で起訴することは可能となる、そういう運用となることは許されません。
 同時に、形式的に条文には当てはまるものの処罰されることはない、危険運転致死罪になることはない、そういう類型があるということは、一般国民にとって非常にわかりにくく、結局は、先ほども申し上げた萎縮効果につながるものです。
 今回、改正をされた場合には、恐らく検察庁や裁判所内で、どういう類型が今回の改正の類型に当てはまるのかという勉強が行われると思います。その際には、危険運転致死傷罪はもともと、自動車運転過失致死傷等と区別されて、特に生命身体に対する危険性が類型的に高く、かつ、実際の交通犯罪で問題となる行為類型を限定列挙した故意犯であるということを改めて意識していただきたいと思います。
 そして、実際に運用していく際には、裁判所、検察庁はもちろん、弁護人となる弁護士自身、本当にほかの危険運転行為と同じ程度に特に悪質な、そういう悪質性が強い危険な行為であるのか、慎重に検討することが必要だと考えます。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 久保有希子

speaker_id: 3467

日付: 2020-05-27

院: 衆議院

会議名: 法務委員会