神谷昇の発言 (予算委員会第七分科会)
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○神谷(昇)分科員 自民党の神谷昇でございます。
本日は、質問の機会を賜りまして、厚く御礼を申し上げます。きょうは大臣にもお出ましいただきまして、またひとつ後でよろしくお願いいたします。
大臣、冒頭でございますが、今度、補正予算で中小企業対策を大幅に増額をしていただきました。本当に心から厚く御礼を申し上げます。大阪は中小企業の町でございます。今後ともよろしくお願いしたいと思います。
我が国は、七十五年前にアメリカと戦争をしまして、二度と立ち上がれない、完膚なきまでたたきのめされて、三百十万人のとうとい犠牲をもたらしながら敗戦を迎えたわけであります。しかし、先人たちは、あの荒廃した日本から血のにじむ思いをしながら復興に取り組んでまいりました。歴史の中で、政治の中でも、梶山大臣のお父様もその復興に大きく貢献なされた方であります。
そして、敗戦から十九年後、一九六四年に東京オリンピックを見事に成功させ、そして六年後の一九七〇年には大阪万博、何と六千五百万人の皆さん方が御入場いただいて、東京、大阪の復興を始めとする日本の復興を世界にアピールしたわけであります。
それから、世界からエコノミックアニマルとやゆされながらも働き続けて、一九八〇年ぐらいになりますと、鉄鋼、造船、繊維など、アメリカの産業を脅かすところまで成長してまいりました。そこで、アメリカは日本のいわば脅威を抑えるためにいろんな輸入規制をしながら、一九八〇年にバイ・ドール法、一九八二年にSBIR法などを次々と成立させて、一方では輸入規制をするとともに、国内の産業をいろいろな角度で発展をさせていく、そういう方策をとってきたわけであります。
そして、一九九〇年、日本が世界一の国際競争力を持ち、そして、ジャパン・アズ・ナンバーワン、二十一世紀は日本の時代だと世界から言われたときに、急激にあのバブル経済が崩壊したわけであります。
あの戦後の荒廃の中から先人たちが血のにじむ思いで一九九〇年まで頑張ってこられて世界に冠たる日本をつくって、そしてその後が、何と経済発展がぴたっととまった。最近のアベノミクスで一割ほど伸びましたけれども、世界の発展が約三倍弱で、日本は一・一倍。なぜこれだけ差ができたか、その辺の経産省の分析をまずお伺いしたいと思います。