原山優子の発言 (科学技術・イノベーション推進特別委員会)

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○原山参考人 皆様、おはようございます。理化学研究所の原山でございます。
 本日、半導体産業に関してなんですが、特に、歴史的な視点からと、私としてはグローバルな視点から、皆さんとお話をしたいと思っております。日本の半導体産業そのものに関して、また現状については、専門家が二人いらっしゃるので、そちらに任せることで、グローバルな視点から等、お話ししたいと思います。
 それから、もう一つ肝腎なことは、今日の状況だけではなく、これまでのこと、これからもダイナミクスな視点から見ていくことが必要と思っていますので、その辺をお話ししたいと思います。
 その中でも特に、需要、供給とか、生産者、消費者みたいな二分法的な思考だとなかなかダイナミクスが見えないということで、それを超えた形でお話ししたいと思っています。また、イノベーションに関しましても、皆さん御存じのようにリニアモデルというものが存在するわけなんですが、様々な複合的なイノベーションのモデルを考えなくてはいけないという視点でございます。特になんですが、最後に、分野の中に閉じ込めてしまって考えるとなかなか現状を見ることができないということで、半導体産業そのものももう一回見直すことが必要かと思っております。
 最後に、できる限りですが、科学技術・イノベーション政策への示唆ということもお話しできればと思っております。
 続きまして、二ページのところでございます。済みません、私、パワーポイントではなくて、紙芝居じゃないやり方なんですが、資料の二ページを御覧ください。
 まず、本当にかいつまんで、すごく早足でですが、半導体の歴史ということについてお話しさせていただきます。
 元々のルーツというのが、多分、産業というふうな視点から見たときには、ルーツはやはりシリコンバレーにあると思っております。それも、昨今の話では全くなく一九六〇年代に、まさにベル研からトランジスタというものが、いわゆる特許を取られて、それから、ノーベル賞を取ったショックレーが地元に帰ってということなんですけれども、そういう意味で、そもそも理論的に非常に強い人たちが、産業体の基となられるような研究所、企業をつくっていったというのが始まりだと思っています。
 面白いのは、そこから出発してなんですが、次々にスピンオフ企業の連鎖があって、その中で技術そのものが培われてきたというのがあります。それが一九六〇年代でございます。初めの一歩というのがシリコンの集積回路から始まっておりますが、その次になりますと、そこからのスピンオフした企業がインテルという形なんですが、プロセッサーなどが七〇年代、それから八〇年代に入りますと、どちらかというとカスタムチップなどのデザインが入っております。
 などなどで続いているところなんですが、ここで押さえていただきたいのが、スピンオフ企業による様々な技術が進化していったところです。その中の原動力になっているのが、どちらかというと、大学というよりか、能力を持った人たちが、産業という形でもって企業として始まったということです。
 それと同時に見ていただきたいのが、半導体のデバイスそのものの進化です。今申し上げたように集積回路が初めなんですが、その後からメモリー、マイクロプロセッサー、センサー、アクチュエーター、ディスプレーなどなどとした形で、様々なデバイスが作られていった。
 その中でのトレンドなんですが、御存じのように、微細化というのがキーワードです。微細化だけではなく、重層化が始まっているし、また複合化というものも進んでおります。
 特に、チップスの方に目が行きやすいんですが、チップスだけの進化だけではなかなか物にはならない。そこで肝腎なのがアルゴリズムとの共進でありまして、それからもう一つ、半導体製造装置そのものも進化していくということで、複合的な要素でもって見ていく必要があると思っております。
 ちょっとビジネスサイドの話になるんですが、大きなトレンドとして気をつけていただきたいのが、ファウンドリービジネスの台頭です。これは大体一九八〇年代から始まっております。
 何が起こっているか。今日の現状を見てもらいますと、TSMCが毎日のように新聞に出ております。昨日も、日本にも拠点というような話が出ておりますが。その中で、元々、半導体デバイスにおいて、デザインと製造というものが、一緒に、一つの企業の中でやっていたところが、それが分離されていった。デカップリングというふうな形でだと思うんですが。
 そもそも出発点は、統合型のデバイスメーカーがあったんですが、そこでのキャパとして、半導体は余力があったときに外部の委託ということから始まったんですが、最終的には完璧に分かれたものも出てきたというところで、ファウンドリーサービスというのが出てきたわけです。それが可能になったときにファブレスという企業も出てきたという流れです。
 典型的な例というのが、台湾で、皆様毎日のように聞かれているTSMCです。それが昨今すごく目につくんですけれども、この企業は、そもそもは一九八七年につくられていたわけで、この中でも、多分、歴史的なことを見ますと、そもそもシリコンバレーとの関係性があってということで、後ほどもうちょっとお話しいたします。
 様々な形のファウンドリーサービスがあるんですけれども、完全に一〇〇%ファウンドリーサービスに徹しているところもあれば、もう一つは、自分たちも製品を持ちながら、かつ、ファウンドリーサービスも外部にやっているという、様々な形態がございます。
 TSMCの事例を見ますと、何が成功の鍵かといいますと、一つは、ファウンドリー企業そのものに技術的なノウハウがどんどんどんどん蓄積されていって、優位性が出てきているので、かつ、ファウンドリーの方が……

発言情報

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発言者: 原山優子

speaker_id: 23999

日付: 2021-06-01

院: 衆議院

会議名: 科学技術・イノベーション推進特別委員会