武るり子の発言 (法務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○武参考人 私たち少年犯罪被害当事者の会は、少年の犯罪により、最愛の子供そして家族を突然に奪われた遺族の会です。個人や家族だけでは受け止め切れない悲しみや苦しみを分かち合おうと、一九九七年に発足し、現在、三十五の遺族で活動を行っています。
私は、その代表をしていて、二十三年になります。本日は、このような貴重な場所で意見を言える機会をいただいたことに心から感謝をしています。ありがとうございます。
私は、今回の改正案で少年法の適用年齢が十八歳に引き下げられなかったことについて、十分な結果だと思ってはいません。
どんな事件でも、まずは全てを家庭裁判所に送るということは、改正民法で十八歳、十九歳は大人として認めるのに、国は、罪を犯したときだけ子供として扱うことです。
逆送の範囲が広がるということですが、家庭裁判所は、少年には保護処分がよいとの判断を下す意識が高いところなので、逆送の範囲が広がっても逆送しないケースが出てくるのではないかと心配をしています。だから、十分とは思っていません。
でも、今回の改正は大切な一歩であるとは思っています。
なぜ、私たちは、これほどまでに少年法にこだわり続けるのか。それは、事件が起きてからいつも言われてきた、少年事件だからです、との一言でした。
私たちは、子供を殺された後もずっと、加害少年は可塑性に富んでいる、加害者はこれから先も生きていかなければいけない、将来があり、未熟だから保護しなければならない、そんな言葉を何度も何度も聞かされてきました。
私たちは、そのことを全部否定したいわけではありません。大切なことだとは分かっています。でも、そのことを理解するには大切なものが欠けていると思うのです。
被害者側の視点です。加害少年の罪の裏側には被害者がいることが多いです。命を奪われたり、傷つけられたりして、被害者が紛れもなくいるのです。生きたかったのに生きることができなかった子供たちがいるのです。
それにもかかわらず、加害者が自分の罪と向き合い、その重さを分かること、そして責任を果たしていくことがなされていないのが問題なのです。
未熟だから保護処分になった加害少年、将来があると大人より減刑された加害少年、ほとんどが謝罪もなく、賠償責任も果たしません。再犯もしています。一方で、少年が少年法で守られているために、親の責任を追及しようとして民事訴訟を起こしても、十八歳や十九歳は親の責任が認められない例も多いです。
私たちの経験していることは、加害者も親も逃げ得が許され、誰も責任を取ろうとしない姿なのです。だから、少年法改正を言い続けているのです。
今回の改正案に盛り込まれてほしかった適用年齢十八歳引下げのことですが、私たち会の人たちの事件を見ると、多くの加害少年たちは、自らが少年法で守られ、刑が軽くなることを知った上で罪を犯しているケースが目立ちます。
例えば、今日一緒に出席をしています、千葉県で起きた沢田さんの事件の加害少年を見ても、そう思います。
当時十九歳の少年が、保護観察中に、誰でもよかったと、見ず知らずの沢田さんの息子を死なせた事件では、取り寄せた調書の中で分かったことですが、日頃の遊び仲間、その遊び仲間も犯罪の経験があります、その仲間との話の中で、少年事件は軽く済む、このぐらいの事件ではこのぐらいの処分で済むんだと話をしていて、お互いにいろいろなことを学んでいたのです。その少年は、沢田さんの加害少年ですが、その少年は、自分が罪を犯しても軽く済むと思っていたのです。
このことが分かった沢田さん夫婦は、この少年は自分が少年法に守られていることを知った上で罪を犯したのだと確信したのです。少年法が抑止力になっていないどころか、犯罪の引き金になっているケースもあるのです。
凶悪犯罪を起こした少年ですら少年法で許されると思うのですから、軽微な犯罪を起こした少年であれば、なおさらその気持ちは強いのではないかと思います。
このことから、今回、強盗、放火、強制性交などが原則逆送の範囲に加わるということは、とても大切で大事なことだと思います。必ず入れてほしいことです。
今回の改正案で、起訴後は基本的に大人と同じ扱いになること、顔写真、名前を出すことも可能になることは当然のことであり、よかったと思っています。それは抑止力につながると思うからです。
会を設立して二十四年間、殺された子供たちにもせめて加害少年並みの権利を下さいとずっと訴えてきました。それは、悔しい思いをたくさんしてきたからです。
命は貴い、命は地球より重たいと言います。でも、被害者である子供たちの命はとても軽く、簡単に扱われたと感じ、悲しく、悔しくて、かわいそうでなりませんでした。
あのとき、事件を大人と同じように刑事裁判にしてもらっていたなら、罪に見合った罰が与えられていたなら、そして、加害者から心からの謝罪があったら、賠償責任がきちんと守られていたなら、きっと私たちはもっと違った人生があったのではないかと思っています。
二十四年間の中で、たくさんの人たちが被害者や遺族になり、会に入ってこられました。みんなが突然に大切な人の命を奪われ、それだけでも一生背負う苦しみなのに、加害者が少年というだけで、少年法で何度も壁にぶつかり、さらに、背負い切れないほどの苦しみを抱えさせられていました。
さらに、この二十四年間の中で出会った会の仲間の八人を、今日までに亡くしました。八人とも、平均寿命から考えると早過ぎます。全てが事件が原因とは言いませんが、大きな影響はあると思っています。みんな、命を削っているのです。
一緒に頑張ってきたのに、悔しさを残して死んでいった仲間たち、そして主人のことを思います。そして何より、突然に命を奪われた子供たちは、悔しい、死にたくない、加害者が憎いとも言わずに死んでいったんです。私は、いつもその無念を思います。
だから、これからも言い続けなければならないと思っています。
私たちは、今回も、これからも、少年法が改正になったとしても、自分たちの事件では取り戻すことができないです。でも、現在も、減少しているとはいっても、悲しいことに少年犯罪は起きていて、そこには、心細い思いをしながら泣いている被害者が存在しています。私たちのような苦しみを、これからの被害者に絶対味わわせてはいけないのです。私たちは、被害者の苦しい現状を知っているから黙ってはいられない、だから、言い続けていくのです。
私たちにできることは、これからも精いっぱい頑張ります。ですが、法律のことは、関係機関の方々、専門家の方々、そして何より、国民の代表である皆様に、きちんと考えてもらわなければならないのです。法律が被害者を更に苦しめることがあってはならないと願っています。
これから先、どこで事件が起こるか、誰が被害に遭うかは分かりません。もしかしたら皆さんの大切な人かもしれないのです。そのときに、こんな法律になってよかった、きちんとした法律だと言えるものであってほしいと、私は願うばかりです。
繰り返しになりますが、これからは小学校でも、十八歳になったらもう大人になるということを教えていくわけです。選挙権もできるし、義務と責任などの自覚をしっかり持つ大人になるための教育をしていくわけです。それなのに、罪を犯したときだけは、未熟だから少年として扱うということを、どう教えられるのでしょうか。考えてください。
私は、二十四年間、一家族で悩まないでと、会のみんなで頑張ってきました。一緒に悩み、泣き、怒り、今も話をし続けています。できることは何でも頑張っています。でも、みんなの胸の奥にある一番苦しい思い、どうしてもそれを和らげることはできないのです。それは、この少年法で生まれた苦しみだからです。どうぞ、この苦しみを、少しでも軽くしてもらえないでしょうか。
私は、真面目で正直でおとなしい被害者の人たちが、何も悪いことをしていないのに、苦しい思いをして生きている姿をたくさん見てきました。本来守られるべき人たちが、守られていないのです。
少年法が改正されることは、決して厳罰化ではありません。時代に合った適正化なんです。
議員の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。(拍手)