法務委員会
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会
会議録情報#0
令和三年四月六日(火曜日)
午前九時三十分開議
出席委員
委員長 義家 弘介君
理事 伊藤 忠彦君 理事 稲田 朋美君
理事 奥野 信亮君 理事 宮崎 政久君
理事 山田 賢司君 理事 稲富 修二君
理事 階 猛君 理事 大口 善徳君
井出 庸生君 井野 俊郎君
大塚 拓君 神田 裕君
黄川田仁志君 国光あやの君
小林 鷹之君 武井 俊輔君
出畑 実君 中曽根康隆君
野中 厚君 深澤 陽一君
藤原 崇君 盛山 正仁君
簗 和生君 山下 貴司君
吉野 正芳君 池田 真紀君
寺田 学君 中谷 一馬君
松平 浩一君 屋良 朝博君
山花 郁夫君 吉田 宣弘君
藤野 保史君 串田 誠一君
高井 崇志君
…………………………………
参考人
(東京大学大学院法学政治学研究科教授) 川出 敏裕君
参考人
(少年犯罪被害当事者の会代表) 武 るり子君
参考人
(被害者と司法を考える会代表) 片山 徒有君
参考人
(駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授) 須藤 明君
法務委員会専門員 藤井 宏治君
―――――――――――――
委員の異動
四月六日
辞任 補欠選任
藤原 崇君 簗 和生君
同日
辞任 補欠選任
簗 和生君 藤原 崇君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
少年法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三五号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前九時三十分開議
出席委員
委員長 義家 弘介君
理事 伊藤 忠彦君 理事 稲田 朋美君
理事 奥野 信亮君 理事 宮崎 政久君
理事 山田 賢司君 理事 稲富 修二君
理事 階 猛君 理事 大口 善徳君
井出 庸生君 井野 俊郎君
大塚 拓君 神田 裕君
黄川田仁志君 国光あやの君
小林 鷹之君 武井 俊輔君
出畑 実君 中曽根康隆君
野中 厚君 深澤 陽一君
藤原 崇君 盛山 正仁君
簗 和生君 山下 貴司君
吉野 正芳君 池田 真紀君
寺田 学君 中谷 一馬君
松平 浩一君 屋良 朝博君
山花 郁夫君 吉田 宣弘君
藤野 保史君 串田 誠一君
高井 崇志君
…………………………………
参考人
(東京大学大学院法学政治学研究科教授) 川出 敏裕君
参考人
(少年犯罪被害当事者の会代表) 武 るり子君
参考人
(被害者と司法を考える会代表) 片山 徒有君
参考人
(駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授) 須藤 明君
法務委員会専門員 藤井 宏治君
―――――――――――――
委員の異動
四月六日
辞任 補欠選任
藤原 崇君 簗 和生君
同日
辞任 補欠選任
簗 和生君 藤原 崇君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
少年法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三五号)
――――◇―――――
義
義家弘介#1
○義家委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、少年法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、本案審査のため、参考人として、東京大学大学院法学政治学研究科教授川出敏裕君、少年犯罪被害当事者の会代表武るり子君、被害者と司法を考える会代表片山徒有君及び駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授須藤明君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。本日はよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、川出参考人、武参考人、片山参考人、須藤参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず川出参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、少年法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、本案審査のため、参考人として、東京大学大学院法学政治学研究科教授川出敏裕君、少年犯罪被害当事者の会代表武るり子君、被害者と司法を考える会代表片山徒有君及び駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授須藤明君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。本日はよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、川出参考人、武参考人、片山参考人、須藤参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず川出参考人にお願いいたします。
川
川出敏裕#2
○川出参考人 皆さん、おはようございます。
本委員会で意見陳述をする機会を与えていただきましたことに感謝いたします。
私は、この改正法案の基となりました法制審議会の刑事法、少年法部会に委員として参加いたしましたので、部会での議論を踏まえて、本法案の内容のうち、少年法の適用対象年齢を維持している点、その上で、十八歳、十九歳を特定少年として、それに対する保護処分に関して特別な取扱いをしている点、さらに、原則逆送制度の対象事件を拡大している点の三点について意見を申し上げたいと思います。
今回の少年法の適用対象年齢の引下げの議論は、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことに対応して始まったものでして、十八歳、十九歳の年長少年に少年法を適用することに実質的な不都合があったことによるものではありません。
むしろ、少年法の下での手続及び保護処分に付された者に対する処遇が、十八歳、十九歳の非行少年の改善教育と再犯の防止のためにも有効に機能してきたということについては、部会のメンバーの間でも意見の一致がありました。
そして、そうであるがゆえに、十八歳、十九歳の者を少年法の適用対象から単純に外すということになれば、その改善教育と再犯の防止の観点からは問題があるということも、部会での共通認識でした。
そのため、部会での議論は、第一に、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことが、少年法の適用対象年齢を十八歳未満に引き下げる根拠となるのかどうか、第二に、仮にそれを十八歳未満に引き下げた場合に、十八歳、十九歳の者に対してその改善更生と再犯の防止のためにいかなる措置が考えられるのかという点を中心として進められました。
このうち、第一の点については、一般的な法律において大人として取り扱われることになる年齢は一致する方が国民にとって分かりやすいという指摘もありましたが、人の成長発達過程というのは生物学的にも社会的にも連続的なものですから、年齢による線引きというのは、特定の目的に基づく政策的な判断にほかなりません。
そうである以上、何歳を年齢の区切りとするかは、それぞれの法律ないし制度が、ある年齢に達した者に対して、権利義務を含めていかなる地位を与えようとするかによって決められるべきものです。
したがって、少年法の適用対象年齢が、公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢と当然に連動しなければならないものではないと思います。
ただ、その一方で、それぞれの制度において、一定の年齢に達した者を、そうでない者と異なる取扱いをする根拠に共通性がある場合には、その間の整合性を取ることが求められることになります。
こうした観点からは、民法の成年年齢が十八歳に引き下げられたこととの関係をどのように考えるかが結論の分かれ目となるポイントでして、部会においても、その点が引下げ賛成論と反対論の最大の対立点でした。
つまり、少年法は、少年が未成熟で可塑性に富むということを根拠に、その改善教育を図るという観点から、保護原理、パターナリズムですが、に基づく、国による後見的な介入を認めています。
具体的には、少年が犯罪行為を行っていなくても、少年に虞犯事由と虞犯性が認められれば、少年院送致を含む保護処分に付することができますし、また、犯罪少年について、その要保護性が認められる限り、犯した罪に見合った責任を超える保護処分に付することもできるというふうに考えられています。
他方、民法においても、未成年者は親の監護権に服するものとされていまして、その点で、少年と未成年者の地位には共通性があります。
そうしますと、民法上成年となり、親の監護権に服さなくなった十八歳、十九歳の者を、少年法上は少年として扱い、保護処分の対象とすることができるのかということが、少年法における介入原理が保護原理、先ほど申し上げた保護原理であることとの関係で、問題となってくるわけです。
少年法の保護原理というのは、未成熟な少年の健全な成長という少年本人の利益を図るために、国が後見的な介入をすることを認めるものであるわけですが、その場合に、何歳までの者について未成熟であるとして国家の後見的な介入を認めるかということは、一義的に定まるものではありませんで、政策的な判断になります。
そして、少年の健全な成長を図るために後見的な介入を行う要請というのは、少年法の領域に限らず、他の法領域にも妥当するものですから、その政策的な判断には法制度全体を通じた整合性が求められることになりますが、この意味での後見的な介入を認めるかどうかの判断に当たって、その基本を成すのは、人の基本的な地位や権利義務を定めた民法の領域であると考えられます。
そうしますと、今般の民法改正において、立法者は、成年年齢を二十歳から十八歳に引き下げ、十八歳、十九歳の者については、親権に服させる必要がないものとしてその対象から外し、自律的な判断能力を有するものとする政策的判断を行ったわけですから、そのような位置づけがなされた十八歳、十九歳の者について、一般的に、少年法の保護原理に基づき、健全な育成を図るためという理由で、国家による直接的な権力行使として、権利、自由の制約を伴う保護処分に付することができるとするのは、法制度全体としての整合性という観点から疑問があるのではないか。私自身は、そのような理由から、少年法の適用対象年齢は引き下げるべきであろうというふうに考えておりました。
もっとも、今申し上げたことは、民法上成年とされた十八歳、十九歳の者については、保護原理に基づく処分、すなわち権利の制約ができないということを意味するにとどまります。十八歳、十九歳の者が、二十歳以上の者と比較して、類型的に未成熟で可塑性に富むということは間違いないところですので、それを考慮して、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して特別な手続や処分を定めることは、これは十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることと何ら矛盾しませんし、また、それは、最初に申し上げました、十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることによる問題点、弊害をできる限り解消するという点から望ましいものです。
そこで、部会では、それに対応する措置として、罪を犯した十八歳、十九歳の者を家庭裁判所に送致し、家庭裁判所が、刑罰でも保護処分でもない新たな処分に付すという仕組みを考えました。その対象事件が、当初は起訴猶予となった事件に限られていたのを、その後に提案された別案では全事件に拡大しましたが、いずれの案においても、その対象となるのは犯罪を行った者のみであって、虞犯は対象とされていませんでしたし、その処分というのも行為責任の範囲内でのみ課し得るという限界が設けられていまして、これは保護原理が適用されないということが前提となっていたわけです。
また、家庭裁判所に送致された後の手続は、現行の少年法による手続とほぼ同様になっていましたけれども、これは、十八歳、十九歳の者に少年法が適用されるというわけではなくて、十八歳、十九歳の者の特質に対応して、いわば少年法の手続を準用するという考え方に立っていたと言えると思います。
この別案の段階に至って、その制度の枠組みは、十八歳、十九歳の者を、刑事司法制度上、二十歳以上の者とも、また十八歳未満の者とも異なる、それらの中間層ないし中間類型として位置づけるものにほかならないという考え方が示されまして、それが今回の改正法案にも引き継がれているわけですが、少なくとも、この別案が出された段階では、私は、十八歳、十九歳の者を中間層と位置づけるということは、少年法の適用対象からは外すということを意味すると考えておりました。それは、少年法の適用対象として残すのであれば、既存の少年法の保護原理が妥当することを認めることになるだろうというふうに考えていたからです。
これに対して、改正法案では、少年法の適用対象年齢を維持し、十八歳、十九歳の者をなお少年としつつ、それらの者を特定少年と位置づけた上で、虞犯は対象とせず、また、保護処分は、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において行わなければならないものとされています。つまり、特定少年に対する保護処分は行為責任の範囲内で行わなければならないということでして、これは、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して、一般的に、保護原理に基づく介入を行うことはできないとする考え方によるものと言えます。
こうした改正法案の考え方によりますと、十八歳、十九歳の特定少年に対する保護処分というのは、同じ保護処分という言葉が使われていても、十八歳未満の者に対する保護処分とはその正当化根拠を異にするものであるということになりますので、その点でやや分かりにくい面があることは確かですが、少年法が適用されることと保護原理が適用されることを切り離すということを認めるのであれば、このような立法も一つのあり得るものであろうと思いますし、また、特定少年について、少年法の手続が準用されるのではなくて、それが直接に適用されると説明できる点においては、むしろ分かりやすいものと言うこともできると思います。
このことに関連して、特定少年にも少年法一条の健全育成の理念が適用される以上は、保護処分の正当化根拠が異なるのはおかしいのではないかという意見もあります。ただ、これは、健全育成の意味をどう捉えるかというところに関わる問題でして、健全育成の意味というのが、少年を改善教育し、再犯、再非行を防止するということにあるとすれば、特定少年に対する保護処分の目的が、刑罰とは異なり、応報ではなくて、対象者の改善更生を図り、再犯を防止するということにある以上は、その健全育成というのが特定少年にかかってきても矛盾はないということになろうかと思います。
最後に、原則逆送の対象事件を拡大するとしている点について意見を申し上げます。
この点については、被害者が死亡している事件とそうでない事件では事件の質が異なり、極めて重大な犯罪を対象とする既存の原則逆送制度の趣旨に反するという批判ですとか、強盗を想定すれば明らかなように、短期一年以上の懲役又は禁錮に当たる罪の事件には犯情の幅が極めて広い事件類型が含まれるので、それについて検察官送致を原則とすることは不当な結果を招くとする批判があります。
まず第一の批判ですが、そもそも、いかなる範囲の事件を原則として検察官に送致して刑事処分を行うべき重大事件と見るかについて、定まった基準があるわけではありませんで、それは最終的には立法者の判断に委ねられる問題です。実際、現行法においても、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件が原則逆送の対象事件とされているわけですが、それにも行為時十六歳以上であるという限定が付されていまして、これは、行為時十四歳、十五歳の少年については、類型的な責任非難の低さということを理由に、原則逆送の対象から除外しているというものです。
その観点から見ますと、今回は、十八歳、十九歳の者は中間層と位置づけられたことによって、十八歳未満の者と比べて、短期一年以上の懲役、禁錮に当たる罪の事件という同じ犯罪行為を行った場合であっても、より刑事責任を問われるべき法的な地位にあるという前提で、その対象が拡大されたということになります。こういった帰結が論理必然的に生じるものではありませんが、これも政策的判断としてはあり得る選択肢であろうというふうに考えております。
それから、第二の批判については、これは、犯情の幅が広い事件類型が含まれることになるというのはそのとおりですけれども、原則逆送制度には例外が認められていますので、裁判所が、犯情の幅が広いことを踏まえて、検察官送致すべきでないと判断される事件については、検察官送致ではなくて保護処分の決定を行うということが想定されておりますし、また、仮に検察官送致がなされずに保護処分に付されるということになった場合ですが、特定少年については、先ほども申し上げましたように、行為責任の枠内という制約がかかりますので、刑事処分が科される場合とそれから保護処分に付される場合とで、極端に違いが生じないということになりますので、その点からも、必ずしも、この原則逆送の対象事件の拡大というのが不当な結論をもたらすということにはならないのではないかというふうに考えております。
以上で意見陳述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本委員会で意見陳述をする機会を与えていただきましたことに感謝いたします。
私は、この改正法案の基となりました法制審議会の刑事法、少年法部会に委員として参加いたしましたので、部会での議論を踏まえて、本法案の内容のうち、少年法の適用対象年齢を維持している点、その上で、十八歳、十九歳を特定少年として、それに対する保護処分に関して特別な取扱いをしている点、さらに、原則逆送制度の対象事件を拡大している点の三点について意見を申し上げたいと思います。
今回の少年法の適用対象年齢の引下げの議論は、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことに対応して始まったものでして、十八歳、十九歳の年長少年に少年法を適用することに実質的な不都合があったことによるものではありません。
むしろ、少年法の下での手続及び保護処分に付された者に対する処遇が、十八歳、十九歳の非行少年の改善教育と再犯の防止のためにも有効に機能してきたということについては、部会のメンバーの間でも意見の一致がありました。
そして、そうであるがゆえに、十八歳、十九歳の者を少年法の適用対象から単純に外すということになれば、その改善教育と再犯の防止の観点からは問題があるということも、部会での共通認識でした。
そのため、部会での議論は、第一に、公職選挙法や民法において選挙権年齢や成年年齢が十八歳に引き下げられたことが、少年法の適用対象年齢を十八歳未満に引き下げる根拠となるのかどうか、第二に、仮にそれを十八歳未満に引き下げた場合に、十八歳、十九歳の者に対してその改善更生と再犯の防止のためにいかなる措置が考えられるのかという点を中心として進められました。
このうち、第一の点については、一般的な法律において大人として取り扱われることになる年齢は一致する方が国民にとって分かりやすいという指摘もありましたが、人の成長発達過程というのは生物学的にも社会的にも連続的なものですから、年齢による線引きというのは、特定の目的に基づく政策的な判断にほかなりません。
そうである以上、何歳を年齢の区切りとするかは、それぞれの法律ないし制度が、ある年齢に達した者に対して、権利義務を含めていかなる地位を与えようとするかによって決められるべきものです。
したがって、少年法の適用対象年齢が、公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢と当然に連動しなければならないものではないと思います。
ただ、その一方で、それぞれの制度において、一定の年齢に達した者を、そうでない者と異なる取扱いをする根拠に共通性がある場合には、その間の整合性を取ることが求められることになります。
こうした観点からは、民法の成年年齢が十八歳に引き下げられたこととの関係をどのように考えるかが結論の分かれ目となるポイントでして、部会においても、その点が引下げ賛成論と反対論の最大の対立点でした。
つまり、少年法は、少年が未成熟で可塑性に富むということを根拠に、その改善教育を図るという観点から、保護原理、パターナリズムですが、に基づく、国による後見的な介入を認めています。
具体的には、少年が犯罪行為を行っていなくても、少年に虞犯事由と虞犯性が認められれば、少年院送致を含む保護処分に付することができますし、また、犯罪少年について、その要保護性が認められる限り、犯した罪に見合った責任を超える保護処分に付することもできるというふうに考えられています。
他方、民法においても、未成年者は親の監護権に服するものとされていまして、その点で、少年と未成年者の地位には共通性があります。
そうしますと、民法上成年となり、親の監護権に服さなくなった十八歳、十九歳の者を、少年法上は少年として扱い、保護処分の対象とすることができるのかということが、少年法における介入原理が保護原理、先ほど申し上げた保護原理であることとの関係で、問題となってくるわけです。
少年法の保護原理というのは、未成熟な少年の健全な成長という少年本人の利益を図るために、国が後見的な介入をすることを認めるものであるわけですが、その場合に、何歳までの者について未成熟であるとして国家の後見的な介入を認めるかということは、一義的に定まるものではありませんで、政策的な判断になります。
そして、少年の健全な成長を図るために後見的な介入を行う要請というのは、少年法の領域に限らず、他の法領域にも妥当するものですから、その政策的な判断には法制度全体を通じた整合性が求められることになりますが、この意味での後見的な介入を認めるかどうかの判断に当たって、その基本を成すのは、人の基本的な地位や権利義務を定めた民法の領域であると考えられます。
そうしますと、今般の民法改正において、立法者は、成年年齢を二十歳から十八歳に引き下げ、十八歳、十九歳の者については、親権に服させる必要がないものとしてその対象から外し、自律的な判断能力を有するものとする政策的判断を行ったわけですから、そのような位置づけがなされた十八歳、十九歳の者について、一般的に、少年法の保護原理に基づき、健全な育成を図るためという理由で、国家による直接的な権力行使として、権利、自由の制約を伴う保護処分に付することができるとするのは、法制度全体としての整合性という観点から疑問があるのではないか。私自身は、そのような理由から、少年法の適用対象年齢は引き下げるべきであろうというふうに考えておりました。
もっとも、今申し上げたことは、民法上成年とされた十八歳、十九歳の者については、保護原理に基づく処分、すなわち権利の制約ができないということを意味するにとどまります。十八歳、十九歳の者が、二十歳以上の者と比較して、類型的に未成熟で可塑性に富むということは間違いないところですので、それを考慮して、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して特別な手続や処分を定めることは、これは十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることと何ら矛盾しませんし、また、それは、最初に申し上げました、十八歳、十九歳の者が少年法の適用対象から外れることによる問題点、弊害をできる限り解消するという点から望ましいものです。
そこで、部会では、それに対応する措置として、罪を犯した十八歳、十九歳の者を家庭裁判所に送致し、家庭裁判所が、刑罰でも保護処分でもない新たな処分に付すという仕組みを考えました。その対象事件が、当初は起訴猶予となった事件に限られていたのを、その後に提案された別案では全事件に拡大しましたが、いずれの案においても、その対象となるのは犯罪を行った者のみであって、虞犯は対象とされていませんでしたし、その処分というのも行為責任の範囲内でのみ課し得るという限界が設けられていまして、これは保護原理が適用されないということが前提となっていたわけです。
また、家庭裁判所に送致された後の手続は、現行の少年法による手続とほぼ同様になっていましたけれども、これは、十八歳、十九歳の者に少年法が適用されるというわけではなくて、十八歳、十九歳の者の特質に対応して、いわば少年法の手続を準用するという考え方に立っていたと言えると思います。
この別案の段階に至って、その制度の枠組みは、十八歳、十九歳の者を、刑事司法制度上、二十歳以上の者とも、また十八歳未満の者とも異なる、それらの中間層ないし中間類型として位置づけるものにほかならないという考え方が示されまして、それが今回の改正法案にも引き継がれているわけですが、少なくとも、この別案が出された段階では、私は、十八歳、十九歳の者を中間層と位置づけるということは、少年法の適用対象からは外すということを意味すると考えておりました。それは、少年法の適用対象として残すのであれば、既存の少年法の保護原理が妥当することを認めることになるだろうというふうに考えていたからです。
これに対して、改正法案では、少年法の適用対象年齢を維持し、十八歳、十九歳の者をなお少年としつつ、それらの者を特定少年と位置づけた上で、虞犯は対象とせず、また、保護処分は、犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において行わなければならないものとされています。つまり、特定少年に対する保護処分は行為責任の範囲内で行わなければならないということでして、これは、犯罪を行った十八歳、十九歳の者に対して、一般的に、保護原理に基づく介入を行うことはできないとする考え方によるものと言えます。
こうした改正法案の考え方によりますと、十八歳、十九歳の特定少年に対する保護処分というのは、同じ保護処分という言葉が使われていても、十八歳未満の者に対する保護処分とはその正当化根拠を異にするものであるということになりますので、その点でやや分かりにくい面があることは確かですが、少年法が適用されることと保護原理が適用されることを切り離すということを認めるのであれば、このような立法も一つのあり得るものであろうと思いますし、また、特定少年について、少年法の手続が準用されるのではなくて、それが直接に適用されると説明できる点においては、むしろ分かりやすいものと言うこともできると思います。
このことに関連して、特定少年にも少年法一条の健全育成の理念が適用される以上は、保護処分の正当化根拠が異なるのはおかしいのではないかという意見もあります。ただ、これは、健全育成の意味をどう捉えるかというところに関わる問題でして、健全育成の意味というのが、少年を改善教育し、再犯、再非行を防止するということにあるとすれば、特定少年に対する保護処分の目的が、刑罰とは異なり、応報ではなくて、対象者の改善更生を図り、再犯を防止するということにある以上は、その健全育成というのが特定少年にかかってきても矛盾はないということになろうかと思います。
最後に、原則逆送の対象事件を拡大するとしている点について意見を申し上げます。
この点については、被害者が死亡している事件とそうでない事件では事件の質が異なり、極めて重大な犯罪を対象とする既存の原則逆送制度の趣旨に反するという批判ですとか、強盗を想定すれば明らかなように、短期一年以上の懲役又は禁錮に当たる罪の事件には犯情の幅が極めて広い事件類型が含まれるので、それについて検察官送致を原則とすることは不当な結果を招くとする批判があります。
まず第一の批判ですが、そもそも、いかなる範囲の事件を原則として検察官に送致して刑事処分を行うべき重大事件と見るかについて、定まった基準があるわけではありませんで、それは最終的には立法者の判断に委ねられる問題です。実際、現行法においても、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件が原則逆送の対象事件とされているわけですが、それにも行為時十六歳以上であるという限定が付されていまして、これは、行為時十四歳、十五歳の少年については、類型的な責任非難の低さということを理由に、原則逆送の対象から除外しているというものです。
その観点から見ますと、今回は、十八歳、十九歳の者は中間層と位置づけられたことによって、十八歳未満の者と比べて、短期一年以上の懲役、禁錮に当たる罪の事件という同じ犯罪行為を行った場合であっても、より刑事責任を問われるべき法的な地位にあるという前提で、その対象が拡大されたということになります。こういった帰結が論理必然的に生じるものではありませんが、これも政策的判断としてはあり得る選択肢であろうというふうに考えております。
それから、第二の批判については、これは、犯情の幅が広い事件類型が含まれることになるというのはそのとおりですけれども、原則逆送制度には例外が認められていますので、裁判所が、犯情の幅が広いことを踏まえて、検察官送致すべきでないと判断される事件については、検察官送致ではなくて保護処分の決定を行うということが想定されておりますし、また、仮に検察官送致がなされずに保護処分に付されるということになった場合ですが、特定少年については、先ほども申し上げましたように、行為責任の枠内という制約がかかりますので、刑事処分が科される場合とそれから保護処分に付される場合とで、極端に違いが生じないということになりますので、その点からも、必ずしも、この原則逆送の対象事件の拡大というのが不当な結論をもたらすということにはならないのではないかというふうに考えております。
以上で意見陳述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
義
武
武るり子#4
○武参考人 私たち少年犯罪被害当事者の会は、少年の犯罪により、最愛の子供そして家族を突然に奪われた遺族の会です。個人や家族だけでは受け止め切れない悲しみや苦しみを分かち合おうと、一九九七年に発足し、現在、三十五の遺族で活動を行っています。
私は、その代表をしていて、二十三年になります。本日は、このような貴重な場所で意見を言える機会をいただいたことに心から感謝をしています。ありがとうございます。
私は、今回の改正案で少年法の適用年齢が十八歳に引き下げられなかったことについて、十分な結果だと思ってはいません。
どんな事件でも、まずは全てを家庭裁判所に送るということは、改正民法で十八歳、十九歳は大人として認めるのに、国は、罪を犯したときだけ子供として扱うことです。
逆送の範囲が広がるということですが、家庭裁判所は、少年には保護処分がよいとの判断を下す意識が高いところなので、逆送の範囲が広がっても逆送しないケースが出てくるのではないかと心配をしています。だから、十分とは思っていません。
でも、今回の改正は大切な一歩であるとは思っています。
なぜ、私たちは、これほどまでに少年法にこだわり続けるのか。それは、事件が起きてからいつも言われてきた、少年事件だからです、との一言でした。
私たちは、子供を殺された後もずっと、加害少年は可塑性に富んでいる、加害者はこれから先も生きていかなければいけない、将来があり、未熟だから保護しなければならない、そんな言葉を何度も何度も聞かされてきました。
私たちは、そのことを全部否定したいわけではありません。大切なことだとは分かっています。でも、そのことを理解するには大切なものが欠けていると思うのです。
被害者側の視点です。加害少年の罪の裏側には被害者がいることが多いです。命を奪われたり、傷つけられたりして、被害者が紛れもなくいるのです。生きたかったのに生きることができなかった子供たちがいるのです。
それにもかかわらず、加害者が自分の罪と向き合い、その重さを分かること、そして責任を果たしていくことがなされていないのが問題なのです。
未熟だから保護処分になった加害少年、将来があると大人より減刑された加害少年、ほとんどが謝罪もなく、賠償責任も果たしません。再犯もしています。一方で、少年が少年法で守られているために、親の責任を追及しようとして民事訴訟を起こしても、十八歳や十九歳は親の責任が認められない例も多いです。
私たちの経験していることは、加害者も親も逃げ得が許され、誰も責任を取ろうとしない姿なのです。だから、少年法改正を言い続けているのです。
今回の改正案に盛り込まれてほしかった適用年齢十八歳引下げのことですが、私たち会の人たちの事件を見ると、多くの加害少年たちは、自らが少年法で守られ、刑が軽くなることを知った上で罪を犯しているケースが目立ちます。
例えば、今日一緒に出席をしています、千葉県で起きた沢田さんの事件の加害少年を見ても、そう思います。
当時十九歳の少年が、保護観察中に、誰でもよかったと、見ず知らずの沢田さんの息子を死なせた事件では、取り寄せた調書の中で分かったことですが、日頃の遊び仲間、その遊び仲間も犯罪の経験があります、その仲間との話の中で、少年事件は軽く済む、このぐらいの事件ではこのぐらいの処分で済むんだと話をしていて、お互いにいろいろなことを学んでいたのです。その少年は、沢田さんの加害少年ですが、その少年は、自分が罪を犯しても軽く済むと思っていたのです。
このことが分かった沢田さん夫婦は、この少年は自分が少年法に守られていることを知った上で罪を犯したのだと確信したのです。少年法が抑止力になっていないどころか、犯罪の引き金になっているケースもあるのです。
凶悪犯罪を起こした少年ですら少年法で許されると思うのですから、軽微な犯罪を起こした少年であれば、なおさらその気持ちは強いのではないかと思います。
このことから、今回、強盗、放火、強制性交などが原則逆送の範囲に加わるということは、とても大切で大事なことだと思います。必ず入れてほしいことです。
今回の改正案で、起訴後は基本的に大人と同じ扱いになること、顔写真、名前を出すことも可能になることは当然のことであり、よかったと思っています。それは抑止力につながると思うからです。
会を設立して二十四年間、殺された子供たちにもせめて加害少年並みの権利を下さいとずっと訴えてきました。それは、悔しい思いをたくさんしてきたからです。
命は貴い、命は地球より重たいと言います。でも、被害者である子供たちの命はとても軽く、簡単に扱われたと感じ、悲しく、悔しくて、かわいそうでなりませんでした。
あのとき、事件を大人と同じように刑事裁判にしてもらっていたなら、罪に見合った罰が与えられていたなら、そして、加害者から心からの謝罪があったら、賠償責任がきちんと守られていたなら、きっと私たちはもっと違った人生があったのではないかと思っています。
二十四年間の中で、たくさんの人たちが被害者や遺族になり、会に入ってこられました。みんなが突然に大切な人の命を奪われ、それだけでも一生背負う苦しみなのに、加害者が少年というだけで、少年法で何度も壁にぶつかり、さらに、背負い切れないほどの苦しみを抱えさせられていました。
さらに、この二十四年間の中で出会った会の仲間の八人を、今日までに亡くしました。八人とも、平均寿命から考えると早過ぎます。全てが事件が原因とは言いませんが、大きな影響はあると思っています。みんな、命を削っているのです。
一緒に頑張ってきたのに、悔しさを残して死んでいった仲間たち、そして主人のことを思います。そして何より、突然に命を奪われた子供たちは、悔しい、死にたくない、加害者が憎いとも言わずに死んでいったんです。私は、いつもその無念を思います。
だから、これからも言い続けなければならないと思っています。
私たちは、今回も、これからも、少年法が改正になったとしても、自分たちの事件では取り戻すことができないです。でも、現在も、減少しているとはいっても、悲しいことに少年犯罪は起きていて、そこには、心細い思いをしながら泣いている被害者が存在しています。私たちのような苦しみを、これからの被害者に絶対味わわせてはいけないのです。私たちは、被害者の苦しい現状を知っているから黙ってはいられない、だから、言い続けていくのです。
私たちにできることは、これからも精いっぱい頑張ります。ですが、法律のことは、関係機関の方々、専門家の方々、そして何より、国民の代表である皆様に、きちんと考えてもらわなければならないのです。法律が被害者を更に苦しめることがあってはならないと願っています。
これから先、どこで事件が起こるか、誰が被害に遭うかは分かりません。もしかしたら皆さんの大切な人かもしれないのです。そのときに、こんな法律になってよかった、きちんとした法律だと言えるものであってほしいと、私は願うばかりです。
繰り返しになりますが、これからは小学校でも、十八歳になったらもう大人になるということを教えていくわけです。選挙権もできるし、義務と責任などの自覚をしっかり持つ大人になるための教育をしていくわけです。それなのに、罪を犯したときだけは、未熟だから少年として扱うということを、どう教えられるのでしょうか。考えてください。
私は、二十四年間、一家族で悩まないでと、会のみんなで頑張ってきました。一緒に悩み、泣き、怒り、今も話をし続けています。できることは何でも頑張っています。でも、みんなの胸の奥にある一番苦しい思い、どうしてもそれを和らげることはできないのです。それは、この少年法で生まれた苦しみだからです。どうぞ、この苦しみを、少しでも軽くしてもらえないでしょうか。
私は、真面目で正直でおとなしい被害者の人たちが、何も悪いことをしていないのに、苦しい思いをして生きている姿をたくさん見てきました。本来守られるべき人たちが、守られていないのです。
少年法が改正されることは、決して厳罰化ではありません。時代に合った適正化なんです。
議員の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、その代表をしていて、二十三年になります。本日は、このような貴重な場所で意見を言える機会をいただいたことに心から感謝をしています。ありがとうございます。
私は、今回の改正案で少年法の適用年齢が十八歳に引き下げられなかったことについて、十分な結果だと思ってはいません。
どんな事件でも、まずは全てを家庭裁判所に送るということは、改正民法で十八歳、十九歳は大人として認めるのに、国は、罪を犯したときだけ子供として扱うことです。
逆送の範囲が広がるということですが、家庭裁判所は、少年には保護処分がよいとの判断を下す意識が高いところなので、逆送の範囲が広がっても逆送しないケースが出てくるのではないかと心配をしています。だから、十分とは思っていません。
でも、今回の改正は大切な一歩であるとは思っています。
なぜ、私たちは、これほどまでに少年法にこだわり続けるのか。それは、事件が起きてからいつも言われてきた、少年事件だからです、との一言でした。
私たちは、子供を殺された後もずっと、加害少年は可塑性に富んでいる、加害者はこれから先も生きていかなければいけない、将来があり、未熟だから保護しなければならない、そんな言葉を何度も何度も聞かされてきました。
私たちは、そのことを全部否定したいわけではありません。大切なことだとは分かっています。でも、そのことを理解するには大切なものが欠けていると思うのです。
被害者側の視点です。加害少年の罪の裏側には被害者がいることが多いです。命を奪われたり、傷つけられたりして、被害者が紛れもなくいるのです。生きたかったのに生きることができなかった子供たちがいるのです。
それにもかかわらず、加害者が自分の罪と向き合い、その重さを分かること、そして責任を果たしていくことがなされていないのが問題なのです。
未熟だから保護処分になった加害少年、将来があると大人より減刑された加害少年、ほとんどが謝罪もなく、賠償責任も果たしません。再犯もしています。一方で、少年が少年法で守られているために、親の責任を追及しようとして民事訴訟を起こしても、十八歳や十九歳は親の責任が認められない例も多いです。
私たちの経験していることは、加害者も親も逃げ得が許され、誰も責任を取ろうとしない姿なのです。だから、少年法改正を言い続けているのです。
今回の改正案に盛り込まれてほしかった適用年齢十八歳引下げのことですが、私たち会の人たちの事件を見ると、多くの加害少年たちは、自らが少年法で守られ、刑が軽くなることを知った上で罪を犯しているケースが目立ちます。
例えば、今日一緒に出席をしています、千葉県で起きた沢田さんの事件の加害少年を見ても、そう思います。
当時十九歳の少年が、保護観察中に、誰でもよかったと、見ず知らずの沢田さんの息子を死なせた事件では、取り寄せた調書の中で分かったことですが、日頃の遊び仲間、その遊び仲間も犯罪の経験があります、その仲間との話の中で、少年事件は軽く済む、このぐらいの事件ではこのぐらいの処分で済むんだと話をしていて、お互いにいろいろなことを学んでいたのです。その少年は、沢田さんの加害少年ですが、その少年は、自分が罪を犯しても軽く済むと思っていたのです。
このことが分かった沢田さん夫婦は、この少年は自分が少年法に守られていることを知った上で罪を犯したのだと確信したのです。少年法が抑止力になっていないどころか、犯罪の引き金になっているケースもあるのです。
凶悪犯罪を起こした少年ですら少年法で許されると思うのですから、軽微な犯罪を起こした少年であれば、なおさらその気持ちは強いのではないかと思います。
このことから、今回、強盗、放火、強制性交などが原則逆送の範囲に加わるということは、とても大切で大事なことだと思います。必ず入れてほしいことです。
今回の改正案で、起訴後は基本的に大人と同じ扱いになること、顔写真、名前を出すことも可能になることは当然のことであり、よかったと思っています。それは抑止力につながると思うからです。
会を設立して二十四年間、殺された子供たちにもせめて加害少年並みの権利を下さいとずっと訴えてきました。それは、悔しい思いをたくさんしてきたからです。
命は貴い、命は地球より重たいと言います。でも、被害者である子供たちの命はとても軽く、簡単に扱われたと感じ、悲しく、悔しくて、かわいそうでなりませんでした。
あのとき、事件を大人と同じように刑事裁判にしてもらっていたなら、罪に見合った罰が与えられていたなら、そして、加害者から心からの謝罪があったら、賠償責任がきちんと守られていたなら、きっと私たちはもっと違った人生があったのではないかと思っています。
二十四年間の中で、たくさんの人たちが被害者や遺族になり、会に入ってこられました。みんなが突然に大切な人の命を奪われ、それだけでも一生背負う苦しみなのに、加害者が少年というだけで、少年法で何度も壁にぶつかり、さらに、背負い切れないほどの苦しみを抱えさせられていました。
さらに、この二十四年間の中で出会った会の仲間の八人を、今日までに亡くしました。八人とも、平均寿命から考えると早過ぎます。全てが事件が原因とは言いませんが、大きな影響はあると思っています。みんな、命を削っているのです。
一緒に頑張ってきたのに、悔しさを残して死んでいった仲間たち、そして主人のことを思います。そして何より、突然に命を奪われた子供たちは、悔しい、死にたくない、加害者が憎いとも言わずに死んでいったんです。私は、いつもその無念を思います。
だから、これからも言い続けなければならないと思っています。
私たちは、今回も、これからも、少年法が改正になったとしても、自分たちの事件では取り戻すことができないです。でも、現在も、減少しているとはいっても、悲しいことに少年犯罪は起きていて、そこには、心細い思いをしながら泣いている被害者が存在しています。私たちのような苦しみを、これからの被害者に絶対味わわせてはいけないのです。私たちは、被害者の苦しい現状を知っているから黙ってはいられない、だから、言い続けていくのです。
私たちにできることは、これからも精いっぱい頑張ります。ですが、法律のことは、関係機関の方々、専門家の方々、そして何より、国民の代表である皆様に、きちんと考えてもらわなければならないのです。法律が被害者を更に苦しめることがあってはならないと願っています。
これから先、どこで事件が起こるか、誰が被害に遭うかは分かりません。もしかしたら皆さんの大切な人かもしれないのです。そのときに、こんな法律になってよかった、きちんとした法律だと言えるものであってほしいと、私は願うばかりです。
繰り返しになりますが、これからは小学校でも、十八歳になったらもう大人になるということを教えていくわけです。選挙権もできるし、義務と責任などの自覚をしっかり持つ大人になるための教育をしていくわけです。それなのに、罪を犯したときだけは、未熟だから少年として扱うということを、どう教えられるのでしょうか。考えてください。
私は、二十四年間、一家族で悩まないでと、会のみんなで頑張ってきました。一緒に悩み、泣き、怒り、今も話をし続けています。できることは何でも頑張っています。でも、みんなの胸の奥にある一番苦しい思い、どうしてもそれを和らげることはできないのです。それは、この少年法で生まれた苦しみだからです。どうぞ、この苦しみを、少しでも軽くしてもらえないでしょうか。
私は、真面目で正直でおとなしい被害者の人たちが、何も悪いことをしていないのに、苦しい思いをして生きている姿をたくさん見てきました。本来守られるべき人たちが、守られていないのです。
少年法が改正されることは、決して厳罰化ではありません。時代に合った適正化なんです。
議員の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。拍手
義
片
片山徒有#6
○片山参考人 皆さん、こんにちは。
今日は、こういう機会をいただきまして、ありがとうございます。片山徒有と申します。
私は、一九九七年の十一月に、息子の隼という男の子を交通事故で失った被害者遺族になります。その事件については、当初不起訴だったものを、いろいろな方のおかげで目撃者を捜し、再捜査に持ち込み、最終的には有罪処分、有罪判決を受けたという経験を持つ、ちょっと変わった手続を経た交通事件の被害者遺族でございます。
いろいろなことをそのとき考えました。どうして被害者は生まれてしまったんだろう、そして、被害者を少なくするためにはどうしたらいいだろうということを一生懸命考えました。そこで注目したのが、日本の犯罪白書、そこに見る、いわゆる一般的に言う再非行、再犯という数値だったんです。日本の再非行、再犯の数値、再入所ともいいますけれども、私の思っているよりも非常に高かったという現実がございました。
そこで、日本の矯正教育について関心が芽生えました。一度目の犯罪あるいは非行によって出てしまった被害者は致し方がないとしても、きちっとした矯正教育を施すことによって、二度目、三度目の非行は出なくなる、つまり被害者が出なくなるんじゃないかなというふうに考えたわけです。
非常に御縁をいただきまして、いろいろな少年院、刑務所から、指導者として関わってみないかというお話をいただきまして、約二十年間、今まで四十施設にわたる少年院、刑務所にお邪魔させていただきました。
全体講話もありますけれども、グループワーク、グループ指導といった形で個々の内面に潜む問題を一緒になって考えるというケースも担当させていただきました。もちろん、個別指導もございます。その中で、当初は、被害者を出してしまった人なのだから、当然、凶暴だろう、あるいは悪質だろうという思いがあったわけですけれども、実際に会って話を聞いてみると、そういう当初の予想は本当に間違いだったということを、自分を恥じ入りました。子供たちは、純真であり、誠に純粋過ぎるからこそ非行に至ってしまうんだということが分かってきました。
少年法は甘いのではないかという指摘があります。私も当初はそう思っていたこともあります。ところが、そうではありません。少年法は心の中まで入ってくる法律だというふうに言われています。
実際に、少年院では、様々な作文を書かせたり、いろいろな指導の中で、二十四時間、法務教官がつきっきりでその子たちのことを考えています。表面上の謝罪や言い逃れはできないような仕組みになっておりまして、非常に厳しいプログラムがそこにあるということは、是非先生方にも御理解いただきたいというふうに思います。厳しいといっても、暴力を使うとか、そういうことはないわけですけれども、あくまで個々の問題性に照らし合わせて一番ふさわしいプログラムを書く。
例えば、日本の少年院は、いろいろありますけれども、少年院の特性に合わせたスポーツの種類を考えてみたり、あるいは作文の種類をいっぱい書くような少年院をつくってみたり、いろいろな形で少年院は工夫をして、再非行をしないように、それから、少年たちが健全育成をするようにということを心がけていることが私もよく分かってまいりました。
最初私が訪れた少年院というところは、いわゆる中等少年院というところでございました。粗暴犯、中には人に大変な重傷を負わせてしまった子供たちもいたわけですけれども、私は一生懸命、自分の子供、あるいは近所の子供たちが同じような目に遭ったらどういう気持ちになるだろうということを考えました。何回も通っているうちに、自分の子供がここにいたらどういう気持ちになるだろうというふうに変化してきました。つまり、その子たちの問題というのは、その子だけの問題ではなく、社会市民である私たちの問題でもあるということに気がついたからです。
そこで、実際に、子供たちの親代わり、兄代わりとなっている法務教官と一緒になって、立ち直り教育について一生懸命努力させていただくようになりました。法制度が変わって、刑務所でも教育ができるようになりまして、法務教官が教育専門官となって刑務所でも行われるようになってきました。少年刑務所でも同様です。
刑務所と少年院の違いを端的に申し上げますと、人数の違いが圧倒的に違います。少年院には、十人、二十人という施設もあれば、四十人というところもあります。せめてそのぐらいの人数が少年院の規模です。ところが、刑務所になりますと、一千人あるいは二千人という定員のところもございます。私が今担当させていただいている刑務所は、いずれも千人規模のところでございます。
被害者の視点を取り入れた教育というプログラムがございまして、被害者問題についての理解、それから内省を深めさせるようなプログラムがございますけれども、少年院でごく少数で行うものと千人を対象に行うものとでは、当然、内容も質も異なるものでございます。ですから、表面的には確かに刑務所での更生教育も効果を上げていることと推測はいたしますけれども、もっともっとやり尽くしたい、もっともっと手をかけたいという問題があるわけでございます。
今回、法制審議会では自由刑の在り方についても議論されたというふうに承知をしておりますけれども、一日も早く、今の刑務所、刑務作業よりも教育を優先していただけるような仕組みをつくっていただきたいというふうに考えております。
私個人としては、そのようなところから、少年事件は、年齢を引き下げるよりも引き上げた方が好ましいのではないかというふうに考えるようになりました。この理由は単純です。人間の平均寿命が長くなっていること、人生百歳時代だというふうに言われている中で、二十歳が成人として果たしてふさわしいかどうか。確かに、民法の規定からいって十八歳になるというのも一つは理解できるわけですけれども、海外では、様々な事柄について個別に成人年齢が違うことが普通だということも聞いたことがあります。
一般的に考えて、大学を卒業する二十三あるいは二十六歳ぐらいまでを少年として見た方が、むしろすんなりと理解ができるのではないかなというふうに思っております。現に、医療少年院では二十六歳まで収容できるということになっておりますので、あながちこれは不適当な答えではないというふうに考えております。
また、今回の法改正には、日本弁護士連合会を始め、元裁判官、元家裁調査官、元少年院長、日本児童青年精神医学会、それから少年法改正に反対する刑事法研究者の方々も反対声明を上げておられます。つまり、専門家の方々が自ら声を上げるということは、これまでに余りなかったことです。それほどまでに、少年法の持つ保護主義を大事に思ってほしい、少年を粗末に扱わないでほしいということの表れではないかというふうに思っております。
あと、被害者支援と少年の立ち直りは両立できるのかという問いがよくあります。私は両立できるというふうに思います。
被害者支援でいいますと、私は今、あひる一会という自助団体の代表も務めさせていただいておりますけれども、日常生活が送れるようになるところが一応エンドラインというふうに見ております。どのような方でも、当初は大変落ち込んでおられ、社会を非常に不信感で見ておられた方でも、時とともに回復に至るということが一般的だというふうに思います。
その中で、少年事件であれば、四十九日審判と言われている、極めて短時間で審判が終わってしまうために、自分の意見が言えなかった、情報が開示されなかったなどの不満点、不審点はあろうかと思いますけれども、その後もケア、サポートすることにより、例えば、修復的司法的なアプローチで被害者と少年との間を取り持つこともできますし、様々な形で回復軌道に乗せていくことは可能だというふうに考えております。
それから、被害者感情も多様であるということは、是非御理解いただきたいというふうに思います。被害者というのは、誰が被害者になるか分かりません。ですから、同じ御遺族の中でも意見相違というのはいっぱいあります。御家庭の中でお父さん、お母さんが意見が違うということも多々ありますし、お子さんが亡くなった場合、そのごきょうだいがまた違う意見を述べられることもよくあります。そういうことから、世間で言われているような被害者像というのはとても強固で、悲しくて、つらくてということが前面に出てくるわけですけれども、その陰に隠れて、そういうことではないことをアピールしたいという被害者もいるということを、是非御理解いただきたいというふうに思います。
ある支援事例で申し上げますと、私たちは、大々的に被害者支援キャンペーンをして、加害者が見つからない事件だったものですから、何とか情報提供をというふうに思ったわけですけれども、御遺族の中から反対意見が出ました。就職を控えている、結婚を控えている、そういう御家族がおられたものですから、なるべくそういうことはやらないでほしいというふうに言われました。ですから、なるべく穏やかな形で支援をするように心がけまして、何とか無事に支援活動は継続することができました。
実際、長期間にわたる被害者支援をしておりますと、様々な問題が起きるものだということは是非御理解いただきたいと思います。
具体的に、法案について少し触れさせていただきたいというふうに思います。
今回、法制審議会で三年以上にわたる議論がありまして、私も注目しておりました。
当初は、引下げではなく引上げにしてほしいという要望書を出したわけですけれども、実際に法案になってみたものを見ますと、いろいろ問題となる部分が多いのではないかというふうに気がつきました。
対象事件については、少年法六十二条で見られるように、組織的詐欺などの事案が含まれるというようなことが書かれておりました。これは、暴力団や組織的なグループの中で、末端の少年が使い走りをしているうちに含まれてしまうものだというふうに理解しております。
もちろん、安易にアルバイト感覚で応募してしまう少年にも落ち度があるわけですけれども、それを例えば検察官送致にする、そして実名報道をするということは非常に問題となっていくのではないかというふうに思います。
それから、虞犯少年の切捨て、少年法の六十五条に相当するものだと思いますけれども、これも大変問題ではないかというふうに思います。虞犯少年というのは、社会の中で居場所がない、あるいは家庭の理解がないというようなところから、僅かな非行を繰り返し、あるいは何かの形で反社会的なことをしてしまうことにより虞犯として処分をされる、保護されるというケースがあると思います。
これは、はっきり言って、被害者としても認めてあげてもいいぐらいに気の毒な方々が多いと思います。実際に、私も少年院で虞犯で入ってきた少年と触れ合ったことがありますけれども、今までよく生きていたなと思うぐらいにつらい経験をされてきたお嬢さんでした。
それから、今回の法案で一番の問題だなというふうに感じたのは、推知報道禁止の解除でございます。これは、少年法六十八条に相当するものだと思いますけれども、一度報道された情報は消えることがありません。新聞社はきちんとした対応をされるんだと思いますけれども、いわゆるSNSを中心とした新聞記事を一部引用したような形でのサイトは、一生消えることがないんじゃないかと思います。
御存じのように、SNSを中心とした報道によって自殺をする人まで出ている時代ですので、情報の公開については是非禁止をしていただきたいというふうに思います。非常に、こういうことはレアケースという形でごまかしてはいけないわけでございまして、誰一人取り残さない方針で、たとえ少数だとしても、五十五条移送で少年院に帰ってくる少年もその中には必ず含まれているわけですから、問題性をやはり共有していただきたいなというふうに思っております。
あと、職業制限につきましても、これは前科前歴がつくということも踏まえて、問題が多いのではないかというふうに考えております。
少年は希望を持ち、将来就きたい仕事を見つけます。私もついこの間、日本看護師協会様に電話をして、こういう形で看護師希望になった人が将来看護師に就けるのでしょうかというふうにお尋ねをしたところ、前科前歴がついてしまうということは、看護師資格の受験資格はあるかもしれないけれども、免許は与えられないだろうというお答えでした。
将来希望をする仕事に就けないということできちんとした道を歩めないことは、大変悲しいことでございます。そういう悲しい少年を一人でも増やさないようにするのが少年法一条の精神だというふうに私は思います。
行為責任についての考え方についても少しお話をしたいと思います。
これは、シンプルな話として、少年は子供だからゆえに少年非行を犯してしまうんだと思います。
国が、あるいは社会が子供の親代わりとなって面倒を見ていくということがどれほど大事なことなのか。これは、例えば東日本大震災も含め、コロナウイルス感染症の事柄も含めて、地域がきずなを持って支えていく日本ということを考えますと、非常に重要な視点だというふうに思います。子供たちを切り捨てることによって達成できる正義というものは、あり得ないというふうに思っております。
少年事件の根本は少年法にあると思いますけれども、その原点である保護主義の理念を変える必要は全くないというふうに私は思います。少年が加害者であったとしても、よい出会いの下に、未来を見据えていく人として立ち直ることができます。結果として、心からの謝罪、これも生まれてくるだろうというふうに思います。
私の経験で言いますと、少年審判の頃までに内省が深められている少年は、まずおられないのではないかと思います。少年院に入って、そこで頭を冷やして内省を深めて、法務教官との出会いがあり、様々なことを考えることによって、初めて謝罪、反省ができていくんだと思います。
そういうことも踏まえまして、是非、厳罰主義ではなく、保護主義で少年法を完結していただきたいというふうに私は強く切望いたします。
以上で終わります。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →今日は、こういう機会をいただきまして、ありがとうございます。片山徒有と申します。
私は、一九九七年の十一月に、息子の隼という男の子を交通事故で失った被害者遺族になります。その事件については、当初不起訴だったものを、いろいろな方のおかげで目撃者を捜し、再捜査に持ち込み、最終的には有罪処分、有罪判決を受けたという経験を持つ、ちょっと変わった手続を経た交通事件の被害者遺族でございます。
いろいろなことをそのとき考えました。どうして被害者は生まれてしまったんだろう、そして、被害者を少なくするためにはどうしたらいいだろうということを一生懸命考えました。そこで注目したのが、日本の犯罪白書、そこに見る、いわゆる一般的に言う再非行、再犯という数値だったんです。日本の再非行、再犯の数値、再入所ともいいますけれども、私の思っているよりも非常に高かったという現実がございました。
そこで、日本の矯正教育について関心が芽生えました。一度目の犯罪あるいは非行によって出てしまった被害者は致し方がないとしても、きちっとした矯正教育を施すことによって、二度目、三度目の非行は出なくなる、つまり被害者が出なくなるんじゃないかなというふうに考えたわけです。
非常に御縁をいただきまして、いろいろな少年院、刑務所から、指導者として関わってみないかというお話をいただきまして、約二十年間、今まで四十施設にわたる少年院、刑務所にお邪魔させていただきました。
全体講話もありますけれども、グループワーク、グループ指導といった形で個々の内面に潜む問題を一緒になって考えるというケースも担当させていただきました。もちろん、個別指導もございます。その中で、当初は、被害者を出してしまった人なのだから、当然、凶暴だろう、あるいは悪質だろうという思いがあったわけですけれども、実際に会って話を聞いてみると、そういう当初の予想は本当に間違いだったということを、自分を恥じ入りました。子供たちは、純真であり、誠に純粋過ぎるからこそ非行に至ってしまうんだということが分かってきました。
少年法は甘いのではないかという指摘があります。私も当初はそう思っていたこともあります。ところが、そうではありません。少年法は心の中まで入ってくる法律だというふうに言われています。
実際に、少年院では、様々な作文を書かせたり、いろいろな指導の中で、二十四時間、法務教官がつきっきりでその子たちのことを考えています。表面上の謝罪や言い逃れはできないような仕組みになっておりまして、非常に厳しいプログラムがそこにあるということは、是非先生方にも御理解いただきたいというふうに思います。厳しいといっても、暴力を使うとか、そういうことはないわけですけれども、あくまで個々の問題性に照らし合わせて一番ふさわしいプログラムを書く。
例えば、日本の少年院は、いろいろありますけれども、少年院の特性に合わせたスポーツの種類を考えてみたり、あるいは作文の種類をいっぱい書くような少年院をつくってみたり、いろいろな形で少年院は工夫をして、再非行をしないように、それから、少年たちが健全育成をするようにということを心がけていることが私もよく分かってまいりました。
最初私が訪れた少年院というところは、いわゆる中等少年院というところでございました。粗暴犯、中には人に大変な重傷を負わせてしまった子供たちもいたわけですけれども、私は一生懸命、自分の子供、あるいは近所の子供たちが同じような目に遭ったらどういう気持ちになるだろうということを考えました。何回も通っているうちに、自分の子供がここにいたらどういう気持ちになるだろうというふうに変化してきました。つまり、その子たちの問題というのは、その子だけの問題ではなく、社会市民である私たちの問題でもあるということに気がついたからです。
そこで、実際に、子供たちの親代わり、兄代わりとなっている法務教官と一緒になって、立ち直り教育について一生懸命努力させていただくようになりました。法制度が変わって、刑務所でも教育ができるようになりまして、法務教官が教育専門官となって刑務所でも行われるようになってきました。少年刑務所でも同様です。
刑務所と少年院の違いを端的に申し上げますと、人数の違いが圧倒的に違います。少年院には、十人、二十人という施設もあれば、四十人というところもあります。せめてそのぐらいの人数が少年院の規模です。ところが、刑務所になりますと、一千人あるいは二千人という定員のところもございます。私が今担当させていただいている刑務所は、いずれも千人規模のところでございます。
被害者の視点を取り入れた教育というプログラムがございまして、被害者問題についての理解、それから内省を深めさせるようなプログラムがございますけれども、少年院でごく少数で行うものと千人を対象に行うものとでは、当然、内容も質も異なるものでございます。ですから、表面的には確かに刑務所での更生教育も効果を上げていることと推測はいたしますけれども、もっともっとやり尽くしたい、もっともっと手をかけたいという問題があるわけでございます。
今回、法制審議会では自由刑の在り方についても議論されたというふうに承知をしておりますけれども、一日も早く、今の刑務所、刑務作業よりも教育を優先していただけるような仕組みをつくっていただきたいというふうに考えております。
私個人としては、そのようなところから、少年事件は、年齢を引き下げるよりも引き上げた方が好ましいのではないかというふうに考えるようになりました。この理由は単純です。人間の平均寿命が長くなっていること、人生百歳時代だというふうに言われている中で、二十歳が成人として果たしてふさわしいかどうか。確かに、民法の規定からいって十八歳になるというのも一つは理解できるわけですけれども、海外では、様々な事柄について個別に成人年齢が違うことが普通だということも聞いたことがあります。
一般的に考えて、大学を卒業する二十三あるいは二十六歳ぐらいまでを少年として見た方が、むしろすんなりと理解ができるのではないかなというふうに思っております。現に、医療少年院では二十六歳まで収容できるということになっておりますので、あながちこれは不適当な答えではないというふうに考えております。
また、今回の法改正には、日本弁護士連合会を始め、元裁判官、元家裁調査官、元少年院長、日本児童青年精神医学会、それから少年法改正に反対する刑事法研究者の方々も反対声明を上げておられます。つまり、専門家の方々が自ら声を上げるということは、これまでに余りなかったことです。それほどまでに、少年法の持つ保護主義を大事に思ってほしい、少年を粗末に扱わないでほしいということの表れではないかというふうに思っております。
あと、被害者支援と少年の立ち直りは両立できるのかという問いがよくあります。私は両立できるというふうに思います。
被害者支援でいいますと、私は今、あひる一会という自助団体の代表も務めさせていただいておりますけれども、日常生活が送れるようになるところが一応エンドラインというふうに見ております。どのような方でも、当初は大変落ち込んでおられ、社会を非常に不信感で見ておられた方でも、時とともに回復に至るということが一般的だというふうに思います。
その中で、少年事件であれば、四十九日審判と言われている、極めて短時間で審判が終わってしまうために、自分の意見が言えなかった、情報が開示されなかったなどの不満点、不審点はあろうかと思いますけれども、その後もケア、サポートすることにより、例えば、修復的司法的なアプローチで被害者と少年との間を取り持つこともできますし、様々な形で回復軌道に乗せていくことは可能だというふうに考えております。
それから、被害者感情も多様であるということは、是非御理解いただきたいというふうに思います。被害者というのは、誰が被害者になるか分かりません。ですから、同じ御遺族の中でも意見相違というのはいっぱいあります。御家庭の中でお父さん、お母さんが意見が違うということも多々ありますし、お子さんが亡くなった場合、そのごきょうだいがまた違う意見を述べられることもよくあります。そういうことから、世間で言われているような被害者像というのはとても強固で、悲しくて、つらくてということが前面に出てくるわけですけれども、その陰に隠れて、そういうことではないことをアピールしたいという被害者もいるということを、是非御理解いただきたいというふうに思います。
ある支援事例で申し上げますと、私たちは、大々的に被害者支援キャンペーンをして、加害者が見つからない事件だったものですから、何とか情報提供をというふうに思ったわけですけれども、御遺族の中から反対意見が出ました。就職を控えている、結婚を控えている、そういう御家族がおられたものですから、なるべくそういうことはやらないでほしいというふうに言われました。ですから、なるべく穏やかな形で支援をするように心がけまして、何とか無事に支援活動は継続することができました。
実際、長期間にわたる被害者支援をしておりますと、様々な問題が起きるものだということは是非御理解いただきたいと思います。
具体的に、法案について少し触れさせていただきたいというふうに思います。
今回、法制審議会で三年以上にわたる議論がありまして、私も注目しておりました。
当初は、引下げではなく引上げにしてほしいという要望書を出したわけですけれども、実際に法案になってみたものを見ますと、いろいろ問題となる部分が多いのではないかというふうに気がつきました。
対象事件については、少年法六十二条で見られるように、組織的詐欺などの事案が含まれるというようなことが書かれておりました。これは、暴力団や組織的なグループの中で、末端の少年が使い走りをしているうちに含まれてしまうものだというふうに理解しております。
もちろん、安易にアルバイト感覚で応募してしまう少年にも落ち度があるわけですけれども、それを例えば検察官送致にする、そして実名報道をするということは非常に問題となっていくのではないかというふうに思います。
それから、虞犯少年の切捨て、少年法の六十五条に相当するものだと思いますけれども、これも大変問題ではないかというふうに思います。虞犯少年というのは、社会の中で居場所がない、あるいは家庭の理解がないというようなところから、僅かな非行を繰り返し、あるいは何かの形で反社会的なことをしてしまうことにより虞犯として処分をされる、保護されるというケースがあると思います。
これは、はっきり言って、被害者としても認めてあげてもいいぐらいに気の毒な方々が多いと思います。実際に、私も少年院で虞犯で入ってきた少年と触れ合ったことがありますけれども、今までよく生きていたなと思うぐらいにつらい経験をされてきたお嬢さんでした。
それから、今回の法案で一番の問題だなというふうに感じたのは、推知報道禁止の解除でございます。これは、少年法六十八条に相当するものだと思いますけれども、一度報道された情報は消えることがありません。新聞社はきちんとした対応をされるんだと思いますけれども、いわゆるSNSを中心とした新聞記事を一部引用したような形でのサイトは、一生消えることがないんじゃないかと思います。
御存じのように、SNSを中心とした報道によって自殺をする人まで出ている時代ですので、情報の公開については是非禁止をしていただきたいというふうに思います。非常に、こういうことはレアケースという形でごまかしてはいけないわけでございまして、誰一人取り残さない方針で、たとえ少数だとしても、五十五条移送で少年院に帰ってくる少年もその中には必ず含まれているわけですから、問題性をやはり共有していただきたいなというふうに思っております。
あと、職業制限につきましても、これは前科前歴がつくということも踏まえて、問題が多いのではないかというふうに考えております。
少年は希望を持ち、将来就きたい仕事を見つけます。私もついこの間、日本看護師協会様に電話をして、こういう形で看護師希望になった人が将来看護師に就けるのでしょうかというふうにお尋ねをしたところ、前科前歴がついてしまうということは、看護師資格の受験資格はあるかもしれないけれども、免許は与えられないだろうというお答えでした。
将来希望をする仕事に就けないということできちんとした道を歩めないことは、大変悲しいことでございます。そういう悲しい少年を一人でも増やさないようにするのが少年法一条の精神だというふうに私は思います。
行為責任についての考え方についても少しお話をしたいと思います。
これは、シンプルな話として、少年は子供だからゆえに少年非行を犯してしまうんだと思います。
国が、あるいは社会が子供の親代わりとなって面倒を見ていくということがどれほど大事なことなのか。これは、例えば東日本大震災も含め、コロナウイルス感染症の事柄も含めて、地域がきずなを持って支えていく日本ということを考えますと、非常に重要な視点だというふうに思います。子供たちを切り捨てることによって達成できる正義というものは、あり得ないというふうに思っております。
少年事件の根本は少年法にあると思いますけれども、その原点である保護主義の理念を変える必要は全くないというふうに私は思います。少年が加害者であったとしても、よい出会いの下に、未来を見据えていく人として立ち直ることができます。結果として、心からの謝罪、これも生まれてくるだろうというふうに思います。
私の経験で言いますと、少年審判の頃までに内省が深められている少年は、まずおられないのではないかと思います。少年院に入って、そこで頭を冷やして内省を深めて、法務教官との出会いがあり、様々なことを考えることによって、初めて謝罪、反省ができていくんだと思います。
そういうことも踏まえまして、是非、厳罰主義ではなく、保護主義で少年法を完結していただきたいというふうに私は強く切望いたします。
以上で終わります。ありがとうございました。拍手
義
須
須藤明#8
○須藤参考人 駒沢女子大学の須藤でございます。本日はよろしくお願いいたします。
本日、このような機会を与えていただいたことに大変感謝しております。
お手元にパワーポイントのレジュメ資料を用意してございますので、それを御覧いただきながら聞いていただければというふうに思っております。
私、長らく家庭裁判所の調査官の仕事をしておりまして、二〇一〇年から現在の大学の方で大学教員をしております。大学の方に移りましてからは、刑事事件の心理鑑定、専門的には情状鑑定と申しますけれども、情状鑑定を通じ、少年の刑事裁判にも幾つか携わっている経験がございます。
そんなところを踏まえて、今回の改正案について家庭裁判所の実務にどのような影響が出るのだろうかと、特に特定少年をめぐる調査と処遇を中心にお話をさせていただきたいというふうに思います。
最初に、現在の、現行法の仕組みをある程度確認させていただきますけれども、少年法の目的そのものは、少年の性格、環境に関する調査を通じて非行の原因を明らかにして、それに相応する処遇を講ずるということで、将来の再非行を防止し、その健全育成を期するということになっているかと思います。そのために、非行事実だけではなくて、その背景にある様々な事情、そこをきちっと調査し、しかも科学的に調査するということで、家裁調査官の社会調査及び少年鑑別所の心身鑑別というのが行われているということです。そうした科学的知見が教育主義とか個別性を基本原理とする少年審判で活用されているというのが、現状ということになります。
では、社会調査はどういうことなのかということですが、社会調査というのは、少年に対してどのような処遇が最も有効、適切であるか、これを明らかにするため、つまり要保護性に関する判断のために行われる、これが少年法の実務講義案ということで、研修所のいわゆる教科書的なものとして使われているものですけれども、そういうふうに言われております。
要保護性につきましては伝統的に三つの要素があるというふうに言われておりまして、再犯危険性、矯正可能性及び保護相当性ということになっております。こうしたことについて、科学的な犯罪危険性の予測、それから教育的可塑性、教育的な働きかけによって変わり得る可能性、それから少年の持つ将来の可能性、ここについては、本人の問題だけではなくて、本人の持っているポテンシャリティーというか長所というか、そういったところも踏まえてアセスメントをしていくということになるわけです。
調査の指針につきましては、少年法の九条に記されているように、人間行動科学の知見を活用するということと、少年鑑別所の鑑別結果、これは心身鑑別といいますけれども、これを活用するということになっておるということです。
社会調査の基本的な方法としては、面接というのが基本となっているわけですけれども、その中で、外形的な事実、それから心理的な事実、本人の主観的な事実、様々な事実を多面的に捉える事実の調査を行うということになります。ただ、それだけではなくて、その面接調査の中で、本人が行った非行行動、それから、被害者又は被害者の御遺族に与えた影響、そういったところも考えさせるというアプローチもしております。これを教育的働きかけとか教育的な措置というふうに呼んでおります。その中で、ケース・バイ・ケースですけれども、心理テストを行って、本人の中の様々な傾向とか問題点、若しくは本人の長所、そういった点についても明らかにして、その点を本人に伝えるといったことも行ったりもします。
それから、面接調査のほかには、社会奉仕活動等の様々な教育的プログラムが家庭裁判所には用意されておりまして、法務参考資料、こちらの百五十五ページに東京家庭裁判所のプログラムが示されているかと思います。
それから、保護者の監護能力を高めるような働きかけもしております。いろいろな働きかけがありますけれども、例えば、指導に自信を失っている保護者、疲弊している保護者等もいらっしゃいますので、そういった保護者に対しては十分ねぎらったり、あと、保護者の御努力の中でとても有効かと思われるところを拾い上げ、エンパワーメントしていくというような形で保護者に関わったりもしております。
それから、教育的措置は、試験観察の中でも行われております。試験観察といいますのは、中間的な処分と言われておりますけれども、一定期間、本人の様子を見て、要保護性の判断をしていくために用いられるということです。通常、三、四か月で、最終的には審判で結論を決めるということになります。
次に、少年鑑別所の心身鑑別でございますけれども、少年鑑別所には、心理を専門とする法務技官、それから、監護を担当する法務教官、こういった専門家がおりまして、面接や心理テスト、それから行動観察、さらには医師の診断、こういったことを総合的に勘案しまして、鑑別結果通知書というのを作成し、それを家庭裁判所に提出するということになります。
家裁調査官が行う結果を少年調査票という報告書にまとめられ、さらには、そこに鑑別結果通知書が来る。これらは、一冊のファイル、ファイリングされまして、それを社会記録と呼んでいます。こういったものが裁判官の要保護性判断の重要な資料となっているということです。保護処分となった場合には、執行機関にこの社会記録が引き継がれるということです。次の七ページを見ていただきますと分かるように、執行機関の間をこの社会記録が行き来するということでございます。
さて、特定少年に関する実務上の問題点について申し上げます。
十八歳及び十九歳の者につきましては、従来の家裁への全件送致、これを維持する一方で、原則逆送事件を拡大しております。それから、保護処分の選択においては、犯情を考慮するといった刑事事件の量刑概念が持ち込まれているわけです。これまで、犯情という概念は、家裁の実務の中ではなかった概念です。
この十八、十九歳の者が十分に成熟しておらず、可塑性を有する存在と位置づけながら、こうした特定少年としての特例というのは、現行法における少年の問題性に応じて処遇していく、そういう柔軟さを失わせる、つまり硬直化をもたらすものではないかというふうに考えております。この点について、後でまた申し上げます。
それから、この犯情概念等々含めてですけれども、社会調査とか心身鑑別にも影響を与えていく。更に言うと、教育的措置や試験観察といった機能を後退させるおそれもあるというふうに考えております。
まず、原則逆送事件の対象の拡大ですけれども、いろいろな方から御指摘が出ているかとは思いますけれども、非常に、対象事件の非行態様とか、それから原因というのは多種多様でありまして、いわゆる犯情の幅が広いという言い方をされるんでしょうが、こういったことからすると、現在の非行の実情から申し上げますと、その処遇効果というのがとても疑問が出てくるということです。
それから、ただし書によって保護処分もあり得るということになっておりますけれども、いわゆる平成十二年改正の少年法二十条二項の実務からある程度明らかになっておるんですけれども、いわゆる犯情といった外形的な事実、これが重視されまして、ただし書の解釈も、特段の事情というくくりで限定的になっている現状があります。
それから、社会調査とか心身鑑別に関して、これは弁護士等からですけれども、内容面の形骸化とか個別性の軽視という側面が生じているという指摘もございまして、同様の問題が生じる可能性があるかなというふうに私も思っております。社会調査に関しては、全てがそういう形骸化しているとは私は思ってはいませんが、刑事事件の鑑定を通じて、実際の現在の社会調査の少年調査票を拝見する機会が数多くありますけれども、残念ながら、そういう指摘が当たっているような報告書も散見されるというところがあります。
対象事件について、現状を若干触れさせていただきますと、強盗については、いわゆる押し入り強盗というのは少なくて、万引きやひったくり、こういう事件の関連で被害者に傷害を負わせてしまったため、そのために強盗の認定になったというケースがございます。
それから、強制性交ですが、性衝動や怒りのコントロールなどが主たる要因となっておりますけれども、その背景になっているのは、不適切な養育環境や親子関係、例えば虐待とか、そういった背景があって、それゆえに発達上の課題を抱えている少年が数多くおります。
次に、現住建造物等の放火に関しては、知的な問題や未成熟さ、これが背景にある事例が多いわけです。こういう知的な問題、それから精神的な未熟さ、これに刑事罰がどの程度対応できるのか、甚だ疑問であるということです。
次に、保護処分における犯情概念の導入です。
犯情は、成人の量刑、つまり刑事責任の軽重を基礎づける概念です。一方、少年司法における保護処分というのは、非行事実を踏まえた上で、要保護性を基準として決定されるということになります。先ほどの試験観察もそうです。そうした保護処分の本質と犯情概念は本来相入れないものではないかというふうに思います。
犯情の概念が処分の上限を示すものであって、実質的に変化はないと見る考え方があるかもしれませんけれども、要保護性の観点が後退するのは明らかであろうというふうに思われます。
社会調査や心身鑑別において、これがどうなるかということですけれども、実務家は、与えられた法の枠組みで最善を尽くすというふうに努力すると思います。ただ、従前と変わらぬ適切な分析がなされたとしても、それが調査官の処遇意見とか少年鑑別所における心身鑑別の判定意見にダイレクトに反映されるとは思えないわけですね。つまり、分析結果と意見の乖離が生じるだろうということです。結果として、社会調査と心身鑑別の形骸化をもたらすのではなかろうかというふうに懸念を持っています。
仮に、犯情の調査の方に社会調査や心身鑑別がシフトするとすれば、それは、内容は従来のものから相当貧弱なものにならざるを得ないというふうに思われます。
犯情に基づいて、保護観察とか少年院の期間が限定されるわけです。これも大きな問題で、処遇の柔軟性が失われていくというふうに思います。
ここで例を挙げますと、例えばということで、帰住先の調整に時間を要する少年がいる、そういった場合に、現行では、収容継続によって仮退院中の保護観察期間を確保して、スムーズな社会復帰が図れるような対応がなされているということになります。重大事件の少年の多くは相当環境上の問題を抱えていて、実際の少年院の教官からも話を伺うと、帰住先の調整というのは非常に困難だということです。社会的な受皿が、現在、そういう社会的なインフラと申しましょうか、そこが十分でないような現状において、こういったことが非常にできないまま社会に戻すということが起きかねないのではなかろうかというふうに思っております。
その他、十八、十九歳に対する試験観察や教育的働きかけの減少といった問題も生じる。更に言うと、これは余りこれまで指摘されてはいないと思いますが、十八歳に近い十七歳の少年の調査と処遇、そこにも影響を与えてくるということです。
ちょっと図示しました。次のページを見てください。特定少年の試験観察は減少するのかということです。
試験観察は、本来、要保護性の判断をするため、分かりやすく申し上げますと、少年院か保護観察か、どちらがふさわしいだろうと、迷うケースもあるわけです。そういったケースを、社会生活を送らせながら調査官が定期的に面接し、必要な教育的な働きかけをする。その結果として要保護性が判断されて、保護観察なのかそれとも少年院なのか、こういったことが最終的な審判で決定されるというのが現行の仕組みです。
ところが、審判では犯情の軽重を考慮してということで、このところが連続性がないわけですよね。そうすると、十八、十九の少年については試験観察が行われなくなるのではなかろうかというふうに思うわけです。
更に言うと、下を見ていただくと、十八歳近い十七歳、例えば十七歳十か月、この十七歳十か月の少年が、十七歳のうちに審判を受けるのであれば従来の形で処分が決まっていくということになりますけれども、この本改正案だと、処分時の年齢が十八、十九であればということになっておりますので、十七歳例えば十か月、十一か月の少年に対して試験観察を果たしてするんだろうかという、こういったところにも影響が出てくるというふうに考えます。
最後に、虞犯を対象から外したことについて申し上げます。
法務省の矯正統計二〇一九年版、それによると、虞犯で少年院に入所したのは、男子で十八歳七人、十九歳七人、女子で十八歳三人、十九歳一人というふうになっております。
それから、法務委員会の資料の百九十一ページに虞犯事件の処分が出ていますけれども、八六・八%ですかね、保護観察を含めた、少年院若しくは保護観察、いわゆる保護処分ですね、保護処分に付された虞犯の少年は八六・八%と極めて高い割合になっています。これはどういうことかというと、それだけ様々な手だてを加えなくちゃいけない問題を抱えている少年が多いということです。
虞犯の多くは、家庭的な問題を抱えて、薬物に依存したり、時には暴力団の被害者になったりする事例も散見されます。
御承知のように、十八歳になりますと児童福祉法の適用が離れます。こうした少年たちを保護する手だてとして、現行の少年法がある意味最後のセーフネットとして機能していたわけですけれども、これを失うことになるのではなかろうかというふうに思います。むしろ、これは弊害が大きいというふうに考えます。
最後に、保護処分は、教育を柱として、社会的なつまずき、その他の問題を抱えている少年たちの健全発達を促すものであると同時に、犯した罪に向き合わせていく作業でもあります。決して、その罪を許すとかというものではないということです。少年法は甘いという言説が流布されがちではありますけれども、決してそうではないということを是非御理解いただきたいなと思います。
当然、非行は加害行為でありますけれども、その一方で、多くの少年というのは、被虐待経験とかそういった被害者的な歴史を背負っているということです。少年院に収容された、虐待を受けた経験がある少年というのが、例えば男子少年は二八・三%です。女子少年は四三・六%と、極めて高いパーセンテージを示しています。
したがって、こういうことを踏まえますと、いわゆる厳罰化だけ、責任を問うだけのアプローチは効果がないと考えていますし、この効果測定については世界的にも様々な研究がございますけれども、私が知り得る限り、厳罰の効果があるという研究のエビデンスはありません。ですから、少年の中にある被害者性も十分取り扱っていくことが必要であるというふうに考えます。
これは、誤解していただきたくないのですが、決して加害者の面を許容せよと言っているわけではなくて、そうしたことを通じて、それが真の意味での反省に結びついて、被害に遭われた方や御遺族への贖罪につながるというふうに考えるからです。刑罰が決して子供たちの成熟を促進するわけではないということです。こういった点も踏まえて御審議していただければ幸いです。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日、このような機会を与えていただいたことに大変感謝しております。
お手元にパワーポイントのレジュメ資料を用意してございますので、それを御覧いただきながら聞いていただければというふうに思っております。
私、長らく家庭裁判所の調査官の仕事をしておりまして、二〇一〇年から現在の大学の方で大学教員をしております。大学の方に移りましてからは、刑事事件の心理鑑定、専門的には情状鑑定と申しますけれども、情状鑑定を通じ、少年の刑事裁判にも幾つか携わっている経験がございます。
そんなところを踏まえて、今回の改正案について家庭裁判所の実務にどのような影響が出るのだろうかと、特に特定少年をめぐる調査と処遇を中心にお話をさせていただきたいというふうに思います。
最初に、現在の、現行法の仕組みをある程度確認させていただきますけれども、少年法の目的そのものは、少年の性格、環境に関する調査を通じて非行の原因を明らかにして、それに相応する処遇を講ずるということで、将来の再非行を防止し、その健全育成を期するということになっているかと思います。そのために、非行事実だけではなくて、その背景にある様々な事情、そこをきちっと調査し、しかも科学的に調査するということで、家裁調査官の社会調査及び少年鑑別所の心身鑑別というのが行われているということです。そうした科学的知見が教育主義とか個別性を基本原理とする少年審判で活用されているというのが、現状ということになります。
では、社会調査はどういうことなのかということですが、社会調査というのは、少年に対してどのような処遇が最も有効、適切であるか、これを明らかにするため、つまり要保護性に関する判断のために行われる、これが少年法の実務講義案ということで、研修所のいわゆる教科書的なものとして使われているものですけれども、そういうふうに言われております。
要保護性につきましては伝統的に三つの要素があるというふうに言われておりまして、再犯危険性、矯正可能性及び保護相当性ということになっております。こうしたことについて、科学的な犯罪危険性の予測、それから教育的可塑性、教育的な働きかけによって変わり得る可能性、それから少年の持つ将来の可能性、ここについては、本人の問題だけではなくて、本人の持っているポテンシャリティーというか長所というか、そういったところも踏まえてアセスメントをしていくということになるわけです。
調査の指針につきましては、少年法の九条に記されているように、人間行動科学の知見を活用するということと、少年鑑別所の鑑別結果、これは心身鑑別といいますけれども、これを活用するということになっておるということです。
社会調査の基本的な方法としては、面接というのが基本となっているわけですけれども、その中で、外形的な事実、それから心理的な事実、本人の主観的な事実、様々な事実を多面的に捉える事実の調査を行うということになります。ただ、それだけではなくて、その面接調査の中で、本人が行った非行行動、それから、被害者又は被害者の御遺族に与えた影響、そういったところも考えさせるというアプローチもしております。これを教育的働きかけとか教育的な措置というふうに呼んでおります。その中で、ケース・バイ・ケースですけれども、心理テストを行って、本人の中の様々な傾向とか問題点、若しくは本人の長所、そういった点についても明らかにして、その点を本人に伝えるといったことも行ったりもします。
それから、面接調査のほかには、社会奉仕活動等の様々な教育的プログラムが家庭裁判所には用意されておりまして、法務参考資料、こちらの百五十五ページに東京家庭裁判所のプログラムが示されているかと思います。
それから、保護者の監護能力を高めるような働きかけもしております。いろいろな働きかけがありますけれども、例えば、指導に自信を失っている保護者、疲弊している保護者等もいらっしゃいますので、そういった保護者に対しては十分ねぎらったり、あと、保護者の御努力の中でとても有効かと思われるところを拾い上げ、エンパワーメントしていくというような形で保護者に関わったりもしております。
それから、教育的措置は、試験観察の中でも行われております。試験観察といいますのは、中間的な処分と言われておりますけれども、一定期間、本人の様子を見て、要保護性の判断をしていくために用いられるということです。通常、三、四か月で、最終的には審判で結論を決めるということになります。
次に、少年鑑別所の心身鑑別でございますけれども、少年鑑別所には、心理を専門とする法務技官、それから、監護を担当する法務教官、こういった専門家がおりまして、面接や心理テスト、それから行動観察、さらには医師の診断、こういったことを総合的に勘案しまして、鑑別結果通知書というのを作成し、それを家庭裁判所に提出するということになります。
家裁調査官が行う結果を少年調査票という報告書にまとめられ、さらには、そこに鑑別結果通知書が来る。これらは、一冊のファイル、ファイリングされまして、それを社会記録と呼んでいます。こういったものが裁判官の要保護性判断の重要な資料となっているということです。保護処分となった場合には、執行機関にこの社会記録が引き継がれるということです。次の七ページを見ていただきますと分かるように、執行機関の間をこの社会記録が行き来するということでございます。
さて、特定少年に関する実務上の問題点について申し上げます。
十八歳及び十九歳の者につきましては、従来の家裁への全件送致、これを維持する一方で、原則逆送事件を拡大しております。それから、保護処分の選択においては、犯情を考慮するといった刑事事件の量刑概念が持ち込まれているわけです。これまで、犯情という概念は、家裁の実務の中ではなかった概念です。
この十八、十九歳の者が十分に成熟しておらず、可塑性を有する存在と位置づけながら、こうした特定少年としての特例というのは、現行法における少年の問題性に応じて処遇していく、そういう柔軟さを失わせる、つまり硬直化をもたらすものではないかというふうに考えております。この点について、後でまた申し上げます。
それから、この犯情概念等々含めてですけれども、社会調査とか心身鑑別にも影響を与えていく。更に言うと、教育的措置や試験観察といった機能を後退させるおそれもあるというふうに考えております。
まず、原則逆送事件の対象の拡大ですけれども、いろいろな方から御指摘が出ているかとは思いますけれども、非常に、対象事件の非行態様とか、それから原因というのは多種多様でありまして、いわゆる犯情の幅が広いという言い方をされるんでしょうが、こういったことからすると、現在の非行の実情から申し上げますと、その処遇効果というのがとても疑問が出てくるということです。
それから、ただし書によって保護処分もあり得るということになっておりますけれども、いわゆる平成十二年改正の少年法二十条二項の実務からある程度明らかになっておるんですけれども、いわゆる犯情といった外形的な事実、これが重視されまして、ただし書の解釈も、特段の事情というくくりで限定的になっている現状があります。
それから、社会調査とか心身鑑別に関して、これは弁護士等からですけれども、内容面の形骸化とか個別性の軽視という側面が生じているという指摘もございまして、同様の問題が生じる可能性があるかなというふうに私も思っております。社会調査に関しては、全てがそういう形骸化しているとは私は思ってはいませんが、刑事事件の鑑定を通じて、実際の現在の社会調査の少年調査票を拝見する機会が数多くありますけれども、残念ながら、そういう指摘が当たっているような報告書も散見されるというところがあります。
対象事件について、現状を若干触れさせていただきますと、強盗については、いわゆる押し入り強盗というのは少なくて、万引きやひったくり、こういう事件の関連で被害者に傷害を負わせてしまったため、そのために強盗の認定になったというケースがございます。
それから、強制性交ですが、性衝動や怒りのコントロールなどが主たる要因となっておりますけれども、その背景になっているのは、不適切な養育環境や親子関係、例えば虐待とか、そういった背景があって、それゆえに発達上の課題を抱えている少年が数多くおります。
次に、現住建造物等の放火に関しては、知的な問題や未成熟さ、これが背景にある事例が多いわけです。こういう知的な問題、それから精神的な未熟さ、これに刑事罰がどの程度対応できるのか、甚だ疑問であるということです。
次に、保護処分における犯情概念の導入です。
犯情は、成人の量刑、つまり刑事責任の軽重を基礎づける概念です。一方、少年司法における保護処分というのは、非行事実を踏まえた上で、要保護性を基準として決定されるということになります。先ほどの試験観察もそうです。そうした保護処分の本質と犯情概念は本来相入れないものではないかというふうに思います。
犯情の概念が処分の上限を示すものであって、実質的に変化はないと見る考え方があるかもしれませんけれども、要保護性の観点が後退するのは明らかであろうというふうに思われます。
社会調査や心身鑑別において、これがどうなるかということですけれども、実務家は、与えられた法の枠組みで最善を尽くすというふうに努力すると思います。ただ、従前と変わらぬ適切な分析がなされたとしても、それが調査官の処遇意見とか少年鑑別所における心身鑑別の判定意見にダイレクトに反映されるとは思えないわけですね。つまり、分析結果と意見の乖離が生じるだろうということです。結果として、社会調査と心身鑑別の形骸化をもたらすのではなかろうかというふうに懸念を持っています。
仮に、犯情の調査の方に社会調査や心身鑑別がシフトするとすれば、それは、内容は従来のものから相当貧弱なものにならざるを得ないというふうに思われます。
犯情に基づいて、保護観察とか少年院の期間が限定されるわけです。これも大きな問題で、処遇の柔軟性が失われていくというふうに思います。
ここで例を挙げますと、例えばということで、帰住先の調整に時間を要する少年がいる、そういった場合に、現行では、収容継続によって仮退院中の保護観察期間を確保して、スムーズな社会復帰が図れるような対応がなされているということになります。重大事件の少年の多くは相当環境上の問題を抱えていて、実際の少年院の教官からも話を伺うと、帰住先の調整というのは非常に困難だということです。社会的な受皿が、現在、そういう社会的なインフラと申しましょうか、そこが十分でないような現状において、こういったことが非常にできないまま社会に戻すということが起きかねないのではなかろうかというふうに思っております。
その他、十八、十九歳に対する試験観察や教育的働きかけの減少といった問題も生じる。更に言うと、これは余りこれまで指摘されてはいないと思いますが、十八歳に近い十七歳の少年の調査と処遇、そこにも影響を与えてくるということです。
ちょっと図示しました。次のページを見てください。特定少年の試験観察は減少するのかということです。
試験観察は、本来、要保護性の判断をするため、分かりやすく申し上げますと、少年院か保護観察か、どちらがふさわしいだろうと、迷うケースもあるわけです。そういったケースを、社会生活を送らせながら調査官が定期的に面接し、必要な教育的な働きかけをする。その結果として要保護性が判断されて、保護観察なのかそれとも少年院なのか、こういったことが最終的な審判で決定されるというのが現行の仕組みです。
ところが、審判では犯情の軽重を考慮してということで、このところが連続性がないわけですよね。そうすると、十八、十九の少年については試験観察が行われなくなるのではなかろうかというふうに思うわけです。
更に言うと、下を見ていただくと、十八歳近い十七歳、例えば十七歳十か月、この十七歳十か月の少年が、十七歳のうちに審判を受けるのであれば従来の形で処分が決まっていくということになりますけれども、この本改正案だと、処分時の年齢が十八、十九であればということになっておりますので、十七歳例えば十か月、十一か月の少年に対して試験観察を果たしてするんだろうかという、こういったところにも影響が出てくるというふうに考えます。
最後に、虞犯を対象から外したことについて申し上げます。
法務省の矯正統計二〇一九年版、それによると、虞犯で少年院に入所したのは、男子で十八歳七人、十九歳七人、女子で十八歳三人、十九歳一人というふうになっております。
それから、法務委員会の資料の百九十一ページに虞犯事件の処分が出ていますけれども、八六・八%ですかね、保護観察を含めた、少年院若しくは保護観察、いわゆる保護処分ですね、保護処分に付された虞犯の少年は八六・八%と極めて高い割合になっています。これはどういうことかというと、それだけ様々な手だてを加えなくちゃいけない問題を抱えている少年が多いということです。
虞犯の多くは、家庭的な問題を抱えて、薬物に依存したり、時には暴力団の被害者になったりする事例も散見されます。
御承知のように、十八歳になりますと児童福祉法の適用が離れます。こうした少年たちを保護する手だてとして、現行の少年法がある意味最後のセーフネットとして機能していたわけですけれども、これを失うことになるのではなかろうかというふうに思います。むしろ、これは弊害が大きいというふうに考えます。
最後に、保護処分は、教育を柱として、社会的なつまずき、その他の問題を抱えている少年たちの健全発達を促すものであると同時に、犯した罪に向き合わせていく作業でもあります。決して、その罪を許すとかというものではないということです。少年法は甘いという言説が流布されがちではありますけれども、決してそうではないということを是非御理解いただきたいなと思います。
当然、非行は加害行為でありますけれども、その一方で、多くの少年というのは、被虐待経験とかそういった被害者的な歴史を背負っているということです。少年院に収容された、虐待を受けた経験がある少年というのが、例えば男子少年は二八・三%です。女子少年は四三・六%と、極めて高いパーセンテージを示しています。
したがって、こういうことを踏まえますと、いわゆる厳罰化だけ、責任を問うだけのアプローチは効果がないと考えていますし、この効果測定については世界的にも様々な研究がございますけれども、私が知り得る限り、厳罰の効果があるという研究のエビデンスはありません。ですから、少年の中にある被害者性も十分取り扱っていくことが必要であるというふうに考えます。
これは、誤解していただきたくないのですが、決して加害者の面を許容せよと言っているわけではなくて、そうしたことを通じて、それが真の意味での反省に結びついて、被害に遭われた方や御遺族への贖罪につながるというふうに考えるからです。刑罰が決して子供たちの成熟を促進するわけではないということです。こういった点も踏まえて御審議していただければ幸いです。
ありがとうございました。拍手
義
義
義家弘介#10
○義家委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
なお、一時より衆議院本会議がありますので、申合せの時間、答弁の時間も含めて、考慮していただきますよう、よろしくお願いいたします。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。中曽根康隆君。
この発言だけを見る →なお、一時より衆議院本会議がありますので、申合せの時間、答弁の時間も含めて、考慮していただきますよう、よろしくお願いいたします。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。中曽根康隆君。
中
中曽根康隆#11
○中曽根委員 自由民主党の中曽根康隆でございます。本日は、質疑の機会をいただきまして、ありがとうございます。
また、四名の参考人の皆様、大変御多忙の中、お越しいただきまして、また、今大変貴重な御意見をいただきましたこと、まず御礼を申し上げたいというふうに思います。
今回の少年法の改正案というのは、結局のところ、十八歳、十九歳をどう見るかという非常にセンシティブな問題でありまして、今お伺いした皆様の御意見も、どれも当然納得できるものであります。どの視点に、どの立場に立って見るかによって結論も変わってくるという、様々な観点から総合的に考える必要がある問題であるというのを改めて今感じたところでございます。
過去の経緯を考えてみますと、既に公選法の改正で選挙権は十八歳以上に与えられており、また、民法の改正で、来年の四月、成人年齢が十八歳に引き下げられるということになっている。平成二十八年に施行された改正公選法の附則には、このように書いています。少年法と民法については必要な法制上の措置を講じると明記されているわけでありますけれども、現在のこの十八歳、十九歳を取り巻く社会情勢の変化を踏まえてみますと、本来は少年法も民法に合わせて線引きをそろえるべきであるという意見も多数あります。
今回のこの特定少年の位置づけというのは、民法上は親の監護権を離れた成年であるにもかかわらず、少年法においては、先ほどから出ていますけれども、保護原理に基づく、国による後見的介入を認められている少年となるわけです。要は、処罰対象としての成年になるのか、又は更生対象としての少年になるのか、ここが非常に曖昧であり、中途半端な位置づけになっていると感じている人も多いと思いますし、ここが恐らく一番の意見の分かれ目の基というか、考え方の違いにもつながっているんだというふうに思います。
民法上の成人で、選挙権も与えられて、契約も自由にできるような立法で、罪を犯したときだけ少年と扱われる。この十八歳、十九歳は、先ほどから述べているように、一体大人なのか、子供なのか、ここが極めて中途半端な扱いになっているのが現状だというふうに思います。こういった状況を、被害者、そしてその御家族の皆様、また国民がちゃんと納得するかというのは、ちょっと懐疑的なところも正直あります。
この適用年齢の引下げには、十八歳、十九歳の更生、これを阻害するという反対意見ももちろんありますけれども、一方で、先ほど武参考人もおっしゃいましたけれども、二十歳未満なら少年法に守られるし、名前も顔も報道されないからといって、犯罪に手を染めるケースもあるわけです。これを大人と同じ扱いにすれば抑止力につながるという考えも、当然あるわけであります。
そこで、川出参考人そして武参考人に質問させていただきますけれども、今述べたように、法制度全体を通じた整合性を考えれば、この少年法の適用年齢も成人年齢に合わせて十八歳未満に引き下げるのが妥当という議論もあります。近年の世論調査を見てみても、七割、八割という方がこれに賛成しているというデータも出ている。このような状況で、あくまでも将来的に、この適用年齢の引下げを、継続してやはり検討をしっかりしていかなきゃいけないというふうに思いますけれども、これについての御意見を伺いたい。
特に、武参考人においては、やはり推知報道の一部解除とか、又は逆送の拡大、これが一部抑止力につながるということは評価していただいているというふうに先ほどお伺いいたしましたけれども、やはり、民法上成人なのに罪を犯すときだけ少年になること、又は少年法を利用している少年がいるという、その憤りというのは消えないというふうに思うんですね。
そういった意味でも、少年犯罪の被害者として、今後の適用年齢の引下げ、そういったことも含めて、率直な御意見をいただきたいというふうに思います。
この発言だけを見る →また、四名の参考人の皆様、大変御多忙の中、お越しいただきまして、また、今大変貴重な御意見をいただきましたこと、まず御礼を申し上げたいというふうに思います。
今回の少年法の改正案というのは、結局のところ、十八歳、十九歳をどう見るかという非常にセンシティブな問題でありまして、今お伺いした皆様の御意見も、どれも当然納得できるものであります。どの視点に、どの立場に立って見るかによって結論も変わってくるという、様々な観点から総合的に考える必要がある問題であるというのを改めて今感じたところでございます。
過去の経緯を考えてみますと、既に公選法の改正で選挙権は十八歳以上に与えられており、また、民法の改正で、来年の四月、成人年齢が十八歳に引き下げられるということになっている。平成二十八年に施行された改正公選法の附則には、このように書いています。少年法と民法については必要な法制上の措置を講じると明記されているわけでありますけれども、現在のこの十八歳、十九歳を取り巻く社会情勢の変化を踏まえてみますと、本来は少年法も民法に合わせて線引きをそろえるべきであるという意見も多数あります。
今回のこの特定少年の位置づけというのは、民法上は親の監護権を離れた成年であるにもかかわらず、少年法においては、先ほどから出ていますけれども、保護原理に基づく、国による後見的介入を認められている少年となるわけです。要は、処罰対象としての成年になるのか、又は更生対象としての少年になるのか、ここが非常に曖昧であり、中途半端な位置づけになっていると感じている人も多いと思いますし、ここが恐らく一番の意見の分かれ目の基というか、考え方の違いにもつながっているんだというふうに思います。
民法上の成人で、選挙権も与えられて、契約も自由にできるような立法で、罪を犯したときだけ少年と扱われる。この十八歳、十九歳は、先ほどから述べているように、一体大人なのか、子供なのか、ここが極めて中途半端な扱いになっているのが現状だというふうに思います。こういった状況を、被害者、そしてその御家族の皆様、また国民がちゃんと納得するかというのは、ちょっと懐疑的なところも正直あります。
この適用年齢の引下げには、十八歳、十九歳の更生、これを阻害するという反対意見ももちろんありますけれども、一方で、先ほど武参考人もおっしゃいましたけれども、二十歳未満なら少年法に守られるし、名前も顔も報道されないからといって、犯罪に手を染めるケースもあるわけです。これを大人と同じ扱いにすれば抑止力につながるという考えも、当然あるわけであります。
そこで、川出参考人そして武参考人に質問させていただきますけれども、今述べたように、法制度全体を通じた整合性を考えれば、この少年法の適用年齢も成人年齢に合わせて十八歳未満に引き下げるのが妥当という議論もあります。近年の世論調査を見てみても、七割、八割という方がこれに賛成しているというデータも出ている。このような状況で、あくまでも将来的に、この適用年齢の引下げを、継続してやはり検討をしっかりしていかなきゃいけないというふうに思いますけれども、これについての御意見を伺いたい。
特に、武参考人においては、やはり推知報道の一部解除とか、又は逆送の拡大、これが一部抑止力につながるということは評価していただいているというふうに先ほどお伺いいたしましたけれども、やはり、民法上成人なのに罪を犯すときだけ少年になること、又は少年法を利用している少年がいるという、その憤りというのは消えないというふうに思うんですね。
そういった意味でも、少年犯罪の被害者として、今後の適用年齢の引下げ、そういったことも含めて、率直な御意見をいただきたいというふうに思います。
川
川出敏裕#12
○川出参考人 先ほど申し上げましたように、民法の成年年齢が十八歳になったということとの関係で考えると、少年法の保護原理が適用されないということですので、そこからすると、少年法の適用から外すというのが、私自身は、最初はそれが論理的だろうと思っておりました。
ただ、先ほども申し上げましたように、少年法の適用対象とした上で、しかし保護原理が適用されないということを認めるのであれば、一つの法形式としては今回の改正法案というのはあり得るだろうということですので、その上で、じゃ、今後、何というんですかね、法形式として少年法の適用対象から外すかどうかということは、更に国会で考えておいていただくべきことであろうというふうに思っています。
この発言だけを見る →ただ、先ほども申し上げましたように、少年法の適用対象とした上で、しかし保護原理が適用されないということを認めるのであれば、一つの法形式としては今回の改正法案というのはあり得るだろうということですので、その上で、じゃ、今後、何というんですかね、法形式として少年法の適用対象から外すかどうかということは、更に国会で考えておいていただくべきことであろうというふうに思っています。
武
武るり子#13
○武参考人 私も先ほど申したように、民法が十八歳に年齢引下げになりますし、もちろん選挙権はもう数年前からありますので、罪を犯したときだけ少年法で扱われるというのは、どうしても納得できないんですね。
私も、法務省でありました法制審議会、少年法の改正の話合いの中で、三年半出席していまして、最初は年齢は引き下げるのが当然だという流れで、だけれども、十八歳、十九歳の少年であってもまだ未熟な子がいる、だから、その少年たちをどう救い上げるかという話で進んでいたわけです。
ところが、どうしても年齢までは触れないということになりまして、仕方なく、正直なところ、仕方なく納得をしないといけないという状況になっていました。
だけれども、今回の改正をまず一歩として、これがないことには先に進めないわけなので、この法案を通していただくことによって、私は、数年後には年齢引下げもできるというか、あり得るというか、絶対してもらいたいというか、そういう思いでいっぱいです。
加害少年たちはよく知っています。どこを知っているかというと、自分は犯罪を起こして、十八歳だから守られるのか、いや、顔が出るのか、名前が出るのか、その見える部分だけをよく分かっているんです。少年法の中身をすごく分かっているわけではないです。罪が重くなるのか、いや軽くなるのか、すごく分かりやすいところ、私も、自分の息子が事件に遭うまではそうでしたが、何というんですかね、大きな部分しか分からないんです。
だから、やはり年齢を引き下げるということには、顔も出る、名前も出る、責任を自分に持たなきゃいけないという、大きな抑止力に私はなると思います。もちろん、でも教育は大事だと思います。刑罰だけを与えてほしいと言っているわけではないです。加害者に、その責任である刑罰を与えた上で、教育もしっかりしてくださいと言っています。そして、加えて言えば、被害者の視点を取り入れた教育も、その施設に入ったときから入れていただきたいということ、これにつながるということを信じています。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私も、法務省でありました法制審議会、少年法の改正の話合いの中で、三年半出席していまして、最初は年齢は引き下げるのが当然だという流れで、だけれども、十八歳、十九歳の少年であってもまだ未熟な子がいる、だから、その少年たちをどう救い上げるかという話で進んでいたわけです。
ところが、どうしても年齢までは触れないということになりまして、仕方なく、正直なところ、仕方なく納得をしないといけないという状況になっていました。
だけれども、今回の改正をまず一歩として、これがないことには先に進めないわけなので、この法案を通していただくことによって、私は、数年後には年齢引下げもできるというか、あり得るというか、絶対してもらいたいというか、そういう思いでいっぱいです。
加害少年たちはよく知っています。どこを知っているかというと、自分は犯罪を起こして、十八歳だから守られるのか、いや、顔が出るのか、名前が出るのか、その見える部分だけをよく分かっているんです。少年法の中身をすごく分かっているわけではないです。罪が重くなるのか、いや軽くなるのか、すごく分かりやすいところ、私も、自分の息子が事件に遭うまではそうでしたが、何というんですかね、大きな部分しか分からないんです。
だから、やはり年齢を引き下げるということには、顔も出る、名前も出る、責任を自分に持たなきゃいけないという、大きな抑止力に私はなると思います。もちろん、でも教育は大事だと思います。刑罰だけを与えてほしいと言っているわけではないです。加害者に、その責任である刑罰を与えた上で、教育もしっかりしてくださいと言っています。そして、加えて言えば、被害者の視点を取り入れた教育も、その施設に入ったときから入れていただきたいということ、これにつながるということを信じています。
ありがとうございました。
中
中曽根康隆#14
○中曽根委員 ありがとうございます。
適用年齢引下げの議論は、これで終わりじゃなくて、引き続きやっていかなきゃいけないですし、やはり被害者の視点というものを第一に考えて、これからも議論していかなきゃいけないというふうに思います。
次に、片山、須藤両参考人に質問させていただきますけれども、今回の改正では、この逆送の対象拡大が行われることによって、少年の非行性が除去されないとか、また更生の機会が与えられないまま社会に戻されるというような意見もあります。その一方で、今回、少年の改善更生そして立ち直りに一定の機能を果たしてきた家庭裁判所の調査又は審判機能というのをしっかりと十八歳、十九歳にも活用していくために、引き続き、少年法をこの十八、十九には適用して、家庭裁判所への全件送致の仕組みが維持されることになりました。
このことについての評価を、お二人から一言ずつお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →適用年齢引下げの議論は、これで終わりじゃなくて、引き続きやっていかなきゃいけないですし、やはり被害者の視点というものを第一に考えて、これからも議論していかなきゃいけないというふうに思います。
次に、片山、須藤両参考人に質問させていただきますけれども、今回の改正では、この逆送の対象拡大が行われることによって、少年の非行性が除去されないとか、また更生の機会が与えられないまま社会に戻されるというような意見もあります。その一方で、今回、少年の改善更生そして立ち直りに一定の機能を果たしてきた家庭裁判所の調査又は審判機能というのをしっかりと十八歳、十九歳にも活用していくために、引き続き、少年法をこの十八、十九には適用して、家庭裁判所への全件送致の仕組みが維持されることになりました。
このことについての評価を、お二人から一言ずつお伺いしたいと思います。
片
片山徒有#15
○片山参考人 よろしくお願いいたします。
私は、検察官送致対象事件が拡大されたことについては反対の立場を取っております。そもそも少年事件は少年審判で終わるべきだというふうに私は思っておりまして、わざわざ検察官送致にして大人と同じ刑事裁判を送るルートをつくることが、少年のためにもならず、ひいては被害者自身のためにもならないというふうに考えております。
なぜかといいますと、大変時間がかかるからです。少年審判というのは、大変時間を迅速に終えて、早く回復軌道に乗せるというのが特徴だというふうに聞いております。中には、四十九日審判と言われるぐらいに、とても早い時期に審判が終わる、そして更生プログラムに乗せていくんだということがうたわれております。
これは私も最初はびっくりしたのですけれども、実際に施設に行ってみると、それが非常に機能的に行われていることがよく分かってまいりました。
ところが、検察官送致になって、また刑事裁判が始まり、あるいは、今回、五十五条移送といって、また家庭裁判所に戻ってくるルートも残っているわけですけれども、そういったことを繰り返していくと、とても、実際の立ち直りまでに時間がかかってしまいます。
ですから、少年事件に限っては少年審判で最初から終わらせるということが全く妥当だというふうに考えております。
以上です。
この発言だけを見る →私は、検察官送致対象事件が拡大されたことについては反対の立場を取っております。そもそも少年事件は少年審判で終わるべきだというふうに私は思っておりまして、わざわざ検察官送致にして大人と同じ刑事裁判を送るルートをつくることが、少年のためにもならず、ひいては被害者自身のためにもならないというふうに考えております。
なぜかといいますと、大変時間がかかるからです。少年審判というのは、大変時間を迅速に終えて、早く回復軌道に乗せるというのが特徴だというふうに聞いております。中には、四十九日審判と言われるぐらいに、とても早い時期に審判が終わる、そして更生プログラムに乗せていくんだということがうたわれております。
これは私も最初はびっくりしたのですけれども、実際に施設に行ってみると、それが非常に機能的に行われていることがよく分かってまいりました。
ところが、検察官送致になって、また刑事裁判が始まり、あるいは、今回、五十五条移送といって、また家庭裁判所に戻ってくるルートも残っているわけですけれども、そういったことを繰り返していくと、とても、実際の立ち直りまでに時間がかかってしまいます。
ですから、少年事件に限っては少年審判で最初から終わらせるということが全く妥当だというふうに考えております。
以上です。
須
須藤明#16
○須藤参考人 ありがとうございます。
全件送致が維持されたということは大変評価しておりますけれども、先ほど申し上げたように、その犯情概念というのをどのように取り扱うのかというのは、大きな問題になると思います。
家庭裁判所では、従来の社会調査をしっかりやってというような言い方をよくされますが、ただ、社会調査というのは、要保護性の調査だということを先ほど来申し上げています。ですから、犯情をどのように考えていくのかということと要保護性の調査というのが、一概につながらないわけですね。
そうすると、結局は、外形的な事実、つまり手口とか結果とか、そういったことで処分の枠組みが決まっていくことになるのではなかろうか。そうすると、相対的に、要保護性の調査という価値が下がっていく。
だから、先ほど申し上げた二〇〇〇年、平成十二年の改正で、若干その社会調査について批判を受けているのも、その辺りの構造的な問題が実はあるんだろうというふうに考えております。その点が一番懸念をしております。
この発言だけを見る →全件送致が維持されたということは大変評価しておりますけれども、先ほど申し上げたように、その犯情概念というのをどのように取り扱うのかというのは、大きな問題になると思います。
家庭裁判所では、従来の社会調査をしっかりやってというような言い方をよくされますが、ただ、社会調査というのは、要保護性の調査だということを先ほど来申し上げています。ですから、犯情をどのように考えていくのかということと要保護性の調査というのが、一概につながらないわけですね。
そうすると、結局は、外形的な事実、つまり手口とか結果とか、そういったことで処分の枠組みが決まっていくことになるのではなかろうか。そうすると、相対的に、要保護性の調査という価値が下がっていく。
だから、先ほど申し上げた二〇〇〇年、平成十二年の改正で、若干その社会調査について批判を受けているのも、その辺りの構造的な問題が実はあるんだろうというふうに考えております。その点が一番懸念をしております。
中
中曽根康隆#17
○中曽根委員 ありがとうございます。
ちょっともう時間が来ていますので、最後に一問だけ、武参考人にお伺いしたいんです。
推知報道についてなんですが、先ほどから申し上げているとおり、一定の抑止力にはなると。ただ一方で、先ほど片山参考人からもありましたけれども、今の時代、ぶわっとネット上で拡散されて、半永久的に残ると。そういったことによって、加害少年に与える影響も非常に大きいですし、その子が反省したとしても、社会復帰の機会というのを大きく損なう可能性もあると。
こういったことについて、被害者の会を代表されている立場でどのようにお考えか。特に、これはもう少年としてでなく、成年として、犯した罪の代償というふうに割り切られているのかどうか、そこら辺、お伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →ちょっともう時間が来ていますので、最後に一問だけ、武参考人にお伺いしたいんです。
推知報道についてなんですが、先ほどから申し上げているとおり、一定の抑止力にはなると。ただ一方で、先ほど片山参考人からもありましたけれども、今の時代、ぶわっとネット上で拡散されて、半永久的に残ると。そういったことによって、加害少年に与える影響も非常に大きいですし、その子が反省したとしても、社会復帰の機会というのを大きく損なう可能性もあると。
こういったことについて、被害者の会を代表されている立場でどのようにお考えか。特に、これはもう少年としてでなく、成年として、犯した罪の代償というふうに割り切られているのかどうか、そこら辺、お伺いしたいと思います。
武
武るり子#18
○武参考人 推知報道のことですが、顔写真が出たり名前が出たりすると就職がしにくい、そして、立ち直りの機会を奪ってしまうということをよく言われて、もちろん、そういうことはあると思います。悪いことをして、何かを起こした少年であるわけですから、ハンデはあると思うんですね。だったら、やはり悪いことをしたんだから、より努力が大事だと思うんですね。それを教えていないことに問題があると思います。
私は、いつも思うことは、名前が出たら就職がしにくい、自分は立ち直れないという、それを理由にさせていると思っているんです。それを理由にさせてはいけないと思います。あなたは悪いことをしたんだ、それだけのことをしたんだから、より努力をしなさい、それでなければ社会は受け入れないんですよという厳しさを、やはり教育の中で取り入れるべきだと思うんですね。それが、私は、欠けているので、理由にさせてしまっていると思っています。
もう一つ言えば、被害者側、皆さんも御存じのように、少年犯罪の被害者の名前、どんどん出ます。もちろん、社会的に大きな影響力のあるような事件であれば、被害者の名前をどうしましょう、出した方がいいのか、いや、出さない方がいいのか、考えていただく機会があります。でも、私たちの会の人、みんな最初から出ています。うちの場合は出してくださいとお願いしましたが、やはり出せない人もいるんです。でも、どんどん出て、ネットにも載ります。事実だけが載るわけじゃないです。誹謗中傷もあります。そして、女の子であれば、本当に面白おかしく報道されているんです。
でも、その中で、私たち被害者はどうしているかというと、事件のせいにしている暇なんてないというか、事件のせいに本当はしてもいいはずなのに、そうじゃなく、一生懸命、頑張って生きているんです。
犯罪に遭ったことで、私たち遺族の側でも、仕事になかなか行けなくなり、休みがちになると、職を失う人もいる。いろいろな人がたくさんいるんです。しんどいことはたくさんあります。でも、それを理由にしていないんです。私はいつも、私たちの会の人、被害者の人、すごいなと思います。それを理由にせず、物すごい思いで頑張っているんです。
その反対の加害者はどう言うかというと、先ほど言ったように、このせいで自分たちは社会に出られないとか仕事に就けないとか言うわけです。いや、就けます。法務省の中では、加害少年を受け入れる会社もたくさん集まっていて、プロジェクトができています。だけれども、続かないことが多いんです。
だから、もっともっとそういうことを加害者に教えるというか、そういうことが足りていないことが原因だということを分かっていただきたいです。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、いつも思うことは、名前が出たら就職がしにくい、自分は立ち直れないという、それを理由にさせていると思っているんです。それを理由にさせてはいけないと思います。あなたは悪いことをしたんだ、それだけのことをしたんだから、より努力をしなさい、それでなければ社会は受け入れないんですよという厳しさを、やはり教育の中で取り入れるべきだと思うんですね。それが、私は、欠けているので、理由にさせてしまっていると思っています。
もう一つ言えば、被害者側、皆さんも御存じのように、少年犯罪の被害者の名前、どんどん出ます。もちろん、社会的に大きな影響力のあるような事件であれば、被害者の名前をどうしましょう、出した方がいいのか、いや、出さない方がいいのか、考えていただく機会があります。でも、私たちの会の人、みんな最初から出ています。うちの場合は出してくださいとお願いしましたが、やはり出せない人もいるんです。でも、どんどん出て、ネットにも載ります。事実だけが載るわけじゃないです。誹謗中傷もあります。そして、女の子であれば、本当に面白おかしく報道されているんです。
でも、その中で、私たち被害者はどうしているかというと、事件のせいにしている暇なんてないというか、事件のせいに本当はしてもいいはずなのに、そうじゃなく、一生懸命、頑張って生きているんです。
犯罪に遭ったことで、私たち遺族の側でも、仕事になかなか行けなくなり、休みがちになると、職を失う人もいる。いろいろな人がたくさんいるんです。しんどいことはたくさんあります。でも、それを理由にしていないんです。私はいつも、私たちの会の人、被害者の人、すごいなと思います。それを理由にせず、物すごい思いで頑張っているんです。
その反対の加害者はどう言うかというと、先ほど言ったように、このせいで自分たちは社会に出られないとか仕事に就けないとか言うわけです。いや、就けます。法務省の中では、加害少年を受け入れる会社もたくさん集まっていて、プロジェクトができています。だけれども、続かないことが多いんです。
だから、もっともっとそういうことを加害者に教えるというか、そういうことが足りていないことが原因だということを分かっていただきたいです。
ありがとうございました。
中
義
吉
吉田宣弘#21
○吉田(宣)委員 公明党の吉田宣弘と申します。
今日は、四人の参考人の皆様に、本当に貴重な御意見をいただきました。本当に心を打つ御意見をいただきました。本当にありがとうございます。
私は福岡県に住んでおりますが、昨年の八月に少年事件がありました。どのような事件かと申しますと、福岡市の商業施設で、事務のアルバイトの女性、二十一歳の女性なんですが、この方が刺殺をされました。行為をした人は中学生、十五歳でございます。
現時点でどのように手続が推移しているかといいますと、家庭裁判所に一応送られた後に、検察官送致をされて、現時点では裁判員裁判の下、一般の成人と同じ裁判手続が進められているとお聞きをしております。
この被害者のお母さんが次のようなコメントを、弁護士を通じて出しておられるんですね。どういうコメントかというと、娘に会いたい、声を聞きたい、帰ってきて。娘をあやめた犯人が許せませんと。
そして、少年に接見をした弁護士から少年の反省の言葉をお聞きするわけでございますけれども、その言葉に対しては、上辺だけの反省を述べているようにしか感じられません、ただただ厳罰を望みますというコメントを出されておられるんですね。このただただというところに、私は、本当に被害者家族の本当の心情が込められているんじゃないのかなと思います。
そういった事件、突然紹介をして恐縮でございますが、同じ犯罪被害者の御家族であられる武参考人と、同じく片山参考人に、受け止めをちょっとお聞かせいただければと思います。それぞれ、お願いいたします。
この発言だけを見る →今日は、四人の参考人の皆様に、本当に貴重な御意見をいただきました。本当に心を打つ御意見をいただきました。本当にありがとうございます。
私は福岡県に住んでおりますが、昨年の八月に少年事件がありました。どのような事件かと申しますと、福岡市の商業施設で、事務のアルバイトの女性、二十一歳の女性なんですが、この方が刺殺をされました。行為をした人は中学生、十五歳でございます。
現時点でどのように手続が推移しているかといいますと、家庭裁判所に一応送られた後に、検察官送致をされて、現時点では裁判員裁判の下、一般の成人と同じ裁判手続が進められているとお聞きをしております。
この被害者のお母さんが次のようなコメントを、弁護士を通じて出しておられるんですね。どういうコメントかというと、娘に会いたい、声を聞きたい、帰ってきて。娘をあやめた犯人が許せませんと。
そして、少年に接見をした弁護士から少年の反省の言葉をお聞きするわけでございますけれども、その言葉に対しては、上辺だけの反省を述べているようにしか感じられません、ただただ厳罰を望みますというコメントを出されておられるんですね。このただただというところに、私は、本当に被害者家族の本当の心情が込められているんじゃないのかなと思います。
そういった事件、突然紹介をして恐縮でございますが、同じ犯罪被害者の御家族であられる武参考人と、同じく片山参考人に、受け止めをちょっとお聞かせいただければと思います。それぞれ、お願いいたします。
武
武るり子#22
○武参考人 済みません、話に聞き入ってしまって、もう一度お願いします。質問ですか。(吉田(宣)委員「感想を」と呼ぶ)感想ですか。その事件の感想でいいんですか。(吉田(宣)委員「はい」と呼ぶ)
私、その事件のことをよく知っていました。その少年は多分、前に犯罪を起こしていて、退院直後に起こした事件だと思うんですが、その事件を見たときに、ああ、またこういう事件が起きたかと思って、本当に悲しい思いでした。
そのときにいつも思うことは、被害者はどうしているんだろうなということをいつも思っています。今は犯罪被害者等基本法もできましたので、支援が進んでいますが、それでも被害者の人は心細い思いをしているんじゃないかと思って、とても心配をしていました。
それで、今のお母さんの話なんですが、よく理解できます。分かります。ただただ厳罰を望むという、本当に心からの思いだと思います。
ただ、私は、その厳罰化という言葉、この数年、もう何年もですね、余り使わないようにしているんですね。もちろん心の奥底はあります。加害者が憎いです。許せないから、厳罰化にしてほしいと大きな声で言いたいんですが、その被害者の感情を言ったときにどんなことが返ってくるかというと、厳罰化を望んで本当にいいんですか、少年ですよということをいつも言われてきたんです。だから、言えなくなってきたんですね。でも、私は、心の底には同じような思いを持っています。
ただ、皆さん、例えば、法律を考えてもらうとき、いろいろなことを考えてもらうときには、決して、遺族であるんですが、何とかして死刑にしてほしいとか厳罰だけを言っていると、そこだけを取り上げずに、もっと大事なことを言っているんです。例えば、教育のことも言っていれば、罪に見合った罰を与えてくださいとか、内容のことを言っているので、そこをやはりしっかり聞いていただきたいなと思います。
でも、私は、堂々と厳罰化と言ったときに、ああ、被害者は当然言っていいんですよという社会になってはいただきたいです。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私、その事件のことをよく知っていました。その少年は多分、前に犯罪を起こしていて、退院直後に起こした事件だと思うんですが、その事件を見たときに、ああ、またこういう事件が起きたかと思って、本当に悲しい思いでした。
そのときにいつも思うことは、被害者はどうしているんだろうなということをいつも思っています。今は犯罪被害者等基本法もできましたので、支援が進んでいますが、それでも被害者の人は心細い思いをしているんじゃないかと思って、とても心配をしていました。
それで、今のお母さんの話なんですが、よく理解できます。分かります。ただただ厳罰を望むという、本当に心からの思いだと思います。
ただ、私は、その厳罰化という言葉、この数年、もう何年もですね、余り使わないようにしているんですね。もちろん心の奥底はあります。加害者が憎いです。許せないから、厳罰化にしてほしいと大きな声で言いたいんですが、その被害者の感情を言ったときにどんなことが返ってくるかというと、厳罰化を望んで本当にいいんですか、少年ですよということをいつも言われてきたんです。だから、言えなくなってきたんですね。でも、私は、心の底には同じような思いを持っています。
ただ、皆さん、例えば、法律を考えてもらうとき、いろいろなことを考えてもらうときには、決して、遺族であるんですが、何とかして死刑にしてほしいとか厳罰だけを言っていると、そこだけを取り上げずに、もっと大事なことを言っているんです。例えば、教育のことも言っていれば、罪に見合った罰を与えてくださいとか、内容のことを言っているので、そこをやはりしっかり聞いていただきたいなと思います。
でも、私は、堂々と厳罰化と言ったときに、ああ、被害者は当然言っていいんですよという社会になってはいただきたいです。
ありがとうございました。
片
片山徒有#23
○片山参考人 私からお話をさせていただきます。
大変胸の痛い事件だというふうに思っております。実は、私は、被害者支援の団体のあひる一会という団体の代表を務めさせていただいております。そこの団体は、事件当日から被害者支援に入ったこともある、早期支援団体ではないのですけれども、極めて迅速に被害者支援をしたいというふうに考えている団体です。そこで様々な出会いがあるわけですけれども、確かに、今先生のお話しになったような生々しい御発言をされる御遺族も当然いらっしゃいます。
また、これは私の経験なんですけれども、メディアは、悲しいこと、つらいこと、許せないこと、この三つに絞って報道したがる傾向があります。ついちょっと口にしただけなのに大きな見出しになってしまうことも多々あろうかというふうに思います。大事なのは、継続的な支援、それから、早く介入する、危機介入の支援だというふうに思います。
もちろん、少年についても、事件直後ということでまだまだ本当のことをしゃべれる段階にないということは想像ができます。しかし、必ずや、少年矯正のレールに乗って、立ち直りレールに乗ることがあれば、例えば本当に私個人が担当になることができれば、きっとその少年の心を開いて、一緒になって考えていきたいというふうに考えております。
以上です。
この発言だけを見る →大変胸の痛い事件だというふうに思っております。実は、私は、被害者支援の団体のあひる一会という団体の代表を務めさせていただいております。そこの団体は、事件当日から被害者支援に入ったこともある、早期支援団体ではないのですけれども、極めて迅速に被害者支援をしたいというふうに考えている団体です。そこで様々な出会いがあるわけですけれども、確かに、今先生のお話しになったような生々しい御発言をされる御遺族も当然いらっしゃいます。
また、これは私の経験なんですけれども、メディアは、悲しいこと、つらいこと、許せないこと、この三つに絞って報道したがる傾向があります。ついちょっと口にしただけなのに大きな見出しになってしまうことも多々あろうかというふうに思います。大事なのは、継続的な支援、それから、早く介入する、危機介入の支援だというふうに思います。
もちろん、少年についても、事件直後ということでまだまだ本当のことをしゃべれる段階にないということは想像ができます。しかし、必ずや、少年矯正のレールに乗って、立ち直りレールに乗ることがあれば、例えば本当に私個人が担当になることができれば、きっとその少年の心を開いて、一緒になって考えていきたいというふうに考えております。
以上です。
吉
吉田宣弘#24
○吉田(宣)委員 本当に真心からのお答え、本当にありがとうございます。
今般の少年法の改正の審議の前提として、法制審でこのことが議論されたとお聞きをしております。武参考人もそのメンバーということですけれども、私は川出参考人にお聞きしたいのですが、このように、法制審議会のメンバーの中に犯罪の被害者がおられるということの意義について、御所見をお聞かせいただければと思います。
この発言だけを見る →今般の少年法の改正の審議の前提として、法制審でこのことが議論されたとお聞きをしております。武参考人もそのメンバーということですけれども、私は川出参考人にお聞きしたいのですが、このように、法制審議会のメンバーの中に犯罪の被害者がおられるということの意義について、御所見をお聞かせいただければと思います。
川
川出敏裕#25
○川出参考人 この法制審の刑事法関係の部会に、犯罪被害者の、遺族の方ですとか関係の方が入られるようになったのは、そんなに昔からではなくて、割合近年からなんですが、私はその被害者の方が入られる前の法制審も出ておりますけれども、やはりそこでの雰囲気というのはかなり違うものがあります。
やはり実際の御体験された方から話をお聞きするというのは、我々、全くそういうところに無知な人間にとっては非常に大きな参考になりますし、また、議論が抽象的な法律家の間だけの議論にならないという意味でも、非常に意味のあることだというふうに思っております。
この発言だけを見る →やはり実際の御体験された方から話をお聞きするというのは、我々、全くそういうところに無知な人間にとっては非常に大きな参考になりますし、また、議論が抽象的な法律家の間だけの議論にならないという意味でも、非常に意味のあることだというふうに思っております。
吉
吉田宣弘#26
○吉田(宣)委員 ありがとうございます。
今般の法案の審議にあって、私も法務委員会のメンバーということで、多くのお手紙といいますか御意見を賜りました。ほとんどが反対をするという御意見でございまして、大切な大切な法案でございますので、一つ一つ目を通させていただきました。
そこで、私が一番最初に思ったことです。そのお一つお一つの御意見の中に、被害者の皆様のお立場の御意見というものはほとんど皆無でございました。ありませんでした。これはどういうことなのかなというふうに私なりに考えると、やはり、少年法というものの歴史的な、生まれから、推移から、経緯から、これは犯罪を犯した少年をしっかり立ち直らせるため、何がそこで審判されるか、それは少年の要保護性について一番中心課題として審査される、そういったことからなのかなというふうに思っております。
しかし、今般の改正案についても広く国民の皆様から支持いただくためには、やはり犯罪を受けた被害者の遺族の方、若しくは御家族の方、関係の方の御意見もしっかり踏まえて進めなければ、私は広く国民の理解は得られないものだというふうに感じております。そういった意味においては、法制審の中で、武参考人、またメンバーに加わられて様々な御意見をお述べになられたことというのは、大切な大切な意義があると私は感じております。
そういった中でも、今般の改正案については、先ほど来、重々お話がありますが、十八歳、十九歳の方、この方も少年法のたてつけの中でしっかり対象としていく、そして、全件、家庭裁判所に送致をする。一方、原則逆送の範囲というのは拡大をしたものの、必要的逆送ということではないということ、これは大切だと思っています。
そういった今回の法案のたてつけになっていることについて、少し雑駁なお話でございますが、川出参考人に、その意義について、またお教えいただければというふうに思います。
この発言だけを見る →今般の法案の審議にあって、私も法務委員会のメンバーということで、多くのお手紙といいますか御意見を賜りました。ほとんどが反対をするという御意見でございまして、大切な大切な法案でございますので、一つ一つ目を通させていただきました。
そこで、私が一番最初に思ったことです。そのお一つお一つの御意見の中に、被害者の皆様のお立場の御意見というものはほとんど皆無でございました。ありませんでした。これはどういうことなのかなというふうに私なりに考えると、やはり、少年法というものの歴史的な、生まれから、推移から、経緯から、これは犯罪を犯した少年をしっかり立ち直らせるため、何がそこで審判されるか、それは少年の要保護性について一番中心課題として審査される、そういったことからなのかなというふうに思っております。
しかし、今般の改正案についても広く国民の皆様から支持いただくためには、やはり犯罪を受けた被害者の遺族の方、若しくは御家族の方、関係の方の御意見もしっかり踏まえて進めなければ、私は広く国民の理解は得られないものだというふうに感じております。そういった意味においては、法制審の中で、武参考人、またメンバーに加わられて様々な御意見をお述べになられたことというのは、大切な大切な意義があると私は感じております。
そういった中でも、今般の改正案については、先ほど来、重々お話がありますが、十八歳、十九歳の方、この方も少年法のたてつけの中でしっかり対象としていく、そして、全件、家庭裁判所に送致をする。一方、原則逆送の範囲というのは拡大をしたものの、必要的逆送ということではないということ、これは大切だと思っています。
そういった今回の法案のたてつけになっていることについて、少し雑駁なお話でございますが、川出参考人に、その意義について、またお教えいただければというふうに思います。
川
川出敏裕#27
○川出参考人 一つは、必要的逆送になっていないということですけれども、今の原則逆送制度でも、やはりただし書で、重大な事件であっても保護処分にする余地は残しているということですので、結局それは、やはり少年については、成人とは異なる形で、その要保護性に応じて改善教育それから再非行の防止という観点から対処するという、大きな枠組みというのは維持しようということですね。今回も、そこは譲れない線として法制審では議論したということです。
それで、先ほどの話に関わりますが、改正法案はちょっと違って、法制審のある段階までは、十八歳、十九歳については少年法の適用対象から外すというような方向の議論がなされていたわけですが、そこも含めてこの改正法案では、やはり少年法の枠内で対処しようというところをより強く維持されて法案を出されたというふうに評価しております。
この発言だけを見る →それで、先ほどの話に関わりますが、改正法案はちょっと違って、法制審のある段階までは、十八歳、十九歳については少年法の適用対象から外すというような方向の議論がなされていたわけですが、そこも含めてこの改正法案では、やはり少年法の枠内で対処しようというところをより強く維持されて法案を出されたというふうに評価しております。
吉
吉田宣弘#28
○吉田(宣)委員 ありがとうございます。
最後の質問をさせていただきますけれども、この質問は須藤参考人にお答えいただきたいんですけれども、この法案が実施をされたら、今、川出参考人からもお話がありました、決して必要的逆送ではないというふうなところにおいて、家庭裁判所が果たす役割というのは極めて重いというふうに私は思っております。
あくまでこの法案を前提としたお話でございますので、恐縮ですけれども、この法案を前提としたときに、家庭裁判所が国民の期待を担うという意味で、家庭裁判所への期待というものについて、御所見がありましたら、お教えいただければと思います。
この発言だけを見る →最後の質問をさせていただきますけれども、この質問は須藤参考人にお答えいただきたいんですけれども、この法案が実施をされたら、今、川出参考人からもお話がありました、決して必要的逆送ではないというふうなところにおいて、家庭裁判所が果たす役割というのは極めて重いというふうに私は思っております。
あくまでこの法案を前提としたお話でございますので、恐縮ですけれども、この法案を前提としたときに、家庭裁判所が国民の期待を担うという意味で、家庭裁判所への期待というものについて、御所見がありましたら、お教えいただければと思います。
須
須藤明#29
○須藤参考人 ありがとうございます。
御指摘のように、家庭裁判所の果たす役割というのは極めて大きいとは思っておりますけれども、ただ、この法のたてつけによって、現に持っている家庭裁判所の様々な機能というのが十分に発揮できるのかどうかということについては、大いに疑問に思っているわけでございます。
簡単に申し上げれば、十八歳、十九歳について、少年法の枠組みでありながら、刑事司法化を図っていっている。それに伴って、家庭裁判所の調査機能、それから少年鑑別所の鑑別機能というのがどこまで発揮できるんだろうか。
つまり、先ほど来申し上げている犯情の概念を導入することによって、刑罰の軽重という観点で処遇が決まっていくということからすると、本当の意味で保護処分というのが今までのように有効に機能するのかどうか。むしろ、いろいろな形で支障が出てくるのではないかといったところが私の問題意識でございまして、総論としては大事だというのは分かりますけれども、その何を大切にして、何を実行するのかというところが全く見えないというふうに思っております。
この発言だけを見る →御指摘のように、家庭裁判所の果たす役割というのは極めて大きいとは思っておりますけれども、ただ、この法のたてつけによって、現に持っている家庭裁判所の様々な機能というのが十分に発揮できるのかどうかということについては、大いに疑問に思っているわけでございます。
簡単に申し上げれば、十八歳、十九歳について、少年法の枠組みでありながら、刑事司法化を図っていっている。それに伴って、家庭裁判所の調査機能、それから少年鑑別所の鑑別機能というのがどこまで発揮できるんだろうか。
つまり、先ほど来申し上げている犯情の概念を導入することによって、刑罰の軽重という観点で処遇が決まっていくということからすると、本当の意味で保護処分というのが今までのように有効に機能するのかどうか。むしろ、いろいろな形で支障が出てくるのではないかといったところが私の問題意識でございまして、総論としては大事だというのは分かりますけれども、その何を大切にして、何を実行するのかというところが全く見えないというふうに思っております。