上田健介の発言 (憲法審査会)

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○参考人(上田健介君) 上田でございます。
 本日は、本憲法審査会で意見陳述の機会を与えられましたことに感謝申し上げます。
 早速意見述べさせていただきます。
 一、まず本改正案についてでございます。
 まず、(1)、いわゆる七項目についてでございますが、この共通投票所制度の創設等七項目は、公職選挙法と平仄を合わせ、投票環境の整備を行うものと理解しています。
 憲法改正国民投票は、国民主権の権力的契機の現れであるとするのが通説的見解であり、有権者が投票しやすい環境を整備することが望ましいことは言うまでもありません。また、投票事務を担う地方公共団体の担当者の立場からも、国政選挙の場合とできる限り平仄を合わせておくことは事務の混乱を防ぐ上からも合理的であり、その点からも望ましいと考えます。
 次、附則についてです。
 次に、修正案に言う附則四条一号の二項目については、さきの七項目と同様に考えます。二号の広告制限等について、国民運動投票等は、表現の自由で保障される、言わばど真ん中の行為でありますので、誰もができるだけ自由にこれを行うことができることを原則に考えるべきだと考えます。
 ただ、いわゆる金の力により言論空間がゆがめられるのは問題だとの意見は、これは昔からございます。また、近年は、インターネットの発達に伴い、エコーチェンバーやフィルターバブルを通じた世論の二極化、フェイクニュース、ひいては世論操作といった問題も指摘されてきていますので、これらへの対応を検討することは望ましいと考えます。
 今後の議論に委ねられますので、ここでは二点だけ申し述べます。
 まず、イ、ロですが、自由にするとどういう弊害が生じるのかというのを論証する必要がございます。この点、公職選挙法はいわゆるべからず集で、もう規制されていますので参考になりませんで、一つ参考になるかと思いますのは、いわゆる大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づくいわゆる大阪都構想の住民投票、これはイ、ロの規制なしに行われていますので、まあ一地域の住民投票と憲法改正の国民投票とでは完全に同視はできませんが、イ、ロについて自由に委ねたときに弊害が生じるのか、どういう弊害が生じるのかを判断、検討する際の一つの材料になるのではないかと考えました。
 次に、ハのインターネット等の適正な利用を図るための方策は、国民投票に限らず選挙の関係でも検討すべき難問です。
 ここでは、案に方策とあるとおり、法的規制については諸外国でもなお検討中の段階であり、例えばイギリスではインターネットの広告主の表示の義務付けが現在検討されてはいるようですが、検討中の段階でして、それゆえ日本でも、法的規制の方法も探りつつ、差し当たりはそれ以外の方法、メディアリテラシーに関する教育、啓発、あるいは人々がインターネット空間の内外で多様な意見、情報に接することができるような環境の整備といったことが想定されます。
 一つ思いましたのは、国民投票法では、国民投票広報協議会及び政党による放送、新聞広告が定められていますが、特に若年層に対してはインターネット、SNSを通じた情報提供が大事なのではないかということです。
 いずれにしましても、これらは専門家の意見も参考にされて議論を進めていただければと思います。
 次に、二、憲法に関する議論の在り方について、やや法案から周辺的な話に行くんですけれども、関連する話だと思いますので、論じさせてください。
 今見ました広告規制等も含め、国民投票法の規律対象は発議後のものです。それゆえ、議論の焦点が発議後の議論の在り方に当たるのは当然のことです。しかし、それ以前の段階、すなわち国会での発議原案の審議の段階、さらには調査の段階における議論の在り方もまた憲法をめぐる熟議を可能とするために重要でありますから、以下、意見を述べさせていただきます。
 なお、今、それ以前の段階と申しましたが、これは論理的に、発議の前には発議や改正原案の憲法審査会そして本会議での審査が行われ、更にその前には、何の前触れもなくいきなり改正原案が出されるというのはおかしいですので、憲法に関する調査が行われるはずであるという程度の意味にすぎません。後で述べますとおり、調査を行えば必ず原案提出に至る、あるいは原案提出するために調査を行うというような関係にはないと私は考えております点、念のため申し添えます。
 私は、憲法に関する議論は、憲法に問題があるとの認識があるならば、その認識が正しいのかどうか、また、問題があるとして、その原因はどこにあり、何をどのように改善すればよいのかという観点から丁寧に行われるべきものと考えます。
 日本の憲法をめぐる現状の問題点、その原因、改善すべきポイント等々といった事柄に関する情報を専門家の知見も生かしながらできるだけ多く収集、整理し、そして様々な立場から意見をぶつけ、議論するべきです。そして、そのような情報や意見を議論の大前提となっている憲法の意義や価値と併せて、調査と並行しながらできるだけ多く丁寧に国民に提供し、国会の中だけでなく国民の間でも冷静に熟議を行えるようにするべきです。
 (2)議論の対象ですけれども、今、憲法に関する議論と申しました。ここで憲法と言うとき、私は、日本国憲法、憲法典、講学上の形式的意味の憲法ではなく国家の組織や作用に関する基本的な規範の内容そのもの、講学上の実質的意味の憲法、論者によっては憲法秩序という言葉も使ったりもしますが、そちらをイメージしています。
 実質的意味の憲法はもちろん憲法典にも含まれていますが、それらに限らず、法律やあるいは判例法理、あるいは国会でしたら議院規則や先例、あるいは例えば理事会で議論するだとか、そういうような慣行も含めて、様々な不文の慣行や運用など、様々な形で存在していると考えられます。憲法をめぐる論議というと、専ら憲法典、そしてその文言にだけ目が行きがちです。しかし、私は、むしろもっと広く、実質的意味の憲法、規範の内容に着目して検討を行うべきだと考えます。
 現に、憲法審査会の任務には、日本国憲法に密接に関連する基本法制という文言の調査も含まれております、国会法百二条の六。ここには、後段で法案審議の対象として例示されている憲法改正国民投票法に限られず、先ほど申しました実質的意味の憲法が広く含まれるものというふうに読むことができます。実質、中身が大事だということです。この実質的意味の憲法、国政に関する基本的な規範の仕組み自体に問題がないのか、あるいは社会や国民意識の変化に対応しなければならない点がないのかは不断に検討するべきだと考えます。
 ここで重要なことが二点あります。
 一つは、憲法は国政の基礎となる仕組みに関わる規範の集まり、集合体ですから、ある部分を見る場合でも、全体の中での位置付けやほかの部分との関係を意識する必要があるということです。特に、統治機構に関わる規範の場合、一部の規範を動かすと、権力の行使と抑制のバランスが崩れて別の部分に悪影響が出ることがあります。憲法はまた基本的な仕組みですから、局所的な議論は避けて、少なくともある程度まとまった固まりを見ること、さらには日本の社会、国家はどうあるべきなのかという大局的な見地から見る姿勢も大事だと考えます。
 もう一点です。日本国憲法は、諸外国の憲法と比較して、憲法典としては文字数の少ない簡素なものであるという特徴を持っております。憲法典として簡素であるということは、上記の国政に関する基本的な規範を法律や判例などで補足をして具体化して、憲法典が定める骨格あるいは憲法の基本原理、これを損なわない限りで発展させていく余地が大きいことを意味します。
 このように、良く言えば柔構造、柔軟性を備えていることが、日本国憲法が現在でも世界水準で通用する立憲主義の諸原理をいち早く備えていたことと併せて、七十年余りにわたって機能してきた理由なのではないかと見ています。日本国憲法のこの特徴を前提にする限り、実質的意味の憲法を検討して仕組みの改善を図らなければならないことが認識されても、法律の改正等によって実現できる事項が多いのではないかと考えます。
 もちろん、法律改正等によっては改善できず、憲法改正が必要だという結論に至ることがあり得ることは否定しません。また、ある規範を、従来は例えば法律レベルだったものを憲法レベルのものに引き上げることによって保障の度合いを高めるということもあり得ると思います。さらに、憲法典全体について、先ほど申しました柔構造を改めて、もっと規範の、何というか、規律密度といいますか、それを高いものにするという見直し、これもあり得るかと思います。
 しかし、議論のやり方として、実質的意味の憲法に着目を、もう少し意識をして着目をすることによって、結果としてその憲法改正を行う必要性だとか、あるいは法律改正等による方法を取った場合と比較してのメリットやデメリットのようなものが議論の中で明らかになり、結果としてもし憲法改正の発議になった場合にはより説得的な理由付けをもたらすでしょうし、あるいは、憲法改正の発議には至らず、法律制定等別の方法の方で解決ができるということになっても、これはこれで、もう大事なことはその中身が良くなること、悪くなりかけているものが戻ること、あるいはもっと良くなることが大事ですので、そういう法律制定等の方法になってもよいわけです。したがって、こういうアプローチというのは有用なものじゃないかというふうに私は考えております。
 繰り返しになりますが、憲法に関する調査を行う際には、憲法典、形式的意味の憲法、条文だけではなく、より広い憲法秩序、実質的意味の憲法に意識を向けること、それから、条文よりも、まず今憲法規範に関係する現状、そこにどういう問題があるのか、そういうところに焦点を合わせるべきだと考えます。
 (3)議論の主体です。
 憲法改正にもつながり得る憲法をめぐる議論は、憲法九十六条また国民投票法の定めから見ても国会での議論が中心になります。これについて三点申し述べます。
 まず、憲法をめぐる議論は、政党本位ではなく、各議員が主体となり自由に行われることがあってもよいかと考えます。通常政治は、諸政党が政権を取り政策を実施することを目指し競争をし、言わば対立モードで行われるものであるのに対して、憲法は通常政治を行うため党派を超えて共有する土台です。もちろん、その中には通常政治における政策と密接に関わる条項もあり、通常政治における政党間の対立がそのまま持ち込まれる場合があることは否定しません。しかし、党派を超えて意見が一致することも多いはずですし、また、できるだけそうあるべきであると考えます。
 他方、憲法は統治機構や基本的人権に関わる多様な論点を含みますから、特に人権に関わるものなどは同一政党に所属する国会議員の間であっても個人の信条というレベルで意見が分かれることがあって当然だと思います。論点によるのかもしれませんが、政党による縛りを掛け過ぎず、様々な意見を持った議員間での自由な議論をしていただきたいと願います。
 次に、憲法は通常政治を行うための共通の土台ですから、憲法に関する議論それ自体もできるだけ幅広い合意を基礎に進められるべきです。憲法改正の発議要件が各議院の総議員の三分の二以上とされているのも、単に過半数の賛成でよい法律制定の場合よりも現状からの変更に慎重であるべきであるという趣旨だけでなく、党派を超えた幅広い合意に基づくべきであるという含意があると解することができます。その意味で、この憲法審査会がこれまで与野党を超えた合意を基本として慎重に審査を進めてこられたことに敬意を表する次第です。
 最後に、国民との関係です。
 言うまでもなく、主権者、憲法改正権者は国民であり、国会は発議を行うにすぎません。しかし、日々の生活の中で憲法について考えることが少なく、また関心を持っていない国民、方々も多いと思います。最近ではポピュリズムの弊害も指摘されています。国民の代表者である国会議員の方々には、国民の分断をあおるようなやり方ではなく、国民が憲法をめぐる諸論点について冷静に熟議することを可能とするよう、憲法の基本的な意義や価値と併せて、日頃からできるだけ多くの良質な情報を国民に提供する責務があると考えます。
 繰り返しですが、国会には、憲法をめぐる現状に問題があるのか、問題があるならば、その原因はどこにあって、何をどのように改善すればよいのかという観点から議論をして、議論の基礎となる豊かな情報と多様な意見、そして大前提となる憲法の意義や価値と併せて分かりやすく国民に示していただければと思います。
 以上で、私の拙い意見を申し述べた次第です。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 上田健介

speaker_id: 14603

日付: 2021-06-02

院: 参議院

会議名: 憲法審査会