中原のり子の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(中原のり子君) 私は、過労死遺族の中原のり子と申します。
早速ですけれども、お手元のスライド資料に沿って話を進めさせていただきます。
夫、中原利郎は、都内の民間病院に勤務する小児科医師でした。一九九九年、部長代行になって半年後、真新しい白衣に着替えて、勤務先の病院から投身自殺しました。享年四十四歳でした。そして、少子化と経営効率のはざまでという文章が残されました。医療費抑制政策、診療報酬の問題点、長時間労働による医療安全や女性医師支援の問題を訴えていました。小児科医局には、女性医師が五人、男性医師は夫一人だけでした。夫は、女性医師を支援するために誰よりも多く当直勤務し、またベッドの稼働率を上げるように事務方からの指示もあり、全力を使い切ってしまいました。
小児科医は天職と公言する夫が、亡くなる前には、馬車馬のように働かされている、小児科医師なんて誰にも感謝されない職業だと私に漏らしていました。過労死裁判は十一年に及び、最高裁判所からも、より良い医療を実現する観点から和解を勧告したと、この和解で医師労働の改善に希望を持ったのですが、なりませんでした。医師の労働環境改善のために医系技官になりたいと言って医学部に進学した娘は、父親を追い求めるように小児科医師になりました。和解後の記者会見では、自分のような子持ちの女医でも働き続けることのできる労働環境になってほしいと語りました。
多くの医療者の命や健康が損なわれています。循環器病院に勤務する二十五歳の村上優子さんは、くも膜下出血で死亡しました。都内のオペ室勤務だった二十四歳の高橋愛依さんは致死性不整脈で亡くなり、二十三歳の杉本綾さんは就職して僅か九か月で自ら命を絶ちました。新人教育も支援もない中、一人苦しみ、亡くなりました。さらに、北海道では、新人男性看護師の過労死事案もあります。二人とも、看護部長や医師らのパワハラが原因で自死しています。
新潟の研修医木元文さんは、医者になんかなるんじゃなかった。夫も同じように言っていました。時に娘には厳しく、医者にだけはなるなと言っていました。二十九歳の外科医師は、毎日の生活に疲れ、休息したいと訴え、医師不足の解消を訴えていたへき地の産婦人科医は、ぜいたくは要らない、普通の人間の生活がしたいというメモを残しています。
大学病院勤務の研修医は、寝ているときに起こされるんだよ、しかも大した病気じゃないのに来るんだよと家族に訴えていました。当直明けの夫も、三時間寝られたから大丈夫だったよとか、深夜と明け方の救急外来はなぜ昼間に受診してくれないのかなとこぼすこともありました。この研修医のお父さんは、医師の働き方について、一般労働者と同じような規制をしないといけない、医者はスーパーマンでもロボットでもない生身の人間と、過労死ラインを超えた医師の働き方に反対表明をされました。
おととしの七夕に、倒れるような病気や悪いことが起きませんように、長生きしますようにと五歳の子供が短冊に願いを書きました。長崎メディカルセンターで三十三歳の内科医師が、子供のお食い初めのお祝いをした翌々日の朝、致死性の不整脈で亡くなりました。昨年四月に赴任された新理事長と院長先生は、労務管理を徹底し安全配慮義務を尽くしていればこの医師の死亡は避けられたと判断し、多くの可能性を残したまま無念の過労死という最期を遂げられた医師の御霊に心からおわびを申し上げます、想像を絶する悲しみと困難に直面している御遺族に心よりの謝罪を申し上げますとおわびの言葉を述べ、ホームページには重要なお知らせとして、医師の働き方改革はもちろん、医療スタッフの働き方を改革し、医療現場の労働環境を改善する責務を負っていると明記されています。遺族の、病院は命を守る場所です、働く職員の命も必ず守ってくださいという願いに向き合う約束もしてくれました。人権意識の高いリーダーに替わったことが大きな改革をもたらしました。医者の不養生は医療安全にはつながらないことを改めて申し上げます。
また、残念ながら、いまだ無給医問題は改善されません。無給医であれ研修医であれ、診療報酬は発生します。それでも病院経営が赤字なのは、診療報酬制度が適正ではないからなのでしょうか。長時間労働を強いる働き方が改善されるのは、原因は医師不足と考えます。日本の医師数がOECD平均と比較して十三万人も不足しています。それなのに、さらに二三年度から医学部定員削減を図ろうとしています。大丈夫なのでしょうか。
二〇一九年三月に、医師の働き方改革に関する検討会が報告書を取りまとめました。副座長でいらした渋谷健司先生は、検討会では患者の命を人質にして神風特攻隊的な話ばかりと、報告書取りまとめの一月前に退任されました。この報告書の働き方では過労死はなくならないと思われたのです。
本日、私の資料の後ろの方の添付資料にもお示ししているとおり、医師の労働に関しては難問が山積しております。
厚労省の平成二十八年の調査によれば、病院勤務医の約四割は過労死ラインを超え、約一割は過労死ラインの約二倍を超え、一・六%は過労死ラインの三倍を超えています。そこで、五年の猶予期間を定めて過労死ラインの二倍を認め、その後、二〇三五年までに一般の労働者と同様の上限規制とすることを目標とする。なぜ過労死ラインの二倍を認めるのかが私は理解できません。これに対して、若手医師の有志と医師の働き方を考える会を結成し、私たちは、医政局長に長時間労働反対という八千名の電子署名を手渡し、過労死ラインを超えた働き方は受け入れられないと表明しました。
さて、医師の過労死と労災認定状況にも大きな問題があります。表を御覧ください。
労災補償状況表の一番右側の平成二十九年度の脳・心臓疾患の請求件数二(〇)というのは、二件が請求があり、死亡数、括弧が死亡数という意味です。その下の三(二)は、労災補償課がこの年は三件決定し、うち死亡数は二件です。三段目の支給決定件数が〇(〇)というのは、生存、死亡事案共に一件も認定されなかったということです。
下のページになりますが、平成三十年度の脳・心臓疾患の請求件数は三件、死亡件数は一件です。労災補償課が決定した支給決定数は生存、死亡も共にゼロ件。つまり、脳・心臓疾患において、平成二十九年度、平成三十年度と二年続けて医師の過労死として労災認定された件数はゼロ件ということです。
長時間労働と人の命に向き合う極めて緊張感の高い労働が、遺族や当事者がやっとの思いで労災申請しても、二年連続して一件も労働災害として認定されていないのです。一般の労働者の認定率は三一・六%と言われていますが、医師の過労死認定率は〇%だったということです。過酷な医師労働が適切に審査されていなかったと思える極めて残念な実態です。また、精神疾患の請求、認定数は年々高い数字を出しています。
今、厚生労働省では、二十年ぶりに脳・心臓疾患の認定基準の改正についての検討会が行われています。どんな疾患があるのかとか過労死ライン八十時間という数字に縛られ、労災認定する制度の話合いも大切ですが、どうしたら過労死をしない働き方にするかが重要です。誰も仕事が原因で命や健康を害してはならない、この仕組みを早急に確立していただきたいのです。
この新型コロナよりも前から医療現場は逼迫していました。ブルーインパルスや感謝の拍手では医療現場の改善にはつながりません。適切な人とお金を配置する必要があります。看護師や医師の大量退職のニュースも目にします。私は、退職していく医療者を見守ることしかできません。医療者が希望と誇りを持ち続ける働き方にかじを取り直さないと、日本の医療は完全に崩壊していきます。
新しい感染症との闘いはこれからもどんどん強敵が現れてくるに違いないのです。そんな中で、私たちは、感染症対応の最前線を含め、過酷な環境で働く医師の働き方改革の必要性を改めて認識し、今こそ、国民の命を守る医療者の働き方を政府主導で全力で見直す時期であると思います。
私たち医師遺族、家族は、医療者の全てが患者に最高の医療を提供することを願っています。しかし、それと引換えに自らの生と幸せを差し出すことは望んでおりません。医療者の聖職者意識、犠牲的精神の上に成り立つ労働環境をこれ以上許してはなりません。医療者も患者も共に幸せに働き続けることのできる真の働き方改革の実現を心から望んでいます。
どうもありがとうございました。