金井利之の発言 (行政監視委員会)

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○参考人(金井利之君) ただいま御紹介いただきました東京大学の金井でございます。
 今、大学ではオンライン授業が一般化しておりまして、先週、一年数か月ぶりに対面でゼミを開催したのですが、昨今の状況を見ますと、どうもまたオンラインの方に戻らざるを得ないような状況にあるということでございます。
 そのような中、私のように余りエッセンシャルワーカーと思えない人間が本当にここに来ていいのだろうかというのが、まさに国と自治体の役割分担の典型的なものの一つかなと思いながら、しかし、国会の方で呼ばれたということで、今日は久々に外出する機会を与えていただいたかなというふうに思います。
 それでは、国と自治体の役割分担ということで、思うところをお話しさせていただければと思います。
 一言申しますと、私は国と地方という言い方は基本的にしないということにしておりまして、これはいろいろと意味を込めるところがあろうかと思いますが、地方というのはどうしても中央に対する概念ということで、住民から出発する場合にはやはり自治体と呼ぶのが筋ではないかというふうに、私自身はそういう用語法を使っているということでございまして、国と自治体の役割分担ということでお話をさせていただければと思います。
 お配りした資料に沿って簡単にお話しできればと思いますが、まず、今日の国と自治体の関係を振り返りますと、二〇〇〇年の分権改革をどのように捉えるのかということがあろうかと思います。二〇〇〇年、平成十二年のいわゆる第一次分権改革というのは、分権型社会を目指し、そのベースキャンプとして、あくまで中間地点であるというふうに言われたわけであります。したがって、二〇〇一年以降も分権改革の継続というのは国政にとっても大きな課題であったのではないかなというふうに思いますし、例えば、小泉政権においてもそのような取組がなされましたし、第一次安倍政権においても地方分権改革推進法というようなものが制定されまして進められていたということがあろうと思います。
 その後の第二次安倍政権の下においても有識者会議というふうな形で公式には進められているというところがあろうかと思いますが、現実にはその流れというのはだんだん弱くなっているというふうに思わざるを得ません。残念ながら、自治体の立場からいうと、分権の名称を掲げるにせよ掲げないにせよ、どうも二十世紀後半と同じような形に後退しつつあるのではないかという危惧を持たざるを得ません。
 その表れとしては、例えば自治体間で成功物語、失敗物語というのが流布されて、いろいろ条件が厳しい様々な中で自治体は苦労しているわけでありますが、それについて、あるところはうまくいった、あるところは失敗したというような、非常に、まあ何といいますか、第三者的な評価というのが横行しているのではないかなというふうに思いまして、失敗しているところに対しては、成功しているところがあるんだからもっと頑張れと、君たちの努力が足りないからだというような、やや地域で活動している人々や自治体の神経を折れさせるような言説が流れたりします。
 あるいは、自治体間でのゼロサム競争ということで、まち・ひと・しごと創生でいえば、移住者を増やすという話にいつの間にか話が変わってしまいまして、日本全体の人口が減る中でお互いに取り合うというような形になってしまいましたし、ふるさと納税に関しても、ほかの自治体の税収を自分のところに持ってくると。地方財政というふうにあえて言いますけれども、この自治体の総計からいうと、むしろ全体を減らすようなことになってしまうと。他方で、国に対する陳情や支援の競争というのは二十世紀後半と同じように進んでいます。
 一方で、国策に対しては、その強力な推進に自治体は協力させられているというところがありまして、資料には書いてありませんが、平成の大合併というのは国策合併として進められたと。その後、集中改革プランというような形で歳出削減に協力しましたし、その前提としては、二〇〇四年地財ショックと言われるような交付税の大幅な削減というものがありますし、今度は、他方で国土強靱化が進むと、その方向に協力するというような形になっております。
 以上のような分権改革で目指したものがなかなか実現しないというのはかなり構造的な要因がありまして、それは内閣強化との関係であります。
 橋本内閣でつくられました行政改革会議は、諸井地方分権推進委員会委員長を一委員とするような形で、言わば分権改革が行政改革に上書きされていくということで、結果的には二〇〇一年の内閣強化としての中央省庁等改革というものになりました。
 実際には、二〇〇〇年頃は、このように権力集中、内閣強化のベクトルと、分権改革や規制緩和、あるいは日本銀行の独立性の拡大というような権力分立に目指すベクトルとがせめぎ合っていたわけでありますが、その後の実態を見ますと、官邸主導や政治主導あるいは一強体制と言われるような形で内閣や官邸が強くなっているということがありました。
 結果的には、私の目から見るとやや過剰な権力集中が起きたのではないかと思いますし、自治体も言わば内閣の集権の下に置かれるようになってまいりました。その象徴的なものが、内閣府に置かれている重要政策会議の中に国家戦略特区諮問会議というのが置かれています。これは、要するに、内閣の言わば政策を掲げるもので、戦略会議という、諮問会議ですね、置かれて、自治体はそこに陳情しなければならないというような構造になってしまっています。
 本来、三に移りますが、両方のベクトルというのは両立を目指していた。行政改革会議の報告では、内閣機能を強化すればするほどそれをチェックしなければならないという、そういう必要性が述べられていたわけでありまして、内閣が各省に強いリーダーシップを取れば取るほど、国会や裁判所、あるいは自治体、市場、学術・専門、あるいは情報、NPO・市民、実務などの対抗関係とのバランスが本来求められていた。言わば、この二〇〇〇年頃の二つのベクトルというのは、一方で内閣を強化しつつ、他方でそれを牽制する力も強化しなければならないというような動きだったと思うんですけれども、結果的には二つのベクトルは言わばゼロサム関係になってしまった。内閣が強くなると、ほかの自治体、その他の機関は弱くなっていくというような関係に残念ながらなってしまったわけであります。
 アメリカの場合でいえば、強い大統領がいるのに対して、言わば強い議会、強い裁判所、そして強い連邦準備理事会というような様々なチェック機関が相互に牽制する。それが決して大統領を弱めているわけではないので、全体としてのアメリカの力を高めているわけですが、日本の場合には残念ながらそこはゼロサムになってしまったということがあろうかと思います。
 その意味で、今後の目指すべき方向性ということなんですけれども、実際、国政が強くなってゼロサム的に自治体が弱くなるというような状況がありますと、その段階では言わば従属的な状態になりますが、一方で、一時的に国政が弱まりますと、自治体は言わばたがが外れたように放縦を起こしてしまうと。恐らく、新型コロナ対策というのはまさにその典型的な症状が現れているのではないかというふうに思いまして、一時的に国政が方針を強く打ち出せなくなりますと、言わばミニ官邸化した自治体がいろいろな放縦的な政策を繰り広げるということで、結果的には本来目指していた強い内閣と強い自治体というのが両方とも実現しないまま来てしまっているという、こういう強い危惧を抱かざるを得ません。
 本来は、強い国政に対しては、自治が極めて強く、しっかりと住民の声を聞いて言うべきことを言いますし、あるいは、一時的に国政が弱体化しているときにこそ、まさにボトムアップに国をあるいは国政を支援や補佐、補完するというような方向が求められている。言わば、この自治体の強さというものが国政との関係でポジティブサム、両者が高め合っていく道に行くべきだったにもかかわらず、残念ながら二〇〇〇年以降は両者は言わばゼロサム的になってしまって、今日の閉塞を招いているのではないかなというふうに思う次第であります。
 いささか、やや、忌憚のないというふうなお話をいただきましたので言わせていただきましたけれども、このようなことを考えているということで、冒頭の発言にさせていただければと思います。
 どうも御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 金井利之

speaker_id: 3808

日付: 2021-04-19

院: 参議院

会議名: 行政監視委員会