森下丈二の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(森下丈二君) どうも質問をいただき、ありがとうございました。
サンマあるいは北太平洋漁業委員会との関係なんですけれど、海の中で、卓越種というか優越種というか、そのとき一番捕れるものがどんどん替わっていくという現象、これは、先ほども申しましたレジームシフトというのが起こるわけなんですが、かつてはニシンがたくさん捕れた、イワシが捕れた、サバが捕れたという形で、どんどんどんどん替わっていくわけですね。
日本で、これについて、替わったものに漁獲をシフトしていくあるいは適応していくというときに障害になるもの幾つかあるんですけれど、まず一つは、既にサバならサバを捕っているほかの漁業者とのあつれきが起こり得る、漁業調整問題ですね。ですから、あなたたちは今までサンマ捕っていたじゃないかと、サンマがいなくなったからサバ捕らせてくれといったって、私はずっとサバ捕ってきたんだから、新たに参入されても困ると、こういう感覚がどうしてもあるわけですね。
日本の水産行政というのはある意味では調整行政で、いろいろな人たちがいろんな場所でいろんな魚種をどういうふうになるべくけんかしないように捕るかというふうに古来ルールを作ってきたわけです。それが形になったものとして漁業権制度であるとか許可制度ということがあって、裏返して言えば、なるべく人の陣地に入らないように、それぞれ許可なり漁業権をしっかり制限しているところがあります。
日本の漁船は、非常にみんな同じ、例えば、サンマ棒受け網漁業に参加する船で知事許可漁業であれば大きさはこれぐらい、形これぐらいと、本当に同じなんですね。マグロはえ縄漁業であれば、みんな本当、トン数もみんな同じ、形一緒。
これ、例えば中国へ行くと、もう千差万別になります。あるいはヨーロッパの漁船になりますと、はえ縄はできる、トロールはできるという形で、そのときの状況によって漁具を変えていくということも平気でできるような船を造るんです、最初から。日本の場合は、漁業調整が基になって、そういうところが比較的しにくい形になっている。それはもちろんメリットがあったわけですけれど、特に日本の場合、沿岸にたくさんの漁業者がいらっしゃって、沖合でも漁船の数が多いという中で、外国みたいにこうやって自由にしちゃったらいいじゃないかと言った途端に大変なことになりますので、非常にこれ、難しい問題です。
今回のその二〇一八年の十二月の漁業法大改正の下では、資源管理措置について協力をしてくれる漁業者あるいはしっかりとした実績を持っている漁業者については例えば船の改造について規制を緩めるとか、そういうような方向性も出ております。これで全てが解決されるわけじゃないですけれど、そういう形でやっている。
あるいはそのサンマの話についても、捕れなくなったからすぐサバかという話以外に、実は、回遊ルートが大分変わっております。気候変動がありまして、日本の沿岸からずっと沖合に魚群が形成されています。知事許可の船であると、そこまで行けないんですね。そういうものについて、大きな船あるいは公海操業というものを試験的に始めたりとかということで、幾つかの方策を組み立ててやっている、それの組合せでどういうふうに柔軟性を確保していくかということだと思うんですけど。
意識の中で、とにかく魚というのはどんどん変わり得るんだと、特に、これから気候変動なりでこういう変化というのは加速していくと見ていいと思いますので、それに追い付くような制度、規制、柔軟性というものを常に進めていくというのが大事になっていくのかと思います。
鯨の方ですが、「ビハインド・ザ・コーブ」という捕鯨の、反捕鯨反論映画だったわけですけど、元のが「ザ・コーブ」という映画で、「ザ・コーブ」の方にも私出ちゃっているんですけど、出たいと言ったわけではないんですけど。「ザ・コーブ」はアカデミー賞の何かドキュメント賞をもらって、私、だからアカデミー映画に出ているんですけれど、悪役です、もちろん。出ているんですけれど、こういうやはりもののインパクト、皆さんの本件に関するイメージをつくっていくインパクトというのは非常に大きいですね。
政府の発信というものは、私も政府にいましたからですけれど、いろんな形で情報を出したりとかやるんですけれど、政府というのは、基本的に、商売と情報発信、やはり民間に比べるとどうしても柔軟性が欠けるというか柔軟にできない部分があります。もちろん責任も非常にありますから、インパクトだけを狙ったような情報発信というのはやっぱり政府というのはなかなかしませんね。事実関係として間違っていないこと、あるいは後で間違いのそしり、あるいはバランスが取れていないというようなそしりを受けるような情報についてはなるべく最初から出さないというような形をして、応答要領とかいう言い方が政府の中でありますけど、聞かれたら答えるという感じでやって、これはこれで大事だと思うんですが、政府がそういう格好で透明性を高めるというのは大事ですが。
他方、やっぱり様々な発信源から、もっとそういう意味では、正直なという言い方がいいのか分かりませんけれど、まさにどこがポイントであるのかということ、あるいは自分の思いが強い部分についてしっかりと発出するということは、あるいは民間の方々の役割なのかもしれません。ですから、みんながみんな同じような情報の出し方、手法をやるというのではなくて、それぞれの立場なりそれぞれの能力に従いながらやっていくということだと思います。
一番欠けている部分、特に対外発信という意味では、海外での捕鯨問題を中心とした意識形成の中で大きな役割特に最近果たしているのはソーシャルメディアです。これについて英語で日本側の考え方を発信しているという量は、ほぼないというか、比較した場合、恐らく圧倒的に少ない。私もやっていませんから、そういう意味では誰も責められないんですけれど。そういう現実があるのは間違いなくて、これはどういう形で例えば変えていけるんだろうかというようなことを考えるべきかなという感じがします。
いずれにしても、ソーシャルメディア、プラスマイナスありますけれど、それが大きな世論をつくっていくというのは、今、鯨だけではなくて、いろんなものの現実ではありますから、それに対してどういう対応をできるかということをそれぞれの立場から考えていくということじゃないかなと。答えになっていないかもしれませんが、そういうふうに思います。
以上です。