馬奈木厳太郎の発言 (内閣委員会)

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○参考人(馬奈木厳太郎君) リスクというのは、やっぱりゼロリスクというのはあり得ないと思います。先ほど来、抑止という話出てきましたけれども、これもやっぱり抑止も一定の目標到達との関係で考えていく必要があるのではないかというふうに思っています。
 その意味でいうと、今回のこの法案は、外国人、外国資本の防衛施設周辺の土地購入というところで提案理由はありましたが、立法事実があるかないかだけで、法整備を必要とするつまり事情があるのかどうかというそもそも論でこれだけ問題になった法案も最近では余り例がないのではないかなというふうに思います。
 私自身は、衆議院の段階でその立法事実の問題というのはもうちょっと決着済みかなと思っていますが、念のため申し上げておくと、立法事実というのは、法案の内容がその法整備を必要とする事実に対応し、充足するものである必要があります。仮に、政府が述べるように、防衛施設の周辺土地が外国資本に購入された事実が何らかの安全保障上のリスクだとして、それに対応するためにここまでの規制を及ぼし、ここまでの権限を与えないといけないのかと、リスクとされるものの程度に比べて規制内容がやっぱりバランスを崩していると。そうであるならば、やっぱり立法事実たり得ないというふうに思います。
 そもそも、外国資本がどうのこうのという発想そのものが、実は実態としては、行為に着目する考え方じゃなくて、属性に着目する考え方です。通常、刑罰などを予定する場合には行為に着目しますが、今回のこの法案のそもそもの発想は、実は属性に着目しているのではないかというふうに考えています。しかも、国籍という大くくりの属性に着目し、特定の国を潜在的な脅威であるかのようにもし扱うとするならば、私は、この発想自体がある種のゼノフォビアであって、もうヘイトにも近いものじゃないかというふうに思います。その前提には、日本の社会がホモソーシャルだという誤った認識があるのではないでしょうか。
 こうした考え方は、個人主義を基調とする日本国憲法とはやっぱり相入れるものではないというふうに思います。運用に支障がないとされている中、抽象的なおそれだけで、それこそ具体的な支障の例の一つも挙げない中、これだけの権利制限や規制を行うというのはやっぱりちょっとどうだろうと思います。
 必要なのは立法ではなくて、むしろそうした前提の認識そのものの方ではないでしょうか。多様な価値観が認められ、多文化社会となっているときに、ホモソーシャルでゼノフォビア的な発想というのはもう時代遅れなのではないでしょうか。今国会では、LGBT法など、議員の方々のそうした意識が非常に浮き彫りになったのではないかというふうに個人的には思っています。

発言情報

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発言者: 馬奈木厳太郎

speaker_id: 14270

日付: 2021-06-14

院: 参議院

会議名: 内閣委員会