除本理史の発言 (予算委員会公聴会)

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○公述人(除本理史君) 本日は、貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます。
 先日、あの三・一一の東日本大震災から十年を迎えたということでございまして、今日は、今後の復興政策の在り方を考えるという観点から、原発事故被害の問題、それから復興の現状についてお話をさせていただきたいと思っております。
 私、福島原発事故の被害調査ですとかあるいは賠償、復興政策の研究を三・一一後ずっと続けてきておりまして、福島には百回以上通って調査をしてきております。今日お話しするのはそうした経験を踏まえてのことでございまして、資料の一枚目に、共同通信から配信されております短文でございますけれども、本日のお話のポイントをまとめてございますので、御覧いただければと思っております。
 先ほど申し上げましたが、三・一一から十年ということで、その記憶の風化ということが懸念をされております。しかしながら、その復興の歩みというのは途上でございまして、課題も多く残されているということでございます。
 福島のその被災地、原子力災害の被災地に目を向けますと、二〇一四年の四月以降、避難指示の解除が進んできておりまして、一七年の春には三万二千人に対する避難指示が解かれたということです。最近では帰還困難区域の解除ということも話題に上り始めております。しかし、その避難指示が解除されても、その住民の帰還、これ地域差ございますけれども、全体として見るとなかなか進んでいないという下では、例えば、以前よりも少ない人数で同じ面積の農地を管理していかなければならないとかいったような、様々なその地域における課題が山積をしているということです。
 除染ですとかあるいは建物の解体、ハードのインフラ整備といったようなことはたくさん行われてきたわけなんですけれども、そうした中で、確かに復興しているのかもしれないけれども、風景がどんどん変わっていってしまって、まるで自分の知らない土地のようになっていくというような声も聞かれるわけですね。復旧というよりも、自分の町がなくなっていくようだというふうにおっしゃる方もいらっしゃる。
 確かに、福島の復興にはいろんな新しいチャレンジをしなければいけないんですが、それだけではなくて、やっぱり地域の中のその歴史の積み重ねの延長線上に復興があるんだということですね。それぞれのその地域が培ってきたその地域の価値というのを再確認して、それを踏まえて今その復興政策のその問題点を見直していくというようなことが大事になっているんではないかということでございます。
 では、どういうところに問題があるのかということですが、これは私が言っていることだけではありませんで、例えば資料の二枚目御覧いただけますと、最近の朝日の社説にもほぼ同旨のことが書いてありますけれども、私どもも財政学者なんかと一緒に復興財政の分析をいたしますと、数字上これは明らかなのですが、ハードの公共事業というのはやっぱり重点が置かれていて、被災者支援というところへの割合が非常に低いということです。これは、日本の災害復興政策全般の特徴でもありますし、これ東日本大震災における同様に特徴でもあります。福島でもそうなのであります。個人に直接届く支援施策よりも、除染やインフラ復旧、整備といったようなことが大きな割合を占めている。私どもが、二〇一〇年度から一七年度まで、ちょっと前の数字でありますが、震災復興財政のデータを見たところ、ハード関連とみなされるものが約六割、生活やなりわいの再建に関係するものが一二%程度、一割強というような比重でございました。
 こういうような特徴を持った復興政策というのは、いろんなアンバランスをもたらさざるを得ないということですね。例えば、復興需要が建設業に偏っていって、雇用もそうしたところが中心になっていく。あるいは、ハードの事業が中心になって進んでいきますので、今避難指示が解除された地域では、例えば教育や医療、介護、こういった機能がやっぱりどうしても回復が遅れていると。ですので、そうしたインフラへのニーズが高い方というのはなかなか戻れない。子育て世代だとか高齢者中心に帰還しているというイメージがありますけれども、医療、介護ニーズが高い方なんかはやっぱりなかなか戻れないというような現状があります。やっぱりそこそこ自分で車も運転できて、移動の手段が確保できて、もう仕事をリタイアしていてというような方でないとなかなか戻れない。あるいは自営業者で、戻っても仕事はできるような方、場合によっては役場の方というような感じになっています。
 そうしますと、避難者が戻れないと、その地元のコミュニティー相手に商売していたような小売業の事業者の方は再開が困難になるというような様々なアンバランスというのが出てきてしまうと。ですので、こうしたアンバランスを踏まえて、個々の、インパクトを受けた様々な被災者の状況に即したきめ細かな支援というのが非常に大事になってきているということであります。しかし、現在の復興政策は、この点のきめ細かな支援策という意味での側面で弱さを抱えているというふうに言えるかと思います。
 福島の原子力災害の被災地の場合、個々人の生活再建というのは賠償に委ねられてきているということですね。原発事故の賠償は、原賠法という法律がありまして、無過失責任という制度がもう御案内のとおりございますので、それに基づいて東京電力は賠償してきていると。確かに、無過失責任の制度がありますので、故意、過失の立証を必要とせず、四大公害などとは違って、裁判が提起される前から東京電力の賠償というのはスタートしてきている。ただ、一方で、この無過失責任の制度が津波対策の不備に関する責任の解明というのを妨げている面もあるということも申し上げておかなくてはなりません。
 原賠法に基づいて原賠審と言われる審査会の指針が出されて、それに基づいて東京電力は賠償の基準を定めていくというような仕組みになっておりますが、ただ、これには、無過失責任でスピーディーに賠償が始まったという一方で、いろんな問題点があります。
 特に、その賠償の中身を決めるガイドラインである指針の策定に当たって、当事者の参加の機会がほとんどないということですね。そうなりますと、被害者から見ると、賠償の中身や金額というのは一方的に提示されてくるということになってしまいます。それから、当事者の参加が保障されていないということから、その賠償の内容とか金額がその被害当事者の納得を得られない、被害実態を反映していないというような問題が生じてきているということでございます。
 特に、区域間の賠償格差とかいうようなことが非常に大きな問題になってきましたし、それから、ふるさとの喪失というふうに私が呼んできたような被害ですね、これは例えば避難元の地域での日常の生活を支えてきたもの、例えば、家があれば暮らせるというだけではなくて、周辺の自然環境との関係だとか地域の人々のつながりがあって初めて暮らしが成り立つといったような側面があったわけですけれども、そうした人々の暮らしを支えてきた周辺的な条件から切り離されてしまったということですね。これをふるさとの喪失というふうに呼んでおりますが、それがその慰謝料の賠償の対象から外れている。当事者の実感としては非常に大きなものがあるわけですけれども、賠償の対象から外れているということはございます。
 例えば、原発事故の被災地では山菜とかキノコ取りといったような活動が広く行われておりました。これは住民の暮らしと非常に密接に結び付いた大切な活動でありまして、山林というのは生活圏だったんですね。これは、単に食料を得るというだけではなくて、例えばキノコ取りの名人はキノコ取りが上手であるということによって周辺の住民からそうしたステータスを確保するというような、人々の人間関係を構築する活動としても重要な意味を持っておりました。しかしながら、現在の政策上はこうした山林の意味というのが重視されておりませんで、除染がほぼ手付かずになっていると。例えば、原木シイタケの生産者というのはこうした山の汚染の影響を非常に大きく受けております。
 これは、資料の三枚目のところにちょっと付けておりますが、これは福島出身の荒井広幸先生のお嬢さんたちがなさっている活動なんですけれども、あぶくま山の暮らし研究所、これ見ていただきますと、百五十年先を見据えないと元の暮らしの回復というのは展望できないというような長期的なビジョンですね、こうしたものを掲げながら活動せざるを得ないというような状況があります。こういう、ふるさとを再生していくためには何が失われたのかというものの総体をきちんと明らかにして、その重要性を確認をしていくという作業が不可欠であろうと思います。
 このふるさとの喪失というものは、今全国各地で裁判が広がっておりますけれども、被害者による集団訴訟が広がっておりますが、そこでも焦点になっております。この賠償は、慰謝料の対象から、先ほど申し上げた原賠審の指針や東電の基準では慰謝料の対象から外れているのですけれども、裁判所はこれを慰謝料の賠償を行うべきであるという形で判決を出すようになってきているということです。
 例えば、二〇二〇年の三月に二つ、高裁の判決が集団訴訟で出されております。これは初めての高裁判決でありますが、この二つの判決、仙台高裁、東京高裁ともふるさと喪失慰謝料の賠償を東京電力に対して命じるという判決を出しております。今全国で二〇一二年十二月以降、三十件ぐらいの裁判、原告数は一万二千人に上るような裁判が各地で提起をされ、今もう最高裁まで行っているものもあります。
 全体として言いますと、温度差はありますが、先ほど申し上げたような原賠審の指針や東京電力の賠償基準では十分ではなくて、独自に判断して賠償を命じるというような判決が多く出されている。それから、国の責任についても、地裁レベルでは半々でありますけれども、高裁レベルでは、三件のうち二件が国の責任も認めるというような判決を出しているということですね。
 ですので、こうしたことを踏まえますと、原賠審の指針の見直しということが課題になってくるのではないかと。これについては資料の四枚目に宮城県の新聞の論説記事を添付しておりますので、御覧をいただければと思います。
 最後にまとめでございますが、今、その三・一一から十年を経たということでありまして、一人一人の生活再建と復興というところに向けて、きめ細かな支援策を継続していくということが強く求められていると。長期的な視点ということでいいますと、先ほどの百五十年というような話もございました。
 その賠償の格差というのは個人間でもありまして、元々その収入や資産がない人というのは賠償も少ないので、帰還困難区域の避難者の方でも困窮されているケースがあります。こうした実情をきちんと把握をして、対応する施策をきめ細かく実施していく必要があるんではないかというふうに考えております。
 復興政策は、予算規模としては減少していくと思われますので、ますますこうした施策の中身というところが問われているというふうに思っております。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 除本理史

speaker_id: 21499

日付: 2021-03-16

院: 参議院

会議名: 予算委員会公聴会