除本理史の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(除本理史君) 御質問ありがとうございます。
先ほどのお祭りの話というのがございましたけれども、お祭りというと、都会のお祭りとこうしたコミュニティーに根付いたお祭りと大分様相は異なっていまして、例えば神社、多くはそこの氏子であったりするような方々が集まって共同で一つのステージをつくり上げていったり、そこに集まって同じ時間、空間を共有するということによって人々の間のきずなが強化されていくというような効果を持っていたわけですね。そうした、よく詳しく見てみるとそれぞれの意味が分かってくるというようなことは、被災地域の調査をしていくと、先ほどの山菜取り、キノコのように、いろいろございます。
地域の中で、例えば賠償や復興政策の中では重視されていないけれども、実は重要だという要素が非常に幾つもあるということです。それにスポットライトを当てるために、私、あえてふるさと喪失というような言葉を作っていると。
生活再建という場合にやっぱりどうしても重視されがちなのは住宅であります。自然災害の場合には、先ほど申し上げたように、基本的には自己責任でということでありますが、原発事故の場合はこれ人災だというところで東京電力のその賠償がある。ただし、ある人はあるということですね、避難指示区域の場合はある。けれども、家だけ再建しても元の暮らしが戻るわけではないということなんだろうと思います。
じゃ、何が大事なのか。例えば、家だけ建ってもその周りの人たちとのつながりが切れてしまえば、当然日常の生活が営めないでやっぱり孤立化していってしまうというようなことありますし、ですから、人々の間のつながり、コミュニティーと言ったりしますけれども。
避難元で例えば農業をやっていたような場合は、個々の農地だけ管理していても駄目で、用水路みたいな、みんなで共同作業することによってそれぞれの個別の農家のなりわいが成り立つという、共同集落の共同作業というのは重要な位置を占めていました。これもコミュニティーの役割ということになります。それから、豊かな自然の恵みだとか伝統や文化、こういうことについては今申し上げたとおりです。
こうしたものについての評価が非常に不十分だというのがありまして、ただ、当事者の実感としては非常に大きな被害なので、このことをふるさと喪失という形で、あるいはふるさとの剥奪という形で論じてきたということでございます。