只野雅人の発言 (憲法審査会)
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○只野参考人 では、私からお話をさせていただきます。
まずは、本日は、お招きをいただきまして、どうもありがとうございました。
私の方からは、高橋先生とは少し違う観点からお話をさせていただこうかなというふうに思います。何分新しい問題でございますので、私論の域を出ないものでございますが、参考になりましたら幸いでございます。
本日のテーマでございますけれども、特にお話ししたいと思いますのは、この憲法五十六条が言う「出席」に、いわゆるオンライン審議のようなものが入り得るのか、こういう解釈問題でございます。
五十六条につきましては、議事と議決という二つの要素がございます。本日は、二つを一括してお話をしようかというふうに思っております。もちろん、双方についてオンライン審議が可能だとしても、議決のみにそれを導入する、こういう選択は十分あり得るところでございます。
それから、本会議以外はどうなのかという御疑問もあるかと思いますが、やはり一番ハードルとして高いのは五十六条でございますので、まずはこちらについてお話をさせていただいた上で、ほかについてはそれに準じて考えていく、こういうことになるのかなというふうに思っております。
時間も限られておりますので、あらかじめ私の結論から先にお話をしておきますと、憲法五十六条一項の「出席」というのは、議員が議場に現存するということを前提にしている、想定した規定だ、まずはこういうことでございます。ただし、一定の条件の下、やむを得ない事情があれば議場外からの参加も許容し得るのではないか、憲法解釈としてはこのように考えているところでございます。
まず、議論の前提として、二点ほど少し大きなお話をさせていただくことにいたします。
一つは、先ほど高橋先生からもお話がございましたが、憲法の統治機構全体をどう見るのか、こういう問題でございます。
憲法の統治機構の規定、特に国会に関する規定は非常に簡略である、規律密度といった言葉も最近の憲法学では用いたりしますが、私なりに申せば、そのテクストの余白が非常に広い憲法だ、こういうことになります。
ここに、選挙制度ですとか、それから例えば委員会制度ですとか、こういうものを配置することで憲法の統治機構の姿が定まってくるというわけでございますけれども、もちろん、余白を全く随意に使ってよいというふうには私自身は考えておりません。
言うまでもないことですが、個々の憲法の規定というのは、当然、問題になってまいります。それから、一見ばらばらに見えます個々の規定をつなぎ合わせてみますと、一定の制度のイメージが浮かび上がってくる、こういうこともあるのではないか、こんなふうに考えております。
また、憲法が想定しております制度を具体化するに当たっては、様々な仕組みがあり得るわけですが、憲法との整合性を考えながら制度を配置していく必要もあるのかな、こんなふうに考えているところでございます。
もう一つが、先ほど来お話がありました議院自律権、こういうことでございますが、ここに憲法五十八条を引用させていただきましたけれども、議事運営については、それぞれの議院、ハウスが自律的に決定する、こういうことが憲法上認められているということになります。
加えて、テクストの余白が広いということになりますと、この自律権の範囲は非常に広くなるわけですが、先ほども申しましたように、個々の条文は当然踏まえる必要がある、それから、条文相互の関係から浮かび上がってくるような制度の在り方、こういったものを踏まえて制度設計をしていく必要があるのだろう、全体としてはこんなふうに考えているところでございます。
次に、今度は解釈の問題に入ってまいりますが、この五十六条の「出席」の中に議場外からの出席というものを含め得るのか、こういう問題でございますが、前提は、先ほどもお話しをいたしましたように、原則というのは、やはり物理的に議員の皆さんがこの議場に現存する、こういうことではないか、物理的に出席するということがデフォルトになっているのではないか、こう考えているところでございます。
ただ、なぜそうかというのは、考えてみますと、議場に物理的に来る以外に審議や議決に参加することがこれはできなかった、それ以外の手段を見出すことが事実上難しかった、こういう事情が一つ背景にはあるのかなというふうに思っているところでございます。
それから、二番目ですが、これは先ほど申し上げました自律権に基づく出席をめぐる解釈ということでございまして、これは国会の御判断とは少し離れますが、例えば召集詔書を見ますと、「東京に召集する。」ということが規定されております。それから、両院の議院規則を見ましても、議場にいない議員は表決には参加できない、こういうことが規定されているわけでございます。
両院の判断としてそういう解釈が取られてきた、このことの重みも非常に大きいというふうに考えているわけでございますが、なぜそういう解釈が取られてきたかというと、一つには、先ほど申し上げた、議場にいない形で審議や議決には参加できない、こういう事情もあったかと思いますが、もう一つが、より実質的なものとして、やはり、議場に議員が現存して議論するということに非常に大きな意味がある、こういう合意もあったのかなというふうに考えているところでございます。
憲法は、公開の原則、議事の公開の原則を定めておりますけれども、その下で、議場に現存する議員の皆さんがそれぞれ直接対峙する形で御議論いただく、傍聴人の方とか、更にその背後にいる主権者国民の目を意識しながら議論をする、ここにやはり議会制といいましょうか国会審議の本質がある、こういう御理解もあったんじゃないだろうかというふうに考えているところでございます。
にもかかわらず、なぜ例外が認められるのか、こういうことでございますけれども、一つはやはり、長い間想定されていなかった議場外からの参加が技術的には可能に思えるような状況が生まれているということでございます。それに伴って社会の意識や状況が変わっている部分もあるのではないだろうか。この社会の意識や状況の変化というのは非常に捉えにくいものでございますけれども、様々な法制度の中でもオンラインによる参加ということが組み込まれ始めているように思っております。
それから、もう一つが自律権ということになりますが、先ほど来申しましたように、従来は、自律権に基づく判断として物理的な出席、こういうものを想定してきたわけでございますけれども、以上のような状況の変化を前提にしますと、それを根本から変えるということではありませんけれども、一部修正する、その周辺部分を少し拡張するということはあり得るのではないか、こう思うわけでございます。
ただ、その際どうしても問題になりますのは、先ほど来お話がありました、この出席という言葉ですね。出席という言葉がそういった拡張を許すような余地を含んでいるのか、こういう問題であります。
憲法の規定の中には、特に統治機構の規定の中には、一義的に明確な解釈の余地を許さないようなものがございます。文言としては、例えば三分の一とか過半数、こういった言葉でございます。
しかし、その分母の部分に着目しますと、例えば総議員、あるいはその出席と関わるところでいいますと出席議員ということについては、一定の解釈をめぐる議論がございます。
例えば、総議員ですと、これは法定議員なのか現在議員なのか、こういう議論がございますし、出席議員をめぐっては、棄権者を含むかどうかという問題がございまして、含まないというのが現状の扱いかなというふうに受け止めておりますけれども、やはり一定の解釈の幅というのがあり得るのではないか、根本を変えるということはできないにしても、周辺部分を拡張する余地が全くないとは言えないのではないか、こう考えるわけでございます。
ただ、もちろん、原則といいますかデフォルトの形はございますので、では、どういう場合にその例外が許されるのかということはしっかり考える必要があるであろう、こう思うわけでございます。
一つは、言うまでもないことですが、措置が例外的なものである、こういうことになります。当然、範囲や時期をきちんと限定する、こういうお話になってくるかと思います。
数年前、出産に伴うオンライン審議参加ということが御議論になりましたけれども、これなどは比較的範囲を確定しやすい、こういうお話かなと思います。あるいは、感染症に伴うオンライン審議というものも考えられないわけではないだろうと。それから、あるいは災害に伴うようなものも一つ入り得るかもしれませんが、もちろん、これはあくまで例示ということになります。ただ、あくまでこれは、厳しい原則があって、その例外ということになりますから、範囲を限定していただく、こういう必要が出てくるのかなというふうに思います。
いま一つが、やはり、議場にそろっていただくということが憲法が想定している本来の姿だということからいたしますと、全く同等とはいかないまでも、それに近い同等な条件を整えていただくということも、例外を考える上では欠かせない点かなというふうに思っております。
公開の原則というのが必要だということは言うまでもないことですが、特にハウスとしての意思決定を考えますと、議員自身による議決といいましょうか、この議決権の一身専属性のようなものを確保するということは、やはりどうしても動かせない一線ではないだろうか、こう思うわけです。
それから、付随的には、議決の前提になる議事の様子を議場外から参加される議員の皆さんに共有していただくような工夫も必要になってくるかなと。もちろん、これは実際にはいろいろ工夫が難しいところもあるかと思いますが、その点についてはかなり慎重に、きちんと御検討いただく必要があるのではないかというふうに思うところでございます。
いま一つ、今のは個々の議員の皆さんの事情に配慮した対応でございますが、災害等を理由にして国会の審議機能が維持できないような場合の対応としてはどうなのか、こういう御議論も当然あろうかというふうに思います。
基本的には今話をしましたのと同じような対応の延長線上で考えていくことになるのだろうというふうには思いますが、どのぐらいこういうことがあり得るか、正直分かりませんけれども、どうしても定足数ぎりぎりだという場合、若干その範囲を緩めるといいましょうか、こういうことはあり得るのかなというふうには思っております。
ただ、そういった非常時への対応というのは、やはりその都度対応することは非常に難しいところがございますので、平常時から少し詰めた検討をしていただくということが何より重要ではないだろうか。オンライン審議のようなものが回避できる対応、例えばこのコロナ禍でもそうした対応がなされた、工夫がなされたというふうに承知しておりますけれども、そういったものが可能であれば、平常時から十分お考えいただくということも必要じゃなかろうか、こんなふうに思っております。
以上が憲法解釈に関わる部分でございますが、最後は、それを前提に、制度設計に関して幾つか留意すべき点があろうかと思いますので、こちらも簡単に少しお話をさせていただこうかと思います。
一つは、オンライン審議のようなものを考える場合、どういう形式でそれを定めるのかということでございます。国会法のようなものに定めるというやり方もありますが、議院自律権に基づくものだとすると、やはり議院規則ということになるのかなと思います。そういたしますと、両院間のずれといったことも懸念されるところでございまして、理論上は違う対応をするということはあり得るのですが、そういたしますと、やはり国会の意思決定の正統性に疑問符がつきかねないということにもなりますので、この辺りはやはり両院で協議いただくということも重要じゃなかろうかというふうに思っております。
それから、一番問題になりますのは、先ほどのお話にもありましたように、一旦例外を認めると、それが際限なく広がっていくのではないか、厳格な範囲にとどまらないのではないか、こういう問題でございます。
なかなか十分なお答えが難しいところでございますが、一つは、やはり例外的措置であるということを確認いただく必要があるのだろう、この点が重要なのだろうというふうに思っております。前提として、こういう形で議員の皆様が議場に集まって議論いただく、これが憲法が想定している本来の姿である、できるだけそれを実現いただく、こういう観点をまずきちんと共有いただくということが一つ重要かなというふうに思います。
それからもう一つ、言わずもがなのことでございますけれども、やはりこの議院自律権というもの、これは例外を認める根拠にもなるのですが、同時に、その例外を広げない、おもしのような役割を果たす部分もあるのではないかというふうに思っております。
ハウスに広い裁量的な判断権を認める、こういうことでございますから、これはやはり議員の皆さんへの信頼抜きには成り立たない、こういう仕組みでございます。当然、その信頼には責任が伴うという部分もあるわけでございます。その辺りを踏まえて慎重な判断をしていくということが制度を担保する上でも重要ではないだろうか、こんなふうに考えているところでございます。
簡単ではございますが、私からの話、以上とさせていただきます。(拍手)