憲法審査会
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会
会議録情報#0
令和四年二月二十四日(木曜日)
午前十時開議
出席委員
会長 森 英介君
幹事 井上 貴博君 幹事 加藤 勝信君
幹事 上川 陽子君 幹事 柴山 昌彦君
幹事 新藤 義孝君 幹事 奥野総一郎君
幹事 道下 大樹君 幹事 馬場 伸幸君
幹事 北側 一雄君
井出 庸生君 井野 俊郎君
伊藤 達也君 石破 茂君
稲田 朋美君 岩屋 毅君
衛藤征士郎君 越智 隆雄君
大串 正樹君 國場幸之助君
下村 博文君 高木 啓君
武井 俊輔君 土田 慎君
中西 健治君 船田 元君
細野 豪志君 松本 剛明君
松本 尚君 山下 貴司君
山田 賢司君 山本 左近君
山本 有二君 新垣 邦男君
近藤 昭一君 中川 正春君
野田 佳彦君 太 栄志君
本庄 知史君 谷田川 元君
吉田はるみ君 渡辺 創君
足立 康史君 小野 泰輔君
三木 圭恵君 國重 徹君
中野 洋昌君 吉田 宣弘君
玉木雄一郎君 赤嶺 政賢君
北神 圭朗君
…………………………………
参考人
(東京大学名誉教授) 高橋 和之君
参考人
(一橋大学大学院法学研究科教授) 只野 雅人君
衆議院憲法審査会事務局長 神崎 一郎君
―――――――――――――
委員の異動
二月二十四日
辞任 補欠選任
秋葉 賢也君 武井 俊輔君
伊藤信太郎君 山本 左近君
越智 隆雄君 高木 啓君
西村 康稔君 松本 尚君
山田 賢司君 土田 慎君
櫻井 周君 渡辺 創君
同日
辞任 補欠選任
高木 啓君 越智 隆雄君
武井 俊輔君 秋葉 賢也君
土田 慎君 山田 賢司君
松本 尚君 西村 康稔君
山本 左近君 伊藤信太郎君
渡辺 創君 櫻井 周君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(特に、憲法第五十六条第一項の「出席」に関する議論)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前十時開議
出席委員
会長 森 英介君
幹事 井上 貴博君 幹事 加藤 勝信君
幹事 上川 陽子君 幹事 柴山 昌彦君
幹事 新藤 義孝君 幹事 奥野総一郎君
幹事 道下 大樹君 幹事 馬場 伸幸君
幹事 北側 一雄君
井出 庸生君 井野 俊郎君
伊藤 達也君 石破 茂君
稲田 朋美君 岩屋 毅君
衛藤征士郎君 越智 隆雄君
大串 正樹君 國場幸之助君
下村 博文君 高木 啓君
武井 俊輔君 土田 慎君
中西 健治君 船田 元君
細野 豪志君 松本 剛明君
松本 尚君 山下 貴司君
山田 賢司君 山本 左近君
山本 有二君 新垣 邦男君
近藤 昭一君 中川 正春君
野田 佳彦君 太 栄志君
本庄 知史君 谷田川 元君
吉田はるみ君 渡辺 創君
足立 康史君 小野 泰輔君
三木 圭恵君 國重 徹君
中野 洋昌君 吉田 宣弘君
玉木雄一郎君 赤嶺 政賢君
北神 圭朗君
…………………………………
参考人
(東京大学名誉教授) 高橋 和之君
参考人
(一橋大学大学院法学研究科教授) 只野 雅人君
衆議院憲法審査会事務局長 神崎 一郎君
―――――――――――――
委員の異動
二月二十四日
辞任 補欠選任
秋葉 賢也君 武井 俊輔君
伊藤信太郎君 山本 左近君
越智 隆雄君 高木 啓君
西村 康稔君 松本 尚君
山田 賢司君 土田 慎君
櫻井 周君 渡辺 創君
同日
辞任 補欠選任
高木 啓君 越智 隆雄君
武井 俊輔君 秋葉 賢也君
土田 慎君 山田 賢司君
松本 尚君 西村 康稔君
山本 左近君 伊藤信太郎君
渡辺 創君 櫻井 周君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(特に、憲法第五十六条第一項の「出席」に関する議論)
――――◇―――――
森
森英介#1
○森会長 これより会議を開きます。
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に、憲法第五十六条第一項の「出席」に関する議論について調査を進めます。
この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
本件調査のため、本日、参考人として東京大学名誉教授高橋和之君及び一橋大学大学院法学研究科教授只野雅人君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に、憲法第五十六条第一項の「出席」に関する議論について調査を進めます。
この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
本件調査のため、本日、参考人として東京大学名誉教授高橋和之君及び一橋大学大学院法学研究科教授只野雅人君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
森
森
森英介#3
○森会長 この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。参考人それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、高橋参考人、只野参考人の順に、それぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対しお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、まず高橋参考人、お願いいたします。
この発言だけを見る →本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。参考人それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、高橋参考人、只野参考人の順に、それぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対しお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度会長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑することはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、まず高橋参考人、お願いいたします。
高
高橋和之#4
○高橋参考人 ただいま紹介にあずかりました高橋です。よろしくお願いいたします。
本日の質疑では、憲法五十六条の「出席」はオンラインによる審議への参加を含むのかについての私の見解を述べるように求められたと理解しております。
オンライン出席を憲法五十六条の制度として設置することに対しましては、私は重大な疑念を払拭し得ないでおります。その理由は二つに整理できます。第一に、憲法五十六条の解釈の方法という側面の問題と、第二に、そのような制度を導入しなければならない十分な理由があるのかという問題であります。
まず、五十六条の解釈の方法という側面でありますが、憲法五十六条の解釈は厳格でなければならないと考えております。
その理由は三点あります。
第一に、五十六条はルールを定めた規定であり、解釈により拡張することを避けるべきだと考えるからであります。
憲法上の条文には、ルールを定めた規定と、原理を定めた規定があると言われております。この区別は、アメリカやドイツの高名な法哲学者が唱えているものでありまして、日本でも広く受け入れられております。
ルールとは、法的効果が発生するための明確な要件を定めた規定であり、その規定の適用に当たっては、事実の要件該当性だけが問題となるような性格の条文であります。それに対して、原理とは、ルールのような明確な要件を定めたものではなく、より抽象的レベルの一般的基準を定めたものという性格の規定であり、適用に当たっては、他の原理との調整が予定されたものであります。
一般的に言えば、憲法上の条文で人権に関する規定は原理の性格を持つのが通常であり、統治機構の規定はルールの性格を持つのが通常であると解されております。
日本国憲法は、人権規定については公共の福祉による制限というものを定めておりまして、これは憲法十三条でありますが、公共の福祉とは人権間の衝突の調整原理であるというのが通説となってまいりました。まさに、原理であることを憲法自身が想定しているのであります。これに対して、統治機構に関しては、調整を予定した一般規定は存在しないので、ルールであることを想定していると解することができます。
これに照らして解釈すれば、憲法五十六条は明らかにルールの性格を持つ規定でありますから、そのようなものとして厳格に解釈、適用することが要求されるということになります。
五十六条は、「総議員の三分の一」とか「出席議員の過半数」と定めております。その意味は明確であり、その明確な意味に従ってこれまで運用してきたものと理解しております。ゆえに、状況の変化によりその意味を維持し得なくなったというような場合、解釈の変更で対処することは原則として許されないということになります。それが立憲主義の約束事だと私は理解しております。
これを、総議員と三分の一を切り離し、あるいはまた、出席議員と過半数を切り離して、三分の一とか過半数はルールであるけれども、総議員や出席議員は解釈の余地があるからルールではないという主張もありますが、このように切り離すことは結果志向的な恣意的な解釈であり、許されないと考えております。
条文は言葉で書かれております。言葉というものは、厳密には一義的であることはまれでありまして、また、時代とともに変遷いたしますから、どのような条文にも解釈の余地はあるものです。しかし、ルールか原理かという問題は、条文に客観的に備わっている性質ということではなくて、解釈態度の指針を与える区別だと私は理解しております。解釈が恣意に流れることを阻止し、それにより立憲主義的な解釈運用を担保しようとするのが、この区別の意味であります。
厳格な解釈が要請される第二の理由は、五十六条自体の性格です。
この規定は、会議体が合法的に活動するための最低限の要件を定めた規定であります。会議体に権限を与える場合には、会議体の成立要件と議決の要件というのは、もうこれは不可欠であります。憲法制定者は、少数者保護のために、あるいは権力の濫用を防止するためにそれを憲法に定める必要があると考えたものと解されます。この規定を議員の活動を保障するための規定と読むのは、全くの誤りだと私には思えます。確かに、この規定により、少なくとも三分の一の議員の出席が保障される結果となりますが、それはあくまでも結果論であって、それを目的とした規定と読むのは、この規定の本質をねじ曲げるものであります。
オンライン出席を認めることは憲法五十六条に反しないと主張する者は、その理由として、五十六条が出席を要求する趣旨は、議員自らが議論し、その過程を通じて議案に対する賛否の意思を形成し、最終的に自らが表決に参加することにあると言いますけれども、かかる解釈は五十六条の解釈としては無理であります。
そもそも、五十六条は議員に出席を要求などした規定でないことは、これはもう一目瞭然であります。にもかかわらず、かかる目的を強引に読み込んで、この規定に適合する機能を果たす限りビデオ出席も出席と認めるというような理論構成は、余りにも強引な解釈に私には思えます。
第三に、技術の変化に対応して五十六条の解釈を柔軟に行うべきだという主張は、その根拠の一つとして、憲法が広範な議院自律権を認めているということを挙げております。憲法は議院に広範な自律権を与えており、ゆえに議院運営に関する五十六条の規定も自律的に解釈運用することが許されるんだというわけです。しかし、議院自律権は運用の柔軟性を認める根拠とはなるとしても、憲法条文の解釈の柔軟性を認める根拠とはなりません。
確かに、国会手続についての条文は日本国憲法には非常に少なく、ほとんどを自律権に委ねております。しかし、このことは、だから憲法条文の解釈も自律権に委ねられるのだという解釈の根拠とはならないと私は思います。自律権は、権力分立との関係で構成されている概念でありまして、具体的には、裁判所の介入は受けないということを意味しているのでありますけれども、決して院による憲法の柔軟な解釈を許すという意味ではありません。むしろその逆で、チェック・アンド・バランス、権力分立が働かない分、国会による厳格な解釈が要請されるはずのものであります。
憲法制定者は、基本的には自律権に委ねながら、これだけは守るようにという意味で僅かの規定を精選して憲法に取り入れたのであり、その意図は、この規定だけは厳格に守ってくださいということを示したものと理解すべきなのであります。
以上のように、憲法全体の構造における五十六条の位置に照らして解釈すると、憲法五十六条は厳格な解釈が予定されている規定だということになります。その精神に従った解釈を行うことこそが、立憲主義を守る道だと私は信じております。憲法改正問題に神経をとがらせる余りに、その場しのぎの解決策として柔軟な解釈を採用するのは、許されざる解釈方法の導入という先例をつくることになり、一時の利益と引換えに、長期的には立憲主義を掘り崩すアリの穴となることを危惧いたします。
五十六条について、厳格な解釈が必要であることを述べてまいりましたが、この要請にもかかわらず、どうしても例外を認めなければならない場合があり得ないわけではありません。それは、テクノロジーの発展等の時代状況の変化により、当初は予定されていなかった他の憲法条文との衝突が生ずるということもあり得るからであります。
そのような場合、衝突が極めて限局された部分的なものであり、解釈上、ルールに対する例外として対処することも許されるのではないかという場合があるかもしれません。しかし、その場合でも、憲法のどの条文との衝突を調整しようとしているのかは明確に説明する必要があります。
私が考えるのに、例外の根拠条文として考え得るものの最有力は、憲法十四条の平等原則であろうと思います。しかし、この問題を検討する場合、議員の議会活動を保障するという観点と、国会の機能麻痺を防止するという観点を区別して考えるのが、議論の混乱を避けるのに必要であると思います。
まず、議員の活動の便宜を図るという観点から考えてみましょう。これは、出産を間近に控えているとか、何らかの障害を抱えており、あるいは病気のために出席が不可能、あるいは極めて困難であるような場合にオンライン出席を認めて、議員活動を可能あるいは容易にしようという考えであります。以下では、弱者への便宜供与と呼ばせていただきます。
確かに、こうした弱者の方々は、国会への出席等の議員活動に様々な難儀を感じておられることと思います。したがって、オンラインによる活動を含めた、より一層の便宜供与を図っていくことが望まれます。しかし、それは、憲法五十六条の「出席」には該当しないけれども、その他の点では法的な出席と認めるというような制度設計も十分可能でありますから、そのような形でどんどん推進すべきだと思います。
それでも、五十六条の「出席」とは認めないということになりますと、議決の票数に数えてもらえないという不利益を受けることになります。オンラインで有効な投票ができるということは、シンボリックな意味では意味がありますけれども、しかし、実質的な利益は小さいのではないか、少なくとも、五十六条の例外を認めるというほどの重要性は持たないのではないかと私は思います。
弱者を保護するための便宜供与だと言われますと、反対を表明するのがちょっとためらわれるんですけれども、憲法五十六条を守りながら様々な便宜を実質的に実現する制度設計は、他にも幾らでも可能であります。そちらの方向こそ、目指すべき方向だと信じております。
次に、国会機能麻痺を防止するという観点からの検討ですが、これは、感染症の蔓延や地震などの大災害により、定足数を満たす議員が集合できなくなり、国会の機能が麻痺するような状態に対処するために、オンライン出席を制度化しようという議論と理解いたします。
しかし、今回のコロナの事態でも、国会が定足数を満たすことができないということは生じておりません。阪神大震災のときも、東北大震災のときも、そのような事態は生じませんでした。もっとも、もしオンライン出席の制度があれば、より便利であり、迅速な対応が可能であったということなのかもしれません。
確かに、便利ではありましょう。しかし、憲法は政治権力の行使を統制するものでありまして、権力行使の便宜のために統制を外そうというのは、憲法の精神、趣旨に反する考え方であります。統制を緩めても弊害は生じないんだというのであれば別ですけれども、制度の悪用の危険性は、弱者保護を目指した制度設計の場合よりもはるかに高まるであろうと思います。権力行使の要件を緩めれば、それに比例して濫用の危険も増大するというのが常識であります。
もし、緊急事態への対処という問題の一環だということであれば、真正面から緊急事態の問題として提示し、まず、緊急事態についての国民のコンセンサスを形成しながら、その中の問題の一つとして五十六条の議論を詰めるのが筋であろうと思います。
私、時計を持っていないので、時間が来ているかどうか分かりませんけれども、取りあえずここで終わりにさせていただきます。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日の質疑では、憲法五十六条の「出席」はオンラインによる審議への参加を含むのかについての私の見解を述べるように求められたと理解しております。
オンライン出席を憲法五十六条の制度として設置することに対しましては、私は重大な疑念を払拭し得ないでおります。その理由は二つに整理できます。第一に、憲法五十六条の解釈の方法という側面の問題と、第二に、そのような制度を導入しなければならない十分な理由があるのかという問題であります。
まず、五十六条の解釈の方法という側面でありますが、憲法五十六条の解釈は厳格でなければならないと考えております。
その理由は三点あります。
第一に、五十六条はルールを定めた規定であり、解釈により拡張することを避けるべきだと考えるからであります。
憲法上の条文には、ルールを定めた規定と、原理を定めた規定があると言われております。この区別は、アメリカやドイツの高名な法哲学者が唱えているものでありまして、日本でも広く受け入れられております。
ルールとは、法的効果が発生するための明確な要件を定めた規定であり、その規定の適用に当たっては、事実の要件該当性だけが問題となるような性格の条文であります。それに対して、原理とは、ルールのような明確な要件を定めたものではなく、より抽象的レベルの一般的基準を定めたものという性格の規定であり、適用に当たっては、他の原理との調整が予定されたものであります。
一般的に言えば、憲法上の条文で人権に関する規定は原理の性格を持つのが通常であり、統治機構の規定はルールの性格を持つのが通常であると解されております。
日本国憲法は、人権規定については公共の福祉による制限というものを定めておりまして、これは憲法十三条でありますが、公共の福祉とは人権間の衝突の調整原理であるというのが通説となってまいりました。まさに、原理であることを憲法自身が想定しているのであります。これに対して、統治機構に関しては、調整を予定した一般規定は存在しないので、ルールであることを想定していると解することができます。
これに照らして解釈すれば、憲法五十六条は明らかにルールの性格を持つ規定でありますから、そのようなものとして厳格に解釈、適用することが要求されるということになります。
五十六条は、「総議員の三分の一」とか「出席議員の過半数」と定めております。その意味は明確であり、その明確な意味に従ってこれまで運用してきたものと理解しております。ゆえに、状況の変化によりその意味を維持し得なくなったというような場合、解釈の変更で対処することは原則として許されないということになります。それが立憲主義の約束事だと私は理解しております。
これを、総議員と三分の一を切り離し、あるいはまた、出席議員と過半数を切り離して、三分の一とか過半数はルールであるけれども、総議員や出席議員は解釈の余地があるからルールではないという主張もありますが、このように切り離すことは結果志向的な恣意的な解釈であり、許されないと考えております。
条文は言葉で書かれております。言葉というものは、厳密には一義的であることはまれでありまして、また、時代とともに変遷いたしますから、どのような条文にも解釈の余地はあるものです。しかし、ルールか原理かという問題は、条文に客観的に備わっている性質ということではなくて、解釈態度の指針を与える区別だと私は理解しております。解釈が恣意に流れることを阻止し、それにより立憲主義的な解釈運用を担保しようとするのが、この区別の意味であります。
厳格な解釈が要請される第二の理由は、五十六条自体の性格です。
この規定は、会議体が合法的に活動するための最低限の要件を定めた規定であります。会議体に権限を与える場合には、会議体の成立要件と議決の要件というのは、もうこれは不可欠であります。憲法制定者は、少数者保護のために、あるいは権力の濫用を防止するためにそれを憲法に定める必要があると考えたものと解されます。この規定を議員の活動を保障するための規定と読むのは、全くの誤りだと私には思えます。確かに、この規定により、少なくとも三分の一の議員の出席が保障される結果となりますが、それはあくまでも結果論であって、それを目的とした規定と読むのは、この規定の本質をねじ曲げるものであります。
オンライン出席を認めることは憲法五十六条に反しないと主張する者は、その理由として、五十六条が出席を要求する趣旨は、議員自らが議論し、その過程を通じて議案に対する賛否の意思を形成し、最終的に自らが表決に参加することにあると言いますけれども、かかる解釈は五十六条の解釈としては無理であります。
そもそも、五十六条は議員に出席を要求などした規定でないことは、これはもう一目瞭然であります。にもかかわらず、かかる目的を強引に読み込んで、この規定に適合する機能を果たす限りビデオ出席も出席と認めるというような理論構成は、余りにも強引な解釈に私には思えます。
第三に、技術の変化に対応して五十六条の解釈を柔軟に行うべきだという主張は、その根拠の一つとして、憲法が広範な議院自律権を認めているということを挙げております。憲法は議院に広範な自律権を与えており、ゆえに議院運営に関する五十六条の規定も自律的に解釈運用することが許されるんだというわけです。しかし、議院自律権は運用の柔軟性を認める根拠とはなるとしても、憲法条文の解釈の柔軟性を認める根拠とはなりません。
確かに、国会手続についての条文は日本国憲法には非常に少なく、ほとんどを自律権に委ねております。しかし、このことは、だから憲法条文の解釈も自律権に委ねられるのだという解釈の根拠とはならないと私は思います。自律権は、権力分立との関係で構成されている概念でありまして、具体的には、裁判所の介入は受けないということを意味しているのでありますけれども、決して院による憲法の柔軟な解釈を許すという意味ではありません。むしろその逆で、チェック・アンド・バランス、権力分立が働かない分、国会による厳格な解釈が要請されるはずのものであります。
憲法制定者は、基本的には自律権に委ねながら、これだけは守るようにという意味で僅かの規定を精選して憲法に取り入れたのであり、その意図は、この規定だけは厳格に守ってくださいということを示したものと理解すべきなのであります。
以上のように、憲法全体の構造における五十六条の位置に照らして解釈すると、憲法五十六条は厳格な解釈が予定されている規定だということになります。その精神に従った解釈を行うことこそが、立憲主義を守る道だと私は信じております。憲法改正問題に神経をとがらせる余りに、その場しのぎの解決策として柔軟な解釈を採用するのは、許されざる解釈方法の導入という先例をつくることになり、一時の利益と引換えに、長期的には立憲主義を掘り崩すアリの穴となることを危惧いたします。
五十六条について、厳格な解釈が必要であることを述べてまいりましたが、この要請にもかかわらず、どうしても例外を認めなければならない場合があり得ないわけではありません。それは、テクノロジーの発展等の時代状況の変化により、当初は予定されていなかった他の憲法条文との衝突が生ずるということもあり得るからであります。
そのような場合、衝突が極めて限局された部分的なものであり、解釈上、ルールに対する例外として対処することも許されるのではないかという場合があるかもしれません。しかし、その場合でも、憲法のどの条文との衝突を調整しようとしているのかは明確に説明する必要があります。
私が考えるのに、例外の根拠条文として考え得るものの最有力は、憲法十四条の平等原則であろうと思います。しかし、この問題を検討する場合、議員の議会活動を保障するという観点と、国会の機能麻痺を防止するという観点を区別して考えるのが、議論の混乱を避けるのに必要であると思います。
まず、議員の活動の便宜を図るという観点から考えてみましょう。これは、出産を間近に控えているとか、何らかの障害を抱えており、あるいは病気のために出席が不可能、あるいは極めて困難であるような場合にオンライン出席を認めて、議員活動を可能あるいは容易にしようという考えであります。以下では、弱者への便宜供与と呼ばせていただきます。
確かに、こうした弱者の方々は、国会への出席等の議員活動に様々な難儀を感じておられることと思います。したがって、オンラインによる活動を含めた、より一層の便宜供与を図っていくことが望まれます。しかし、それは、憲法五十六条の「出席」には該当しないけれども、その他の点では法的な出席と認めるというような制度設計も十分可能でありますから、そのような形でどんどん推進すべきだと思います。
それでも、五十六条の「出席」とは認めないということになりますと、議決の票数に数えてもらえないという不利益を受けることになります。オンラインで有効な投票ができるということは、シンボリックな意味では意味がありますけれども、しかし、実質的な利益は小さいのではないか、少なくとも、五十六条の例外を認めるというほどの重要性は持たないのではないかと私は思います。
弱者を保護するための便宜供与だと言われますと、反対を表明するのがちょっとためらわれるんですけれども、憲法五十六条を守りながら様々な便宜を実質的に実現する制度設計は、他にも幾らでも可能であります。そちらの方向こそ、目指すべき方向だと信じております。
次に、国会機能麻痺を防止するという観点からの検討ですが、これは、感染症の蔓延や地震などの大災害により、定足数を満たす議員が集合できなくなり、国会の機能が麻痺するような状態に対処するために、オンライン出席を制度化しようという議論と理解いたします。
しかし、今回のコロナの事態でも、国会が定足数を満たすことができないということは生じておりません。阪神大震災のときも、東北大震災のときも、そのような事態は生じませんでした。もっとも、もしオンライン出席の制度があれば、より便利であり、迅速な対応が可能であったということなのかもしれません。
確かに、便利ではありましょう。しかし、憲法は政治権力の行使を統制するものでありまして、権力行使の便宜のために統制を外そうというのは、憲法の精神、趣旨に反する考え方であります。統制を緩めても弊害は生じないんだというのであれば別ですけれども、制度の悪用の危険性は、弱者保護を目指した制度設計の場合よりもはるかに高まるであろうと思います。権力行使の要件を緩めれば、それに比例して濫用の危険も増大するというのが常識であります。
もし、緊急事態への対処という問題の一環だということであれば、真正面から緊急事態の問題として提示し、まず、緊急事態についての国民のコンセンサスを形成しながら、その中の問題の一つとして五十六条の議論を詰めるのが筋であろうと思います。
私、時計を持っていないので、時間が来ているかどうか分かりませんけれども、取りあえずここで終わりにさせていただきます。
ありがとうございました。拍手
森
只
只野雅人#6
○只野参考人 では、私からお話をさせていただきます。
まずは、本日は、お招きをいただきまして、どうもありがとうございました。
私の方からは、高橋先生とは少し違う観点からお話をさせていただこうかなというふうに思います。何分新しい問題でございますので、私論の域を出ないものでございますが、参考になりましたら幸いでございます。
本日のテーマでございますけれども、特にお話ししたいと思いますのは、この憲法五十六条が言う「出席」に、いわゆるオンライン審議のようなものが入り得るのか、こういう解釈問題でございます。
五十六条につきましては、議事と議決という二つの要素がございます。本日は、二つを一括してお話をしようかというふうに思っております。もちろん、双方についてオンライン審議が可能だとしても、議決のみにそれを導入する、こういう選択は十分あり得るところでございます。
それから、本会議以外はどうなのかという御疑問もあるかと思いますが、やはり一番ハードルとして高いのは五十六条でございますので、まずはこちらについてお話をさせていただいた上で、ほかについてはそれに準じて考えていく、こういうことになるのかなというふうに思っております。
時間も限られておりますので、あらかじめ私の結論から先にお話をしておきますと、憲法五十六条一項の「出席」というのは、議員が議場に現存するということを前提にしている、想定した規定だ、まずはこういうことでございます。ただし、一定の条件の下、やむを得ない事情があれば議場外からの参加も許容し得るのではないか、憲法解釈としてはこのように考えているところでございます。
まず、議論の前提として、二点ほど少し大きなお話をさせていただくことにいたします。
一つは、先ほど高橋先生からもお話がございましたが、憲法の統治機構全体をどう見るのか、こういう問題でございます。
憲法の統治機構の規定、特に国会に関する規定は非常に簡略である、規律密度といった言葉も最近の憲法学では用いたりしますが、私なりに申せば、そのテクストの余白が非常に広い憲法だ、こういうことになります。
ここに、選挙制度ですとか、それから例えば委員会制度ですとか、こういうものを配置することで憲法の統治機構の姿が定まってくるというわけでございますけれども、もちろん、余白を全く随意に使ってよいというふうには私自身は考えておりません。
言うまでもないことですが、個々の憲法の規定というのは、当然、問題になってまいります。それから、一見ばらばらに見えます個々の規定をつなぎ合わせてみますと、一定の制度のイメージが浮かび上がってくる、こういうこともあるのではないか、こんなふうに考えております。
また、憲法が想定しております制度を具体化するに当たっては、様々な仕組みがあり得るわけですが、憲法との整合性を考えながら制度を配置していく必要もあるのかな、こんなふうに考えているところでございます。
もう一つが、先ほど来お話がありました議院自律権、こういうことでございますが、ここに憲法五十八条を引用させていただきましたけれども、議事運営については、それぞれの議院、ハウスが自律的に決定する、こういうことが憲法上認められているということになります。
加えて、テクストの余白が広いということになりますと、この自律権の範囲は非常に広くなるわけですが、先ほども申しましたように、個々の条文は当然踏まえる必要がある、それから、条文相互の関係から浮かび上がってくるような制度の在り方、こういったものを踏まえて制度設計をしていく必要があるのだろう、全体としてはこんなふうに考えているところでございます。
次に、今度は解釈の問題に入ってまいりますが、この五十六条の「出席」の中に議場外からの出席というものを含め得るのか、こういう問題でございますが、前提は、先ほどもお話しをいたしましたように、原則というのは、やはり物理的に議員の皆さんがこの議場に現存する、こういうことではないか、物理的に出席するということがデフォルトになっているのではないか、こう考えているところでございます。
ただ、なぜそうかというのは、考えてみますと、議場に物理的に来る以外に審議や議決に参加することがこれはできなかった、それ以外の手段を見出すことが事実上難しかった、こういう事情が一つ背景にはあるのかなというふうに思っているところでございます。
それから、二番目ですが、これは先ほど申し上げました自律権に基づく出席をめぐる解釈ということでございまして、これは国会の御判断とは少し離れますが、例えば召集詔書を見ますと、「東京に召集する。」ということが規定されております。それから、両院の議院規則を見ましても、議場にいない議員は表決には参加できない、こういうことが規定されているわけでございます。
両院の判断としてそういう解釈が取られてきた、このことの重みも非常に大きいというふうに考えているわけでございますが、なぜそういう解釈が取られてきたかというと、一つには、先ほど申し上げた、議場にいない形で審議や議決には参加できない、こういう事情もあったかと思いますが、もう一つが、より実質的なものとして、やはり、議場に議員が現存して議論するということに非常に大きな意味がある、こういう合意もあったのかなというふうに考えているところでございます。
憲法は、公開の原則、議事の公開の原則を定めておりますけれども、その下で、議場に現存する議員の皆さんがそれぞれ直接対峙する形で御議論いただく、傍聴人の方とか、更にその背後にいる主権者国民の目を意識しながら議論をする、ここにやはり議会制といいましょうか国会審議の本質がある、こういう御理解もあったんじゃないだろうかというふうに考えているところでございます。
にもかかわらず、なぜ例外が認められるのか、こういうことでございますけれども、一つはやはり、長い間想定されていなかった議場外からの参加が技術的には可能に思えるような状況が生まれているということでございます。それに伴って社会の意識や状況が変わっている部分もあるのではないだろうか。この社会の意識や状況の変化というのは非常に捉えにくいものでございますけれども、様々な法制度の中でもオンラインによる参加ということが組み込まれ始めているように思っております。
それから、もう一つが自律権ということになりますが、先ほど来申しましたように、従来は、自律権に基づく判断として物理的な出席、こういうものを想定してきたわけでございますけれども、以上のような状況の変化を前提にしますと、それを根本から変えるということではありませんけれども、一部修正する、その周辺部分を少し拡張するということはあり得るのではないか、こう思うわけでございます。
ただ、その際どうしても問題になりますのは、先ほど来お話がありました、この出席という言葉ですね。出席という言葉がそういった拡張を許すような余地を含んでいるのか、こういう問題であります。
憲法の規定の中には、特に統治機構の規定の中には、一義的に明確な解釈の余地を許さないようなものがございます。文言としては、例えば三分の一とか過半数、こういった言葉でございます。
しかし、その分母の部分に着目しますと、例えば総議員、あるいはその出席と関わるところでいいますと出席議員ということについては、一定の解釈をめぐる議論がございます。
例えば、総議員ですと、これは法定議員なのか現在議員なのか、こういう議論がございますし、出席議員をめぐっては、棄権者を含むかどうかという問題がございまして、含まないというのが現状の扱いかなというふうに受け止めておりますけれども、やはり一定の解釈の幅というのがあり得るのではないか、根本を変えるということはできないにしても、周辺部分を拡張する余地が全くないとは言えないのではないか、こう考えるわけでございます。
ただ、もちろん、原則といいますかデフォルトの形はございますので、では、どういう場合にその例外が許されるのかということはしっかり考える必要があるであろう、こう思うわけでございます。
一つは、言うまでもないことですが、措置が例外的なものである、こういうことになります。当然、範囲や時期をきちんと限定する、こういうお話になってくるかと思います。
数年前、出産に伴うオンライン審議参加ということが御議論になりましたけれども、これなどは比較的範囲を確定しやすい、こういうお話かなと思います。あるいは、感染症に伴うオンライン審議というものも考えられないわけではないだろうと。それから、あるいは災害に伴うようなものも一つ入り得るかもしれませんが、もちろん、これはあくまで例示ということになります。ただ、あくまでこれは、厳しい原則があって、その例外ということになりますから、範囲を限定していただく、こういう必要が出てくるのかなというふうに思います。
いま一つが、やはり、議場にそろっていただくということが憲法が想定している本来の姿だということからいたしますと、全く同等とはいかないまでも、それに近い同等な条件を整えていただくということも、例外を考える上では欠かせない点かなというふうに思っております。
公開の原則というのが必要だということは言うまでもないことですが、特にハウスとしての意思決定を考えますと、議員自身による議決といいましょうか、この議決権の一身専属性のようなものを確保するということは、やはりどうしても動かせない一線ではないだろうか、こう思うわけです。
それから、付随的には、議決の前提になる議事の様子を議場外から参加される議員の皆さんに共有していただくような工夫も必要になってくるかなと。もちろん、これは実際にはいろいろ工夫が難しいところもあるかと思いますが、その点についてはかなり慎重に、きちんと御検討いただく必要があるのではないかというふうに思うところでございます。
いま一つ、今のは個々の議員の皆さんの事情に配慮した対応でございますが、災害等を理由にして国会の審議機能が維持できないような場合の対応としてはどうなのか、こういう御議論も当然あろうかというふうに思います。
基本的には今話をしましたのと同じような対応の延長線上で考えていくことになるのだろうというふうには思いますが、どのぐらいこういうことがあり得るか、正直分かりませんけれども、どうしても定足数ぎりぎりだという場合、若干その範囲を緩めるといいましょうか、こういうことはあり得るのかなというふうには思っております。
ただ、そういった非常時への対応というのは、やはりその都度対応することは非常に難しいところがございますので、平常時から少し詰めた検討をしていただくということが何より重要ではないだろうか。オンライン審議のようなものが回避できる対応、例えばこのコロナ禍でもそうした対応がなされた、工夫がなされたというふうに承知しておりますけれども、そういったものが可能であれば、平常時から十分お考えいただくということも必要じゃなかろうか、こんなふうに思っております。
以上が憲法解釈に関わる部分でございますが、最後は、それを前提に、制度設計に関して幾つか留意すべき点があろうかと思いますので、こちらも簡単に少しお話をさせていただこうかと思います。
一つは、オンライン審議のようなものを考える場合、どういう形式でそれを定めるのかということでございます。国会法のようなものに定めるというやり方もありますが、議院自律権に基づくものだとすると、やはり議院規則ということになるのかなと思います。そういたしますと、両院間のずれといったことも懸念されるところでございまして、理論上は違う対応をするということはあり得るのですが、そういたしますと、やはり国会の意思決定の正統性に疑問符がつきかねないということにもなりますので、この辺りはやはり両院で協議いただくということも重要じゃなかろうかというふうに思っております。
それから、一番問題になりますのは、先ほどのお話にもありましたように、一旦例外を認めると、それが際限なく広がっていくのではないか、厳格な範囲にとどまらないのではないか、こういう問題でございます。
なかなか十分なお答えが難しいところでございますが、一つは、やはり例外的措置であるということを確認いただく必要があるのだろう、この点が重要なのだろうというふうに思っております。前提として、こういう形で議員の皆様が議場に集まって議論いただく、これが憲法が想定している本来の姿である、できるだけそれを実現いただく、こういう観点をまずきちんと共有いただくということが一つ重要かなというふうに思います。
それからもう一つ、言わずもがなのことでございますけれども、やはりこの議院自律権というもの、これは例外を認める根拠にもなるのですが、同時に、その例外を広げない、おもしのような役割を果たす部分もあるのではないかというふうに思っております。
ハウスに広い裁量的な判断権を認める、こういうことでございますから、これはやはり議員の皆さんへの信頼抜きには成り立たない、こういう仕組みでございます。当然、その信頼には責任が伴うという部分もあるわけでございます。その辺りを踏まえて慎重な判断をしていくということが制度を担保する上でも重要ではないだろうか、こんなふうに考えているところでございます。
簡単ではございますが、私からの話、以上とさせていただきます。拍手
この発言だけを見る →まずは、本日は、お招きをいただきまして、どうもありがとうございました。
私の方からは、高橋先生とは少し違う観点からお話をさせていただこうかなというふうに思います。何分新しい問題でございますので、私論の域を出ないものでございますが、参考になりましたら幸いでございます。
本日のテーマでございますけれども、特にお話ししたいと思いますのは、この憲法五十六条が言う「出席」に、いわゆるオンライン審議のようなものが入り得るのか、こういう解釈問題でございます。
五十六条につきましては、議事と議決という二つの要素がございます。本日は、二つを一括してお話をしようかというふうに思っております。もちろん、双方についてオンライン審議が可能だとしても、議決のみにそれを導入する、こういう選択は十分あり得るところでございます。
それから、本会議以外はどうなのかという御疑問もあるかと思いますが、やはり一番ハードルとして高いのは五十六条でございますので、まずはこちらについてお話をさせていただいた上で、ほかについてはそれに準じて考えていく、こういうことになるのかなというふうに思っております。
時間も限られておりますので、あらかじめ私の結論から先にお話をしておきますと、憲法五十六条一項の「出席」というのは、議員が議場に現存するということを前提にしている、想定した規定だ、まずはこういうことでございます。ただし、一定の条件の下、やむを得ない事情があれば議場外からの参加も許容し得るのではないか、憲法解釈としてはこのように考えているところでございます。
まず、議論の前提として、二点ほど少し大きなお話をさせていただくことにいたします。
一つは、先ほど高橋先生からもお話がございましたが、憲法の統治機構全体をどう見るのか、こういう問題でございます。
憲法の統治機構の規定、特に国会に関する規定は非常に簡略である、規律密度といった言葉も最近の憲法学では用いたりしますが、私なりに申せば、そのテクストの余白が非常に広い憲法だ、こういうことになります。
ここに、選挙制度ですとか、それから例えば委員会制度ですとか、こういうものを配置することで憲法の統治機構の姿が定まってくるというわけでございますけれども、もちろん、余白を全く随意に使ってよいというふうには私自身は考えておりません。
言うまでもないことですが、個々の憲法の規定というのは、当然、問題になってまいります。それから、一見ばらばらに見えます個々の規定をつなぎ合わせてみますと、一定の制度のイメージが浮かび上がってくる、こういうこともあるのではないか、こんなふうに考えております。
また、憲法が想定しております制度を具体化するに当たっては、様々な仕組みがあり得るわけですが、憲法との整合性を考えながら制度を配置していく必要もあるのかな、こんなふうに考えているところでございます。
もう一つが、先ほど来お話がありました議院自律権、こういうことでございますが、ここに憲法五十八条を引用させていただきましたけれども、議事運営については、それぞれの議院、ハウスが自律的に決定する、こういうことが憲法上認められているということになります。
加えて、テクストの余白が広いということになりますと、この自律権の範囲は非常に広くなるわけですが、先ほども申しましたように、個々の条文は当然踏まえる必要がある、それから、条文相互の関係から浮かび上がってくるような制度の在り方、こういったものを踏まえて制度設計をしていく必要があるのだろう、全体としてはこんなふうに考えているところでございます。
次に、今度は解釈の問題に入ってまいりますが、この五十六条の「出席」の中に議場外からの出席というものを含め得るのか、こういう問題でございますが、前提は、先ほどもお話しをいたしましたように、原則というのは、やはり物理的に議員の皆さんがこの議場に現存する、こういうことではないか、物理的に出席するということがデフォルトになっているのではないか、こう考えているところでございます。
ただ、なぜそうかというのは、考えてみますと、議場に物理的に来る以外に審議や議決に参加することがこれはできなかった、それ以外の手段を見出すことが事実上難しかった、こういう事情が一つ背景にはあるのかなというふうに思っているところでございます。
それから、二番目ですが、これは先ほど申し上げました自律権に基づく出席をめぐる解釈ということでございまして、これは国会の御判断とは少し離れますが、例えば召集詔書を見ますと、「東京に召集する。」ということが規定されております。それから、両院の議院規則を見ましても、議場にいない議員は表決には参加できない、こういうことが規定されているわけでございます。
両院の判断としてそういう解釈が取られてきた、このことの重みも非常に大きいというふうに考えているわけでございますが、なぜそういう解釈が取られてきたかというと、一つには、先ほど申し上げた、議場にいない形で審議や議決には参加できない、こういう事情もあったかと思いますが、もう一つが、より実質的なものとして、やはり、議場に議員が現存して議論するということに非常に大きな意味がある、こういう合意もあったのかなというふうに考えているところでございます。
憲法は、公開の原則、議事の公開の原則を定めておりますけれども、その下で、議場に現存する議員の皆さんがそれぞれ直接対峙する形で御議論いただく、傍聴人の方とか、更にその背後にいる主権者国民の目を意識しながら議論をする、ここにやはり議会制といいましょうか国会審議の本質がある、こういう御理解もあったんじゃないだろうかというふうに考えているところでございます。
にもかかわらず、なぜ例外が認められるのか、こういうことでございますけれども、一つはやはり、長い間想定されていなかった議場外からの参加が技術的には可能に思えるような状況が生まれているということでございます。それに伴って社会の意識や状況が変わっている部分もあるのではないだろうか。この社会の意識や状況の変化というのは非常に捉えにくいものでございますけれども、様々な法制度の中でもオンラインによる参加ということが組み込まれ始めているように思っております。
それから、もう一つが自律権ということになりますが、先ほど来申しましたように、従来は、自律権に基づく判断として物理的な出席、こういうものを想定してきたわけでございますけれども、以上のような状況の変化を前提にしますと、それを根本から変えるということではありませんけれども、一部修正する、その周辺部分を少し拡張するということはあり得るのではないか、こう思うわけでございます。
ただ、その際どうしても問題になりますのは、先ほど来お話がありました、この出席という言葉ですね。出席という言葉がそういった拡張を許すような余地を含んでいるのか、こういう問題であります。
憲法の規定の中には、特に統治機構の規定の中には、一義的に明確な解釈の余地を許さないようなものがございます。文言としては、例えば三分の一とか過半数、こういった言葉でございます。
しかし、その分母の部分に着目しますと、例えば総議員、あるいはその出席と関わるところでいいますと出席議員ということについては、一定の解釈をめぐる議論がございます。
例えば、総議員ですと、これは法定議員なのか現在議員なのか、こういう議論がございますし、出席議員をめぐっては、棄権者を含むかどうかという問題がございまして、含まないというのが現状の扱いかなというふうに受け止めておりますけれども、やはり一定の解釈の幅というのがあり得るのではないか、根本を変えるということはできないにしても、周辺部分を拡張する余地が全くないとは言えないのではないか、こう考えるわけでございます。
ただ、もちろん、原則といいますかデフォルトの形はございますので、では、どういう場合にその例外が許されるのかということはしっかり考える必要があるであろう、こう思うわけでございます。
一つは、言うまでもないことですが、措置が例外的なものである、こういうことになります。当然、範囲や時期をきちんと限定する、こういうお話になってくるかと思います。
数年前、出産に伴うオンライン審議参加ということが御議論になりましたけれども、これなどは比較的範囲を確定しやすい、こういうお話かなと思います。あるいは、感染症に伴うオンライン審議というものも考えられないわけではないだろうと。それから、あるいは災害に伴うようなものも一つ入り得るかもしれませんが、もちろん、これはあくまで例示ということになります。ただ、あくまでこれは、厳しい原則があって、その例外ということになりますから、範囲を限定していただく、こういう必要が出てくるのかなというふうに思います。
いま一つが、やはり、議場にそろっていただくということが憲法が想定している本来の姿だということからいたしますと、全く同等とはいかないまでも、それに近い同等な条件を整えていただくということも、例外を考える上では欠かせない点かなというふうに思っております。
公開の原則というのが必要だということは言うまでもないことですが、特にハウスとしての意思決定を考えますと、議員自身による議決といいましょうか、この議決権の一身専属性のようなものを確保するということは、やはりどうしても動かせない一線ではないだろうか、こう思うわけです。
それから、付随的には、議決の前提になる議事の様子を議場外から参加される議員の皆さんに共有していただくような工夫も必要になってくるかなと。もちろん、これは実際にはいろいろ工夫が難しいところもあるかと思いますが、その点についてはかなり慎重に、きちんと御検討いただく必要があるのではないかというふうに思うところでございます。
いま一つ、今のは個々の議員の皆さんの事情に配慮した対応でございますが、災害等を理由にして国会の審議機能が維持できないような場合の対応としてはどうなのか、こういう御議論も当然あろうかというふうに思います。
基本的には今話をしましたのと同じような対応の延長線上で考えていくことになるのだろうというふうには思いますが、どのぐらいこういうことがあり得るか、正直分かりませんけれども、どうしても定足数ぎりぎりだという場合、若干その範囲を緩めるといいましょうか、こういうことはあり得るのかなというふうには思っております。
ただ、そういった非常時への対応というのは、やはりその都度対応することは非常に難しいところがございますので、平常時から少し詰めた検討をしていただくということが何より重要ではないだろうか。オンライン審議のようなものが回避できる対応、例えばこのコロナ禍でもそうした対応がなされた、工夫がなされたというふうに承知しておりますけれども、そういったものが可能であれば、平常時から十分お考えいただくということも必要じゃなかろうか、こんなふうに思っております。
以上が憲法解釈に関わる部分でございますが、最後は、それを前提に、制度設計に関して幾つか留意すべき点があろうかと思いますので、こちらも簡単に少しお話をさせていただこうかと思います。
一つは、オンライン審議のようなものを考える場合、どういう形式でそれを定めるのかということでございます。国会法のようなものに定めるというやり方もありますが、議院自律権に基づくものだとすると、やはり議院規則ということになるのかなと思います。そういたしますと、両院間のずれといったことも懸念されるところでございまして、理論上は違う対応をするということはあり得るのですが、そういたしますと、やはり国会の意思決定の正統性に疑問符がつきかねないということにもなりますので、この辺りはやはり両院で協議いただくということも重要じゃなかろうかというふうに思っております。
それから、一番問題になりますのは、先ほどのお話にもありましたように、一旦例外を認めると、それが際限なく広がっていくのではないか、厳格な範囲にとどまらないのではないか、こういう問題でございます。
なかなか十分なお答えが難しいところでございますが、一つは、やはり例外的措置であるということを確認いただく必要があるのだろう、この点が重要なのだろうというふうに思っております。前提として、こういう形で議員の皆様が議場に集まって議論いただく、これが憲法が想定している本来の姿である、できるだけそれを実現いただく、こういう観点をまずきちんと共有いただくということが一つ重要かなというふうに思います。
それからもう一つ、言わずもがなのことでございますけれども、やはりこの議院自律権というもの、これは例外を認める根拠にもなるのですが、同時に、その例外を広げない、おもしのような役割を果たす部分もあるのではないかというふうに思っております。
ハウスに広い裁量的な判断権を認める、こういうことでございますから、これはやはり議員の皆さんへの信頼抜きには成り立たない、こういう仕組みでございます。当然、その信頼には責任が伴うという部分もあるわけでございます。その辺りを踏まえて慎重な判断をしていくということが制度を担保する上でも重要ではないだろうか、こんなふうに考えているところでございます。
簡単ではございますが、私からの話、以上とさせていただきます。拍手
森
森
新
新藤義孝#9
○新藤委員 自由民主党の新藤義孝でございます。
高橋、只野両先生には、この度の参考人質疑に際しまして、急なお願いにもかかわらず御準備をいただき、それぞれのお立場からすばらしい御意見を頂戴いたしました。憲法審査会幹事の一員として、まず心より御礼を申し上げます。誠にありがとうございました。
今回の憲法五十六条一項に関する集中討議は、日本国憲法の具体的な項目に対し議論を深め、憲法審としての方向性を整理する、この点におきましてこれまでにない画期的なことであり、本日の参考人質疑の意義というものは極めて深い、このように考えております。
両先生からは、この五十六条一項にある議員の出席について、憲法上の解釈と取り得る対処について述べていただきましたけれども、私から、それぞれの先生方の考え方を踏まえた上で、この五十六条に係る憲法改正の必要性について、各々の観点から両先生にお伺いをしたいと思います。
まず高橋先生でございますが、御整理いただきましたのは、五十六条一項の「出席」の規定はルールの規定であって、出席概念というルールを定める規定は厳格に解釈しなければならないという整理をいただきました。そして、憲法によって権力を与えられた会議体である国会が活動するための最低限の要件を定めた五十六条、これは立憲主義の観点から厳格に解釈しなければならない、このようなことも教えていただきました。さらに、議院自律権は運用を柔軟にするものであって、解釈の柔軟性を認める根拠とはならない。こうした三点の理由から、五十六条の解釈は厳格であるべきだ、こういう御主張でございます。
同時に、オンライン出席を例外的に認めなければならない理由が薄いということにつきまして触れられて、議員の議会活動の保障は、本会議のオンライン審議に限られず、委員会等で便宜を供与するといったことでもよいと。
さらに、国会の機能麻痺を防止することについては、阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして今回のコロナ禍と、これまでの経験に照らして定足数が確保できなくなることは想定が難しい、こういうようなお話をいただきました。かつ、どうしても必要であれば、憲法の明文改正として議論をする、国民の合意形成を図るべきだ、すなわち憲法改正によって対処すべきということをおっしゃったわけでございますが、そこでお伺いいたします。
南海トラフ地震、首都直下型地震、こうしたこれまでの震災以上の大きな被害が見込まれる巨大災害、今後三十年以内に発生する予想確率が七〇%、これは、既にもう何年も前に言われていることでございます。こういったリスクが今、日本にはある。さらには、コロナ感染症の蔓延は危機的な状況をもたらしましたが、今後、更に感染力が高く、毒性がもっと強い変異株、全く別の新しい感染症の発生も起こり得る、こういう専門家からの御指摘もございます。
もし現時点で想定困難な更に大きな事態が発生したときに、それから憲法改正に着手した、前提が変わったから改正だでは全く間に合わないということになると思います。これまでの想定を超える事態に備えるために、早急に憲法上に緊急事態における国会機能の維持に関する規定を置かなくてよいのか。また、五十六条を厳格に解釈する場合には、その緊急事態において国会機能を麻痺させないためにはどうすればよいのかという点について、先生、御意見を是非頂戴したいと思います。
それから、あわせて、只野先生には、日本国憲法の規律密度の低さ、議院自律権から、出席概念は例外が許容される条件の検討が必要ではあるものの、五十六条一項は柔軟に解釈することができる、すなわち、憲法改正を行わなくても緊急時の柔軟な対応が可能だというお考えを述べていただいたわけでございますが、だといたしますと、この先生のお考えに立った場合に、緊急時における例外としてのオンライン審議の根拠については、あえて憲法改正によって緊急時の規定として明文化すべきではない、憲法上規定しない方がよいという積極的な理由があるのかどうか、その点について是非お聞かせを願いたいと思います。
この発言だけを見る →高橋、只野両先生には、この度の参考人質疑に際しまして、急なお願いにもかかわらず御準備をいただき、それぞれのお立場からすばらしい御意見を頂戴いたしました。憲法審査会幹事の一員として、まず心より御礼を申し上げます。誠にありがとうございました。
今回の憲法五十六条一項に関する集中討議は、日本国憲法の具体的な項目に対し議論を深め、憲法審としての方向性を整理する、この点におきましてこれまでにない画期的なことであり、本日の参考人質疑の意義というものは極めて深い、このように考えております。
両先生からは、この五十六条一項にある議員の出席について、憲法上の解釈と取り得る対処について述べていただきましたけれども、私から、それぞれの先生方の考え方を踏まえた上で、この五十六条に係る憲法改正の必要性について、各々の観点から両先生にお伺いをしたいと思います。
まず高橋先生でございますが、御整理いただきましたのは、五十六条一項の「出席」の規定はルールの規定であって、出席概念というルールを定める規定は厳格に解釈しなければならないという整理をいただきました。そして、憲法によって権力を与えられた会議体である国会が活動するための最低限の要件を定めた五十六条、これは立憲主義の観点から厳格に解釈しなければならない、このようなことも教えていただきました。さらに、議院自律権は運用を柔軟にするものであって、解釈の柔軟性を認める根拠とはならない。こうした三点の理由から、五十六条の解釈は厳格であるべきだ、こういう御主張でございます。
同時に、オンライン出席を例外的に認めなければならない理由が薄いということにつきまして触れられて、議員の議会活動の保障は、本会議のオンライン審議に限られず、委員会等で便宜を供与するといったことでもよいと。
さらに、国会の機能麻痺を防止することについては、阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして今回のコロナ禍と、これまでの経験に照らして定足数が確保できなくなることは想定が難しい、こういうようなお話をいただきました。かつ、どうしても必要であれば、憲法の明文改正として議論をする、国民の合意形成を図るべきだ、すなわち憲法改正によって対処すべきということをおっしゃったわけでございますが、そこでお伺いいたします。
南海トラフ地震、首都直下型地震、こうしたこれまでの震災以上の大きな被害が見込まれる巨大災害、今後三十年以内に発生する予想確率が七〇%、これは、既にもう何年も前に言われていることでございます。こういったリスクが今、日本にはある。さらには、コロナ感染症の蔓延は危機的な状況をもたらしましたが、今後、更に感染力が高く、毒性がもっと強い変異株、全く別の新しい感染症の発生も起こり得る、こういう専門家からの御指摘もございます。
もし現時点で想定困難な更に大きな事態が発生したときに、それから憲法改正に着手した、前提が変わったから改正だでは全く間に合わないということになると思います。これまでの想定を超える事態に備えるために、早急に憲法上に緊急事態における国会機能の維持に関する規定を置かなくてよいのか。また、五十六条を厳格に解釈する場合には、その緊急事態において国会機能を麻痺させないためにはどうすればよいのかという点について、先生、御意見を是非頂戴したいと思います。
それから、あわせて、只野先生には、日本国憲法の規律密度の低さ、議院自律権から、出席概念は例外が許容される条件の検討が必要ではあるものの、五十六条一項は柔軟に解釈することができる、すなわち、憲法改正を行わなくても緊急時の柔軟な対応が可能だというお考えを述べていただいたわけでございますが、だといたしますと、この先生のお考えに立った場合に、緊急時における例外としてのオンライン審議の根拠については、あえて憲法改正によって緊急時の規定として明文化すべきではない、憲法上規定しない方がよいという積極的な理由があるのかどうか、その点について是非お聞かせを願いたいと思います。
高
高橋和之#10
○高橋参考人 御質問ありがとうございます。
南海トラフなんかが起こったときにどうするんだという問題については、我々憲法学者も非常に悩んでいる問題で、非常に難しい問題だと思いますが、今の私の報告の中で言ったのは、もしそういうことが本当の目的であるならば、真正面から緊急事態の問題として提起して、それの議論を詰めていく、そういう中の一環として当然五十六条の問題は出てくるわけですから、その中で議論すべきであって、五十六条を切り離して、それだけを取り上げて議論をしても全体の解決にはならないだろう、そういうふうに考えております。
それから、では、そういう緊急事態の場合はどうするかということで、どう考えているんだと言われると、正直なところ、先ほど言いましたように非常に悩んでいるところでありまして、私自身も答えはありません。
これは、そういう事態にどうするかという問題を考える場合には、極端な事例を出せば出すほど、権限をどこかに大幅に移譲する以外に解決の方法はなくなっていくわけですね。そのバランスの問題ですから、私自身としては、差し当たっては、そういう極端な事例を考えるのではなくて、もうちょっと手前のところで考える方がいいだろうと。
差し当たっては、南海トラフと言われますけれども、それはどの程度のものになるかということは誰も分からないわけですね。そういう誰も分からないことを前提に、大変なことになるんだ、だからそれに対応できる制度をつくらなきゃいけないといったら、もう誰か一人に権限を全面的に集中するような制度をつくる以外にないということになるだろうと思うんですね。
それは先ほど言いましたようにバランスの問題ですから、そこに行く前のどこかで切るということですけれども、ともかく、問題としてきちっと出して、そういう問題として議論していただきたいというのが私の取りあえずの考えであります。
以上です。
この発言だけを見る →南海トラフなんかが起こったときにどうするんだという問題については、我々憲法学者も非常に悩んでいる問題で、非常に難しい問題だと思いますが、今の私の報告の中で言ったのは、もしそういうことが本当の目的であるならば、真正面から緊急事態の問題として提起して、それの議論を詰めていく、そういう中の一環として当然五十六条の問題は出てくるわけですから、その中で議論すべきであって、五十六条を切り離して、それだけを取り上げて議論をしても全体の解決にはならないだろう、そういうふうに考えております。
それから、では、そういう緊急事態の場合はどうするかということで、どう考えているんだと言われると、正直なところ、先ほど言いましたように非常に悩んでいるところでありまして、私自身も答えはありません。
これは、そういう事態にどうするかという問題を考える場合には、極端な事例を出せば出すほど、権限をどこかに大幅に移譲する以外に解決の方法はなくなっていくわけですね。そのバランスの問題ですから、私自身としては、差し当たっては、そういう極端な事例を考えるのではなくて、もうちょっと手前のところで考える方がいいだろうと。
差し当たっては、南海トラフと言われますけれども、それはどの程度のものになるかということは誰も分からないわけですね。そういう誰も分からないことを前提に、大変なことになるんだ、だからそれに対応できる制度をつくらなきゃいけないといったら、もう誰か一人に権限を全面的に集中するような制度をつくる以外にないということになるだろうと思うんですね。
それは先ほど言いましたようにバランスの問題ですから、そこに行く前のどこかで切るということですけれども、ともかく、問題としてきちっと出して、そういう問題として議論していただきたいというのが私の取りあえずの考えであります。
以上です。
只
只野雅人#11
○只野参考人 私からも簡単にお答えさせていただきます。
まず、緊急事態への対応というのは非常に難しいところがございますけれども、今回のコロナ禍でも、実はいろいろ工夫をされて審議機能を維持されているということがあるわけでございます。
今回、例外を認めることができるというお話はさせていただきましたが、あくまでこれは可能だということで、そうしない方がよいというのは確かでございますので、やはり平常時からいろいろ検討いただくということは重要なのかなというふうに思っております。
もう一点、今日は、解釈で対応ができる、こういうお話をいたしましたけれども、しかし逆に、憲法に書き込んでいけないという積極的な理由があるのか、こういう御質問をいただきました。なかなかちょっとお答えが難しいのですが、私、憲法化するということについては二点ほど懸念を持っております。
一つが、では、どういうふうに書き込むのか、こういうことでございます。緊急時に限って書き込むということになりますと、かえってこれはそれ以外の例外を許容しないというメッセージにもなるわけでございます。こういった点についてはまずお考えいただく必要があるんじゃないだろうか、こんなふうに思っております。
それからもう一つは、冒頭に申しましたように、今の憲法の統治機構を前提にして見ました場合、そこにオンライン審議に関する憲法規定が入ることに対する違和感と申しましょうか、全体的に規律が少ない形で憲法が仕組まれている、あえてそこだけなぜ規定するのかという、そのアンバランスな印象というのがどうしても拭えないところがございます。
ただいま高橋先生からもお話がございましたように、どういう事態を想定するかによって、対応は当然変わってくるわけでございます。ごくごく例外的な事態を想定して、あえて規律密度が必ずしも高くない憲法の中にそのような規定を置くのが適切なのかどうか。ここは是非慎重に御判断いただければと思っております。
この発言だけを見る →まず、緊急事態への対応というのは非常に難しいところがございますけれども、今回のコロナ禍でも、実はいろいろ工夫をされて審議機能を維持されているということがあるわけでございます。
今回、例外を認めることができるというお話はさせていただきましたが、あくまでこれは可能だということで、そうしない方がよいというのは確かでございますので、やはり平常時からいろいろ検討いただくということは重要なのかなというふうに思っております。
もう一点、今日は、解釈で対応ができる、こういうお話をいたしましたけれども、しかし逆に、憲法に書き込んでいけないという積極的な理由があるのか、こういう御質問をいただきました。なかなかちょっとお答えが難しいのですが、私、憲法化するということについては二点ほど懸念を持っております。
一つが、では、どういうふうに書き込むのか、こういうことでございます。緊急時に限って書き込むということになりますと、かえってこれはそれ以外の例外を許容しないというメッセージにもなるわけでございます。こういった点についてはまずお考えいただく必要があるんじゃないだろうか、こんなふうに思っております。
それからもう一つは、冒頭に申しましたように、今の憲法の統治機構を前提にして見ました場合、そこにオンライン審議に関する憲法規定が入ることに対する違和感と申しましょうか、全体的に規律が少ない形で憲法が仕組まれている、あえてそこだけなぜ規定するのかという、そのアンバランスな印象というのがどうしても拭えないところがございます。
ただいま高橋先生からもお話がございましたように、どういう事態を想定するかによって、対応は当然変わってくるわけでございます。ごくごく例外的な事態を想定して、あえて規律密度が必ずしも高くない憲法の中にそのような規定を置くのが適切なのかどうか。ここは是非慎重に御判断いただければと思っております。
新
新藤義孝#12
○新藤委員 ありがとうございました。
時間が今日は限られておりますので、是非またこうしたことは御教示願いたいな、このように思うわけでございますけれども、ちょっと委員各位にもお許しをいただきまして、私の持ち時間がもうそろそろなのでございますが、これだけはどうしてもちょっとお二方に、一言ずつで結構でございますから、コメントを賜りたいと思っております。
私ども、憲法審査会、今回、この憲法五十六条一項の「出席」の概念につきまして、テーマのための討議を先々週やって、そして先週は論点説明を受けた集中討議をやりました。今日は先生方の参考人質疑でございます。私は、今朝の幹事会で、次に是非この総括的な質疑を行って、憲法審として何らかの意見の取りまとめができるのか、方向性が見出せるかというための討議をやろうということを提案しております。
今まで私ども、ここまでの深く突っ込んだ討議というのはなかなかできなかったんですが、こうした私たちの憲法審査会による討議の、今この問題についての取り組み方について、先生方、どんなふうにお感じになっているのか、御所感、短くて結構でございますから、ちょっと触れていただきたいと思います。
この発言だけを見る →時間が今日は限られておりますので、是非またこうしたことは御教示願いたいな、このように思うわけでございますけれども、ちょっと委員各位にもお許しをいただきまして、私の持ち時間がもうそろそろなのでございますが、これだけはどうしてもちょっとお二方に、一言ずつで結構でございますから、コメントを賜りたいと思っております。
私ども、憲法審査会、今回、この憲法五十六条一項の「出席」の概念につきまして、テーマのための討議を先々週やって、そして先週は論点説明を受けた集中討議をやりました。今日は先生方の参考人質疑でございます。私は、今朝の幹事会で、次に是非この総括的な質疑を行って、憲法審として何らかの意見の取りまとめができるのか、方向性が見出せるかというための討議をやろうということを提案しております。
今まで私ども、ここまでの深く突っ込んだ討議というのはなかなかできなかったんですが、こうした私たちの憲法審査会による討議の、今この問題についての取り組み方について、先生方、どんなふうにお感じになっているのか、御所感、短くて結構でございますから、ちょっと触れていただきたいと思います。
森
高
高橋和之#14
○高橋参考人 私は政治家ではありませんので、そういう場でどういうふうにやるべきかということについて全くお話しできません。質問をする相手をお間違えではないかと思います。
この発言だけを見る →只
只野雅人#15
○只野参考人 基本的には先生方が御判断いただくことかなというふうには思っておりますが、今日のようなお話、多分議論が熟していないというところがございますし、私のような立場、私が全て代弁することもできませんので、やはり、少し幅広く、どんな見解や可能性があるのかということは慎重に御判断いただくのがよろしいのかな、こんなふうに思っております。
この発言だけを見る →新
森
吉
吉田はるみ#18
○吉田(は)委員 立憲民主党の吉田はるみです。
昨年の総選挙で初当選し、今憲法審査会では初めての発言となります。緊張し、不慣れなところもございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、参考人としてお越しいただきました高橋和之先生、只野雅人先生、ありがとうございます。
さて、私は、一点に集中し、質疑をさせていただきたいと思います。それは、本憲法の大切な原理である国民主権の立場です。国民の利益をどう保障するか、その視点から質問をさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
今日は、準備してきたことを最後まで発言させていただきたいので、誠に恐縮で僭越ではございますが、御答弁は簡潔にお願いできますと幸いです。
それでは、早速始めます。
国会議員は、憲法に明記されているように、国民によって正当に選挙された、国会における代表者であると認識しています。ならば、国民の代表である国会議員が審議する、そして議決する、その権利は大変重いものだと思います。審議、議決に参加できないという事態は、その国会議員に負託した国民の利益を損ないかねないと考えます。
また、国会議員の意思表明の重要性ということでは、国会議員の意思が確認できなければ、議員辞職はできません。それは、急に重篤な病状になり意思表明が難しい場合でも、議員本人の意思が示されなければ、議員辞職はできません。つまり、それだけ国会議員が意思表明することは重要だと理解しています。
その国会議員の意思を示す最たるものが、私は議決権ではないかと思います。私も、地元杉並の皆様からいただいた声を国会に届けるために、万一議場に行けないなどということがないように、健康であり続けなければならないと日々肝に銘じております。しかし、何かの原因で議場に行けなくなったら、そう思うと皆様に申し訳が立たない、心配でなりません。
そこで、只野先生に今日は二つほど質問させていただきます。
まず、一点目です。
その国会議員が、妊娠、出産、病気、災害など、身体的に議場に来ることが困難な場合、議場に来られないのだから、その議決権を諦めなさいというのは乱暴ではないでしょうか。それはつまり、その国会議員に負託した国民が権利を行使できないということであり、国民にとって不利益になると考えますが、只野先生はいかがお考えでしょうか。
この発言だけを見る →昨年の総選挙で初当選し、今憲法審査会では初めての発言となります。緊張し、不慣れなところもございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、参考人としてお越しいただきました高橋和之先生、只野雅人先生、ありがとうございます。
さて、私は、一点に集中し、質疑をさせていただきたいと思います。それは、本憲法の大切な原理である国民主権の立場です。国民の利益をどう保障するか、その視点から質問をさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
今日は、準備してきたことを最後まで発言させていただきたいので、誠に恐縮で僭越ではございますが、御答弁は簡潔にお願いできますと幸いです。
それでは、早速始めます。
国会議員は、憲法に明記されているように、国民によって正当に選挙された、国会における代表者であると認識しています。ならば、国民の代表である国会議員が審議する、そして議決する、その権利は大変重いものだと思います。審議、議決に参加できないという事態は、その国会議員に負託した国民の利益を損ないかねないと考えます。
また、国会議員の意思表明の重要性ということでは、国会議員の意思が確認できなければ、議員辞職はできません。それは、急に重篤な病状になり意思表明が難しい場合でも、議員本人の意思が示されなければ、議員辞職はできません。つまり、それだけ国会議員が意思表明することは重要だと理解しています。
その国会議員の意思を示す最たるものが、私は議決権ではないかと思います。私も、地元杉並の皆様からいただいた声を国会に届けるために、万一議場に行けないなどということがないように、健康であり続けなければならないと日々肝に銘じております。しかし、何かの原因で議場に行けなくなったら、そう思うと皆様に申し訳が立たない、心配でなりません。
そこで、只野先生に今日は二つほど質問させていただきます。
まず、一点目です。
その国会議員が、妊娠、出産、病気、災害など、身体的に議場に来ることが困難な場合、議場に来られないのだから、その議決権を諦めなさいというのは乱暴ではないでしょうか。それはつまり、その国会議員に負託した国民が権利を行使できないということであり、国民にとって不利益になると考えますが、只野先生はいかがお考えでしょうか。
只
只野雅人#19
○只野参考人 御質問ありがとうございます。
今まさにおっしゃられましたとおり、自らが信任した国会議員が議決権を行使できないというのが選んだ方々の不利益になるんじゃないか、こういう面は確かに否めないというふうに思っております。
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吉
吉田はるみ#20
○吉田(は)委員 ありがとうございます。
さて、このようなコロナ禍で、速やかに対応できたこともございます。昨年四月から、本会議においては、コロナ感染対策として、採決時間以外は間引きで議員数の半数で対応することが合意され、既に実施されています。
只野先生、二つ目の質問になります。
このように、オンライン審議及び議決に関しても速やかな対策を講じるためには、憲法を変えるのではなく、それは余りに時間を要します、まずは衆議院の規則の変更や国会法で出席の要件を規定するなど、これも一つの可能性と考えますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →さて、このようなコロナ禍で、速やかに対応できたこともございます。昨年四月から、本会議においては、コロナ感染対策として、採決時間以外は間引きで議員数の半数で対応することが合意され、既に実施されています。
只野先生、二つ目の質問になります。
このように、オンライン審議及び議決に関しても速やかな対策を講じるためには、憲法を変えるのではなく、それは余りに時間を要します、まずは衆議院の規則の変更や国会法で出席の要件を規定するなど、これも一つの可能性と考えますが、いかがでしょうか。
只
只野雅人#21
○只野参考人 ただいまの点でございますが、やはり前提になりますのは、憲法上それが可能かどうか、この部分は少し慎重に御議論いただいて、可能であれば、どういう条件でそれが可能なのかということは、どうしてもやはり確認いただく必要はあるのかなというふうに思っております。
可能だということになりますと、それは例えば議院規則ですとか、場合によると議院の議決というようなやり方もあるかと思いますが、いろいろ工夫はできるのではないかなというふうに思います。
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吉
吉田はるみ#22
○吉田(は)委員 ありがとうございます。
持ち時間が限られていますので、一つ御指摘したいことがございます。
高橋先生は、制度を創設したいのであれば、真正面から憲法改正の議論として検討すべきだとおっしゃられました。また、この憲法審査会の委員の中には、憲法審査会を開くことが国会議員としての義務を果たすことだとおっしゃる委員の先生方もいらっしゃいます。
しかし、私は、改憲の議論をする前にやるべきことがあると思います。
先週十七日の憲法審査会で、櫻井周委員が、昨年七月、憲法第五十三条にのっとり臨時国会を召集しなかったことは憲法違反ではないか、そして、その調査審議をするのもこの憲法審査会の役割ではないかと問いました。それに対して、橘法制局長も御答弁で、広範かつ総合的な調査は、現行憲法がその趣旨どおりに履行されているか、憲法審査会の所掌事務の中にまさしく入ると述べられました。
昨年の通常国会が閉会した六月十六日から、衆議院を解散するためだけに開かれた十月四日の臨時国会までのこの四か月間もの間、国会は開かれませんでした。この期間は、まさにコロナ第五波が猛威を振るった時期です。累計感染者数は九十二万人を超え、また、その間の累計死亡者数は三千人を超えました。このように国民の命が危機にさらされているまさに国難にあって、国会議員の責務である国会で命を守るための政策を、議論をなぜしなかったのでしょうか。
心ある議員の先生方、そして必死で地元の声を聞いている議員の皆様は感じていらっしゃるはずです。国会議員はこの点、猛省しなければいけないと思います。このような国民の命に直結する違憲の問題をうやむやにしてはなりません。しっかりと調査すべきと考えます。
我々立憲民主党は、国会議員の憲法擁護義務を規定した憲法第九十九条を遵守し、国会議員としての責務を果たしてまいります。
以上で終わります。ありがとうございました。
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高橋先生は、制度を創設したいのであれば、真正面から憲法改正の議論として検討すべきだとおっしゃられました。また、この憲法審査会の委員の中には、憲法審査会を開くことが国会議員としての義務を果たすことだとおっしゃる委員の先生方もいらっしゃいます。
しかし、私は、改憲の議論をする前にやるべきことがあると思います。
先週十七日の憲法審査会で、櫻井周委員が、昨年七月、憲法第五十三条にのっとり臨時国会を召集しなかったことは憲法違反ではないか、そして、その調査審議をするのもこの憲法審査会の役割ではないかと問いました。それに対して、橘法制局長も御答弁で、広範かつ総合的な調査は、現行憲法がその趣旨どおりに履行されているか、憲法審査会の所掌事務の中にまさしく入ると述べられました。
昨年の通常国会が閉会した六月十六日から、衆議院を解散するためだけに開かれた十月四日の臨時国会までのこの四か月間もの間、国会は開かれませんでした。この期間は、まさにコロナ第五波が猛威を振るった時期です。累計感染者数は九十二万人を超え、また、その間の累計死亡者数は三千人を超えました。このように国民の命が危機にさらされているまさに国難にあって、国会議員の責務である国会で命を守るための政策を、議論をなぜしなかったのでしょうか。
心ある議員の先生方、そして必死で地元の声を聞いている議員の皆様は感じていらっしゃるはずです。国会議員はこの点、猛省しなければいけないと思います。このような国民の命に直結する違憲の問題をうやむやにしてはなりません。しっかりと調査すべきと考えます。
我々立憲民主党は、国会議員の憲法擁護義務を規定した憲法第九十九条を遵守し、国会議員としての責務を果たしてまいります。
以上で終わります。ありがとうございました。
森
小
小野泰輔#24
○小野委員 日本維新の会の小野泰輔でございます。
今日は、高橋先生、只野先生、本当に、急なスケジュールの中でこの御講演をお引受けいただき、また、貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。
両先生のお話からは、やはり、議会における大前提というのは物理的な出席だということは共通をしておりましたし、オンライン出席というのはあくまで例外的な扱いだということをしっかり認識した上で考えていかなければいけないという、大変重要な御指摘をいただきました。
生身の人間である以上、その現場で、空気にも触れながら、相手の顔を見て、そして声のトーンを確認しながら議論していくことが、やはり、国を動かしていく、あるいは地方でしっかり住民の皆さんの負託に応えるという意味では大事なことだというふうに思っております。
さて、これからこの憲法審査会で議論を毎週毎週しっかりと予定を組んで進めていただきたいというふうに思っておりますけれども、そういう中で、具体的な制度設計とか運用の話についてもどんどん出てくると思います。
そういうことで、まず最初、お二方、先生方に、ほかの憲法上の規定との関係というのを御質問したいというふうに思います。憲法六十三条の国務大臣の出席ということでございますけれども、これに関する出席の概念との関係性をどう考えるべきなのかということに対してお伺いをしたいと思います。
高橋先生のお立場からですと、これはルールだということで、同じような考え方をするんだというような御見解もあろうかと思いますが、両先生のお考えをお伺いできればというふうに思います。
この発言だけを見る →今日は、高橋先生、只野先生、本当に、急なスケジュールの中でこの御講演をお引受けいただき、また、貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。
両先生のお話からは、やはり、議会における大前提というのは物理的な出席だということは共通をしておりましたし、オンライン出席というのはあくまで例外的な扱いだということをしっかり認識した上で考えていかなければいけないという、大変重要な御指摘をいただきました。
生身の人間である以上、その現場で、空気にも触れながら、相手の顔を見て、そして声のトーンを確認しながら議論していくことが、やはり、国を動かしていく、あるいは地方でしっかり住民の皆さんの負託に応えるという意味では大事なことだというふうに思っております。
さて、これからこの憲法審査会で議論を毎週毎週しっかりと予定を組んで進めていただきたいというふうに思っておりますけれども、そういう中で、具体的な制度設計とか運用の話についてもどんどん出てくると思います。
そういうことで、まず最初、お二方、先生方に、ほかの憲法上の規定との関係というのを御質問したいというふうに思います。憲法六十三条の国務大臣の出席ということでございますけれども、これに関する出席の概念との関係性をどう考えるべきなのかということに対してお伺いをしたいと思います。
高橋先生のお立場からですと、これはルールだということで、同じような考え方をするんだというような御見解もあろうかと思いますが、両先生のお考えをお伺いできればというふうに思います。
高
高橋和之#25
○高橋参考人 五十六条の場合は、この前提は、議員が集合して相互に確認ができるという状態である、そういう前提で作られている規定だと私は思っております。そういう意味で、国務大臣の出席の問題とはちょっと性格が違うなという感じはあります。
いずれにしても、五十六条の場合は、ですから、オンライン審議はこの最も重要な前提を変えるということになるわけですね。伝統的に確立されてきた議会制を大きく変えるものだということであります。画面の向こう側がどうなっているかということは議員が相互に確認できなくなるわけですから、その前提が大きく変更される。ですから、議会制というものについての、伝統的に確立され、議論をしてきたものの基礎を変更する意味を持ち得るんだ、そういうことを前提に、頭に置いて議論しなければいけない。
ですから、私は、五十六条については非常に慎重に、ルールとして厳格な解釈をすべきだと言いましたが、六十三条で国務大臣の出席義務というのは、多少ニュアンスが違う。これは、定足数や表決数に関係する問題ではありませんから。したがって、必ずしも出席の意味を同じにしなければいけないということではないと思います。
ですから、国務大臣から情報をいただくというようなことで出てきてもらいたいということだけであれば、それはオンラインでも可能かなと思います。それを決めるのはとにかく議院の方ですから、議院がそれでもいいと言うかどうか。駄目だと言えば、これは政治的な問題ですから、憲法の問題として議論するような問題ではないんじゃないかなというふうに感じます。
この発言だけを見る →いずれにしても、五十六条の場合は、ですから、オンライン審議はこの最も重要な前提を変えるということになるわけですね。伝統的に確立されてきた議会制を大きく変えるものだということであります。画面の向こう側がどうなっているかということは議員が相互に確認できなくなるわけですから、その前提が大きく変更される。ですから、議会制というものについての、伝統的に確立され、議論をしてきたものの基礎を変更する意味を持ち得るんだ、そういうことを前提に、頭に置いて議論しなければいけない。
ですから、私は、五十六条については非常に慎重に、ルールとして厳格な解釈をすべきだと言いましたが、六十三条で国務大臣の出席義務というのは、多少ニュアンスが違う。これは、定足数や表決数に関係する問題ではありませんから。したがって、必ずしも出席の意味を同じにしなければいけないということではないと思います。
ですから、国務大臣から情報をいただくというようなことで出てきてもらいたいということだけであれば、それはオンラインでも可能かなと思います。それを決めるのはとにかく議院の方ですから、議院がそれでもいいと言うかどうか。駄目だと言えば、これは政治的な問題ですから、憲法の問題として議論するような問題ではないんじゃないかなというふうに感じます。
只
只野雅人#26
○只野参考人 今の御質問でございますけれども、さきにも申しましたように、やはり一番ハードルが高いのは五十六条の解釈かなというふうに思っておりますので、六十三条についてはそれに準じて考える、こういうことになるのかなというふうに考えます。
この発言だけを見る →小
小野泰輔#27
○小野委員 ありがとうございます。大変興味深いお答えもいただきました。
確かに、五十六条が一番重いものでございますし、そういう意味だと、先ほど議院の自律権がどこまで及ぶかというお話も高橋先生から冒頭にありましたけれども、ある意味、大臣にどういう形で出席を求めるかというのは、自律権がかなり及ぶ範囲なのかなというふうにお聞きをいたしました。
次に、あと一問だけ質問させていただきます。地方議会の本会議に関するオンラインということでございます。
既に、令和二年の四月に総務省より通知がありまして、委員会については地方議会はオンライン会議というものができるというふうに通知がなされていて、実際に、大阪府議会において、オンライン会議というものが委員会においては実現をしているということでございます。
ただ、総務省がその通知において、地方自治法の百十三条及び百十六条一項において、本会議への出席というものについて、現に議場にいることと解されているというような見解を出しておりまして、その理由として、本会議における審議及び議決は、団体意思の決定に直接関わる行為であるからというようなことを言っているわけなんですね。
この憲法審査会でも、目下、本会議のオンラインの審議が可能かどうかということを議論しているわけでございますけれども、この総務省の通知の考え方というものが、これがもちろん憲法審査会の方で議論をされていて、国会の本会議とパラレルに考え得るものなのか。それとも、例えば先ほど高橋先生がおっしゃったように、憲法上のルールというようなことが、地方議会においては、地方自治の本旨ということしか書いていないので、かなり柔軟に解釈し得るであろうということも考えられるんですけれども、憲法上の、この審査会でのオンライン審議という議論と、地方議会での本会議のオンライン審議の可否というものが、パラレルなのか、それとも、レベルの違ったもので議論をし得るのかというところについて、是非、高橋先生そして只野先生の御見解をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →確かに、五十六条が一番重いものでございますし、そういう意味だと、先ほど議院の自律権がどこまで及ぶかというお話も高橋先生から冒頭にありましたけれども、ある意味、大臣にどういう形で出席を求めるかというのは、自律権がかなり及ぶ範囲なのかなというふうにお聞きをいたしました。
次に、あと一問だけ質問させていただきます。地方議会の本会議に関するオンラインということでございます。
既に、令和二年の四月に総務省より通知がありまして、委員会については地方議会はオンライン会議というものができるというふうに通知がなされていて、実際に、大阪府議会において、オンライン会議というものが委員会においては実現をしているということでございます。
ただ、総務省がその通知において、地方自治法の百十三条及び百十六条一項において、本会議への出席というものについて、現に議場にいることと解されているというような見解を出しておりまして、その理由として、本会議における審議及び議決は、団体意思の決定に直接関わる行為であるからというようなことを言っているわけなんですね。
この憲法審査会でも、目下、本会議のオンラインの審議が可能かどうかということを議論しているわけでございますけれども、この総務省の通知の考え方というものが、これがもちろん憲法審査会の方で議論をされていて、国会の本会議とパラレルに考え得るものなのか。それとも、例えば先ほど高橋先生がおっしゃったように、憲法上のルールというようなことが、地方議会においては、地方自治の本旨ということしか書いていないので、かなり柔軟に解釈し得るであろうということも考えられるんですけれども、憲法上の、この審査会でのオンライン審議という議論と、地方議会での本会議のオンライン審議の可否というものが、パラレルなのか、それとも、レベルの違ったもので議論をし得るのかというところについて、是非、高橋先生そして只野先生の御見解をお伺いしたいと思います。
高
高橋和之#28
○高橋参考人 国会は、皆さん御承知のとおり、国権の最高機関ですね。最も高くて強い権力を行使する。だから、憲法で、最低限の手続は守ってくださいということが規定されている。それと対比すれば、地方はそれとパラレルに考えられるような問題ではないだろう。しかし、地方が全く自由にやっていいということでもない。ですから、法律で、地方自治法で、ある程度決めるべきことは決めるんですけれども、私の考えといいますか、感想として持っている点からいえば、地方自治法も余りにも厳しく地方議会を規律し過ぎているのではないか、もっと地方自治を大幅に認めた方がいいのではないかなという感想を持っております。
この発言だけを見る →只
只野雅人#29
○只野参考人 私の考えでございますが、共通する部分としない部分があるだろうと思います。
しない部分というのは、今お話がございましたように、地方議会についてはやはり憲法上明確な規定がないということですので、ある程度法律等で対応できる部分があるんじゃなかろうか、こう思っております。
ただ、一方で、先ほど私が申し上げました例外が認められる条件というようなお話は、議会という会議体の本質に関わる問題でございますので、地方議会における制度設計を考える場合にも、当然留意すべき事柄ではないだろうか。そうしないと、直ちに憲法違反だという話にはならないかもしれませんが、結果、安易に例外を認めてしまい、議事や議決の正統性に疑問符がつけられる。これは大変大きな問題でございますので、当然、そこは留意してお考えいただく必要はあるのかなというふうに思っております。
この発言だけを見る →しない部分というのは、今お話がございましたように、地方議会についてはやはり憲法上明確な規定がないということですので、ある程度法律等で対応できる部分があるんじゃなかろうか、こう思っております。
ただ、一方で、先ほど私が申し上げました例外が認められる条件というようなお話は、議会という会議体の本質に関わる問題でございますので、地方議会における制度設計を考える場合にも、当然留意すべき事柄ではないだろうか。そうしないと、直ちに憲法違反だという話にはならないかもしれませんが、結果、安易に例外を認めてしまい、議事や議決の正統性に疑問符がつけられる。これは大変大きな問題でございますので、当然、そこは留意してお考えいただく必要はあるのかなというふうに思っております。