佐藤暁の発言 (原子力問題調査特別委員会)
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○佐藤参考人 それでは、私、佐藤暁からの意見を資料に基づいてお話しさせていただきます。資料はこれです。スライドはございません。
二ページ目。私の意見は、ここにある三つの点に関してです。これを御参照しながらお話を聞いていただければと思います。
三ページ目です。では、早速、原子力規制委員会の規制機関としての組織についてですけれども、米国の原子力規制委員会、NRCと比べまして、それぞれの国にある運転可能な原子炉の基数の比に照らしますと、予算も職員数も多からず少なからずという規模ではないかと思われます。
しかし、米国のNRCにあって日本の原子力規制委員会にはない部署が幾つかあります。ここでは四つに注目したいと思います。
ASLBPというのは、行政審判の権限が与えられているNRCだからこその部門ですけれども、本部ビルの中に法廷のような一室があります。原子力に精通した判事がいて、二審制で審議されます。日本のように、設置許可の有効性の審議がいきなり地方裁判所で争われるということはありません。ASLBPで裁かれます。連邦裁判所に持ち込んでも受け付けられません。
それから、OIGはNRCの業務の効率や職員を監督する組織で、委員長さえもその監視の対象です。職員が六十三人もいるというのは驚きではないでしょうか。
それから、悪質性のある申告案件を捜査する部署、FBIの出身者もいるプロ集団です。
そして最後は、不正者や事業者を処分する部署ですね。
四ページ目。ここでは、原子力規制委員会がここ十年余りで成し遂げたことのうち規制インフラ整備に関する事項を列挙しています。運転を四十年から六十年に延長する法令が作られ、再稼働の可否を審査するための新規制基準が作られました。それから、最近は新検査制度も導入されています。これらは、ことごとくと言ってよいほど米国の制度に倣ったものです。
五ページ目。今述べましたように、原子力規制委員会の新規制基準のほとんどは米国NRCの規制指針の内容を取り入れたものなのですけれども、その基準にも弱点があることは認知されなければなりません。新規制基準の最も大事な特徴は重大事故対策を含めた点なのですが、その基本概念にパッシブ性が欠如しているということです。
分かりにくい言葉遣いかもしれませんが、要は、事故が起こったときに、ばたばた右往左往しなくても、人手や動力を駆使しなくても、自然に安全な状態に導く性質のことです。二〇〇〇年以降ぽつぽつと建てられ始めた新型炉には、劇的にそのような特徴が盛り込まれています。
その代わりとして、新規制基準に適合するために行われたのは、膨大な可搬式設備の導入、一分を争うような機敏な動作を求めるような対応マニュアルと訓練です。また、同じような迅速な避難行動が近隣住民にも求められます。そのような対応は平時においても大変なのですから、ましてや、テロ攻撃とか、パンデミックの最中とか、何か不測の事態があったときには一層困難が増すことになります。
ですから、原子力発電所の新設や増設を求める声も聞くわけですけれども、そのような弱点や国際的な趨勢を踏まえて考えても、従来型の新設はあり得ないだろう、新型でなければならないだろう、しかし、それはそれでコスト高で困難も多く、規制インフラも整備されておらず、今は現実的な選択肢ではないだろうと考えます。
六ページ目です。今日時点までで再稼働にこぎ着けた原子炉は三十三基中十基だけです。どうお感じになるでしょうか。更地から始めた建設ではありません。どうしてこのようなペースとなってしまったのだろうかとお思いの先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。何かどこか、審査のプロセスに効率的でない問題があったのではないかと疑問もあるかと思います。私も、そのような問題は確かにあったと思います。そして、その原因は原子力規制委員会の側にも事業者の側にも求めることができると考えます。それは、例えばアメリカのプロセスと比較することで浮かび上がってきます。
原子力規制委員会について言えば、米国NRCのような標準審査指針を制定せず、事業者と個別に会合形式で審査を行う方式を採用したことがプロセスを手間取らせた要因として考えられます。一方、事業者側について言えば、全事業者の方針を統括する米国のNEIのような組織がなく、自主的な事業者指針を策定する、パイロットプラントでの試行を行って最初に成功モデルをつくるという取組をしませんでした。ですが、そのような反省をしてみたところで手遅れです。今のまま続けるより仕方がないと思われます。
七ページ目です。規制の在り方に対しては、しばしば客観性、科学性が必要だと訴える方々がいらっしゃいます。感情論や直感で規制が運営されるべきではないというのは当然です。
米国では、一九九〇年代から、従来の深層防護の思想を尊重しながらも、規制にリスク評価の考え方を盛り込んでめり張りをつけよう、それによって競争力のなくなった原子力発電を立ち直らせようという動きが活発になりました。その駆動力、推進力に使ったのが、確率論的リスク評価、PRAという技術です。
もし日本の原子力規制においても同じことを目指すのであれば、やはりそのPRAを成熟させなければなりません。しかし、リスクの容認に関しては、日本においては、PRAの技術だけでなく、安全目標の設定も含めて根強い抵抗があるように感じられます。原子力規制委員会が一方的に採用を宣言しても、国民感情との間にミスマッチ、ミスアライメントが生じるだけであるように思われます。もっと公衆との対話が必要と感じられます。米国では、この規制改革なくして今日の原子力発電の存続はあり得なかったと思われます。日本では、国策の下での一種の甘やかしがあり、必要としてこなかったということもあったと思われます。
八ページ目です。福島第一の事故がきっかけとなって一気に廃炉が増え、その処理のことも考えなければなりません。しかし、もう一方の現役の原子炉の運転認可の延長に関するほどの熱心さがないように感じられます。ただし、手つかずの問題が山積しています。
今クリアランスレベルは本来のレベルの八十倍に引き上げられた状態になっているのですが、これをそのまま廃炉で発生する放射性廃棄物に対してまで適用するのかという問題、敷地を無条件解放する場合の基準をどうするのか、地下深く汚染土壌が残っているとき完全に掘削して取り出すのか、曖昧なままです。高レベル放射性廃棄物を地層処分するための安全審査指針もありません。廃炉の原子炉は一気にその数が増えたのですが、このように規制インフラが整っていません。
九ページ目です。最近、原子力発電所の管理や工事施工に関する不正行為の発覚が続発しています。それで思うのは、やはり米国と比較しての処分の甘さです。
米国では、このスライドに示した例にもあるように、原子炉施設での不正行為は公衆を危険にさらす重罪なのです。現場で働く人たちをおびえさせるような厳罰化を語るのは彼らのモチベーションを低下させるようで本意ではないのですけれども、やはり近くの住民の安全が一番重要です。まずは、電力会社を頂点とした原子力発電産業界の意識改革を原子力規制委員会が強く指導すべきだと思います。
十ページ目です。米国と比較した日本の原子力産業界の弱点は、これに携わる人々のプロフェッショナリズムの欠如だと感じられます。特にそれが際立っているのが品質保証体制と安全文化の領域です。
日本の品質保証体制は、国際市場でしのぎを削ってきた自動車産業、電子産業などの分野ではしっかりしているのでしょうけれども、原子力産業のようなドメスティックな分野になると形骸化やずさんさが目立ちます。米国NRCによる監査には到底耐えられないと思います。安全文化も空念仏のままであるように感じられます。
十一ページ目。米国では、このように具体的な九項目を注力するポイントとして掲げていて、NRCが電力会社に対して実施する検査の中にも安全文化に対する検査というのがあり、そのための検査手順書が何と六十九ページもあるのです。
十二ページ。ここから先は、公衆との関係に着目した意見になります。原子力発電を支持するかしないかは、地元自治体では大きなイデオロギー論争になり、同じ地区内の住民同士でも不和の種になっています。選挙の論点にもなります。
原子力規制委員会は、このような問題に巻き込まれることを恐れる余りなのか、火に油を注ぎたいということなのか、幾つかの重要な基準や目安に対して一方的にそれらを示すだけで、それらの根拠などについての対話の努力が足りないように思います。トリチウムが除去できない処理水の希釈排水の問題や、年間一ミリシーベルトを下回ることが当分見込まれない地域への住民の帰還や復興の停滞が、いつまでもだらだら続く根本的な原因になっているように感じます。もっと現場に踏み出すべきだと思います。
十三ページ目です。原子力規制委員会は規制のとりこを脱したのか。彼らは、イエスだと自信を持って答えるかもしれません。しかし、世間が本当にそう思ってくれているだろうかということも考えてほしいものだと思います。そして、注意深く考えてみれば、自分たちは原子力産業界にこそとりこにはされていないかもしれないが、世間にとっては、ここに幾つか列記したような、どうもすっきり納得しない違和感があることに気がつかなければならないと思います。
十四ページ目です。透明性、公開性を目指すべき原子力の印象を損ね、逆に不透明性、閉鎖性を感じさせているものに、事業者の黒塗り、白抜きの文書があると思います。もちろん、そのような処理をして秘密を守らなければならない内容の情報もあります。しかし、事業者はその濫用を感じさせることがしばしばあります。
十五ページ目です。公衆を守ることをミッションに掲げている原子力規制委員会は、地元の人々との対話、すなわちツーウェーコミュニケーションを大事にすべきだと思います。やがて新検査制度が定着すれば、米国NRCが行ってきたように四半期ごとの地元説明会を開くようになるかもしれませんが、ほかに様々なホットトピックが湧いて出てきたときには迅速にプロアクティブに対話の機会を設けるべきだと思います。
最後、十六ページです。まとめです。原子力規制委員会に関しては、かつての組織に比べれば随分頑張って成果を出したと評価されてもいいと私は思っております。しかし、まだまだ気を緩めてはならず、未処理、未着手の問題が山積しているとも思います。
私の意見は以上です。お聞きくださいまして、どうもありがとうございました。(拍手)