横田拓也の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)
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○横田参考人 おはようございます。北朝鮮に拉致された拉致被害者家族会代表の横田拓也と申します。
本日は、私の姉、横田めぐみを始めとする多くの拉致被害者の救出のために、このような形で発言の機会をいただきましたこと、心からお礼申し上げます。ありがとうございます。
私の姉、横田めぐみは、今から四十五年前の一九七七年十一月に、新潟市内の寄居中学校からの下校途中に、北朝鮮の工作員たちによって拉致されました。当時十三歳の、中学一年生のときに起きた事件です。
二〇〇二年に五人の拉致被害者とその御家族が北朝鮮から帰国することができましたが、今も、人質として多くの拉致被害者たちが北朝鮮国内で拘束され続け、私たちの助けを求めています。
私が説明するまでもなく、北朝鮮国内の食料事情は想像を絶するほど厳しいものです。医療環境も劣悪かつ脆弱です。発言の自由、移動の自由、思想の自由は全て奪われ、厳重な監視下で、拉致被害者たちは毎日必死で命をつないでいる状態と言えます。
金正恩委員長は、北朝鮮国内で新型コロナウイルスの感染拡大をようやく認めました。このニュースの裏で、拉致被害者を始め、北朝鮮国民は、これまで以上に自由を剥奪された生活を強いられていることを忘れてはなりません。
姉、横田めぐみの帰りを待つ私たち家族としては、大雪が降れば、姉の健康は大丈夫だろうか、食料不足のニュースを耳にすれば、姉や姉の家族が十分な栄養を取れているだろうか、新型コロナウイルス感染拡大のニュースを聞けば、姉は元気で暮らせているだろうか、いつもこのような心配をしています。拉致された自分たちの家族や兄弟を待つそれぞれの拉致被害者家族は、全員、このような心配をしながら毎日生活をしている状況です。
姉、横田めぐみが拉致された当時、私は九歳でした。一九九七年に設立した家族会の初代代表は、私の父、横田滋です。最前線で十年間闘い続けてきました。めぐみとの再会を願っていましたが、残念ながら、二年前に他界いたしました。二代目の代表は飯塚繁雄さんです。国内外を飛び回り、十四年間も声を上げ続けてこられました。拉致された妹の田口八重子さんを取り戻すために全精力を注がれてきましたが、残念ながら、昨年十二月に、再会はかなわず他界されました。
家族会設立から二十五年、身を粉にして闘い続けたにもかかわらず、家族との再会がかなわない、この無念さをしっかり受け止める必要があると思います。当時九歳だった子供世代である私が三代目の家族会の代表に就かせていただきましたが、当時九歳の人間が今こうして最前線で声を上げなくてはならないというこの運命の非情さを、当たり前のこととして受け止めてほしくはありません。
自分の家族を取り戻すために北朝鮮と闘うこと自体は、家族としては当然です。一方で、このような国家ぐるみで行われた重大な人権侵害に対して、日本国家、日本政府が毅然とした態度で私たち家族会以上に最前線で闘っていただく必要があると思います。人権問題であり、主権侵害、領海侵犯という重大な事案であることを再認識していただきたいと思っています。
そのために、国会でもっとこの問題について深い議論をしてほしいと思います。国家として拉致被害者を取り戻すために何ができるのか、厳格な法執行を更に強化するために何ができるのか、工作員たちが再び侵入しないためにどのような法的及び物的な準備が必要なのか、こうしたことへの議論を深めていく必要があると私は考えています。
私たち家族会、そして支援してくださっている救う会の運動方針を改めてこの場で申し上げます。全拉致被害者の即時一括帰国です。この要求の水準を下げることも、変えることもありません。
部分的解決や段階的解決というアプローチは容認できません。日朝両国に調査委員会や連絡事務所を設置するという考え方にも賛同いたしません。拉致被害者たちは、北朝鮮当局によって、二十四時間、厳重監視下で、誰が、どこで、いつ、何をしているかを全て完全に把握されています。そのことがあたかもない前提に立ち、調査委員会や連絡事務所を設置して何か新しい情報を見つけましょうという聞こえのよい考えは、北朝鮮当局がもくろむ幕引きと時間稼ぎに手をかしていることを意味します。この点を間違えることがないよう、しっかり御議論いただきたいと思っています。
今、国際社会は、いかに平和と安全が一つの暴挙によりいとも簡単に壊されてしまうことを目撃しています。同時に、自国の主権、自分たちの歴史や文化、一人一人の人権や家族、そして平和を守るために勇敢に戦い続けている姿を目に焼き付けています。
翻って、日本はどうでしょうか。十三歳の少女が侵入してきた北朝鮮の工作員たちによって拉致されながらも、四十五年間、解決することができていないのです。自分たちの国民を絶対に守り続ける、拉致された全ての拉致被害者を必ず取り戻す、主権、人権を絶対に守るという強い覚悟を持ってほしいと思っています。
拉致被害者の親世代の高齢化が進んでいます。私の母、横田早紀江も八十六歳です。必ず、姉、めぐみを北朝鮮から取り戻し、日本の地で再会し、抱き合わせてあげたいと思っています。拉致された有本恵子さんと父明弘さんとを抱き合わせてあげたい、拉致された田口八重子さんと飯塚耕一郎さんとを抱き合わせてあげたい。この当たり前の願いが一刻も早く実現できるよう、引き続き皆様の変わらぬ御支援と御協力をいただければ幸いでございます。どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。(拍手)