青砥恭の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(青砥恭君) 私は、困難を抱える子供の居場所づくりというテーマでお話をさせていただきます。
こういう機会を与えていただいてありがとうございます。
私は、元々は学校の教員でございまして、それで、埼玉県で高校の教員を二十年ほどやって、その後は幾つかの大学で教育学を教えると、そういう活動をしてまいりました。
では、始めたいと思います。(資料映写)
それから、子供の貧困対策で生活困窮者自立支援法という法律がございますけれども、その法律に基づく学習支援をやっている全国の団体の代表もしております。私どもの団体は地域で活動しているということですので、その活動の中身を中心にお話をしたいと思います。
私どものさいたまユースサポートネットという、これは二〇一一年につくりましたけれども、私が地元の大学で教えていたときに学生たちと一緒につくった、元々はボランティア団体です。
それで、若い人たちと話合いをしながら、子供の貧困対策をやる、格差問題に焦点を当てていくというのはいいんですけれども、それを、違うのはやっぱり、地元との協働、地域との協働をどうやってつくっていくか。これは要するに、持続性、それから包括性と、後で申し上げますけれども、そういう活動にしないともうこれからは子供貧困対策ってなかなか難しいんではないかという、そういう視点から考えたものです。
それで、五つの活動領域がございまして、一つは居場所対策です、それから学習支援、それから就労支援、地域づくりと、いろいろ多岐にわたりますけれども、今の子供の困窮、貧困という問題を考えると、そういう活動をやっていかざるを得ないだろうと、だんだん活動の領域が広がってきたということであります。
今、さいたま市を中心にして三十か所の拠点をつくって活動しております。内容は、居場所から始まり、学び直し、それから就労、いろんな活動に及んでいます。
それで、この活動の中身をちょっと紹介しますと、私どもの、二〇一一年から始めて、大体このさいたま市内と県内で一万人近い子供たちと関わってきたというふうに思っておりますけれども、さいたま市は人口が百三十万人の町ですので、その県内と市内と、これを十何年間か関わってきたということで、そのうちの四人の若者の、こういう若者たち、子供たちがいるという、ちょっと具体的な事例から入っていきたいと思います。
まず、父親から虐待を受けてきたA君という子供ですけれども、現在は十六歳ですけれども、中学一年生までは障害児が通っている支援学級、中二からは普通学級に、中三からは、中三で不登校になりまして、中三の夏からは児童相談所の一時保護所に入所したり、それから今は定時制高校に行って独り暮らしをしております。母親は複数回の離婚、結婚、離婚の経験がある。最初の父親の子でもあると。義理の父親から虐待を受けてきて、自分は発達障害や精神的な疾患があると思っているんですけど、お母さんが、お母さんも精神疾患を持っているんですけれども、そのお母さんが理解者で、そのお母さんがいるから自分は生きてこれたと、こういうふうに語っている子供です。
それから、B君は、無断外泊や深夜までの徘回が非常に続いています。父親は稼いだお金は全て酒とギャンブルに使って、生活費を入れないと、そういう。母親が複数の仕事をして子供を、家族を支えるということです。時々父親が暴れる。したがって、B君は余り家にいたくないという、家に帰らないと、こういう子供です。
それから、Cさんは、両親がうつ病で生活保護を受給しています。飲食店のアルバイトをしていますけれども、働いていますので、定時制高校にいるんですけれども、なかなか学校の給食の時間に間に合わなくてちゃんと食べれないとか、睡眠時間が四、五時間とか、学校との両立と働くということがうまくできないということで悩んでいる子供です。中学の頃は、生活保護世帯を対象とした生活困窮者自立支援法に基づく学習支援教室、私どもの学習支援教室に通っていた子です。ですけれども、定時制高校に入りますとそれに通えなくなると。夜の教室ですので、来れなくなる。それで、支えてくれる大人や若者がいないということで悩んでいると、こういう子です。
それから、D君は、十代初めに日本に来た外国人の子供です。中学生のときは先生がよく面倒を見てくれて楽しかったけれども、高校では毎朝独学で日本語を勉強しているんだけど、非常に日本の授業は難しいと。要するに、特に漢字ができないと。要するに、学習言語というふうに言いますけれども、日本の授業の抽象的な概念は非常に外国人の子供にとってはハードルが高い。そういうことで、高三になったんですけど、日本語ができない、何も分からないと。アルバイトも生活のために行っているんだけれども、同じ国の方々がたくさんいる職場で働いているんだけれども、これは将来の仕事にはまずつながらないと、ですから、安く働かされている気がすると、こういう若者であります。
それで、そういう若者たちが、私どもの団体は年間非常に多くの若者たちがやってきます。それで、その若者たちをちょっと特徴を整理すると、まず外国人の子供たちが今非常に増えました。コロナの前と、今真っ最中ですので少し数は増え方は鈍化していますけれども、しかしながら、外国人の子供は多くは母語ができないと、母語が育たないと。つまり、日本語も元々持っていた母語もなかなかうまく使えないと。ですから、悩んだり深い思考をするということが言葉でやることが非常に難しいと。人間にとって非常にこれはつらいことです。
それから、親子間で会話が成立しない。親は母語ですし、元々生まれ育った母語がありますし、子供は日本語。そうなると、家族で会話が成立しないと、そういう。それで、行政との話も子供が通訳をするということになります。そういう家族のアイデンティティーが成立しないという、これは非常に家族にとっては危機的な状況。
それから、一人親の生徒からは、母親の苦労を見て育って、非常にストレスを抱えたまま生きている。
それから、ヤングケアラーというの話題になっておりますけれども、これは非常に、以前からもう非常にたくさんおります。下のきょうだいの面倒を見るために学校に通えず、アルバイトもできず、金もないと。中には、その子供たちの中には、時折出会い系サイトを使ってそのお金を男性からもらっている利用者の若者も残念ですけどおります。
不登校経験のある生徒は、学校行事の体験がないので社会性が育たないんですね。ですから、今我々のところに来ている子供たちは、もう一回思春期のやり直しをすると、だから、いろんな体験を、学校で本来多くの子供が経験してきたであろう体験をもう一度やり直すと、そういう子供たちがたくさんおります。
それから、児童養護施設を経験した子は、幼児期に親と別れておりますので愛着障害を持っている、それから中には自殺願望が非常に強い子供たちもいる、そういうことであります。
家族を失った生徒は、親が自殺して祖母と暮らしている子もいます。うつ症状が非常に強いと。それから、中には、今、振り込め詐欺に関わった若者たちとか、薬物事件に関わった女性たちとか、彼氏に薬物を売りに行かされたとか、その犯罪に関わらされた。それで刑事事件になって、僕たちが弁護士を紹介したり、一緒に警察署に行ったり、裁判所に行ってというケースも少なくないです。そういう活動をしております。
この十代の後半から二十代の初めにかけての若者たちというのはまさしく制度のはざまというふうになっていて、その若者たちを支える制度というのが学校制度から外れてしまうとなかなか日本にはないということで、僕らはそこで居場所というものをつくろうということを決めて、二〇一一年から始めたわけです。
ですから、不登校とか高校中退とか無職青年、それから離反少年、それから引きこもり、障害、貧困、そういうのが大体貧困で大きくくくれてしまいますけれども、大体いうと社会とのつながりが弱い、それから親のサポートが少ない、帰属できるコミュニティーがない、朝起きても行き場がない、安心できる、相談する、できる大人がいないと、こういうことになります。
それで、ちょっと写真をお見せしますと、若者自立支援ルームという写真がここに出てきますけれども、これはさいたま市の事業です。居場所支援では、さいたま市は全国でも非常に先進市だろうと思います。
それから、私は横浜市の貧困対策委員をしておりますけれども、横浜市でも人口はこれは三百六十万で、さいたま市の三倍近くありますけれども、ユースプラザというのが、東西南北にユースプラザがつくられております。
それから、さいたま市は二か所、若者自立支援ルームを、これを独自の費用で、国の費用が全くゼロという中でつくっています。年間、若者自立支援ルームでは一万人近い若者が利用するという、これは二つとも私どもの団体が運営しておりますけれども、毎日数十名の若者がやってくる。みんなそれぞれ人間、人を求めて来るわけですね、人を求めて来るわけです。そういう、それは十代の後半から、不登校対策ではなくて、十代の後半から二十代、三十代、三十九歳までですので、そういう若者たちがもう連日やってくると。
そこで、地域の自治会と協働してお祭りに参加させてもらう。これはさいたま市の氷川神社という大きな神社がございますけれども、そこのお祭りに地域の自治会の方々と協働で参加をさせていただく。運動会に参加をする、スポーツ大会に参加をする、そういうことをやっている。写真を顔はちょっと潰してありますけれども、この中には少年院から出てきたとか、そういう子もいますし、犯罪歴ある子もいますし、いろんな若者たちが中に交じって活動している。
右側は、東京の劇団と協働して演劇活動をやっております。これもかなり水準の高い演劇活動ができていて、こういう活動を、一つ一つ体験を、もう一度生き直す、そういうことをやると。
これは、もう一つの居場所が、我々が独自でボランティアで今やっている居場所があるんですけど、小学生のサッカー教室。これは、僕が大学で教えた若者たちがたまたまサッカー部だったので、そのサッカー部の若者たちと一緒にこの場所をつくりました。年間、毎週土曜日にここで、この小学校で、出かけて無料でやっています。お金が払える状態じゃない子供たちがやってきます。そこでお昼御飯も提供します。ですから、親たちの支援もやります。
ですから、そういう活動を、定時制高校生の居場所、それからいろんな困難を抱えた若者たちのたまり場、それから農業で畑もやって野菜作りもすると。こういう、とにかくできることを一つ一つ積み重ねてつくってきたという十数年でありました。
この子供や若者たちがなぜ居場所を求めるのかということなんですね。
人間にとって、やっぱり人として承認を受ける、あなたもそこに生きていたのだということを承認を受ける場、これは私は人権という概念そのものだというふうに考えております。ですから、人間というのはまさに多様で、肌の色も違えば、言語も違えば、考えていることも違えば、趣味も違う。だから、その違いというのが、違いということを認めるということが人権そのものの考え方です。ですので、僕たちの居場所というのは、ただ避難とか安心、安全ということだけではなくて、多様性を認識したり、自己認識や多様な価値を受容する、それから協同の体験の場であるというようなことを、それを関係性を育てる場。
要するに、以下は若者たちの言葉で表現しますと、一から七まで並んでおりますけれども、安全で安心である、これは当然、自分の居場所であると。同じ体験ができる場、生きる場を共有できる。生活リズムをここに来れば確立できる、毎日通って自分を立て直すことができる。人との関係性を育てる、けんかや衝突もあるけれども、それに慣れる、耐える、客観的に見る力を育てる。多様な年代の人と話せる、コミュニケーションの面白さを話せる喜び。人は多様な存在である、それを見付ける面白さがある、人間観察を通して社会認識を育てる、働いている人や働いていない人、いろんな人がいる、人は様々である、そう思うと孤立感がないと。
こういう居場所をまず設定をして、全国にたくさんつくって、それから若者たちがいろんなコミュニティーをつくっていけばいい、これが僕の考え方であります。コミュニティーというのは、自分を守り、他者を守る、仲間を守るという機能を持ちます。そういうコミュニティーができればいいなと。
日本は今、貧困と少子化が非常に進行しています。危機的な状況だと思います。先ほどお話もありましたけれども、社会的養護で暮らしている子供は四万五千人ですし、生活保護世帯の子供は二十五万人おります。ただ、いわゆる相対的貧困、この相対的貧困という概念は非常に難しい概念で、学問的にも非常な研究が進められている、一概にばっとこう説明できる、なかなか難しい概念です。ただ、厚生労働省の国民生活基礎調査を使えば、日本の大体、相対的貧困、十七歳以下の子供は三百万人弱と。それだけいるにもかかわらず、二十五万人の生活保護と社会的養護は四万五千人、これで大丈夫なんだろうか。非常にそれは不安を持ちます。そこで、我々は、この居場所というものが出てくると思います。
それで、子供にとって家族の貧富で子供の人生に格差があってはならないというのは、これは近代の原則だと思います。我々はこの数百年掛かって、フランス革命以来、こういう原則をつくり上げてきた、人権という考え方ですけれども。ですけれども、公正な社会を維持するためには、僕たちは居場所だけでいいとは思っておりません。居場所というのは人間として承認される場。だけども、やはりその前に再配分が必要です。公正な社会をつくるためには再配分が必要だと。だけども、今の我々の問題意識は、やはり地域によって活動が、先ほどさいたま市と横浜市というお話を申し上げましたけれども、事業の精粗が大き過ぎる、つまり自治体間の格差が大き過ぎるということです。比較的大きな都市ではあったとしても、地方に行けばそういう活動が非常に弱くなる。結局は、お金がないという、財政面での支援が非常に弱いということになると思います。
持続可能な活動に、これからちょっと問題点だけ申し上げますと、持続可能な活動にしていただくために御努力をお願いできないかということです。
地域が支援の担い手になるように、我々は今、ローカルコモンズという概念も駆使しながら、地域で共生できる場を、場づくりをやろうというふうに考えております。自治体との連携協働が何より必要ですけれども、全国的に見たら非常にやっぱりそこは弱いというふうに言わざるを得ない。NPOなり、まだ有志の人々にお任せというふうになっている。地域のやっぱりこういう活動は、先ほども前と後という話がありましたけれども、そのとおりであると僕も思います。やはり、子供の貧困は家族の貧困、親を支援しないで子供の貧困は解決できません。したがって、地域の社会資源のネットワークや学校との連携、つまりデータベース化、情報のデータベース化なり共有というものが欠かせないと思います。
一つだけ、これに今日書いてありませんけど付け加えますと、こういう貧困対策の事業が今、市場化しています。非常に、まあ私は民間企業さんが悪いとは思いませんけれども、民間企業が入ってきて市場化して、地域に、持続的なこういう活動をしている団体、小さな団体がたくさんあります。例えば、北海道大学の大学院の学生が数名で始めた事業とか、福岡県立大学の学生が何人かで集まった、学生とか、日本福祉大学の学生がやっている活動とかいろいろあるんですけど、そういう活動が、企業さんに競争すればあっという間に負けちゃう。そういうことがあるものですから、是非その辺も留意していただければと思います。
ちょっと時間がもうなくなってきましたので。
あと、僕らが、僕たちの団体がやっている事業は、こういう、さいたま市の見沼区で堀崎プロジェクトといって、市と区役所、地元の企業、学校、民間団体や地元の住民、これは自治会ですけど、そういう人たちで運営協議会をつくって、協働で我々の活動をやらないかということで今進めているところです。
最後に、あと一、二分いただいて、学習支援のことだけを申し上げます。
私は全国の学習支援団体の代表をしておりまして、この学習支援も学習・生活支援というふうに今なっております。これは、包括的な活動、つまり、親支援、家族支援も必要なんですよと、勉強だけ教える塾ではありません、それから持続的に、地域で持続的にやっていかなければいけない。そうしたら、点と線じゃなくて、面として、地域としてやっていかなくちゃいけない。いろんな行政との協働なりが必要になってくる。そういうことがあって、我々はこの活動についても是非予算の拡大を、拡充をお願いをしたいということを最後にお願いをして、僕の報告を終わりたいと思います。
ありがとうございました。