松岡亮二の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(松岡亮二君) ありがとうございます。松岡です。
今日は、教育格差の実態と対策と題しましてお話しいたします。よろしくお願いします。(資料映写)
私の専門は、教育社会学と教育政策学です。教育格差の実態と、どのようにして教育格差が起こるのかというメカニズムの解明を主に研究してきました。
こちらの書影は、ちくま新書として二〇一九年に刊行した「教育格差」という著書です。このような研究知見を広く社会に周知し、還元するという活動として、内閣官房の教育政策実行会議初等中等教育ワーキング・グループでの委員も務めました。
まず、定義の確認をします。
教育格差とは、子供本人が選ぶことのできない初期条件である生まれによって学歴など教育の成果に差がある傾向を意味します。生まれを示す指標として国内外で広く使われているのは、保護者の学歴、収入、職業などを統合した概念である社会経済的地位です。英語ではソシオエコノミックステータス、略してSESとして知られています。この出身家庭のSESや出身地域や性別など、子供本人が変えることのできない初期条件によって教育の結果が違うことを教育格差と呼びます。
この出身家庭のSES、出身地域、それに性別による結果の差、すなわち教育格差が存在することが様々なデータで繰り返し確認されてきました。日本は生まれによって人生の可能性が制限された社会と言えます。
こちらのスライドには、拙著「教育格差」の各章の要点を一行ずつまとめたものです。各章の知見のまとめについては資料の三十一ページ以降にあります。こちらについてもデータは全て「教育格差」を御参照願います。
教育格差の一部である子供の貧困が話題になった二〇〇〇年代後半以降だけではなくて、出身家庭のSESによって最終学歴に差がある傾向は、戦後に育った全ての世代において確認されてきました。教育格差は未就学段階で存在し、九八%の児童が通う公立小学校においても、個人間だけではなく、学校間において格差が存在します。これは中学校でも同様です。SESによる学力格差がある状態で高校受験という選抜を行うので、結果的に進学校には高SES家庭出身者が大半を占め、いわゆる教育困難校は恵まれない家庭出身者が多くなります。制度的にSESによって違う学校に隔離、分離していることになります。
また、近年の国際比較が可能なデータによれば、出身家庭のSESと学力や学歴の関連度合いはほかの先進諸国と比べて平均的にすぎません。日本は国際的に凡庸な教育格差社会です。
先ほども言及しましたように、出身家庭のSESに加えて、出身地域と性別も重要な生まれとなっています。端的に言えば、大学に進学するかどうかという学歴達成という観点では、親が高学歴、高収入、専門職といった高SES家庭出身、大都市部出身、男性であると有利で、低SES家庭出身、地方出身、女性だと不利な実態が日本にあります。
では、生まれによって子供たちの可能性を制限しないために私たちには何ができるのでしょうか。私が提案する日本に必要な教育改革三つの柱は、データによる実態把握、効果のある教育政策と教育実践の模索、そして全教育関係者が教育格差を体系的に学ぶです。これら三つの柱と七つの具体策を遂行するために、政策と実践の改善サイクルを回すために必要な施策と二つの具体案があります。一つずつ説明いたします。
病気の診断が適切でなければ治療法を選ぶことすらできないはずですが、日本の政治と教育行政は積極的に実態把握をしてきていません。教育は誰もが何らかの経験を持っているので持論を展開しやすいわけですが、日本全体に影響する政策を決めるためには、視界に入る一部のエピソードではなく、全国の実態を把握する必要があります。
日本社会は、個人で把握できるほど小さくありません。小学校で約二万、中学校で一万と少し、高校では五千校あります。同様の数の校長がいて、小学校から高校の年齢層に対する教師は、全て足し合わせれば約百万人います。都道府県と市町村といった自治体単位であっても、個人の視界には入り切りません。教育委員会の数だけでも千七百以上あります。この点を軽視した個人の視界に入るエピソードに基づく改革論が散見されます。不十分なデータに加え、過去の議論や研究も参照しないという随分と雑な実態理解のまま、すぐに解決法の話に飛び付くわけです。はやる気持ちは分かりますが、全く診断をせずに効果のある治療法を特定できるわけがありません。どれだけ最先端の医療であっても全てを癒やすことはできないですし、不要な投薬や手術によって、狙った効果が期待できないどころか、副作用の危険もあります。
データで社会全体の現状把握を行うと、実態として存在する教育格差が視界に入ることになります。格差がない前提の政策は、栄養不足の子供に対して十分な睡眠を推奨するようなものなので、的外れで、狙いどおりの成果が出なくても不思議ではありません。それにもかかわらず、日本の教育行政は義務教育の機会均等を建前とするばかりで、どこにどれだけの格差が存在するものなのか積極的な把握をしてきませんでした。
教育格差の一部である貧困については二〇〇〇年代の後半に取り上げられるようになりましたが、十分とは言えませんし、貧困対策だけでは教育格差全体への対処をしていることにはなりません。データによる現状把握は、教育再生実行会議の第十二次提言、ポストコロナ期における新たな学びの在り方についてにも標記の文言が入りましたので、行動に移していただきたいと願います。
具体案の一です。
文部科学省は様々な調査を行っていますが、政策立案に役立つ分析が可能なデータは多くありません。例えば、毎年教職員の精神疾患による病気休職者数が発表されますが、これは都道府県や政令指定都市といった広域の教育委員会が集計した値をまとめているだけの調査に基づいています。よって、分かることは、令和二年度に日本全体で五千百八十人の休職者が出たこと、それに性別、年齢層、都道府県など大きな区分別の数値にとどまります。
この調査結果を踏まえて、直近三年度分の報告概要には、勤務時間管理の徹底の推進など、同じような規範的な対策が並んでいますが、どの対策にどの程度の効果があったのか検証されていないようですし、過去十年、病気休職者数は余り変わっていません。
実際に病気休職者数を減らす施策を模索するためには、詳細な実態把握を可能とする調査設計が求められます。
休職者数については人事権を持つ教育委員会が回答するにしても、各学校の休職者情報を学校コードでひも付け、ほか調査の学校単位のデータとともに分析すれば、どのような特徴を持つ学校だと教師が休職になりやすいのかといった分析が可能となります。そのためには、各教育委員会が集計値を報告する設計のほか調査も、分析がすぐに可能なように整理された学校単位のデータにするべきです。コロナ禍によってICTが普及したので、現場の負担を最小化した形で定期的な追加の学校調査を行うことも可能となっています。早急に、定期的に行っている全ての調査を学校単位に整理すべきです。
このように、意味のある設計の調査を継続的に行うためには安定した予算の確保が必要ですが、文部科学省の調査予算は足りません。
教育調査の予算不足について一つ例を挙げますと、令和四年度要求、要望として教育データサイエンス推進事業がありますが、国保有データ等を利活用した分析、研究と関係機関の研究ネットワーク構築に関して、要望額の五分の一に減額されています。調査予算の増額が明らかに必要です。
具体案三は、教育データの標準化、主要調査項目の共通化です。
自治体が持つ電子データをほかの自治体とともに比較可能な形で整備するように国が促す必要があります。これは、デジタル庁の教育データ利活用ロードマップに記載されている取組の方向性という理解です。
同時に、主要調査項目の共通化も重要です。データなら何でもつなげればいいというわけではありません。十分な研究に基づいた項目にしないと意味のあることは分かりません。研究者、行政、教育現場で対話して集約すべきです。
教育改革三つの柱その二は、効果のある教育政策と教育実践の模索です。詳しくは、こちらの書影の本、拙編著の中公新書ラクレの「教育論の新常識」を参照していただきたいのですが、日本の教育行政は基本的にやりっ放しです。全国を俯瞰するデータによる実態把握は弱い上、教育政策と教育実践の社会科学的な効果検証はほとんど行われてきていません。今までのように、文科省が規範や効果のありそうなモデルケースを教育委員会や学校に周知するという今までのやり方で明快な結果が出ることは期待できそうもありません。
例えば、教師は長時間残業を減らすべきという規範を文科省が示したところで、教師の仕事量が減るわけではありません。また、学校の取組の好事例らしきものを提示したところで、様々な特徴が異なる他校でそのまま実施できるか疑わしいですし、それらはそもそも喧伝されている効果がない取組かもしれません。
繰り返しますが、小学校約二万、中学校約一万、高校約五千校あるので、このような通知行政でもうまく機能したように見える事例を見付けることは難しくないでしょうが、このような今までのやり方の焼き直しで日本全体で明確に教師の残業時間が減るという結果が出るとは思えません。
データで効果のある教育政策と実践を模索するためには、教育再生実行会議の第十二次提言でも御覧のとおりの文言が入っていますので、行動に移していただきたいと願います。
効果のある政策と実践の模索を強調する理由は、今までの教育行政のやり方で結果が出てきたとは言い難いからです。少しデータを紹介します。
今まで何度も教育改革が叫ばれてきましたが、教育改革は、あっ、教育格差は戦後に育った全ての世代で確認されてきました。こちらは、拙著「教育格差」で示したデータの一つです。二〇一五年時点の全ての年齢層、すなわち戦後に生まれ育った全ての世代の男性で、父親の学歴によって本人が大卒となるかどうかに差があります。この部屋にいる全ての人が育つ過程で、社会全体としては教育格差がありました。同じことは女性についても言えます。
学力向上といったスローガンを口にすることは簡単ですが、実際に結果を出すことは簡単ではありません。こちら、経年比較が可能な学力調査データを用いた埼玉の結果です。左側は、異なる年度の小学校六年生の国語の学力を比べています。現場では様々な努力や工夫がされていると思いますが、平成二十七年から令和二年までの学力平均は変わっていません。
これらは、個々の子供の学力が変わっていないという意味ではありません。右のグラフの方を御覧ください。右のグラフは、一つの学年の子供、小学校四年生から中学校三年生まで、算数、数学について毎年追跡したデータです。
小学校四年生時点で学力が上に位置する児童は平均して毎年学力が高く、中学校三年まで学力が上がっています。同様に、小学校四年生時点で学力が低い子供たちも、中学校三年生にかけて学力は上がっています。全ての学力層の子供たちが一定程度は伸びているわけです。ただ、どの層の学力の伸びも余り変わらないので、小学校四年生時点の学力の差はそのまま中学校三年生まで残っています。これらは学力層別に見た場合ですが、教育格差の観点でも同じパターンが見れます。
こちらのグラフ、左下のグラフは、出身家庭のSESを代理的に示す家庭の蔵書数によって三つのグループに分けて、同じ埼玉県のデータで学力の伸びを示したものです。小学校六年生時点で、家庭の本の冊数によって学力格差があることが分かります。本の冊数が少ないグループも小学校六年から中一、中二、中三と学力が上がっていきますが、本の冊数がより多い二つのグループと学力の伸びが同程度ですので、SESによる学力格差は維持されたままです。生まれによる学力格差が埋まらないまま、高校受験で子供たちを別学校に隔離していることになります。
国際学力調査の結果も御紹介します。これは、TIMSSとして知られる国際数学・理科教育動向調査の結果です。四年毎に行われてきた調査で、経年で学力を比較することができます。日本で主に使われている学力偏差値と同じ平均五十、標準偏差十に換算した数値で一九九五年と二〇一九年の結果を比べると、小学校四年の算数、理科、中学校二年生の数学、理科は多少の向上しか見られません。これらは二十四年間の成果と誇るべき結果でしょうか。
もう一つ。こちらは経済協力開発機構、OECDのPISA調査の結果です。日本では高校一年生の六、七月に実施するので、これは高校教育の成果ではなく義務教育の成果に対する一つの評価と解釈できます。読解力は、二〇〇〇年の高校一年生と二〇一八年の高校一年生を比べると下がっています。数学的リテラシーと科学的リテラシーをそれぞれ比較可能な二〇〇三年と二〇一八年、二〇〇六年と二〇一八年で比べると数値が下がっているように見えますが、これは統計的に有意ではないので、平均学力は変わっていないと言えます。読解力は下がり、数学と科学は変わっていないわけです。
これらは不思議な結果ではありません。不利な生まれの層に何が効くのか十分に分かっていないだけではなく、学力の平均値を大きく上げる知見もないですし、学力上位層を更に伸ばす効果のある教育手法が実証されているわけでもありません。効果検証をしない今までのやり方であれば、科学的に効果が裏付けられていない健康法に依存しているのと変わりません。どのような教育政策、教育実践であればどの層に対してどの程度の効果があるのか、検証を繰り返し、知見の蓄積をするサイクルを確立する必要があります。
すべきことは多いですが、まず、今後効果検証を行う象徴として、低SES家庭出身、地方出身、女性といった不利な層を引き上げる方法を模索するために、大規模なランダム比較試験を行うことを提案したいと思います。学習だけではなく食事や運動など包括的な支援を行うことで、学力や進学だけではなく様々な観点で不利な層を短期だけではなく中長期的に望ましい方向に導くことになると考えられます。予算を組んで適切な介入をすれば実際に結果を出せるという経験を日本の政治と教育行政が持つ前向きな機会になるはずです。
通知で現場に丸投げして、真っ当なデータで把握しないから結果が出たかどうかも分からないというこれまでの教育行政から、どんな現場支援ができるのか、データと研究に基づいて結果にこだわる教育行政に転換する。そのためには、データで教育格差を含む実態を把握し、効果を出せる方法を追求し、知見を積み上げ、政策と実践を微修正するサイクルを確立する。これこそが日本に必要な教育を根底から変える教育改革です。
具体案の四に進みます。
日本の教育政策の議論には、生まれによって学力や最終学歴に差がある教育格差のメカニズムに対する理解が欠けています。
一例を示します。昨年の十月、ある番組で、とある政党の幹事長が、国公立大学の授業料の半額化、給付型奨学金や返還免除の拡充、独り暮らしの大学生へ家賃補助などの衆議院選挙の公約を説明しました。これらは基本的に、やる気はあるけれどもお金がない子供への経済的な障壁を念頭に置いた支援策です。それに対して、お笑い芸人EXITの兼近大樹氏は、厳しい環境の中で育った御経験を踏まえて、勉強したいと思える人たちを救済するということだ、それ以前に、勉強したいとも思えない環境にいる、親もそのような環境で育っているので抜け出すのが難しい、それが格差社会の実情ではないかとコメントされています。炯眼です。
この番組に出演していた政治家の政党だけの話ではありません。さきの衆議院選挙における各政党の政策提案の大半は、そうしたお金だけを格差の原因として問題視しているように見えます。しかし、拙著「教育格差」でデータを多く示したように、義務教育段階であっても出身家庭のSESによって子供が大学進学を望んでいるかどうかに既に差があります。先ほどのデータの十五ページに中学生と親の大学進学期待割合をもう一度御覧ください。両親大卒の中学生と両親共に非大卒の中学生では大学進学期待を持つ割合が大きく異なります。
もっとも、低SES家庭出身や地方出身という不利な生まれでも何らかの理由で進学を志す子供たちは割合は低いですが存在しますので、学費の無償化などの経済的障壁を下げる政策は重要です。しかし、意欲のある子供への経済的支援だけでは、不利な生まれを背景にして進学をそもそも選択肢に入れていない子供たちを助けることにはなりません。各政党の政策案だけでは、戦後ずっと続いてきた教育格差という大きな傾向が変わることは期待できそうもないのです。
教育格差の是正を目指すのであれば、例えば、小中学生の段階で学習意欲を失う不利な生まれの子供たちに対する学習や生活支援などが政策として提案されるわけです。教育格差の実態とメカニズムを踏まえた政策案を参議院選挙の公約として期待しております。
先ほど、私は、低SES家庭出身、地方出身、女性といった不利な層を引き上げる方法を模索するために大規模なランダム化比較試験を行うことを提案しました。これは文科省が主体となって実施することが望ましいですが、都道府県や政令指定都市といった単位で複数行うのも一案です。
そこで、具体案五を提言いたします。
効果のある政策と実践の模索は長い道のりになります。教育においては、万能薬や魔法のつえはありません。多くの試行錯誤をデータで知見にすることが重要です。一つの研究で全てを明らかにすることはできません。多くのデータと研究によって少しずつ様々な観点で効果のある政策、実践を明らかにしていく、らせん階段を少しずつ上がっていくようなサイクルが必要です。そのためには、日本の各地でデータが収集され、新しい研究知見が発表される状態が重要です、必要です。
今のところ、行政データを教育分析に活用し、研究者の協力を得て知見を発表してきた取組としては、兵庫県の尼崎市、大阪府の箕面市、東京都足立区があります。更に一般化できる知見を模索するためには、より大規模な単位での行政データの教育分析活用が求められます。
よって、国が行政データを教育分析に活用する都道府県、政令指定都市に対して予算を付けることを提案します。どこも限られた予算の中で教育行政を行っているので、国が予算を付けなければ現実的にこのような活動は難しいはずです。議員の皆様の御検討をお願い申し上げます。
各都道府県、政令指定都市、それぞれの地域にある大学と連携し、日本各地で効果のある教育政策、教育実践を次々と明らかにしていき、新しく分かったことを国立教育政策研究所の教育データサイエンスセンターによる公教育データ・プラットフォームという新しくできるものや、民間の教育政策・実践のデータベースに登録し、知見を可視化、普及できる循環をつくることができればすばらしいと思います。
この都道府県、政令指定都市に対する予算措置でデータ分析が盛り上がらないと、公教育データ・プラットフォームや民間データベースの中身がほとんどないことになるので、地方の教育行政や学校現場の先生方が使えるものにはなりません。海外研究の紹介などはあり得ますが、様々な条件が違うので、日本での研究が必要です。具体案二の文部科学省の調査予算の増額と併せて、この具体案五、行政データを教育分析に活用する都道府県、政令指定都市に予算を付けるの実現に皆様のお力添えをお願い申し上げます。
教育改革三つの柱その三は、全教育関係者が教育格差を体系的に学ぶです。この観点は、教育再生実行会議の第十二次提言にも、教育格差の問題への対応等が不可欠であることにも留意するという形で入っております。
この柱の具体案は、教職課程における教育格差の必修科目化です。
戦後ずっと教育格差社会であり、子供の貧困が政策課題として取り上げられるようになって十年以上たつにもかかわらず、拙著「教育格差」にデータを示したように、大半の教職課程で十分に教えられていない実態があります。平均的に高SES家庭出身で、大卒となり、学校に忌避感を覚えず教職を選ぶ層は、恵まれない家庭の子供と同じ経験を持たない傾向にあります。不利な生まれの子供たちがどのような経験を重ねて学習や進学に困難さを感じるようになるのかを知ることは、教師として子供たちに伴走する際の手助けになるはずです。
具体案七は、現職の教育関係者に教育格差研修の必修化です。
教員免許更新も発展的解消されるということで、どのような研修を教員が受けていくべきか、現在模索されているところです。是非、教育格差について、現職の教員、校長などの管理職、国家公務員や地方公務員の教育行政官にも、キャリアのどこかの時点で一度は体系的に教育格差を学んでいただきたいと思います。必修科目、必修研修としての教育格差は、データと研究知見に基づいて教育の役割を再認識する機会にもなります。日本が教育格差社会であり、生まれによって子供たちの可能性が制限されている実態を学ぶ過程で、教職、学校管理職、教育行政職こそが子供たちが自身の可能性を追求する教育の条件を整備する役割を担っているということを理解できるはずです。
では、実際に教職課程とか教員研修で何を扱うべきなのか。この問いに具体的に回答するため、東京大学の中村高康教授と私が編者となり、構想五年を掛けて、「現場で使える教育社会学 教職のための「教育格差」入門」をミネルヴァ書房より刊行しました。私を含めた十六人の教育社会学者がそれぞれの専門を生かして可能な限り分かりやすくまとめましたので、教職課程の学生、現職の教員、学校管理者、教育行政官、そして皆様にも是非御一読願います。
教育改革三つの柱として、データによる実態把握、効果のある教育政策と教育実践の模索、全教育関係者が教育格差を体系的に学ぶ、それに七つの具体案を述べてまいりましたが、これらを持続的に推進するためには、政策と実践の改善サイクルを回すために必要な施策があります。ここでは二つの具体案を提示いたします。
まず、具体案八、調査研究機能と研究者養成の強化です。
まず、主要大学に教育調査研究センターを新設する必要があります。文科省が収集する全マクロ・マイクロデータへのアクセス権を持ち、文科省への学術的助言、調査協力、地方自治体が行う調査への学術的助言ができる研究センターです。
また、同じく主要大学にて教育政策・実践データ科学講座を新設することも重要です。
長期的に調査を行うためには、教育社会学や教育経済学などの専門領域でデータ分析する研究者の数が足りません。提言五でも触れましたように、全都道府県と政令指定都市で常に新しい教育分析が行われて、頻繁に研究知見が共有される社会をつくるためには、各都道府県、政令指定都市にある大学に教育データ分析を専門とする研究者が勤めていることが必要です。
早いところ、教育政策・実践データ科学講座と教育調査研究センターを主要大学に新設することで研究者を育て、その上で、教育データを分析する研究者の雇用を大学に義務付けたり、予算を付けたりといった政策によって日本全国に分析できる研究者がいる状態をつくるべきです。
同時に、研究知見を現場で使うためには、データを分析できる行政技官や、行政官、行政技官や学校管理職の人や教員の育成も進める必要があります。
あと少しです。
最後に、具体案九、教育行政官の増員です。
例えば、若手官僚の離職と国家公務員総合職の採用倍率の低下の抑制は、スローガンではなく実効性のある政策を打たなければなりません。今のように人材と予算が不足したままであれば、調査設計を改善して学校単位のデータを整備し、研究者と連携して継続的に政策に生かす分析を出すことはできません。
七ページ目の具体案一の文科省が行う調査設計の改善のところで、教職員の精神疾患による病気休職者数への対応として実際に効果があるか分からない対策を文科省が羅列していることを御紹介しましたが、現在の人材と予算ではそれ以上のことを求めるのは非現実的かと思います。
地方自治体でも教育データの継続的な収集などには人が必要です。国家公務員にしろ地方公務員にしろ、公務員を増やすというのは政治的に訴えるのは難しいかもしれませんが、人と金が足りないままでは、やりっ放し教育行政を結果にこだわる教育行政に転換することはできそうもありません。
結果にこだわる教育行政にするためにはこういう予算が必要であると国民を説得できるのは、研究者や官僚ではなく政治家の皆様です。データに基づいた日本全体の実態把握と効果検証を繰り返すことで、実際に少しずつ改善したという成功体験を社会として積み重ね、教育政策議論の質を少しずつ高めていく。教職課程で教育格差を必修化し、次世代の教師と、あと現職の教育関係者が検証を通して社会の現実と教育の役割を認識する。これらの改革によって、子供たちの可能性が生まれで制限されない社会に向かう転換点が令和四年であったと歴史に記録されるようになるはずです。皆様の力で実現をお願いします。
以上となります。ありがとうございます。