畔蒜泰助の発言 (資源エネルギーに関する調査会)
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○参考人(畔蒜泰助君) ありがとうございます。
多分これ、政治的な戦略的なファクターと、あと経済的なファクターという多分二通りあるんだと思うんですね。特にやっぱり政治的なファクターでいうと、実は今の米ロ、欧州とロシアのパイプラインが、要するに、の建設というかプロジェクト始まったのは実は冷戦時代なんですよね。それこそドイツがいわゆるオストポリティークと、東方外交という形の、米ソ冷戦のさなかに、米ソデタントという七〇年代のあの時代があり、そのちょっと前に実はドイツのオストポリティークが始まって、それが、あのキッシンジャーの中国、で、ニクソンのデタントという流れにつながっていく。
まさにあの当時の実は欧州、ドイツのロシアに対する外交というのは、まさに政治的に安定をさせるということと、経済的に、その経済関係を、依存度をお互いに深めていけば要するに安定的な関係が構築できるという前提で実は建てられたのがあのパイプラインだったと。
御案内のとおり、一定以上の距離がある場合にはやはりLNGよりもパイプラインの方が経済性が高いということもありますし、一方で、一方で、やっぱりLNGの場合は若干初期投資は必要ですけれども、ただし、目的地を自由に分散できるという意味での、供給側もリスクを分散できるという意味でのメリットもあるということなんだと思うんですよね。ですから、元々ロシアはパイプラインをメーンにしてやってきたと。
で、日本も一時、やっぱりパイプラインですね、話がありましたけれども、ただどうしても、日本、アジアの場合、どうしても、陸でつながっているというよりは海ですので、やはりLNGで要するにいろんなところに船で運んでいくということの方がメリットがあるということで、ロシアは二〇一三年ですかね、たしか、以降、LNGのプロジェクトを、本来ならばガスプロムだけが輸出できたというのを変えて、ほかのノバテックという企業も、あるいはロスネフチもできるような形に変えたと。それはまさにアジアシフト、当時のですね、ロシアのアジアシフトという流れの中で出てきた話ということだと思います。