杉山悦子の発言 (法務委員会)
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○参考人(杉山悦子君) 皆様、おはようございます。一橋大学大学院法学研究科の杉山と申します。
本日は、民事訴訟法の一部を改正する法律案につきまして意見陳述の機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、大学では民事訴訟法を含む民事手続法の教育と研究に携わっておりますが、今回の法律案との関係では、民事裁判手続等IT化研究会及び証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会の委員として参加し、それぞれにおいて外国法制の調査研究にも協力させていただきました。また、現在では、法制審議会の民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会に幹事として参加しております。
本日は、民事訴訟手続のIT化を中心に法律案について意見を述べさせていただきます。
今回の法律案は、オンラインによる申立てを認めること、さらには、それを一部の利用者には義務化すること、ウエブ会議方式などによる手続への参加を認めること、訴訟記録を電子化することを柱として、民事訴訟手続の全面的なIT化を目指すものです。
現在の民事訴訟手続は、基本的に、書面を用いて申立てなどを行い、訴訟記録は紙媒体で保管し、また、当事者らは裁判所に現実に出頭して対面で審議をするというものです。オンライン申立てを認める規定はございますが、訴訟記録は紙媒体として保管するものであり、実際にはほとんど用いられていませんでした。また、裁判所に出頭せずに手続に遠隔参加することも可能ではありましたが、利用できる場面や方法も限られており、インターネットが普及した社会に必ずしも対応しているものではありませんでした。
他方で、海外に目を向けてみますと、アメリカやヨーロッパの諸国、さらには近隣のアジア諸国はオンライン申立てを含めた民事裁判のIT化に早くから着手しており、この領域で日本が大きく後れを取っていたことは改めて御説明するまでもございません。
民事裁判のIT化への対応の遅れは、コロナ禍においては、裁判期日が入らずに手続が遅延するといった形でも顕在化し、迅速な対応が望まれていたところでした。そのため、DXの一環としても、民事訴訟手続がデジタル化に大きくかじを切ることは必然の流れであったわけですが、今回の法律案によって様々なメリットが期待されます。
まず、民事訴訟の利用者、つまり当事者や代理人の視点から見れば、司法アクセスが容易になります。
例えば、裁判所に紙媒体の書類を持参したり郵送したりしなくても、いつでもどこからでもオンラインで様々な申立てをすることができるようになります。費用の支払も、これまでのように手数料を収入印紙で支払ったり郵便費用を郵便切手で予納したりする必要はなく、電子納付の方法でできることになります。そして、送達についても、従来の郵便などの方法に限らず、オンラインでも可能になり、システムにアクセスして送達を受けることが可能になります。
また、ウエブ会議を利用した口頭弁論期日や証人尋問なども認められるようになるため、当事者や証人などが遠方の裁判所に出頭する負担やコストが軽減されます。移動の時間が減れば、期日も入れやすくなり、手続が迅速に進むことが期待されます。
今回の法律案では、ウエブ会議による参加で和解、調停によって離婚を成立させることも可能にしていますが、これにより、DV被害者が加害者と対峙したくないような場合など双方当事者が現実に裁判所に出頭することが困難であっても離婚をすることができるようになります。
さらに、訴訟記録が電子化され、電子データで保管されることになります。そして、当事者はいつでも裁判所の外から訴訟記録にアクセスして閲覧、ダウンロードをすることができるようになります。そのため、大量の紙の記録を持ち運ぶ必要もなくなり、また、電子化された記録の場合には検索も容易ですので、訴訟の準備を効率的に進めることが可能になります。
民事裁判のIT化には、裁判を運営する裁判所にとっても事務負担の軽減という利点があります。例えば、大量の紙の記録を管理、保管する負担が軽減されますし、印紙や郵券などを管理する必要もなくなり、事務処理の効率化が期待されます。
このような事務処理の効率化とそれに伴うコストの削減は、反射的に、裁判の潜在的な利用者である国民にも利益をもたらすものでありますが、それ以外にも、事件の電子記録を閲覧したり、将来的には、判決のデータを活用することによって自分に関連する裁判に対する予測可能性を高めることもできると思われます。
他方で、民事裁判のIT化を進めるに当たっては克服すべき課題もございます。いわゆるデジタルデバイドの問題ですが、これに対処するためには、誰もが使いやすいシステムの構築に加えて、ITリテラシーを高めるための教育や研修の普及、安価で安定した通信環境の提供、セキュリティー対策、システム障害や災害への対策など、制度を運営するのに必要な環境を整備することが不可欠になりましょう。
さて、IT化に関する様々な論点のうち、一点、オンライン申立ての義務化について更に意見を述べさせていただきます。
法律案では、オンライン申立てができるとするのみならず、弁護士など士業の方についてはオンラインによる申立てを義務付けています。諸外国でも同様の例が見られますが、その背景には、多額の初期費用を投じてシステムを構築したにもかかわらず、オンライン申立てが任意であるために実際には利用者が増えず、利用を促進するために早期に弁護士らのオンライン申立てを義務化するという方向に移行したという事情もあるようです。
民事訴訟では、相手方がいますので、一方当事者のみがオンライン申立てをするのではIT化のメリットを十分に享受することができませんし、電子データと紙の書類が混在する状態では事務処理も煩雑になります。そのような非効率を生じさせないためには、オンライン申立てを全面的に義務化するのが望ましいのでしょうが、そのためには十分なサポート体制が必要となり、現段階では時期尚早ということでしたら、法律案のように、なるべく多くの利用者がシステムを使うことを保障する形で立ち上げ、それと並行してスムーズに全面義務化に進められるような環境を整えていくというのも適当であろうと考えております。
そして、民事訴訟手続のIT化以降は、民事執行、倒産、家事事件手続等のIT化を進めていく必要があります。
例えば、倒産手続には債権者など多くの利害関係人がいるため、ITツールを用いてコストを削減する要請が強く働きます。家事事件でも、例えば少額の養育費を効率的に回収するためには手続のIT化がより求められるものと考えられます。これらのIT化を進めるためにも、まずは民事訴訟手続のIT化を迅速に実現していただきたいと思います。
その他の点についても、併せて若干の意見を述べさせていただきます。
まず、氏名などの秘匿措置についてです。これは、性犯罪の被害者やDV被害者などが相手方当事者に対して自分の氏名や住所、それを推知する事項を秘匿することができる制度です。
現行法では、訴訟記録などは当事者以外の第三者にも一般公開されますが、プライバシーに関する事項については、第三者による閲覧を制限することはできるものの、相手方当事者に対しては秘匿することができません。
しかしながら、氏名や住所など個人が特定される情報が相手方に開示されることによる報復などを恐れて訴えに踏み切れないと、裁判を受ける権利が害されることになります。これは実務上重要な課題として認識されていましたが、法律上の手当てがなく、また、運用による対処には限界がありました。
今回の法律案は、相手方当事者の防御権に配慮しつつこの問題への対処を可能とするものであり、是非実現していただきたいと思っております。
最後に、法定審理期間の制度です。これは、双方の当事者の申出などがある場合に、手続開始から六か月以内に審理を終結させ、一か月以内に判決の言渡しをする制度です。
民事訴訟手続を迅速化する取組はこれまでもあり、一定の成果は収めてきましたが、終期が予測できないことが訴訟の利用をちゅうちょさせる一因となっているという指摘もありました。現行法でも、訴訟の終期を予測させる制度として、例えば訴訟手続を計画的に進行しなければならないという規定や審理の計画という制度もございますが、訓示規定であることや対象事件が限定されていることなどから、活用がされてこなかったようです。
この法定審理期間の制度は、通常訴訟への移行の可能性を残しつつ早い終期を担保するもので、早期の紛争解決や早期の債務名義の取得のために民事訴訟手続を利用したいと考える当事者にとっては、新たな選択肢、新たな利用方法の可能性を与えてくれるものであると思っております。
以上、私自身は基本的に法律案に賛成しておりますが、この法律案の目指すところの利用しやすい司法、迅速で効率的な司法を実現するためには、単に法律の仕組みを整えるのでは足りず、それを支える諸制度の整備、そして何よりも、民事訴訟に実際に携わる個々の当事者、実務家の方だけでなくて、裁判所、弁護士会、司法書士会、法テラス、その他様々な機関による多方面からの協力が欠かせません。
IT化の機運が高まっている今こそ、法制度とそれを支える仕組みを集中的に整え、誰もが取り残されることのない使いやすい司法が実現されることを切に願っております。
以上で私からの意見陳述を終えさせていただきます。御清聴ありがとうございました。