杉山悦子の発言 (法務委員会)
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○参考人(杉山悦子君) 期間制限をすることに対してどのように評価するかということでよろしいでしょうか。
裁判がそもそも遅い原因というのは様々あるということは先ほど国府参考人からも御指摘があったかと思いますけれども、一つはその期日がそもそも入りにくいということであれば、それは裁判所側でウエブ会議なんかも導入しながら進めていくという必要性もあると思いますし、あと、実は、今のこの民事訴訟法、平成八年に改正されて平成十年に施行されたわけなんですが、そのときの理念というのは、それまではじっくり長く、五月雨式と呼んでいるんですけれども、期日を点々と入れて、当事者はこのときに少し主張をして、でも、また新しい証拠が出たからということで、いわゆるだらだらと審理をしていたと。その場合には、結局時間が掛かっているんだけれども、充実した審理になるかというと必ずしもそうではないと。
したがって、なるべく当事者も主体になりながら、きちんと何が重要な問題であるのか事前に整理をして、一気に証拠調べを集中してすると。それこそが、期間は短くなるし、さらに、何といいますか、より真実に近づくといいますか、裁判になるんだという発想に基づいて民事訴訟法というものが今できているわけなのですが、その当時のこの改正の何というか熱意というものも少し下がってきたのもあるかもしれませんし、事実が複雑になっているということもあるかと思いますが、実際に、本来集中して審理しなければならないのが、何といいますか、だらだらと昔の民事訴訟みたいに、五月雨式といいますか、ちゃんと証拠を開示せずに少しずつ開示するとか、一旦争点整理の手続に来るんだけれども、分からないので持ち帰るとか、そういう形で実は審理が長引いているというようなお話、調べたりするとそのような指摘も見られるところであります。
そういうものについては、やはり、何といいますか、本来であれば、本来この民事訴訟法が目指したところの、集中的に当事者が主体となって争点を整理をして、裁判所には判断してほしいところを集中して迅速に判断してもらう、これこそが正しいといいますか、当事者が納得し、かつ充実した裁判につながるんだという発想を、何といいますか、期間を制限するとか、そこだけに、何といいますか、期間を制限することがいいかどうかというところに、何といいますか、批判の目が向いているところでありますが、元々のこの今の民事訴訟法の理念をより、何といいますか、実現するといいますか、より目に見える形で実現するというのがこの制度であろうと思います。裁判所側の努力もありますし、また当事者の方でも十分に事前にちゃんと準備をして裁判に臨むということができるのであれば実現できる制度であろうかと思っておりますし、迅速イコール拙速という発想に基づく制度ではないというのは私が認識しているところであります。