今井猛嘉の発言 (法務委員会)
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○参考人(今井猛嘉君) 皆様、おはようございます。御紹介いただきました法政大学の今井でございます。
本日は、本委員会で意見陳述を行う機会を与えていただき、大変光栄に存じます。
刑法等一部改正法案、以下、これを改正法案と略称しますが、そこには数多くの建設的な改正案が含まれています。
私からは、レジュメに沿いまして、次の二つの事項に絞り意見を申し上げます。その第一は、罪を犯した者の改善更生、再犯防止に向けた処遇をより一層充実させるための諸制度の導入であります。その第二は、侮辱罪の法定刑の引上げです。
レジュメの二の方、まず第一の点について意見を申し述べます。
まず、二の一の部分でありますが、改正法案は、現行の懲役、禁錮を廃止し拘禁刑を創設すること、拘禁刑の受刑者には、その改善更生、再犯防止を図るため作業を行わせ又は必要な指導を行うことができるものとしています。
これは、現行のいわゆる自由刑という制度を抜本的に改正するものですが、拘禁刑受刑者に対して作業又は指導を行うことができること、その趣旨は受刑者の、繰り返しになりますが、改善更生、再犯防止を図るためであることが明記されたという点は大いに評価されます。
作業又は指導は拘禁刑としての刑罰の内容に相当しますが、いかなる不利益賦課を刑罰として理解するかについては、刑罰の正当化根拠、すなわち刑罰目的論との関係で整理する必要があります。
この点がレジュメの二の一に書いてあるものでありますが、皆様御案内のことかと思いますが、若干説明させていただきます。
応報刑論というものは、犯罪とは一定の規範に違反することであり、刑罰は当該規範違反を是正するため又は正義を確認するための反作用であり、刑罰を科すことでどのようなメリットがあるかを問うことなく、犯罪の程度に比例した不利益処分を科すことを認める見解です。この理解は、犯罪による法益侵害の質と量を超えた刑罰を科すことはできないという比例性原則を導く点では優れています。しかし、刑罰を科すことにより期待されるメリットには着目されないため、刑罰の具体的内容を検討する際の道具概念としては不十分です。
そこで、従来から、刑罰を科す目的は何かという、より目的論的思考が展開されてきました。その中で、刑罰を科す目的は、受刑者の再犯予防にあるとする抑止刑論、拘禁中は受刑者による犯罪が制御できる点に価値を見出すとする無害化論、受刑者を犯罪をしない市民として社会に復帰させる点に価値を見出す社会復帰論などが主張されてきました。
これらを整理しますと、目的刑論という大集合の中に他の三つの小集合が含まれており、抑止刑論と無害化論は相互に独立して主張可能ですが、そのいずれもが社会復帰論と接続可能だということになります。したがって、刑罰内容を具体的に規定する際には、抑止刑論と無害化論の視点がとりわけ重要となります。
抑止刑論からは、受刑者にその再犯を予防するのに資する様々な措置の義務付けが導かれます。それは、例えば他者、特に潜在的被害者の視点の理解を促進するための認知行動療法や、経済的困窮から犯罪に出ることを防止するための職業訓練的な措置です。職業訓練的措置には一見すると有償役務の提供のように見えるものがあるかもしれませんが、労務提供がなされているわけではありませんので、強制労働との評価は妥当しないと思われます。
他方で、無害化論からは、一定期間、受刑者を社会から隔絶された施設に収容することで、その間の犯罪実行を物理的に不可能にするということが正当化されます。
このように考えますと、改正法案が拘禁刑の内容として想定する作業又は指導を受けることは、不利益的制裁として適切な事項を選択するものであると評価できます。
次に、二の二に移ります。
懲役、禁錮は、受刑者の自由を制約する処分として、従来、自由刑と呼ばれてきました。しかし、この名称では自由を付与するとの語感もあるため適切でないとの指摘、また過酷な制裁を科すことを当然視するかの時代がかった語感もあるとの指摘がかねてよりありました。
受刑者の自由の制約は受刑者が拘禁される結果として生じるものですから、端的にこの関係に着目して拘禁刑と表現することは、国際的な用語法にも一致する適切なものだと思われます。改正法案では、拘禁の目的は、繰り返しになりますが、改善更生と再犯防止に求められています。受刑者の再犯を抑止することは、抑止刑論と、また社会復帰論にも対応しています。また、拘禁中に個々の受刑者の特徴を踏まえ、犯罪抑止に効果的と思われる処遇である作業又は指導を義務付けることは、これも抑止刑論と社会復帰論から正当化できるものであります。以上の点は重要な点と思われますので、重ねて申し上げる次第でございます。
次に、レジュメの二の三に移ります。
刑の執行猶予制度の拡充でありますが、改正法案では、これを含めて数多くの生産的な提言がなされていると思われます。
まず、この刑の執行猶予制度に関わるものでありますが、例えば再度の執行猶予の適用範囲の拡大が提案されています。これは、刑法第二十五条第二項本文の一年を二年にするとの改正案ですが、これによりまして裁判所にとって執行猶予を選択する可能性が広がり、個々の事案への適切な対応を可能にするものであります。
すなわち、再度執行猶予に処せられると、その取消しがなされ拘禁刑が執行されることがないように、受刑者は日々の生活の中で、受刑者といいますか有罪認定された者は日々の生活で一層の注意を払うことから、犯罪抑止効果も期待できます。また、社会内処遇が継続されますので、家族、勤務先等のリエゾンが切断されることもなく、社会復帰への努力が無駄にならないという点でも有益でありますので、このような改正は支持できると思います。
また、猶予期間満了後の刑の執行の仕組みも考察されて、提案されております。詳細は既に御案内のことかと思いますが、このような執行猶予の取消しという不利益を考慮した再犯防止効果を執行猶予期間満了まで維持することは本来もっと早く検討されるべき事項であったと思われますが、今回の改正は適切だと思います。
再度の保護観察付執行猶予を受けた者に対する処遇の強化、ここも時間の関係で詳細は申せませんが、社会復帰を円滑に、かつ適切に行っていくために保護観察の一層の充実というものは避けては通れない課題であり、適切な御提案だと思っております。
レジュメの二の四のところも同じような評価が妥当しますが、項目だけ述べさせていただきます。
受刑者に対する施設内・社会内処遇の手法の改善策でございますが、具体的には、受刑者等の内省を深めさせるよう被害者の心情を受刑者等に伝達する施策、出所後の支援が必要な刑執行終了者等に対する一層の援助等が提案されています。いずれも、これも先ほどの刑罰目的論から推察しても理解可能な施策であります。刑の再犯を抑止し、社会に復帰させるためには、ただ懲役を、従来の言葉で言う懲役を科せばいいというものではありませんで、個々の受刑者に応じた手厚いテーラーメードの施策が必要であり、そのようなものを実現する御提案だと思っているところでございます。
時間の関係がありますので、レジュメの裏面に移らせていただき、侮辱罪の法定刑の改正について意見を申し述べます。
結論としまして、私は、ここに書きましたように、今回の改正案は時宜を得たものと考えております。その根拠を申し上げますが、まず立法事実でございます。この提案には、それを基礎付ける立法事実が存在すると思われます。御案内のように、近時、SNS等を用いて特定人に侮辱的表現が集中してなされ、その方がお亡くなりになるという痛ましい事件が起きました。その結果、二名の方が科料九千円に処せられましたが、これが適切な事件処理であったか、様々な意見が示されているところであります。
そこで考えますと、侮辱罪の保護法益は名誉毀損罪のそれと同じであります。いずれも、人の外部的名誉としての事実的名誉、すなわち社会で現に通用している、人に対する積極的な評価が保護法益です。この法益が公然と事実を摘示する方法により侵害される場合には名誉毀損罪が成立し、事実摘示はないが表現が公然となされる場合には侮辱罪が成立するものと解されています。保護法益が両者で同じであるならば、侮辱罪の現在の法定刑は名誉毀損罪のそれと比べて低過ぎるのではないかが問題となります。
この問題状況から侮辱罪の科刑状況を確認いたしますと、これは先生方既に御案内のところだと思いますが、法制審議会刑事法部会で配付された統計資料等によりますと、従前は侮辱罪による立件、処罰、確定した判決は数少なかったものでありますが、例えば、平成二十八年から令和二年までは有罪認定された者のうち拘留に処せられた方はおられません。ここからは、そうした有罪認定者の刑事責任が軽かったという解釈と、拘留には執行猶予を付すことができませんので、短期間とはいえ拘禁することを裁判所がちゅうちょしたとの解釈が可能です。後者の観点からは、執行猶予が可能な刑種を追加しようとする改正法案の選択は支持されます。
他方、科料に処せられた者は合計百二十名で、一年平均約二十四名でありますが、それらの方の九割以上の方が九千円以上の科料に処せられています。科料は一万円未満の罰則でありますから、侮辱罪で有罪認定された方を科料で対処することはそろそろ限界に近づいているという評価も可能であります。その点を考えますと、罰金刑を追加するという必要は認められまして、改正法案は妥当だということになります。
次に、三の二に移ります。
改正法案には批判的意見も多く寄せられておりまして、ここが大変難しいところかと存じております。
そこで、若干検討いたしますが、第一の批判といたしましては、侮辱罪の刑に懲役刑を追加すれば表現の自由を脅かすことになり、不適切であるというものがあります。これは傾聴に値する御意見でありますが、その御意見の中で、侮辱罪に刑法二百三十条の二に相当する規定を導入すべきであるという主張もなされています。ここも、なるほどと思う点がありますが、後でもまた説明する機会があるかと思いますが、刑法二百三十条の二に相当する規定を導入しますと、過失名誉毀損罪及び過失侮辱罪なるものが処罰されることになります。過失によって侮辱罪まで処罰するのか、これは過剰な処罰範囲の拡張であると考えますので、私としては刑法三十五条による対処を支持したいと思います。
刑法三十五条は正当行為につき違法性の阻却を認める規定ですが、違法性の阻却は行為により優越的な利益が保護される結果が生じた場合に認められます。具体的には、侮辱的表現がなされた場合、対象者の事実的名誉が害される危険が生じますが、他方で、代表民主制の基礎となるべき自由な意見公表がなされたと言われる場合には、表現の自由として憲法二十一条の保護を受ける行為がなされているわけでありますから、優越的利益があると認められ、正当行為として違法性が阻却されると思います。
違法性阻却が認められない場合でも、直ちに侮辱罪で処罰されるわけではございません。表現をした者の責任が阻却される場合はなお考えられます。
侮辱罪では、名誉毀損罪と異なり摘示事実の具体性は要求されていませんが、事実を摘示する際に、すなわち表現の前提となる事実を確認する際に、表現者がその真偽をできるだけ調査し、真実であると思って当該事実を摘示した場合には、誠実な事実調査に基づく表現であり、侮辱的表現をしているとの認識が欠けますので、侮辱罪の故意が阻却されるということになります。この点も留意していただきたいと存じます。
第二の批判的な見解といたしまして、インターネット上の誹謗中傷被害には、民事上の救済手段を一層充実させて対処すべきであり、侮辱罪の法定刑を加重する必要はないとの批判がございます。これも大変傾聴に値するものでありますけれども、日本ではなかなかこの基礎が欠けていると思います。
後で、次に説明するように、例えばイギリスのように侮辱的行為に対する民事的な制裁が十分機能していて、オーバースペックになっているような国においてはこのような主張が受け入れられる余地がありますが、日本ではそうではありません。
そこで、イギリスのことを若干申し上げます。
イギリスにおきましては、近時、侮辱罪が廃止され、他方で、侮辱に係る民事訴訟法の改正もなされております。これは、イギリスにおきまして非居住者同士の名誉毀損に係る民訴が大量に提起されまして、これは行き過ぎではないかということで、まず民事訴訟法が改正されました。具体的には、侮辱に係る民訴の提起の要件において、被告の表現により原告に重大な損害が発生する可能性があったということが規定されました。
これと併せまして、既に古くなったコモンロー上の侮辱に整理されていた犯罪四つが廃止されました。コモンロー上の犯罪というのは大変古い歴史を持っておりますが、表現の自由への配慮が当然ながら不足していた時代の残滓と言われていたもので、早晩廃止が必要と言われていたものをこの機に廃止したものでございます。
こうした一連のイギリス法の改革に着目しますと、日本とは異なる歴史的、文化的背景に由来する改正であったと思われ、日本法に直ちに導入することはできないと思います。すなわち、国王等政治権力に対する批判を過酷に弾圧するために用いられてきたコモンロー上の関連犯罪が存在した一方で、民事訴訟による損害賠償請求も活発で、あるときには目に余る濫訴的な利用もなされている社会においてはこのような改正も受け入れられる余地があると思います。
翻って、日本には、名誉毀損ないし侮辱的表現が民訴により抑止されるという状況は存在しません。そのため、そうした表現に対する刑事法的抑止力の強化が要請されると思います。
最後に、三の三でございます。
今述べたとおりでございますが、私は、このように日本における侮辱的行為を抑止するためには刑罰を使うことが必要であり、かつ、法益を同じくする名誉毀損罪との比較からも、法定刑の引上げが正当であると思うところでございます。
最後、少し駆け足になりまして大変失礼いたしましたが、私の意見は以上でございます。
御清聴、誠にありがとうございました。