飯塚耕一郎の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(飯塚耕一郎君) 北朝鮮に拉致された被害者家族連絡会の事務局長の飯塚耕一郎と申します。
 本日は、北朝鮮による日本人拉致被害者救出のための発言の機会をいただき、大変感謝申し上げます。
 私の母、田口八重子は、四十四年前の六月の二十九日に突如、一歳だった私と二歳の姉を残して行方が分からなくなりました。その後、二十四年もの間、彼女の行方は分かりませんでした。二〇〇二年九月の日朝首脳会談で彼女の存在が判明しましたが、いまだ北朝鮮に残されたままとなっています。
 日本人拉致被害者は認定されているだけで十七名、うち五名とその家族が二〇〇二年、二〇〇四年に帰国しましたが、しかし、残された認定被害者も含め、多くの被害者が北朝鮮で拘束をされ、我々日本からの助けを待ち続けています。
 一方、日本には、北朝鮮に拉致をされた被害者を救うため、三十年、四十年帰りを待ちわび続けた家族がいます。家族会設立から二十五年、まさに東奔西走でこの問題の存在を訴え続け、被害者の救出を願い続けた家族がいます。
 しかし、余りの時間が経過してしまい、死別してしまった家族もあります。横田滋さんは、二年前、二〇二〇年の六月の五日に亡くなりました。有本嘉代子さんも二年前の二月に亡くなりました。私の養父であり、田口八重子さんの兄である飯塚繁雄は半年前に亡くなりました。
 私は、日本国政府が日本人の命を守っていただきたいと思います。日本人の人生を守っていただきたいと思っています。この願いが本当に切に皆さんに届くように考えております。
 さて、私個人の考えも交え、北朝鮮拉致問題に対する意見を申し上げたいと思います。
 まず一点目。我々家族会は全ての拉致被害者の即時一括帰国を掲げています。我々はこの条件を変えることはありません。変えるつもりもありません。
 この事件が発生して三十年、四十年の長い時間がたってしまった今、我々には時間がないのです。一部の被害者だけ帰してもらい、段階的な交渉をする方が現実ではないかというコメントもありますが、そのような考えには賛同いたしかねます。二〇〇二年、二〇〇四年に五名の被害者とその家族が帰国された後、誰も帰ってきていない状況を考えれば明らかなことかと思います。我々家族に残された人生の時間は短く、悠長に時間を掛けていられません。二〇〇二年から二十年たちました。それと同様に、更に二十年待つといった状況を迎えることは受け付けられません。
 二点目。再調査の実施、連絡事務所の設置は受け付けられません。家族が亡くなるための時間稼ぎや不幸な幕引きを呼び込むことにしかなり得ません。
 北朝鮮当局は、二十四時間厳重監視の下に、誰がどこでいつ何をしているかという状況、拉致被害者の状況を完全に把握しています。二〇〇二年に帰国された家族の方々も招待所で常に監視をされていたという発言をされております。これは、招待所に、その各招待所に賄い婦のおばさんがいらっしゃって、そのおばさんが本当に二十四時間、給仕をする兼監視をするという役割を持っておりまして、で、週一回、その北朝鮮の政府関係者が来るという形になっていて、必ずその一週間の動向というのが全部伝えられるということになっておりますので、拉致被害者というのは常に監視をされているということになっております。
 そのため、調査委員会や連絡事務所など、何か新しい情報を模索するという、その聞こえのよい話というのは、北朝鮮のよい都合のまま話を進めるだけの問題となっております。
 三点目。核、ミサイルと拉致問題を切り離して考えていただきたいと思っています。
 核、ミサイル、拉致を同時に進めるという姿勢は構わないかもしれませんが、しかし、北朝鮮が核、ミサイルを手放すということは誰が考えても明らかではありません。北朝鮮は対外交渉の材料が少ないため、核、ミサイルを手放すということはあり得ないと考えています。
 よって、その核、ミサイル、拉致問題を三つ同時に進行するという考えではなく、核、ミサイルと拉致を切り離して進めるという考え及びその政策をもって進めていただきたいと考えています。
 この切離しの考えについては、私から岸田総理及びエマニュエル駐日米国大使及びバイデン大統領にも申し上げております。特に、米国政府には、先日バイデン大統領と面会をさせていただきましたが、その際に書簡として本趣旨をお伝えしております。
 拉致問題が、基本は、核・ミサイル問題の交渉に先んじれば、米国サイドに北朝鮮からのその拉致問題を進展するように促しを求めるという形が必要ですし、逆に、その核・ミサイル問題より拉致問題が交渉先んじれば、アメリカ及び世界の、拉致問題を先に進めるという了承を基にその交渉を進めるということが現実的に可能かなというふうに考えております。
 また、四点目。その新たな手法を検討いただきたいと思っております。
 現時点、その国際制裁及び日本独自の制裁を掛けて北朝鮮にプレッシャーを掛け続けているという形を取っています。しかし、本当にこれ以上何もカードがないのかというのを議論する必要があります。カードがないなら、更なるカードをつくるべきと検討しています。北朝鮮との交渉に圧力は必ずあるべきです。
 先日の、国内において北朝鮮のワクチン提供に関する言及がありましたが、報道のとおりの形とすれば、日本からの一方的な譲歩とも取れる行動に見受けられます。そのような行動には留意が必要だと考えています。その理由として、一九九〇年代、日本からの北朝鮮の米支援でしたり、一九九〇年代後半から二〇〇〇年代の後半にかけての韓国の太陽政策などの歴史を見れば明らかなことかと存じます。
 過去、北朝鮮に一方的な譲歩や緩和行動、政策により、提供側の事態が好転したという例は私は知りません。しかし、これが首脳会談を開催するや、その拉致問題の交渉を進展させる言わばバーター交渉の一つであるならば、その限りではないかもしれません。
 以上が私個人の考えとなります。
 北朝鮮は、新型コロナ禍による貿易停滞、飼料やエネルギー不足による貧困状態が続いていると聞きます。また、ここ数か月は新型コロナ感染拡大が続いていると報道されています。このような状況下の中で我々の家族の生命がどれだけ脅かされているか、心配、不安でなりません。
 また、家族会設立から既に二十五年です。身を粉にして闘い続けたにもかかわらず、家族との再会を果たせないまま無念な思いを抱き、二十五年を経過しています。母を一歳の頃に拉致された息子の私が、母との記憶がないまま四十四年思い続け、十九年訴え続けています。
 日本政府は、この異常な事態が当たり前でないということを改めて認識して、解決のための思考及び行動をする必要があると考えています。我々家族が動いているからではなく、日本国家、日本政府が毅然とした態度で北朝鮮と闘っていただく義務と責任があると考えます。拉致被害者を取り戻すために何ができるのか、再びこのようなことが起きないためにどういう法整備を行うのかなど、こうしたことに対する議論を深めていただく必要があると思います。
 国際社会の一員であるウクライナは未曽有の危機に直面しています。平和と安全が簡単に壊され、人命、人権が侵されています。この侵攻は自分事として捉えている世界の人々が多くいることかと思います。
 では、日本の拉致問題はどうなのか。日本の、日本人の平和と安全に対して政府は真剣に考えているのか。真剣に考えているなら、なぜ四十年近く救うことができないのか。国民をこの先守れないのか。過去拉致された被害者を取り戻せないのか。日本国、日本政府は、日本人の命、人権を守るという強い覚悟を持ち、アクションを行う必要があると私個人は考えております。
 本日はありがとうございました。

発言情報

speech_id: 120815253X00420220608_007

発言者: 飯塚耕一郎

speaker_id: 10200

日付: 2022-06-08

院: 参議院

会議名: 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会