窪田充見の発言 (法務委員会)
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○参考人(窪田充見君) 神戸大学で民法を担当しております窪田充見と申します。
本日は、このように意見を申し述べる機会を頂戴しまして、誠にありがとうございます。
法制審議会の民法(親子法制)部会には委員として参加をさせていただきましたが、本日は、その審議に参加した一研究者としての立場から今回の法案について個人的な意見を申し上げさせていただきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
今回の民法改正の内容は非常に多岐にわたっておりますが、私からは、嫡出推定制度の見直し、認知制度に関する見直し、そして懲戒権に関する規定の見直しの三点について意見を申し上げたいと思います。
まず最初に、嫡出推定制度の見直しですが、嫡出推定制度は実親子関係を規律する基本的な制度の一つでございますが、今回の改正案では、こうした嫡出推定制度についても改正の提案がなされております。
現行の嫡出推定制度は、婚姻関係にある夫婦において妻が懐胎した子供を夫の子供であるとするものであり、その夫との父子関係について、夫からの嫡出否認によって否定することを認めつつ、一定の期間の経過によって嫡出否認の行使を排除し、法的な親子関係の安定を図るという性格を有するものとして設計されております。
しかし、こうした現行の嫡出推定制度が、DVなどを理由として妻が夫から避難しているような状況において懐胎、出産した子供について、その夫又は前夫と子供との父子関係を否定することができないといったことをもたらし、いわゆる三百日問題と呼ばれた問題、出生届が出されずに子供が無戸籍となるといった状況をもたらしてきました。
今回の嫡出推定制度の見直しにおいては、この点が解決すべき問題として強く意識され、改正もそうした問題を解決するものとして提案されております。
こうした問題に対処するために、今回の改正案においては、特に二つの方向での対応が用意されております。
一つは、父子関係を否定する否認権者の拡大です。
現行制度においては、嫡出否認ができるのは父とされる者だけです。そのため、母や子供の立場からはその父子関係を否定して別の父子関係を成立させることが望ましいとされるような場合においても、そのための仕組みが民法の中では用意されておりません。
こうした否認権者の限定や否認権行使の期間制限は、冒頭にも触れましたように、法的な父子関係を安定させるという趣旨に立つものであったと考えられますが、しかし、父とされる者の関与がないと父子関係を否定することができない、あるいは、これは無戸籍者問題に限定されない問題であると考えておりますが、父とされる者の恣意的な判断によって、母や子供の側では望まないにもかかわらず、嫡出推定による父子関係を解消できなくなってしまうという点で非常に深刻な問題を抱えていたものだと認識しております。
今回、否認権者を拡大し、また否認権行使の期間も延長することによって、母や子供の側から嫡出推定による父子関係を否定することが可能となることが民法の規定においても明確にされることは、無戸籍者問題を解決する上で非常に大きな意味を有しているものと考えております。
もう一つは、女性が離婚した場合について、離婚後の再婚禁止期間を廃止し、嫡出推定が形式的には重複する場合には、後婚の、後の婚姻ですが、後婚の嫡出推定が優先するという仕組みを用意したという点です。
従来は、嫡出推定が重複しないようにするために再婚禁止期間が設けられておりました。しかし、今回の改正案においては、その基本的な枠組みを改めて、むしろ前の婚姻、前婚と後婚の嫡出推定が重複する場合が生じることを正面から認めて、その上で後婚の嫡出推定が優先するというルールが導入されています。このことは、嫡出推定制度の見直しとしては大変に大きな意味を有していると思います。
なお、この二つの関係ですが、無戸籍者問題に対する対応としては、基本的に否認権者の拡大によって母や子供の側のイニシアティブによって嫡出推定による父子関係を否定することが可能となるという仕組みを用意しつつ、再婚の場合には、前婚の夫についての嫡出否認をするまでもなく、より容易な形で解決ができる仕組みとなっているというのが制度全体についての私の理解でございます。
なお、離婚後に再婚していない場合については嫡出推定がそのまま維持されるということについて、ごく簡単に触れておきたいと思います。
諸外国の法制、例えばドイツ法では、婚姻が夫の死亡によって解消した場合には我が国の嫡出推定に当たる父子関係認定が働くとされる一方、離婚の場合には父子関係認定が働かないとされています。その点では、再婚していない場合には離婚した夫についての嫡出推定が働く今回の改正案は不完全なものであるという見方もあり得るかもしれません。
しかし、ドイツの場合には我が国の協議離婚に当たる制度がなく、裁判所の判断を経る必要がありますが、その場合、離婚原因としての婚姻関係の破綻が認められるためには一定期間の別居が必要とされています。そのため、離婚後に生まれた子供について、父子関係認定、嫡出推定に当たるものですが、これが働かないということについては、こうした制度的な背景を踏まえて理解することができるのではないかと思います。
他方、我が国の場合、こうした離婚についての別居等の要件は設けられておりません。また、そもそも離婚原因を問題としない、非常に簡便な協議離婚という枠組みが用意されております。したがって、離婚の場合には嫡出推定が働かないということは必ずしもそれほど自明なものではないように思います。もちろん、協議離婚自体を廃止して離婚の仕組み自体を変更するという選択肢もあり得るかもしれませんし、実際にそうした考え方もあり得るものと思います。しかし、我が国の協議離婚は必ずしも消極的な側面だけを有しているわけではなく、この制度を廃止することに伴う問題というのは非常に大きいように思います。
また、離婚制度を見直さなくても、離婚後三百日の嫡出推定を廃止するという選択肢も考えられないわけではありません。ただ、この場合には、離婚後に生まれる全ての子供について嫡出推定が働かなくなり、離婚した夫との父子関係を成立させることが必要な場合にも新たに認知の手続が必要となります。
もちろん、その子供が実際に離婚した元夫の子であり、その元夫が認知をしてくれればその手続は比較的簡単なんだろうと思います。しかし、そうした任意認知を元夫が拒む場合には認知訴訟が必要となります。このプロセスはそれほど簡単ではなく、当事者に生じる負担も小さなものではないだろうと思います。
もちろん、DV事案におけるように、離婚後の嫡出推定が働かないことが期待されるようなケースがあるということ、それ自体については私も十分に認識しております。しかし、離婚における状況、特に協議離婚に際しての当事者をめぐる状況が非常に様々なものであるというふうに考えられることからは、全面的に離婚後の嫡出推定を否定し、全て認知の問題とすることについては、私自身はちゅうちょを覚えますし、制度の在り方としては慎重であるべきではないかと考えております。
今回の嫡出推定制度の見直しは非常に大きな改正であると考えております。ただ、それは婚姻関係にある夫婦と子供についての親子関係、特に父子関係について、その子供の父親を確保するという視点に立ちつつ、その父子関係の否定と子供の法的地位の安定を図るという現行制度の基本的な考え方を維持しつつ、従来の制度が抱えていた問題を、否認権者の拡大、そして再婚禁止期間の廃止による嫡出推定の重複を正面から認めてそれを解決するというアプローチであるというのが私の認識でございます。子供の法的地位の安定と子供の福祉を図りつつ、一定のバランスが取れた制度改正となっているように思われます。
以上が嫡出推定制度の見直しに関する私の意見でございます。
次に、認知に関する制度の見直しについて意見を述べさせていただきます。
現行法では、嫡出でない子については認知によって父子関係が成立しますが、子の認知については、利害関係を有する者であれば認知無効を主張して父子関係を否定することができます。そして、そうした認知無効の主張について期間制限も設けられておりません。こうした現行の認知制度は、嫡出推定制度において父子関係の安定を図るための工夫が設けられているのに対比すると、子供の法的地位が非常に不安定なものとなっているように思われます。
例えば、認知によって親子関係が成立した父親と子供、こうした父子関係の当事者自身がそうした父子関係を完全に受け入れ、親子として長い間を過ごしていたとしても、別の者、例えばその父親の別の子供が相続に関する利害関係を有するのだからということで、利害関係を有する者として認知無効を主張し、そうした父子関係を否定するという可能性も現在の民法の規定上は排除できない仕組みとなっております。
今回の改正案で、認知無効を主張できる者を子供又はその法定代理人、認知をした者、子の母に限定し、更に認知のとき又は認知を知ったときから七年間の期間制限を設けたことは、認知によって成立した父子関係を安定したものとするという意味でも、非常に大きな意味を有していると思います。このような形で認知による父子関係について見直しがなされたことは適切なものだと考えております。
最後に、親権に関する見直し、特に懲戒権の廃止についての意見を述べさせていただきます。
今回の改正案において、民法の親権に関する冒頭規定に続けて、監護、教育に当たっては子供の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮することが規定され、体罰等の禁止の規定が置かれたこと、更に懲戒権に関する規定が廃止されたことには非常に大きな意味があると考えております。
もちろん、子供に対する虐待、しつけと称した体罰をめぐる問題は、もとより民法の規定を改正しただけで解決できるようなものではございません。虐待に対応する救済の仕組み等、民法以外の法制度の整備や、あるいはその適切な運用を確保することが求められ、それらと一体となって実現されるべきものであると考えております。
ただ、その点を認識しつつも、今回の改正案で、民法において子供が親権の対象、単なる養育等の客体ではなく、尊重されるべき人格の主体であることが明確にされ、親権の行使もそれを前提とするものであることが明確にされたことの意義は大変に大きいものと思っております。
以上が、ごく簡単ではございますが、今回の改正案についての私の理解と意見でございます。十分に御説明できなかった部分も多々残っているかと思いますが、そうした点については質疑の中で必要な補足をさせていただければと考えております。
御清聴ありがとうございました。