宮澤博行の発言 (安全保障委員会)

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○宮澤委員 通告外で大変失礼いたしました。
 内蒙古においても、八月十五日を越えてもソ連軍の侵攻があり、その内蒙古に住んでいた日本人を退避させるために、二十日過ぎまで日本軍がソ連軍の撃退のために戦っていた。南樺太においても、相当の日本人が住んでおりましたけれども、北海道に退避させるために、日本軍が十五日以降も、二十日過ぎまで一生懸命戦っていた。そして、満州においては、これは軍が、なかなか混乱の中で、いろんなことがあったでしょうけれども、うまくソ連軍を撃退することができず、結局、日本人に様々な被害が出てしまった。言ってみれば、この十五日から戦艦ミズーリの調印までの九月二日の間にいろんな出来事があったわけでございます。国内の戦争継続派もいた、ソ連軍の北海道侵攻目的もあった。
 その中で、ひとつ大臣に、お耳に入れておきたいんですが、八月十九日から二十日にかけて、降伏文書をマニラに取りに来いということがございました。陸軍の飛行機を白く塗って、緑で十字を書いて、緑十字機と呼ばれるわけなんですが、これが木更津から沖縄の伊江島に飛び、伊江島からアメリカ軍の飛行機でマニラに飛び、そこで降伏文書を受け取って、八月二十日、伊江島を出発して東京に向かったんですが、その途中、原因不明の燃料切れでもって、静岡県磐田市の遠州灘海岸に不時着をしております。地域の住民が駆けつけてそれを救出し、今の浜松基地、陸軍浜松飛行場から、実は飛行機に乗って厚木に到着し、この降伏文書を東京に届けたんです。国内の戦争継続派、そしてソ連の侵攻を防ぐために、早く降伏の日取りを決めなくちゃいけなかったという背景があります。
 こういう事例があったというのは、大臣、お耳にされたことはございますでしょうか。

発言情報

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発言者: 宮澤博行

speaker_id: 34196

日付: 2023-04-21

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会