大曲貴夫の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○大曲参考人 ありがとうございます。
幾つかございます。
まずは、病院の中で見えた風景というところでありますけれども、実は一月に我々はもう既に数名、コロナの患者さんを拝見していました。基本的には、軽症と言うと本人には申し訳ありませんが、人工呼吸が必要になるような方はいらっしゃらなかったんですね。ですので、どうも中国の様子と違うと思ってはおったんですが、実際にダイヤモンド・プリンセスから降りてこられた方々は全く様相が違っていまして、やはりクルーズ船のお客さんということが背景にあるんだと思うんですが、比較的高齢の方も多い、何よりも重症な方が非常に多いというところですね。
当時は、治療法がありませんでした。もう一つは、その際にどうやったら助けられるかというノウハウはゼロだったわけです。ですので、その当時得られた、我々は中東呼吸器症候群の知見を参考にしましたが、それを基に治療を組み立てて、あとは、準備はしておって本当によかったと思いますが、ECMOを始めとしたいわゆる集中治療ですね、でき得ることを、重症の肺の感染者の場合何をやるかということに関してやっていたというところです。やはり厳しいのは、病気が初めての病気ですので、それらが正しいかどうかが分からない、あとは、実際によくなる見込みがあるかどうかが分からないということでした。
もう一つは、やはり、我々自身が感染したらどうしようかという怖さも当然あったのは間違いありません。精神的にはへとへとになったというところがあります。
何よりも、特に、重症例はよくならないんですね、三週間たっても、四週間たっても。という中で診ていくのは非常に厳しかったということと、やはりそこで専門家を集めてしっかり診ていくのはなかなか大変でして、非常に大変だったことを覚えています。
もう一つは、一方で、横浜港でダイヤモンド・プリンセスの対応に多くの方が当たっていらっしゃって、そこでも人が不足していたわけですね。行政対応される方と、あとは、感染症の専門的な対応ができる人間です。そこも我々の方側からスタッフを送る必要がありまして、二面方向で対応するということに、特に人材の確保に非常に苦慮したことを覚えております。
以上です。