大曲貴夫の発言 (内閣委員会)
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○大曲参考人 特に、最初の頃の経験に関して言いますと、最初の三か月、四か月に本当に厳しい状況で診療したわけなのですが、そこで、おおむねの病気としての全体像が見えるようになったということがあります。あとは、治験が、これは国際共同治験でしたけれども、何とかうまくいって、五月には最初の治療薬を何とか世の中に送り出せました。それによって、少なくとも治療という観点では最低限の準備は何とかできたというのが、二〇二〇年の五月頃の我々の心持ちです。
非常に難しかったのは、一方で、この病気がどんどん全国に広がっていきますと、また問題が出てきまして、一つは、最初は軽症なのに、急変するとかですね。ですので、その見守りの体制をどうするのかということですとか、あるいは、患者さんの数が多くなる中で、どうやって保健所と医療機関で、要は患者さんを、自宅の方をどう診るのか、入院されている方をどう診るのかということが喫緊の問題となったわけなんですが、そこがインフルエンザのこれまでの流行とは全く様相が違っておりましたので、そこにどう対応していくかということが問題になりました。ですので、最初の三か月、四か月の経験だけでは、そこまでやはり見通せていなかったと思っています。