橋爪隆の発言 (法務委員会)

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○橋爪参考人 おはようございます。ただいま御紹介いただきました東京大学の橋爪と申します。専門は刑法でございます。
 本日は、このように参考人として意見を述べる機会をいただきまして、大変光栄に存じております。
 私は、法制審議会刑事法部会の委員として、今回の改正をめぐる議論に参加いたしました。本日は、部会における議論を踏まえまして、とりわけ刑法の研究者の視点から、若干の意見を申し上げたいと存じます。時間が限られておりますので、不同意性交等罪の創設、いわゆる性交同意年齢の引上げの二点に絞って意見を申し上げます。A4判で二枚の資料をお配りしておりますので、それに即して進めてまいります。よろしくお願い申し上げます。
 第一に、不同意性交等罪の新設でございます。
 先に結論から申し上げますと、今回の改正は、現行法では処罰範囲が明確ではなく、また、判断のばらつきが生ずる可能性があった点を改め、被害者の自由な意思決定が困難な状態に基づく性行為を確実に処罰することを目的としたものと評価できます。
 すなわち、現行法の強制性交等罪は暴行、脅迫を手段として要求しているところ、判例によれば、本罪の暴行、脅迫については、被害者の抗拒を著しく困難にする程度が要求されていました。これは、犯行当時の具体的状況を踏まえて、被害者が心理的又は物理的に抵抗困難な状態に陥ったかを問題にするものでありますので、暴行、脅迫の程度それ自体を問うものではありませんが、それでも、暴行が軽微な場合、犯罪の成立が否定され得る可能性が残るものでありました。また、その程度をめぐって、判断のばらつきが生じているとの指摘もありました。
 また、準強制性交等罪は、心神喪失又は抗拒不能に乗じた性行為、すなわち精神的又は物理的に抵抗困難な状況に基づく性行為を処罰しておりますが、これについても、その原因となるような事実関係が類型化されていないことから、具体的にどのような状況があればこれに該当するかが明らかではないといった問題点がございました。
 更に申しますと、国民一般に対するメッセージという観点からも、現行刑法では、意思に反する性行為が犯罪を構成するという基本的な出発点が、少なくとも条文の文言からは明確に示されていないという問題があったことも、これは否定できません。また、自由な意思決定が困難な状況における性行為が犯罪を構成するという前提からは、そもそも暴行、脅迫の有無によって強制性交等罪と準強制性交等罪を区別する必要性も乏しく、両罪は一元的に把握すべきです。
 今回の改正法案における不同意性交等罪は、このような問題意識に基づく改正と言えます。すなわち、改正法では、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態に基づく性行為、すなわち自由な意思決定が困難な状態における性行為が犯罪であることを明示しています。このように、改正法では、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態が処罰の可否を判断する上では決定的に重要でありますが、被害者がこの状態にあったかを判断するに際しては、被害者にどのような事情があったか、あるいは犯人からどのような働きかけがあったかを考えることが必要です。そこで、改正法は、意思決定が困難な状態の原因となり得るような行為や事由を一号から八号で具体的に列挙しています。
 このように、改正法における不同意性交等罪が成立するためには、まず、原因となる行為や事由のいずれかに該当することが必要であり、それによって、さらに、被害者が同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態に陥っていることが必要です。この両者を共に認定できる場合に限って本罪が成立します。例えば、三号ではアルコールの影響が挙げられておりますが、被害者がお酒を飲んで気が大きくなって性行為に応ずれば、直ちに犯罪を構成するわけではありません。あくまでもアルコールの影響で意思の形成、表明、全うが困難な状態に陥ったことを更に認定する必要があります。
 以下、個別の要件につきまして、簡単にコメントをしておきたいと存じます。
 まずは、括弧三番ですが、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態です。
 これは、被害者の自由な意思決定が困難な状態に対応する概念ですが、改正法案では、意思の形成、表明、全う、いずれかの段階で困難があれば犯罪が成立することを明確にしています。例えば、継続的な虐待によって抵抗する意欲を失って性行為を受け入れた場合については、同意しない意思の形成が困難と言えます。また、相手に対する恐怖から、嫌だという意思を表明できなかった場合には、これは表明困難な事例に該当します。さらに、同意しない意思を表明しましたが、相手に押さえつけられてしまい抵抗できなかった場合には、意思の全うが困難な状態に該当します。
 このように、意思を形成、表明、実現する段階ごとに困難さが生じたかを問題にすること、これによって、被害者の明示的な拒絶や抵抗が認定できない場合であっても、意思に反する性行為であれば処罰できることが明確にされています。
 もっとも、改正法は、自由な意思決定が困難な状態か否かを問題にするものでありまして、内心において被害者の意思に反することそれ自体を要件とするものではありません。これは、行為者の内心それ自体を刑事裁判で判断することが極めて困難であること、また、そもそも性的同意の内容が一義的には明確でないことから、内心それ自体を要件とするよりも、被害者の自由な意思決定を妨げるような外部的状況があったか否かを問題にした方が、処罰すべき行為を確実かつ安定的に捕捉できるという理解に基づくものです。
 次に、困難な状態の原因となる行為、事由です。
 繰り返し申し上げますように、本罪の中心的内容は、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態ですが、この状態の存否の判断を安定的に行うために、自由な性的意思決定が困難になる原因となり得るものを広く拾い上げて、具体的に列挙しています。さらに、現実の事件においては、列挙した原因行為には厳密には該当しないが、同様の影響を与える行為も想定し得ることから、改正法では更に、その他これらに類する行為も原因行為に含めています。
 このような改正法案の規定ぶりは、行為態様によって処罰を限定することはなく、処罰の隙間が生じないように、意思に反する性行為を網羅的に罰しようとする態度の表れと評価できようかと思います。また、恐怖によるフリーズ、虐待による心理的反応、地位、影響に基づく不利益の憂慮などを明示した点も、これらが性犯罪の深刻な手段たり得ることを明確に規定したという意味において、重要な意義があります。
 なお、改正法案百七十六条二項は、誤信類型について特別の取扱いを規定しています。すなわち、被害者が何らかの事情について誤信して性行為に及んだ場合については、常に同意を無効として性犯罪の成立を肯定するのではなく、例えば治療のために必要であるとだますなど、わいせつなものではないとの誤信、また、相手を夫と誤信するような人違いの場合に限って、性犯罪の成立を肯定しています。
 ここでは、性行為を行う際の誤信、誤解といっても多様なものがあり得るところ、その中には性犯罪として罰すべきではないものも含まれていることから、性的意思決定をする上で重要な事実について誤信している場合に限って犯罪の成立が肯定されています。
 続きまして、二番に移りますが、いわゆる性交同意年齢の引上げについて意見を申し上げます。
 性交同意年齢とは、対象者の年齢だけを基準として、性的同意を無効とする制度です。もちろん児童の心身の発達には個人差がありますが、現行法は、少なくとも十三歳未満の者が有効な性的同意をすることはあり得ないという前提から、十三歳未満の者の性行為を一律に禁止し、処罰対象にしていると解されます。もっとも、十三歳以上十六歳未満の児童についても有効な同意がなし得るのか、むしろ、十六歳未満については有効な同意がなし得ないとして性交同意年齢を十六歳に引き上げるべきではないかということが問題とされています。
 この点に関して、法制審議会の議論では、性的行為の意味を理解する能力と、状況に応じて対処する能力の区別が重視されました。すなわち、十三歳以上十六歳未満の児童は、性的行為の意味を理解することは一応可能であるとしても、相手との関係においては、状況に応じ適切に対処し、自らの意思決定を貫徹する能力が十分ではないという理解が共有されました。つまり、およそ誰に対しても性的同意ができないとまでは言えない、しかし、相手との関係によっては、相手の言動の影響を受けやすく、また、状況に流されてしまい、十分に考えて適当な判断をすることが困難な場合があり得るということです。
 こういった理解からは、十三歳以上十六歳未満の性行為を全面的に禁止、処罰するのではなく、非対等な関係に基づく性行為に限って、児童が適切に対処することが困難であり、それゆえ有効な性的同意が肯定できないとして、処罰範囲を拡張することが可能です。十三歳以上十六歳未満の者に対しては、誰に対しても性的意思決定ができないわけではなく、相手との関係においては能力が十分に発揮できないという発想です。
 このように、非対等な関係性に基づいた性行為を罰すべきと解した場合、難しい問題は、非対等な関係性をどのような観点から法文上規定するかという点です。この点につきましては、実質的な判断をするか、形式的な判断をするか、それとも両者を併用するかという観点から、三つの選択肢があり得ました。
 すなわち、一番ですが、当事者の現実の関係性を個別具体的に評価した上で、対処能力が欠如するような非対等な関係性と言えるかを認定し、非対等な関係性が認定できる限度で処罰をするというふうな実質的な判断、これに対して、二番ですが、専ら年齢差という観点のみから処罰範囲を設定する形式的な要件、さらに、三番ですが、年齢差という形式的要件と現実的な関係性の実質的判断を共に要求する判断、これら三つの可能性があり得ました。
 本来、当事者が対等な関係を構築していたか、すなわち、お互いの意思を十分尊重し合う関係を有していたかということは、当事者ごとに個別に具体的に判断すべき問題でありますので、理想を言えば、一番あるいは三番の選択肢が適当であったのかもしれません。しかし、個別の関係性を実質的に判断することは、当然ながら判断のばらつきによる混乱が生じますし、また、当事者間の関係性や交際の状況について裁判で証明することは、被害者側に負担が生ずることも懸念されます。
 このような問題意識から、法制審の部会では、二番の方向、すなわち年齢差という専ら形式的な観点から処罰の限界づけが提案されるに至ったわけです。すなわち、実質的には、非対等であり、児童の主体的、自律的な判断が困難な関係性に基づいた性行為を処罰したいところ、それを個別に認定することが困難であるがために、非対等性の判断基準として年齢差に着目するというふうな発想です。
 この点に関して御注意いただきたい点は、年齢差の要件を満たした場合、当事者の関係性を問わず、全ての性行為が処罰対象になる点です。したがって、この年齢差であれば対等な関係に従って主体的な判断ができる場合もあればできない場合もあるという程度の年齢差では不十分であって、あくまでも、これだけの年齢差があれば、およそ対等な関係性はあり得ず、有効に自由な意思決定をすることは全く考えられないといった年齢差を設定しなければ、年齢差という観点だけで行為者を罰することは正当化できません。このような前提からは、改正法案の五歳という年齢差要件には、処罰すべきでないものを処罰対象に含めないという意味において、十分な合理性があると考えております。
 私の意見は以上でございます。御清聴、誠にありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 橋爪隆

speaker_id: 32582

日付: 2023-05-16

院: 衆議院

会議名: 法務委員会