松浦一夫の発言 (憲法審査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(松浦一夫君) 本日は、意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 防衛大学校の松浦と申します。
 参議院緊急集会制度と国家緊急事態の関係につきまして話を進めるに当たり、まず確認すべきことがあります。それは、この制度が、戦後占領期にGHQ総司令部の提示した案に基づく日本国憲法起草時において、ドイツ法をモデルとする緊急命令制度の導入を企図する日本側と、英米法的国家緊急権議会に基づくGHQ民政局次長チャールズ・ケーディスの間の激しい論争の結果生まれた妥協の産物であるということであります。
 総司令部案が日本側に提示される以前、日本側で新憲法案を検討していた松本委員会に出席した委員の多くは、いわゆる常置委員会の制度の導入を支持していました。
 常置委員会とは、ドイツ・ワイマール共和国憲法と共和国を構成する国の憲法、例えば一九二〇年のプロイセン憲法などが議会閉会中及び任期満了や解散による新議会召集までの議員不在時に議会の権能を維持するため設置したものであります。
 この委員会による政府権力の統制、特に緊急命令の事前審査ですね、これを考えていました。帝国憲法時代の日本におきましても、議会が開会できないとき、緊急の必要を名目に、緊急勅令、緊急財政処分による政府権力の濫用があったことに鑑み、帝政から共和制に移行したドイツの制度をモデルとすることが考えられたわけです。
 政府が設置した松本委員会の案のみならず、民間憲法草案にも常置委員会の設置を提案するものもありました。そして、後に日本国憲法案の帝国議会での審議の説明を、審議において説明を担当する金森徳次郎も、その著書で緊急勅令、緊急処分の常置委員会による統制を提案していました。
 一九四六年二月十三日に総司令部案が日本側に提示され、それまでの松本委員会の検討が白紙に戻った後も、緊急勅令、緊急財政処分に代わる規定を提案する中で、政府単独による緊急命令を修正し、常置委員会によるその民主的統制を提案しましたが、総司令部により拒絶されました。
 その後、衆議院解散の場合に限り、常置委員会又は参議院が国会の権限を臨時に代行する案を提案しました。この提案が、国会の権限を臨時に代行する案を提案したわけですが、後にこれが参議院の緊急集会制度につながるわけです。
 しかし、ケーディスはこのとき、解散後、次の国会が召集されるまでの七十日間に国会の議決を必要とするような場合は想定できないし、災害発生等のために必要になる緊急の立法や財政措置は政府のエマージェンシーパワーで対応すればいいと言いまして、これを却下しています。
 その後、国会が召集不可能な場合に、次の国会で承認を得ることを条件に内閣が臨時に必要な措置をとることができる旨の規定を提案し、内閣主導の緊急事態対応を再度提案しましたが、これも却下されました。
 ここでGHQのケーディスが折れまして、以前提案した参議院による衆議院解散時の国会権限代行案、すなわち参議院緊急集会制度に落ち着いたということであります。その結果が今日の憲法第五十四条二項、三項ということになります。
 つまり、衆議院不在時の緊急の必要に対応するため、特別な憲法規定は不要であると譲らないGHQから譲歩を引き出すために日本側はその出方を探りながら落としどころを見付けたにすぎず、憲法第五十四条の規定が緊急事態対応規定としては甚だ不十分なものにとどまったこと、それが今日の議論の混乱を招いていることを看過すべきではないと考えます。
 さて、五十四条二項、三項の解釈に話を進めます。
 解釈による衆議院不在以外、ごめんなさい、訂正します。解散による衆議院不在以外、任期満了による衆議院の不在の場合にも参議院の緊急集会の開会が可能かについて、憲法明文上、解散の場合のみを規定していることから、これを限定的に解釈し、任期満了の場合には開会できないとする説があります。これは憲法制定時に、短期的な政治的事情から衆議院が急に解散された場合、解散後、特別会まで待てない緊急案件が残される可能性が高いのに対して、任期満了の場合にはその時期があらかじめ定まっており、それまでに案件を処理できるため、緊急案件が生じる可能性が少なく、あえて明記する必要はないと考えたからであるとされます。
 私は、現行日本国憲法が重大かつ長期にわたる緊急事態対応を想定していないと考える立場ですので、衆議院任期満了の場合には参議院緊急集会の開会は制度上想定されていないと考えます。しかし、実際上、任期満了の場合も解散の場合も衆議院が不在になることに変わりはなく、任期満了後にも緊急案件が発生する可能性も皆無とは言えません。緊急事態の発生は時を選びませんから、任期満了の場合にも緊急集会の開会を可能にすべきという意見ももっともだと思います。
 それを可能にするため、五十四条二項の類推解釈で対応すべきとの一部の憲法学者の意見があるようですが、その一方で、国会法の研究者の中には、任期満了による総選挙を選択する場合でも、運用上その直前に衆議院解散の手続を取ることで憲法上の不備に対応すべきとする意見もあるようです。ですので、この争点については意見の対立はそれほど深刻なものではないと考えます。柔軟に対応すればいいと私は思っております。
 緊急集会の開会可能期間の問題ですが、これまでの学説では、総選挙が問題なく実施でき、選挙後の特別会が速やかに開会できる平常時の場合、解散から総選挙実施により新たな議席が確定するまでの上限期間である四十日間が参議院の緊急集会開会可能期間であるのか、実際の特別会召集までの間の三十日を加えた最長七十日かについて説は分かれておりますが、いずれにせよ、選挙が平常どおり行われ、特別会が滞りなく召集されることが想定されていると考えられます。
 しかし、衆議院解散後あるいは任期満了後に重大かつ長期に及ぶ緊急事態が発生し、総選挙の実施が困難となり、長期にわたり衆議院が不在となる場合については現行憲法は想定していません。この欠落を解釈により補填しようと、参議院の緊急集会があるからこれに国会の権能を必要な期間代行させればいい、緊急の必要がある限り七十日という期間に縛られる必要はないという主張が一部にあります。このような主張は、憲法改正をしないこと、新たに緊急事態条項を導入しないことを大前提として、現行憲法の中にあえて緊急事態対応の根拠を読み込むとすればこのような解釈方法があると主張するものにすぎません。緊急時の政府の迅速な対応と、その議会による民主的統制の確保に最も有効な方法は何かという目的、視点を欠いているように思います。
 この目的を達するには、元々制度設計にはない役割を参議院緊急集会に負わせるのではなく、憲法改正により緊急事態宣言の制度を設定し、宣言下での衆議院議員の任期の延長や衆議院解散の禁止などの措置を認め、国会が両院完全な形で政府を統制する方が民主的観点から見てはるかに効果的であると考えます。重大緊急事態対処のためには、個別に処理すべき案件に限らず包括的な案件を提示する必要があるだけに、なおさら衆参両院がそろう完全な国会がこれを審議すべきであると考えます。
 国際比較の観点から見ても、緊急事態宣言下での国会の解散禁止や議員任期の延長を認める国は多く見られます。西修駒澤大学名誉教授がOECD諸国を中心に調査されたところによれば、フランス、イタリア、エストニア、スロベニア、スロバキア、ハンガリー、ポルトガル、スペインといった国々が議員の任期延長又は国会の解散禁止あるいはその両方を憲法に規定しております。ドイツもこの制度を採用していますが、この後、改めて言及をいたします。
 参議院の緊急集会で臨時に代行できる国会の権能がどこまでに及ぶかについては諸説あるものの、内閣不信任決議など衆議院のみに認められている権能が除外されるほか、憲法改正の発議、条約の承認、内閣総理大臣の指名は認めるべきでない、この点について既に見解の一致があるものと考えます。
 一部には、内閣総理大臣の指名について、大規模災害等により総理大臣ほか多数の国務大臣が欠け、かつ総選挙の実施のめどが立たず延期を余儀なくされた場合に例外を認めざるを得ないとして、緊急集会での総理指名も例外的に認められるとする説もあるようです。ですが、そのように政府が正常な統治能力を喪失する非常事態を想定する必要があると真剣に考えるのであれば、国会についても同じ例外を考えなければならないはずです。つまり、参議院の緊急集会を含め、国会自体が集会不能となる非常事態も想定しておく必要があるはずです。
 非常時に国会が集会不能となったとき、確実に集会できる小規模な委員会に国会の権能を代行させる制度が考えられます。現にこの制度を採用している国はあります。戦時に限ってではありますが、ドイツがその例として挙げられます。
 ここで戦時というのは、ドイツ基本法、ドイツの憲法ですが、この第百十五a条が定める防衛事態のことであり、日本の武力攻撃事態に相当するものです。防衛事態下で連邦議会、連邦参議院が集会不能となった場合、平時から委員が指名されている合同委員会という機関、これは両院の議員四十八名から構成されるものですが、この合同委員会が、一定の条件はあるものの、連邦議会、連邦参議院の機能を代行することが憲法に明記されています。
 なお、防衛事態の下では連邦議会の解散も禁じられ、任期満了となった連邦議会及び衆議院の議員の任期は自動的に延長されることになっており、事態終了から六か月後をもって任期を終えることとなっています。
 議員以外にも、連邦大統領等の任期の特例も認められています。非常時に議員等の任期が延長されたからといって、国民の参政権が侵害されたとか議会が民主的正統性を欠くといった批判があったという話は私は知りません。
 最後に、例え話としていいかどうか分かりませんが、例えば築七十五年の家に幾ら耐震補強工事を施しても、軟弱な地盤、脆弱な基礎の上に建てられた家であればその効果は期待できず、徒労に終わります。国家の基本法である憲法も同じです。その制定過程の特質性ゆえに日本国憲法の基礎は残念ながら脆弱であります。特に、国家の基礎であるべき主権に関わる部分について見解の一致を見ず、いまだに学説の対立があり、問題を生じさせています。
 すなわち、対外的主権を最終的に確保するための防衛関連規定の不存在と、非常時における国家統治能力の維持及びその民主的統制に関わる緊急事態関連規定の欠落であります。この欠落から生じる不都合を憲法解釈により解決するにも限界があることは明らかであると私は考えます。
 以上でございます。

発言情報

speech_id: 121114183X00620230531_004

発言者: 松浦一夫

speaker_id: 12646

日付: 2023-05-31

院: 参議院

会議名: 憲法審査会