宮口治子の発言 (文教科学委員会)

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○宮口治子君 「はだしのゲン」という教材が、もうこの教材、広島の教材が「はだしのゲン」だけであるという、ではないという御意見があることも私も承知していますし、地元の広島でも実際に賛否があるということも理解しております。
 ただ、被爆から七十七年余りがたって、年間九千人前後が亡くなる今、被爆体験伝承者の語り部の高齢化、あるいは被爆者が亡くなっていく難しさというのを抱える中、今回のG7サミットの国際メディアセンターの開所式ですばらしい取組に出会いましたので紹介します。
 皆様のお手元に資料があるかと思います。(資料提示)こちらですね、「永遠に語り継ぎたい 未来に残す、あのときの記憶」というもので、大きな箱形のスクリーンの中にAIの語り部さんが、今回は被爆を体験されたこの方、梶本淑子さんという方なんですが、とやり取りしながらお話を聞くことができるという画期的なこれ取組でした。
 ちなみに、梶本さん、今も九十二歳でお元気な方なんですけれども、例えば日本語での質問が九十九あるんですね。原爆が落ちたとき、最初に食べたものを覚えていますかとか、瓦れきの中でどんなことを考えましたかというような質問があって、それをこちらが質問すると梶本さんが答えていただける。本当に目の前に梶本さんがいてしゃべっているかのような体験ができるというのが本当にすごいなと、目が合うのでどきどきするんですけれども、英語での質問というのも幾つかできるということでした。実際に目の前が本人いて語っているようなものなんですけれども、AIとして被爆を体験された方の姿を残していくということで、今まで以上にたくさんの人に伝えることができるのではないかと思います。ゲンだけではなく、こういった取組も増えていくことを私も期待しております。
 広島市の平和教育の歴史はとても長くて、大本は一九四九年に全国初の特別法として制定された広島平和記念都市建設法に始まります。制定当時の教員たちが、平和都市をつくるのは子供たちであり、その基盤は教育にあると奮起したという記録が残っているそうです。一九七〇年からは、小中高の平和教育における平和教育の手引や指導集、指導資料の刊行が始まり、一九九六年からはこどもピースサミットが開催されています。各小学校の六年生がひろしま平和ノートでの授業を基に平和についての意見文を作成し、二十人のこども代表が平和の誓いの原案を考え、大賞に選ばれた二人が毎年八月六日に行われる平和記念式典で全世界に発信をします。歴代代表の皆さんは、今、我が国のこの状況をどのように思われているでしょうか。
 私は、今こそ、被爆地である広島市や長崎市だけでなく、日本全国の子供たちに更なる平和教育を行っていく必要があるのではないかと強く思います。ウクライナやスーダンなどでの出来事がはるか遠くのよその国ではなく、ゲンの作者の中沢さんが言っていた、人類にとって最高の宝は平和の世界をどのように実現していくか、そういった平和教育の必要性を感じます。
 大臣、前回お聞きしたときに、各学校において戦争の惨禍や平和に関する教育が本当に適切に行われるよう取り組んでまいりたいと考えている所存ですとお答えをくださいました。それから具体的な取組を始めてくださっているのでしょうか。

発言情報

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発言者: 宮口治子

speaker_id: 34493

日付: 2023-05-23

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会