阿部浩己の発言 (法務委員会)
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○参考人(阿部浩己君) 私は、国際法の中で特に人権と難民に関わるテーマに焦点を当てて研究を進めてきました。二〇一二年一月から昨年、二〇二二年三月までの十年余り、難民審査参与員として一つの常設班に所属し、一週置きの月曜日に平均すると二件ずつ、年間で五十件弱の不服申立て案件を担当してきました。
本日は、このような機会を与えていただきましたので、考えを巡らせているところをお伝えさせていただきます。
出入国在留管理庁は、今般の入管法改正案の基本的な考え方として、第一に、保護すべき者を確実に保護することを挙げています。保護すべき者の第一に挙がるのは、日本も締結している難民条約、難民議定書の定める難民にほかなりません。
保護すべき難民を見定めるために必要なのが難民認定手続です。
国際社会において共通の了解になっているのは、難民は難民と認定されることによって初めて難民になるのではなく、難民であるから難民と認定されるということです。難民の認定は、難民を新しくつくり出すのではなく、その人が難民の要件を満たしていることを確認し宣言する行為です。
したがって、難民の要件を満たしている者は、難民認定手続が不適切なため何度不認定になっても、国際法上は難民として保護すべき者であることに変わりありません。このため、難民認定手続の制度設計とその運用は、難民が難民と認定されないような事態を防ぐため、慎重な配慮を行き届かせたものである必要があります。難民認定が適切に行われないと、難民の生命、自由が重大な危険にさらされることは言うまでもありません。
これに加えて、留意すべきなのは、難民問題が国際的な性格を持つものだということです。難民認定は国際協力の精神に基づいて行われるべきものということです。難民が難民として保護されない状態が続いてしまうと、難民の受入れに係る負担を他国に仕向けることにもなりかねず、そうなると、難民条約を支える国際協力の枠組みを脅かすことにもなってしまいます。
もとより、難民条約は難民でない者の受入れまでを求めているわけではありません。この点に関わって、今般、入管庁は、入管法改正の必要性を説明する文書の中で、国会における参考人質疑におけるある難民審査参与員の次の発言を引用し、難民認定制度の現状を説明しています。その発言とは、他の参与員の方、約百名ぐらいおられますが、難民と認定できたという申請者がほとんどいないのが現状です、難民認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということを、皆様、御理解くださいといったものです。
扱った事案が異なりますので軽々な論評は避けるべきかと存じますが、十年以上難民審査参与員を務めた者として、私は、この方とは大幅に異なる認識を抱いております。
私は、担当した全部で五百件弱の案件のうち四十件弱について、難民と認めるべきという意見を法務大臣に提出いたしました。その過半数はトルコ国籍のクルド人からのものです。しかし、御承知のとおり、トルコ国籍クルド人による申請については、裁判判決後に認定された一件を除き、これまで全く難民認定がなされてきていないものと承知しております。また、少数民族に対する直接的な攻撃を逃れてきたミャンマー出身者の申請も扱いました。文字どおりの教科書的な難民認定ケースというべきものでしたが、ここでも不認定という結論が維持されました。
私が関わった事案について申し上げれば、難民と認定できたという申請者がほとんどいないのが現状などでは全くなく、また、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということも全くないということをお伝えしておきます。むしろ、難民を難民と認定できない深刻な制度的問題が現状に宿っているという感を強く抱いております。
今般の入管法改正に係る審議がどのような形で落着するにせよ、日本の難民認定手続に宿る制度的問題が改善されることなく、保護すべき者を確実に保護することは困難と考えます。
まず、手続的な面を申し上げれば、代理人制度を整備することが不可欠です。とりわけ問題なのは、第一次審査の段階での面接に代理人の立会いが認められていないことです。第一次審査の段階で作成される供述調書は面接の結果を記したものですが、面接を行った難民調査官と申請者とのやり取りをそのまま記載したものではなく、調査官によって再構成された文書になっています。その調書が難民審査参与員の元に送られてきて、審査請求の場で重要な資料として用いられるのです。そうであるだけに、審査請求の場だけでなく、第一次審査の段階でのインタビューにも代理人が少なくとも立ち会えるようにしておくことが必須です。
欧米諸国、韓国といった国々では、当然ながら、面接への同席や録音、録画が認められていますが、アメリカ、カナダでは、第一次審査で代理人が付いている場合と付いていない場合とで認定率に約三倍もの開きが出ているとの調査結果もあり、全ての段階で代理人が付くことの重要性が確認されています。
次に、難民該当性の判断の仕方について申し上げます。
先ほど申し上げたトルコ、ミャンマー出身者のケースを含め、私の経験からすると、次のような問題が実務の現場で見て取れました。第一に、迫害について極端に狭い解釈が採用されてきたこと。第二に、申請者が国家によって個別に迫害の標的にされていることを求める、いわゆる個別把握の考え方が採用されてきたこと。第三に、迫害主体を国家に限定し、非国家主体による迫害の場合には国家による放置、助長がなければならないという古典的な考え方が採用され続けてきたこと。第四に、申請者に不信の目が向けられ、供述の信憑性が簡単に否定されてしまうことです。
このうち、第一から第三の問題については、本年三月に公表された難民該当性判断の手引において一定の対応がなされているようにも見受けられます。ただ、法務大臣の説明によると、難民該当性の判断において考慮すべきポイントを整理し、これをできる限り明確化したものとのことであり、この説明は、結局のところ、これまでの実務が基本的にはそのまま引き継がれていくということを示すものなのでしょうか。
手引では、難民と認定されるために迫害の現実的な危険がなければならないとされていますが、現実的な危険とは一体どの程度の危険なのか。また、手引が示す迫害についての説明は、極端に狭いこれまでの解釈を踏襲するところに重点が置かれているように読めるなど、懸念点は少なくありません。
何より、この手引は、難民認定実務において決定的な役割を果たす供述の信憑性評価の仕方について、全くと言っていいほど言及していません。出身国情報の収集、分析の仕方にも改善の余地が大いにあることから、この手引をもって保護されるべき難民が確実に認定される条件が整えられたとはとても言えないのが実情です。
難民を難民と適正に認定できる体制がないままに難民申請者の退去強制を可能にすることは、難民保護の要というべきノン・ルフールマン原則を踏みにじる重大な危険性を制度的に生み出すものと言わなくてはなりません。退去強制手続の下で送還先指定を制約する入管法第五十三条三項にこの重大なノン・ルフールマン原則の確保を託すのでは、余りにも制度的に不十分です。
法案改正審議の行方にかかわらず、難民を難民として保護する義務を誠実に履行するためには、難民認否を行うにふさわしい資格及び能力の要件を明確化するとともに、不服申立てを担当する者を含め、難民認定手続に従事する全ての人に、難民要件の解釈の仕方やインタビュー、異文化コミュニケーションなどに係る実務的に意味のある研修を必ず受けてもらう体制を整備すべきです。
この点で、難民条約第三十五条に基づき、条約の適用を監督する責務を担う国連難民高等弁務官事務所、UNHCRとの協力を更に拡充することが必要です。
入管庁は、確実に保護すべき者の範囲を補完的保護対象者に広げています。紛争を逃れてくる者などを保護するために必要だからとのことですが、UNHCRのガイドラインや各国の実務からも明らかなように、紛争から逃れてきた者についても難民条約は当然に適用され得ることを改めて確認しておかなくてはなりません。
補完的保護という言葉は国際社会で広く用いられるようになっていますが、この概念は、出身国で生命が恣意的に剥奪されたり、あるいは拷問や非人道的処遇を受ける危険性がある者を、いかなる事情があろうと、つまり重大な犯罪を犯した者であろうと、絶対に送り返してはならないということを義務付ける国際人権法上の要請に依拠して発展してきたものです。
こうした国際義務の視点が閣法にはうかがえません。閣法では、補完的保護対象者が再び迫害に引き付けて定義されており、迫害の要件解釈など、難民認定のときと全く同じ問題が生じることになります。何より、こうした定義の仕方は国際的に見て極めて特異なものです。
紛争から逃れ出てくる者に迅速な保護を提供したいのであれば、迫害の有無を個別に審査するようなことをせず、UNHCRが国際的保護に関するガイドライン十一で示唆するように、客観的な事情のみに依拠して難民認定を行う制度を整備することを検討すべきではないかとも思います。
閣法の定める補完的保護制度については、導入する必要性についても有効性についても、大いなる疑念を覚えるところです。国際社会では、難民と並び保護すべき者として無国籍者が指定されています。日本はまだ無国籍者条約を締結していないという現状を反映し、無国籍者への関心が閣法からはすっぽり抜け落ちていることも指摘しておかなくてはなりません。
その一方で、今般の改正案は、確実に保護すべき者の脈絡において、在留特別許可手続の適切化を図ることにも向けられています。ここでは、国際人権法上、家族生活の保護や子供の最善の利益の要請が国家の出入国管理権限を制約するようになってきていることを踏まえた運用でなくてはならないことを強調いたします。
外国人の入国、在留について国家に広範な裁量が認められるという国際法の規範状況は、国際人権法の深まりにより大きく変わっています。在留資格がなくとも人を無権利状態に置くことは、今日の国際法上、到底あり得ません。
身体の自由や移動の自由、労働、社会保障、健康への権利といった人間の尊厳を支える基本的人権の最低限の保障は、国家の出入国管理権限を理由に免除されることはありません。国家の利益を中心に据えた二十世紀の国際法ではなく、人間の利益を中心に据えた二十一世紀の国際法の在り方をしっかり反映させた形で入管法が見直されることを念じています。
以上です。どうもありがとうございました。