小尾尚子の発言 (法務委員会)
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○参考人(小尾尚子君) 本日は、大変貴重な機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
私は、国連難民高等弁務官事務所に約三十年間勤め、その間、主に難民、国内避難民などの国際法の分野を担当しておりました。アフリカ、アジアなどの現場の仕事に加えて、ジュネーブ本部では国際保護局にて難民保護に関するポリシーなどを策定する部署でも働いておりました。最後の勤務地は東京で、入管庁の皆さんとは様々な機会を通じて意見交換、研修などをさせていただいておりました。現在は、昔博士号を取得した国際基督教大学に戻り、難民の保護、人道アクションなどについて教鞭を執っております。
本日は、これらの私の経験を基に、今国会に再提出された入管法改正案についてお話しさせていただければと存じます。あくまでも個人的見解としてお聞きいただければ幸いでございます。
まず、難民の保護についてです。
難民の保護の根幹となっているのは、危険が存在している場所に送り返さないというノン・ルフールマン原則で、難民条約第三十三条に規定され、国際慣習法でもあります。一人でも間違って命や自由の危険にさらされる可能性のある場所には送り返されないように、各国がその法令の中に何重にも厳重にルフールマンの予防措置を置いているわけです。
この視点から今回の入管法改正案を見ますと、歓迎すべき点が幾つか盛り込まれているにもかかわらず、この難民保護の中核の部分においてかなり懸念される条項が見受けられます。それが送還停止効の解除に関する条文です。
お手元にお配りした資料の一は、二〇二一年に入管法改正案が提出されたときにUNHCRが発表した見解です。
何より一番の懸念事項は、法案の第六十一条の二の九第四項第二号で、送還停止効を外されるケースに、初めて難民申請した者であって、一次審査の一回目の難民認定の面接を待っている者も含まれるということです。
送還停止効は、初回申請者については、第一次審査と不認定処分に対する不服審査が行われている間は、三年以上の実刑が付いている又はテロや暴力的活動に関与するおそれがあるというだけの理由によっては決して解除されてはならないということが原則です。
しかしながら、難民条約第三十三条二項にはいわゆるノン・ルフールマンの例外規定があるではないかとの御指摘があるかと思います。しかし、この二項の適用は、本来既に難民認定がなされているケースのみに適用されるものであり、申請中の者に適用するものではありません。
にもかかわらず、改正案は、初めて難民申請し、認定の面接を待っている者への適用をも想定しています。これがまず一点目の問題です。
加えて、ノン・ルフールマンの例外規定は、次に挙げる様々な原則にのっとって適用される必要があります。第一に、国際法の一般原則である比例原則にのっとって適用されること、すなわち、国家や社会に対して難民が及ぼす危険が、その難民が出身国に送り返された際に直面する危険を上回るときにのみ可能なのです。第二に、送還は、国家への危険をなくす又は減らすための最後の手段としてしか適用されないこと。第三に、ノン・ルフールマン原則の例外の指標となるのは、過去に犯した罪の重大性や種類そのものではなく、犯した罪に照らしてその難民が社会にとって今後危険な存在となるか否かであるということです。
三年以上の実刑を受けた者が再犯の可能性とは無関係に一律に、しかも自動的に送還停止効の例外となるという案に加え、テロ等の疑いの場合について相当の理由という文言が二重に使用され、証明度がかなり低くなっていること、テロ等への関与の疑いについては範囲が広く、警察や司法が入らず法務省内のみの審査によって決定されることを始めとし、様々な懸念が生じるわけです。
以上から、難民認定の結果が出されていない方、ましてや難民該当性の審査のために一度も面接もされていない方が送還され得るということは、難民条約第三十三条二項との整合性に問題が生じ、それに抵触する可能性があるわけです。よって、送還停止効の例外として犯罪歴等の一定の属性のある者に言及する第六十一条の二の九第四項第二号の削除を提案いたします。仮にこの条項の削除がなされないのであれば、少なくともこの規定から初回申請者は外すべきであると考えます。
懸念はまだあります。
送還停止効が外れても、現行法の第五十三条第三項一号で、難民条約第三十三条一項に規定する領域に属する国を退去強制令書の送還先の国に指定しないという規定があるためノン・ルフールマン原則は担保されている、さらに、括弧書きで、法務大臣が日本国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除くと例外も規定されており、これが難民条約を担保しているとの立場が政府により示されています。
そもそもこの括弧書きが難民条約のルフールマンの例外を反映するものなのであれば、先ほど申し上げたように、この条項は難民認定された者に適用されるべきものですので、この括弧書きを適用する前に既に難民認定申請の結果を出しているという必要があります。
更に言えば、五十三条三項二号に規定の拷問禁止条約、三号の強制失踪条約、そして入管法に規定されてはいないものの、自由権規約の第六条と七条はそれぞれノン・ルフールマン原則を規定するものですが、そこに難民条約のような国家の安全を理由とする例外はありません。出身国で拷問や強制失踪などに直面する場合は、国の安全への問題があるとして五十三条三項一号の括弧書きに該当しても、結局のところ送り返すことは禁止されているのです。
だからこそ、例えば三年以上の実刑を受けているからといって自動的に送還停止効を外して難民認定審査の結果も出さないということは、これらの人権条約の適用性も判断なされないまま送還される可能性をも高めます。
法案によって初回申請者に送還停止効の解除がなされるのであれば、なおさら第五十三条三項が難民該当性が審査される唯一の根拠条文として大切になります。しかし、五十三条三項がノン・ルフールマンを担保する規定として有効に機能するためには様々な方策が必要です。例えば、五十三条三項の適用性、つまり送還先で迫害を受けるかどうかについて、誰がどの段階で聞き取りをして審査をすることになるのか、入管法は明確ではありません。
入管法第四十五条から四十九条を読むと、入管庁内の三審制の中では、あたかも第二十四条の退去強制事由に該当するかどうかの判断のみがなされているように見受けられます。主任審査官による五十三条三項の適用性の判断に先立って、出身国において直面し得る人権侵害について、面接調査と審査が難民の専門性を持った者によってなされること、常に最新の出身国情報などを考慮し、送還先を見直すことの保障等について明文化することが必要となります。
さて、複数回申請者の自動的な送還停止効を解除することについても本来は望ましくないと考えます。
複数回申請については、しかし、一般論としては、本案の再審査を妥当とする要素があるかどうかを判断するいわゆる許容性審査の手続を設置すること自体は有用な手段と考えられています。ただし、この前提として、既に申請が適正に審査され、最終的に棄却されたことなどが条件となります。
送還停止効を仮に外すとすれば、手続保障が確保されている必要があります。具体的には、送還停止効の例外となることにつながる決定に不服を申し立てる効果的な機会、その間の送還停止を求める権利の保障などです。
今回の改正法案では、送還停止効を解除するという判断には処分性がないため、行政不服審査法上の行政不服審査の対象とはされません。よって、裁判所に退去強制令書発付処分の取消し訴訟などを求めるしか不服を申し立てる道がないのです。司法審査という機会しかないなら、まずは代理人弁護士を確保するため法律扶助を受けられるようにする必要があります。
また、収容・送還に関する専門部会の提言にのっとって送還停止効の例外が仮に設けられた場合には、その規定の適用状況についても第三者チェックがなされることが重要です。この手続保障の必要性は、同条項の二号についても同じです。
今回の改正案では、長引く収容問題、そして送還忌避者の増加という問題の解決のために、送還停止効の例外を設けるということが目玉となっています。しかしながら、それで喫緊の課題が早急に解決されるのでしょうか。むしろ、根本的に解決するには、中長期的な視野を持ち、限られたリソースを送還停止効の例外を設けて運用することに割くのではなく、まず難民として保護されるべき方々を迅速に、しかも初回申請で必ず認定することに割くべきではないでしょうか。
そのためには、公正で効率的な手続を保障すること、現在は不服申立てまで平均三年半掛かっている処理期間を短くすること、一次審査における代理人の支援と同席を保障し、不認定になってもその理由について丁寧に説明することなどが難民認定制度の誤用、濫用の防止につながります。
その意味では、衆議院での修正案に難民調査官の研修や出身国情報収集の充実化等が規定されたことは意義が大きいと考えております。しかし、例えば、研修の対象者を参与員や法務省の決定権者を含む全ての難民認定に携わる人々に広げることも重要でしょうし、出身国情報の収集、分析に関しても、各案件に関してどのような出身国情報が判断の基準となったのかを情報開示するなどして透明性を高めることも重要になってきます。
さらに、不服審査の独立性を確保することを始め、根本的に取るべき方策はまだまだあります。日本が直面しているこれらの課題は、日本特有のものではありません。ヨーロッパなどでは既に一九七〇年代から同様の問題に直面し、それに対応してきました。これらの国々から学ぶことは多くあります。
まず第一に彼らが行ったことは、難民認定制度の質を高めるということです。その精度と信用性を高め、保護を必要としている人を確実に保護することを目指しました。UNHCRなどからのサポートを受け、質の向上に励んだのです。さらに、難民が到着してから定住に至るまで、包括的な法制度を確立しました。その中には、難民として認められなかった人々の取扱いについての規定も含まれています。
さらにもう一つ、日本への移民の受入れについてのきちんとした政策を確立することは、難民認定制度の誤用、濫用の防止にもつながり、日本の未来のためであると考えます。
本日ここにいらっしゃる立法府の議員の皆様の中には、添付資料にあります二〇一一年衆参両院で全会一致で採択された決議の採択の席にいらした方々もおられるのではないでしょうか。このとき皆様は包括的な庇護制度の確立を誓いました。あれから十二年、私たちはどれだけそれを実現できたでしょうか。
日本は、今年十二月のグローバル難民フォーラムの共同議長国を務めます。人道大国日本だからこそ、今こそ包括的な庇護制度の確立のために何が優先的に議論されるべきかを考えるときではないでしょうか。
御清聴ありがとうございました。