明石康の発言 (外交・安全保障に関する調査会)
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○参考人(明石康君) 串田先生の御質問、ありがとうございます。
私は、「国際連合」という岩波新書を初めに出しましたのは、一九六五年、私が国連に入って、そうですね、五七年に入りましたから十年もたっていない次元で、週末を利用しながら私が書いた読みづらい原稿を、私のワイフがともかくも分かる字にして清書してくれました。
十年ごとに、これは先ほど吉川大使が御親切にも私のこの岩波新書に触れていただいたわけでありますけれども、岩波は新書大体同じ値段なもんですから、余りページ数を増やしたくないんですね。ですから、どうすればいいかというと、活字を小さくする。だから、そういう意味では、ちょっと年齢層によっては読みづらくなっているところがあると思います。
しかしながら、実は十年ごとに書き換えておりますので、ある新聞社の編集委員、立派な方なんですけれども、彼は、この岩波新書の「国際連合」を十年ごとに買って、後書きのところを一生懸命比べて見ておる様子なんです。彼自身が私にそう言っておりました。
御覧になれば、初版のときからの基本的な私の国連に対する思い、願い、希望、期待、批判、そういうものは変わっていないと思います。しかしながら、十年もたっていると、やはり違う感想みたいなものが浮かび上がってくるらしいんですね。
その編集委員の方は、私が、「カンボジアPKO日記」というかなり分厚い本を私が出しましたときには、その分厚い本を全部読んでくれて、朝日新聞の朝刊の一面いっぱいのサマリーを書いてくれました。私は非常に有り難いと思いました。
そんなことで、比較してお読みになれば、私の国連に対する変わらぬ気持ちと信念、また、もっとやれるはずなのにどうしてこれ以上の国連であり得ないのか、その理由を究明したいという気持ちも変わっておりません。初版を書いたときに、それを読んでくれた私の尊敬する国際法学者とか国際政治学者おられましたけれども、もうその人たちは存命ではありません。しかし、国連にはやはり変わらぬものと変わってきたことがたくさんあると思います。
また、日本人の国連に対する思いと、戦争に敗れて一文なしになった国民が、あるべき世界、その中で生きたい、国際機構というものに対する思いというのが、これの一番新しい版は二〇〇六年ですね、ちょっとこれを書くに当たっては、十年ごとに書いてきたのに、ちょっと間隔がちょっと長くなり過ぎて反省しておりますけれども、何か、やはりSDGという、ちょっと変わり種の国連のディシジョンメーキングの仕方が最近取られたわけですから、明らかに我々の生きるこの国際社会、地球というのは変わってきているんです。
しかしながら、我々が共通に持つ国際平和に対する思いとか、その中で、どうして我々はもっとできないのか、国連はもっとやれないのか、そういう批判も、みんなで、こういう立派な参議院のお部屋で議論するだけではなくて、国連というものは我々の気持ちの中でまた変わっていくものだと思うんですね。だから、我々が生きているように、国連も我々の気持ちの中で生きているんだと思います。だから、常任理事国であるとかないとかということも、もう議論すれば切りがないんですけれども、もっと有能で、できる存在でほしい国連、それはどうして我々の前に生きたものとして現れることができないのか、それをみんなで一緒に、それは考えてみる価値は十分にあると思います。
しかし、私が間違ったことを言うときに、吉川大使のような、よく私の本を読んでくれている人がいるもんですから、私はなかなかそういう勝手なことを言わせてもらえないという、愛読者がいることによる自由の喪失とも言うべき私の置かれた位置がそういうことであります。