明石康の発言 (外交・安全保障に関する調査会)
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○参考人(明石康君) 伊波先生の御質問ですけれども、日本の政府の、日本が国連に加盟したのは一九五六年の十二月十八日、そこで日本の立場は、重光当時の外務大臣が非常に鮮明に、また感動的な形で日本の国としての立場、また彼の個人的な日本の戦争に至るまでの気持ちと、また敗戦して国連加盟に至ったときまでの気持ちを淡々と、必ずしも上手な英語ではなかったんですけれども、重光さんの心の声が本当に人に伝わるような形で表されて、すばらしいスピーチだったと思いますけれども。
それに関して、日本の国内で、東京大学の総長をやった南原繁さんが、日本は国連に対する気持ち、国際平和の在り方に対する深い思いでもって国連に入ったんだけれども、やはり日本憲法の第九条というものにちょっと引っかかると。国連は、みんなが力を合わせて平和を守る、戦争を防止するという立場に立つので、何かやっぱり日本としてもその手段、方法がなければ国連に貢献はできないわけですね、手ぶらだけではいけないので。
南原総長が言っていることは、やはりそういう国連憲章の立場に立つということは、そういう平和のためにアクティブに行動するということであって、手を挙げて降伏してしまうという意味での無抵抗主義ではないんだということを言っているんですね。これもやっぱり深い意味のある言葉であって、我々はやはり平和のためのアクティビストとして、個人としても国としてもね、あらなくてはいけないわけだと思うんですよね。
具体的にどういう形で国連に貢献するかというのは、みんな、各個人個人が、各政党がいろいろ考えることであろうと思いますけれども、私は、日本の持っておる平和主義というのは、一国平和主義ではなくて、世界全体を巻き込んだ、世界の一人一人の人の気持ちが伝わるような平和哲学に基づいて国連が存在しておるのだと思うんですね。
これはまあ、先ほど北岡先生が言われたように、私も北岡先生と同じく、歴史の流れというものはらせん橋に動いていくということを私も考えておったんですけれども、真っすぐではないんですよね、らせん橋なんですよね。だから、失望すること、がっかりすることもあるし、笑えない、まあ喜ぶこともいっぱいあると思います。そういういろいろなものの交差するところが国連というところであり、日本という国がそこで何ができるのか、何ができないのか、それは日本人がこの民主主義の中でみんなで考えながら、議論しながら、この国を国連における積極的な一つのエレメントとしてこれからも持っていきたいなと思います。
私は、そういう意味で、実は、先生、沖縄ですよね。やっぱり日本の中で沖縄という地方が、地域が果たし得るということもたくさんあるんじゃないかと。国連のPKOの訓練施設を例えば沖縄に造ったらどうだろうと言って、私は沖縄の新聞にうんと批判されたのを覚えています。私は間違っているとは思わないんですけどね。でも、私の面の皮の厚さで今まで何とか生き延びてきたと思います。
ありがとうございます。