尾上浩二の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)
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○参考人(尾上浩二君) 今日は、貴重な発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
認定NPO、DPI、障害者インターナショナル日本会議副議長の尾上と申します。どうぞよろしくお願いいたします。(資料映写)
私が属しておりますDPIのプロフィールは、今日リーフレットをお配りしておりますので、そちらの方をまた見ていただければと思います。
私自身のプロフィールみたいなものを一枚目のスライドで紹介をさせていただいておりますけれども、今日も電動車椅子で地下鉄、新幹線を乗り継いでここにやってまいりましたが、子供のときから脳性麻痺、障害を持って生まれ育ちました。養護学校、施設を経て、地域の中学校へ行き、大学に入ってからずっと障害者運動に関わりました。もう今年でちょうど四十五年目ということになりますが、特に今日お話しさせていただきます障害者権利条約、国連の障害者権利条約では、二〇一三年の批准の際の国会の参考人質疑にお呼びいただき、お招きいただきまして、さらに去年八月、ジュネーブでありました対日審査にも参加をさせていただいた、そういう者であります。現在、DPIの副議長のほかに、内閣府の障害者施策アドバイザーということもやらせていただいています。
これが二〇一三年十一月のときの参考人質疑の様子なんですけれども、この参考人質疑を経まして、翌年の一月二十日、二〇一四年一月二十日に障害者権利条約が批准されました。特に、この障害者権利条約批准に向けて、障害者基本法の改正、障害者総合支援法、そして障害者差別解消法、そういった法律を作っていただいた上で批准をした、これがすごく大きかったと思うんですね。障害者権利条約のモットーは、私たち抜きに私たちのことを決めないで、ナッシング・アバウト・アス・ウイズアウト・アスということなんですが、まさに当事者の意見を基にしてこういった法律制度をつくった上での批准でございました。
権利条約は国際的なモニタリングの仕組みを持っています。日本も批准後、二年後、二〇一六年の六月に第一回目の政府報告書を国連に提出をしまして、コロナで大分延びていたんですけれども、去年の八月二十二日、二十三日と二日間にわたって国連の障害者権利委員会と日本政府との建設的対話ということがありました。
私たち障害者団体の側では、パラレルレポートというものを二〇一七年から準備をしまして、五年間準備の末、当日に臨みました。日本から障害者や家族あるいは弁護士さん、総勢百名という、これまでいろんな国の審査があったわけですが、最大規模ということで、ジュネーブの国連事務所の一番大きな部屋に場所を変えての建設的対話、審査となりました。
私ども民間団体からのパラレルレポートもしっかり障害者権利委員会の皆さんにお伝えをした上で、権利委員会の皆さんは、日本政府の代表団との建設的対話を二日間にわたって取り組んでいただき、九月九日に日本への総括所見というものが発表されました。その後、若干の字句修正の上で、十月七日に確定をしたというところであります。今日、日本政府の仮訳、外務省の仮訳を配付資料ということで配付していますので、後でお読みいただければと思います。
これ、五年間の準備の末ということで迎えた、いよいよ歴史的な瞬間だという、そのタイミングでありますが、特に、幾つも印象に残ることがあったんですが、そのうちの一つ紹介させていただきます。
この方は、ニュージーランドお住まいで知的障害の当事者で、ニュージーランドでの地域移行、脱施設ということを取り組まれたロバート・マーティンさん、彼がこういうふうな質問をしました。二〇一六年の津久井やまゆり園事件を経て、このような施設で今もなお多くの障害者が暮らすことについて考え直したことはありますか、今後どのように脱施設化や地域移行を推進していくのか、日本政府としての考えを教えてください。ずばり日本の問題点を指摘された、そういうふうな思いを持ちました。また、そういった障害者政策委員会を始めとした委員会で知的障害の当事者が今は参加していないのはなぜかという質問もいただきました。
さらに、こちらは、タイにお住まいのサオラックさんという方が入所施設からの地域移行について御質問をされました。脱施設するためにどういうステップを取っているか。例えば、地域移行コーディネーターつくって任命をしていますか、法制化はしていますか。これは、実は施設や病院からの地域移行というのは、やっぱり勝手に進むわけではなくて、かなりいろんな手厚い仕組みが必要なんですね。お隣の韓国やアメリカやいろんなところでこういった仕組みがあるので、日本ではどうするんですか、質問でした。政府からの回答は、地域生活支援拠点はつくるというぐらいのぼわっとした回答で、肝腎のこの地域移行コーディネーターをつくりますかということについては回答はありませんでした。
さらに、質問が相次いだのがインクルーシブ教育でした。といいますのも、こういった回答があったからなんですね。文部省からの回答は、二〇一三年に制度改正を行い、特別支援学校か普通学校かを本人と保護者の意思に基づいて選択できるようにした、その結果、通常学級に在籍しながらサポートを受ける児童は十年間で倍増してインクルーシブ教育も大きく進展したということで。
実際は、二〇一三年、確かに改正いただいたんですが、いまだにやっぱり各地の教育委員会が最終的には決める仕組みなので、通常学校を希望されても特別支援学校に措置される。それで裁判になっているケースもあるんですね。
あるいは、この十年間で、特別支援学校で学ぶお子さんは一・二倍、特別支援学級で学ぶお子さんは二・五倍というふうに増えているのが、分離された環境で学ぶ子供が増えているのが現状なんですが、そのことを、そういったデータもこの障害者権利委員会の皆さんお持ちでしたので、モンゴルのドンドフドルジ委員は、先ほどの説明とは違って、分離された環境で教育を受ける子供たちの数がかなり増えているように見えますと、その学校教育法施行令の二十二条の三というのは一定の障害のある者ということなんですが、その一定の障害のある子供が、二〇一六年五月には千五百七十五人、通常学級で学んでいたのが、二〇一七年には千百四十四人まで減っている、かえって通常学級で学ぶ子供が減っているではないですかというふうな指摘がありました。
最後、日本を担当された二人の委員がいられるんですが、そのうちのお一人、キム・ミヨンさんという方ですが、彼女が涙ながらに、日本の障害者や市民社会によるパラレルレポートが示す日本の障害者の実際の状況と政府報告書の間に大きなギャップがあるというふうに見受けられますと、このギャップを解決するために迅速に取り組む、具体的に取り組んでほしい、特にそういった障害者の権利のために一心に取り組んできた障害者や市民団体と一緒に連携を続けていただくことを日本政府にお願いするというふうに言われたのが非常に印象的でございました。
で、先ほど申しましたとおり、九月九日に日本政府に対する総括所見、いわゆる懸念と勧告ですね、が出されました。例えば医学モデル、パターナリズムが非常に日本は強いから、それから人権モデルへ転換をしてくださいというようなことや、障害のある女性、障害のある子供への複合差別や虐待に対応してください、あるいは精神医療の強制医療を廃止してください、身体拘束を防止してください等々、非常にインパクトのある内容になっています。
ちょっと概要を見ておきますと、全部で七十五のパラグラフで十八ページ、A4十八ページです。例えばイギリスとかほかの国々のを見ますと、十ページとか十二ページぐらいが多いんですね。日本は非常に多い。それだけ詳しく述べられているわけなんですが、政府にとって厳しい勧告が多いわけですが、肯定的側面もしっかりと押さえているということも確認をしておきたいと思います。
やはりこの十年間、国会の皆さんでいろんな法律を作っていただきました。障害者差別解消法やバリアフリー法の改正、情報アクセシビリティー・コミュニケーション推進法、あるいは読書バリアフリー法、障害者文化芸術推進基本法や、条約のモニター機関として障害者政策委員会を設置いただいた等々は、これは国際社会から非常に高く評価をされているわけです。
ただ一方、一条から三十三条全ての条文に懸念と勧告が出されました。後でまた読んでいただいたら分かるんですが、最初に目指すべきビジョンの明確、こういうことをちゃんと目指しなさいという、言うなら、登るべき山を間違うと、頑張れば頑張るほど権利条約が求める社会とずれていくので、こういう方向をちゃんと目指しなさいというビジョンが明確に書かれた上で、それに向けてこういったことを具体的に進めなさいということが書かれているんですね。
特に緊急の措置が必要なのが、精神病院からの地域移行も含めた脱施設、施設や病院からの地域移行、そして施設を順々になくしていく脱施設、そしてもう一つは、障害のある子とない子が共に学び、全ての子供が居場所のあるインクルーシブ教育をつくるということですね。
もう一人、日本を担当されたラスカスさんという方が日本に来られたときに、実はこの脱施設とインクルーシブ教育はつながっているんだ、子供時代に分離されると分断した社会を生み出してしまう、インクルーシブ教育はインクルーシブ社会の礎なんだということをおっしゃっておられたのが非常に印象的でした。
そして、医学モデル、パターナリズムから人権モデルへ転換をしてくださいねということで、私、あっ、そうか、日本流の分けた上で手厚くというか悪意なくといいますかね、分けた上で手厚くするのがその人にとっても社会にとってもいいんだ、そういうふうな感じで日本は進んできたところがあるんですが、そういう日本流対応への根本的な問いかけなんだろうな。
で、次回の審査が二〇二八年、あと五年です。それまでに着実な改革を是非国会を筆頭に進めていただきたいな、思うんですね。
先ほど、緊急措置ということで二つ、脱施設とインクルーシブ教育、これパラグラフ七十一というところに書かれています。そして、次回の審査は二〇二八年二月、二〇二八年ですよということが書かれているわけですが、特に先ほどの二つのテーマ、ちょっと概要を見ておきますと、総括所見が十九条で指摘し求めていることということで、知的や精神、高齢、身体障害者、あるいは集中的な支援を必要とする障害者や障害児が、やっぱり施設収容が継続している、あるいは家庭生活が奪われている、そういう状況がある。その施設収容を廃止するために予算配分を入所施設や病院から地域生活へ振り向けてください。勧告ですね。
二つ目が、精神科病院への収容や無期限入院がずっといまだに続いていますという問題指摘の上で、精神科病院に入院している全てのケースを見直して、無期限の入院はやめて地域で暮らせるようにしてください。病院というのは治療するためなわけですから、一生いるということは本来あり得ないわけですよね。
さらに、親の扶養下での生活やグループホームでの生活も含めて、やはり選択肢が限られている。そういう意味で、障害者自身が望む生活ができるようにしてください。
そして四つ目、脱施設化と地域での自立の生活のための国家戦略や法的枠組みがありませんね。ここがすごく大事なんです。障害者団体との協議の上で、当事者参画の下でということですね、期限付の目標基準や、人的、技術的、財政的資源を伴う脱施設化に向けた国家戦略や法的枠組みをつくった上で、自治体が義務的に実施するようにしてくださいねというふうなことや、さらには地域での支援体制を充実してください、あるいは、その認定の仕組みが医学モデルということで、非常に限られた人しかやっぱり対象になっていないというふうなことも問題指摘されて勧告を受けています。
これが以上十九条なんですが、ちょっとその地域移行の実情ということで見ていただきますと、これは厚労省の資料なんですが、二〇一一年には毎年四千八百人ぐらいの方が地域移行していたんですね、施設から。ところが、それから八年後、二〇一九年には千五百二十五人、三分の一に減っています。そういうふうに地域移行が減るから、入所施設を減らしていくということも、最初はかなり右下下がりになっていたのが鈍化していっている現状であります。
ついこの前、一月に決まったものは少し今回の総括所見を受けて若干その入所者減を増やしましょうというふうになっていますが、そのための手だてが示されていないんですね。先ほど申しましたとおり、地域移行が大幅に減少し、なかなかその脱施設が進んでいない現状です。
それで、私たちが、当事者が提案しているのは、地域移行コーディネーター制度をつくってほしいということを提案をし続けてきています。
実は、去年の十一月、障害者総合支援法の改正で、衆参で附帯決議を付けていただきました。その中で、この総括所見における指摘を踏まえて、多様な当事者の意見も踏まえた地域移行の計画を作ること。さらに、次ですね、地域生活支援拠点の役割の明確化や機能強化、拠点コーディネーターの役割の整理や配置の促進など、地域移行を効果的、計画的に推進するための方策について検討し、必要な措置を講ずることというふうになっています。
是非、この附帯決議を踏まえて、多様な当事者が参画をした検討会を政府においては立ち上げていただきたいし、国会においてはこの附帯決議がちゃんと守られているかどうかしっかり見守っていただきたいなと思います。
二つ目の大きなテーマ、インクルーシブ教育です。
分離された特別教育が存続をしている、さらに通常の学校、地域の学校はアクセスしにくくなっているということで、分離された特別支援教育をやめてインクルーシブ教育の権利を認める、そのための国家行動計画を作ってくださいということや、あるいは、普通学校への入学拒否、それをできないようにする就学拒否禁止条項みたいなものをちゃんと作ってくださいよ、本人、保護者が希望した限りは必ず地域の学校に行けるようにしてくださいということですね。
障害のある子供への合理的配慮、全ての子供にインクルーシブ教育を確保するための合理的配慮を保障してくださいということや、そのためには、通常の学校の先生も含めた先生方のインクルーシブ教育や人権モデルに関する研修をしっかりしてください、手話を言語とする教育や盲聾教育も充実してくださいということや、高等教育、そういったことも指摘を受けています。
先ほど、政府回答の中ではインクルーシブ教育は大きく前進しているという回答だったんですが、実は文科省さん自身のデータでも特別支援学校や支援学級で学ぶ子供が大きく増えている。インクルーシブ教育と逆行して分離の環境で学ぶ子供が飛躍的に増えてしまった十年だということがこのデータからも分かるんですね。
これ、幾つか新聞記事。そういった中で、特別支援学校の開校が相次ぐ。あるいは、普通学校の就学を拒否されるということで、医療的ケアのお子さんが神奈川県で裁判をしたけれども認められなかったというようなこととかですね。あるいは、合理的配慮が保障されないために普通学校を選べない。あるいは、普通学校に就学できても合理的配慮が不十分で、じゃ、親御さん付いてくださいねということがもうごくごく当たり前に言われてしまう。その中では、例えば付添い、七年間ずっと保護者が付き添わざるを得なかった。働くこともできない。
でも一方で、これは例えば大阪の豊中というところの事例なんかですけれども、医療的ケアがあるお子さんも地元の学校で学びながらちゃんと支援と合理的配慮を得ている事例もあったりするわけです。こういったことがもっともっと全国どこでもできるようにしていただきたい。
そういうことで、問われているのは分離に慣れ親しんだ社会かな。日本というのは、どうしてもちっちゃなときから分けて、その上で大人になってから共生しましょう、共に生きましょうといっても、なかなかやっぱり難しいと思うんですね。そういう意味で、分離した上で手厚くといった日本流対応をやっぱり変えていく。
何かとてつもないことを言っていると思われるかも分かりませんが、アメリカで公民権の歴史、御存じかと思いますが、一九五四年にブラウン判決というのがありました。それまでは、黒人学校と白人学校、分離しても平等だ、分離すれども平等だと言われていたのが、ブラウン判決で分離は差別であるとなってから大きく歴史が動いたんですね。
同じように、今回の総括所見は、今までの分離した上で手厚くという日本流の対応から、分離をしなくて、分離せず合理的配慮と必要な支援へと。分離した上で手厚くから、分離せず合理的配慮と必要な支援へという転換を進めていくきっかけになってほしいなと思います。
最後であります。障害者政策委員会での議論ということで、障害者基本法の改正を是非、再び、これは、これまで障害者基本法の改正というのは全会一致で、全政党の皆さんの御協力の上で進んできました。是非、二〇一一年の障害者基本法の改正の後、これは条約批准のためでした、それからもう十二年もたっているんですが、来るべき基本法の改正というのは、この総括所見を受けて条約実施のためということで、例えば児童福祉法に書いているように、障害者権利条約の精神にのっとりというふうなことを基本法に書くとか、差別の定義や障害女性の複合差別解消を明記する。あるいは、地域生活やインクルーシブ教育を原則にする。さらに、障害者政策委員会、国連からも高く評価を受けていますけれども、それを更にもっと役割、機能を明確にする。その上で、学校教育法あるいは施行令、障害者総合支援法、精神保健福祉法、各法への取組を是非お願いをしたいと思います。
あと、バリアフリー等の資料も付けておりますが、後で御覧いただければ幸いです。
是非、この何年間か全ての障害者団体が力を合わせて取り組んできたパラレルレポート、それを受けたすばらしい総括所見が出ておりますので、国会において、政府においてしっかり対応いただくことをお願いして、参考人としての発言を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。