平野貞夫の発言 (政治改革に関する特別委員会)
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○平野参考人 私は、昭和三十年代から三十三年、この衆議院事務局に勤めておりまして、皆さんのおじいさんの代から大変お世話になっております。
十二年間、参議院議員をやりまして、最初の政党は、自民党に三か月いましたんですが、後、新生党、新進党、自由党、そして民主党で引退いたしました。したがいまして、今日は党派を超えて率直な意見を申し上げたいと思います。そういうわけで、大変、これはというような話をするかも分かりませんけれども、お許しいただきたいと思います。
五法案が提出されました直接の動機というのは裏金キックバック事件だったと思いますね。この事件の本質といいますか、これをやはり理解し究明しなければ、本格的な政策、立法、体制はつくれないと思います。その本質は、どうもやはり、基本的に政治家の皆さんの前段で止まっているんじゃないかと。だから、そういう中途半端な状況の中で、果たして適切な立案、立法ができるかどうかという問題があります。まず、そういう意味で、そこのところに大きな問題があると思います。
したがいまして、率直に言いまして、自民党の国会議員の八十人以上の人が関わった集団犯罪の疑いがあるんですよ。これをうやむやにしておること、これは日本の議会の歴史で初めてですよ。もしかして検察や国税がまともなことをやっていたら自由民主党という政党の存在そのものにも関わる問題なんですよ。そういう認識をやはり国民は非常にしているものですから、なかなか世論の一つの合意ができない状況があると思うんですね。
私は、この問題を取り上げるスタートに、政治倫理審査会から始めたことに問題があると思います。それは、私、政治倫理審査会を事務局で立案した人間だからですよ。そういう残念さもあるんですが、それはともかく、こういう形で審議が始まりましたので、率直に意見を言わせていただきます。
お三人の参考人からも話が出ましたんですが、この問題の根本は、政治資金規正法の、政治資金の、個人の献金も含めまして、個人、企業、団体献金あるいはパーティーの資金、こういったものの法律での、あるいは憲法と言ってもいいですが、基本的位置づけが何かということが、当然皆さん御理解なさっていると思いますけれども、お三人の方の指摘がありましたんですけれども、ここの認識をきちっとしておかなきゃ駄目と思います。
それは、資金規正法の第二条に、民主政治の健全な発達を希求して提出される国民の浄財であるということなんですよ。ですから、政治資金の法上の、あるいは憲法上の位置づけは浄財ということなんです、基本的性格は。
議会政治というのは、歴史的に、有権者の方から出てくる浄財が元でできているものですから、しかし、その浄財が賄賂だとか悪い金だとかというふうに国民のほとんどの方が思われている、ここが問題でございまして、そこの食い違いが、調整するのは何か。それは法律や政治じゃないと思うんですよ。国民の政治教育だと思うんですよ、この問題に対する、議会に対する。それが我が国は一番遅れているんですよ、世界で。私は、自分の経験から言って申し訳ないと思っているんですが、国民の健全な政治教育ができていないというところにこの問題の根本があるということを申し上げておきます。
それから、この五法案の取扱いの問題なんですが、私は、結論を先に申しますと、各会派が話し合って、五法案の審議を継続して、結論を出すべきじゃないと思うんです。
国民は、提出されたスケールでの政治改革を期待しておりません。様々な根源になる問題の究明を期待しております。そして、国会だけじゃなくて、検察や国税のこれまでのやり方に強い不満を持っております。国会不信もあります。
なものですから、私は、国民にこれ以上の不信を募らせないようにするためには、両院議長の下に、国民が期待する新しい時代に対応できる国会となる、議会政治改革協議会という大きなものを設置して議論すべきだと思います。そこで一定の整理、一つの考え方の共有性を持って各党皆さんが具体論を考えていくような、そういう大きな問題だと思っております。今度、この問題で両院議長の顔が見えないというのは誠に残念ですよ。世界的に見ても、そう思っているんじゃないかと思います。
なぜ私がそういうことを言うかといいますと、実は、三十年前の政治改革、これでは、このときの目的というのは、冷戦が終わったという大きな変化もあったんですが、お金の問題について言えば、大バブルですね、一九八〇年代から始まった。その金権バブルの政治と金の汚れを、国民が、リクルート事件なんかが起こったものですから、不満を持って、どうそれを、政治資金の問題を整理するかということで始まったわけなんです。そういう歴史的背景があったわけなんです。そして、三十年たってそれが非常に問題になっているわけですね。
では、三十年たった今の世界あるいは日本の社会の状況は何かというと、高度情報化社会の資本主義で、とんでもなく当時と変わっておるわけなんですね。高度情報化社会の特徴というのは、御承知のように、すごい格差ですよ。しかも、行政の民営化ということで、民間に行政のできる仕事をどんどん下ろす。これは、いいこと、いい面もあると思いますよ。しかし同時に、これは金権カルト政権になりやすい。なったわけですね、我が国の場合には、宗教団体がいろいろ関わってきましたから。そうすると、これは政権交代も何もくそもないんですよ。
したがって、何のことはない、パーティーの裏金というのは、実質的に、そういう民営化したものの、税金のキックバックだったかもしれません。そういうことに対して国民は、ちょうど納税の時期と重なったものですから、すごい実感的なものを持ったと思います。
さて、皆さん、我々の今住んでいるこの日本の社会の状況がどういうものかということをよく認識された上で改革は進めなきゃ駄目だと。それは申し上げればそれだけじゃございませんですね。恐らく、消費税の増税がいろいろうわさされる中で、社会保険料の値上げの問題なんかもあって、税金をキックバックされて懐の暖かくなる上級国民と、税金を収奪される、あるいはいろいろなものを、税金と同じものを収奪される一般の庶民との格差が出た、大変な事態になっておると思いますよ。そこの上でこの問題を、国民をどう教育して、どう新しい制度をつくるかということでございますね。
それから、この問題のポイントは、収支報告に対する虚偽記載をどうするかということなんですが、実は、そのことについては、十五年前の陸山会事件が、ちょうど、虚偽報告を検察が捏造した事件なんです。私はこのときの捜査の対象になったものですから言わせていただきますが、果たしてそのときに政治も行政も正しいことをやったかどうか、ここを総括しなければ、私はやはり、この問題の本当の解決、国民が納得しないんじゃないかと思うわけでございます。
この場合、麻生政権の民主党への政権交代を阻止するということで始まった問題なんです。そして、民主党に政権が替わった後、菅政権が、その当時発生しました法務省それから最高裁、司法のある問題を使って、いわゆる小沢一郎という政治家の政界追放を図った事件です。
そして、それは、裁判になって、秘書三人は有罪になり、共謀罪を問われた小沢一郎は、検察審査会に強制捜査されて、無罪になりましたが、最終的に、いわゆる代表弁護士の弘中惇一郎さんがどういうふうな判断をしたかといいますと、彼は、あれは事件として成立しない幻の事件だったということを刑事裁判の季刊誌で述べております。そういう問題をほったらかしにしておいて新しい制度をつくるかどうかということについては、私は、やはりどうかと思います。
そのためには、やはり、大きく変わる、変わった、例えば資本主義の変わり方というのは極めて大変でございまして、私は、今の資本主義は戦争をビジネス化しているといいますか、戦争が資本主義を継続させるというような、そういうことになっておりまして、そのことの影響が様々な形で我が国の方々で出ておりまして、そのためにも、例えば政治と金の国民の信頼というのは、こんなことじゃ、やはりおかしくなると思います。
お三人から第三者機関の話がございました。そのとおりでございます。
しかし、その第三者機関も、今までも議論したんですが、行政権から独立したものじゃないと駄目だと思います。いわゆる行政権と議会というものは、ある意味で緊張があるべきものでございまして、そういう形での第三者機関であってほしいということと、それから、選挙管理もそうあるべきだと思います。それから、国政調査権の適切な機能が非常に行われていませんので、これの強化。そして、やはり多数決原理の一つの規制といいますか限界といいますか、そういうものの認識が非常に足りないようでございますので、これを十分持つ。そういう大きな政治改革の中で問題を解決していただきたいと思います。
それから、最後に申し上げたいのは、実は、今年は、議会開設建白書、自由民権運動が始まって百五十年です。これのイベントというんですか、これを国会も政党もマスコミも、高知新聞が一つやったんですけれども、やっていません。忘れています。
私は、そういう意味で、やはり国権の最高機関という憲法を作った基は、この自由民権運動をやった方たちの血と汗、そして昭和の戦争で亡くなった方たちの僕は魂だと思いますが、別の言い方をすれば、集合的無意識と言ってもいいんですが、これが作った憲法だと思いますよ。
したがって、私は、歴史に学ぶということが、日本の国民、特に議会政治教育というのがほとんどなされていないという現状が、今回のような本の、根本の原因だと思いますので、歴史に学ばない民族は滅びるということを申し上げて、終わりたいと思います。
失礼いたしました。(拍手)