平林晃の発言 (文部科学委員会)

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○平林委員 公明党の平林晃と申します。
 本日も質問の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 早速質問に入らせていただきます。
 今、鈴木委員も、ギャップということをお話をしておられました。私も、博士人材にまつわるギャップについて、少しお話をさせていただこうと思っております。
 なかなか日本の博士号取得者が増えていかないということで、先日も経済的視点ということが尾身委員の方から指摘があったところでございますが、私は、博士と社会、企業とのギャップといいますか、乖離という点に関して指摘をさせていただければと思います。
 細かい話になりますけれども、博士号を取得するためには原著論文を積み上げなければなりません。自ら論文を当然執筆をし、それを投稿して、査読と呼ばれる審査を受け、通常は、その返答を受けて修正をし、再審査を受けて合格すれば学術誌に掲載をされます。これで一本となるわけですけれども、こうした学術論文を積み上げて、大学によって示される基準、私のいた工学の分野では三本が多いと思いますけれども、そこまで積み上げて、それをまとめて博士論文を執筆し、その審査を改めて受けて、その博士の審査に合格すれば初めて博士の学位が授与されることとなります。
 この学術論文を積み上げるという作業、大変なんですけれども、時間がかかります。投稿から合格まで、最短でも半年、一年かかることも珍しくないわけでありまして、博士課程の標準年限は、工学では三年であり、あっという間に期限が迫ってまいります。こうした作業に求められる能力、私は否定をしません、私もそんなことをずっとやってきたわけですけれども。ただ、この能力が、社会が求める能力と必ずしも一致をしていないということがあると考えております。
 具体的に申し上げれば、AIのすばらしいプログラムを実装したといたします。社会的にはそれだけで十分な価値がありますが、それだけでは博士号を取得できません。それとは異なる、今申し上げた壮絶な努力を、時間とお金をかけてしなくてはいけません。一方、企業が求める価値は、プログラムであり、人材である、必ずしも博士号ではないということがあるわけです。企業の場合は、技術を開示する論文よりも、権利を保障する特許の方が重みを持たれるということもございます。
 この博士と社会の乖離を埋めていかなければ、先日御発表になられました博士人材活躍プラン、ここでの、二〇四〇年で二〇二〇年の三倍という目標がございますけれども、なかなかこれが容易ではないのではないかなと考えてしまうところでございます。乖離を埋めるために、社会の意識を変えていくことも重要でございますけれども、大学における博士号取得の基準や審査プロセスについても再考する必要があると考えております。
 関連して、四月十七日、学校教育法改正案審議でも申し上げたところでございますけれども、研究業績そのものに対する考え方の見直しが世界的に議論されております。
 以上、申し上げた問題意識、大臣も御承知だというふうに存じます。だからこそ、博士号、この度のプランの中には大学院改革にも言及をしておられます。それは、具体的にどのような改革を目指して、どのように進めていこうとされているのでしょうか、御見解を伺います。

発言情報

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発言者: 平林晃

speaker_id: 21927

日付: 2024-05-29

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会