大澤昭一の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○大澤参考人 私は、特定失踪者大澤孝司の兄の大澤昭一です。現在、八十八歳になっています。まさに弟のために長生きさせてもらっていると思いますが、現在もとにかく弟との再会まで頑張るつもりです。
本日は、本会で発言の機会をいただき、感謝申し上げます。本日は、私の弟の五十年前の失踪状況を聞いていただき、特定失踪者の現状を理解していただく参考になればと思います。
私の弟大澤孝司は、新潟県佐渡農地事務所で農業土木技師として勤務中の昭和四十九年二月二十四日、新穂の荒井焼き肉店で夕食を食べ、食べたし、帰って寝るかとの言葉を残して、夜六時半頃、徒歩十分ほどの道のりの職員寮に向かって歩き出し、じきに行きつけの床屋のおばさんに会い、今帰るの、お休みと声をかけ合って、次に、猟期の終わった猟銃登録証を返納すべく、猟友会長の余湖さんの店に立ち寄り、奥さんに、主人に渡してと託して、店に入る二、三人連れと交錯しながら店を出て、その後、弟の姿は誰も見ていません。
まさにここで拉致されていると思っています。うちの弟は、拉致としても、当日の最終行動の出発点から終わりまで分かる、特定失踪者の中でも珍しい事件だと思います。
後日、荒井焼き肉店のおばさんから、孝司が数日前、知人から、農地を整備したいから手伝ってほしいと依頼され、指定された打合せの場に出向くと、現場が日本ではなく北朝鮮で、どうするか迷っていたとの話を聞きました。これは、事件性からいって、まさに、いろいろな県で事件が起きている誘いかけ事件の典型的なものだと思っております。
これが拉致の現状ですが、五十年前の事件発生直後は、これにいろいろな状況のいろいろな情報が混じって、私も当時、拉致という話を信じることもできず、弟が自殺したとさえ思って、ただ海に、山に、鉱山跡地を捜し回っていました。
こんなとき、親戚の二家から、県警幹部に知り合いがいることが分かり、早速お願いしてもらった。最終地点の余湖さんの店先で聞いたタイヤのきしむ音と交通事故がつながるか等については、調査してもらったが、単なる交通事故ではありませんでした。ほかに、行方不明事件として捜索を進めてもらった。その後、捜索の成果を待ったが、永々調査中の返事が続いた。数年たって、あの事件は難しい不思議な事件との返事をもらったが、余り詳しくは話してくれなかった。
そんな状況が続き、平成十四年、小泉訪朝で金正日が拉致を認め、曽我さん、蓮池さんの生存が発表され、大澤孝司についても、当時の平山新潟県知事が話をされ、弟もこれだと県警本部長に再調査の申請をした。
私も、当時六十五歳となり、今後は弟の救出運動に励もうと、結成されたばかりの特定失踪者問題調査会に加入。運動を始めると、孝司のことを気にしていた同級生、職場の同僚などが集まって、大澤孝司さんと再会する会を結成していただき、運動を続けています。
救出、再会を目指して署名運動、広報活動等に励みますが、私たちの意見は政府が信じてくれません。
また、政府は、認定、未認定にかかわらず全ての被害者の救出と言ってくれますが、特定失踪者と政府認定被害者の差は余りにも大きく、政府が北朝鮮と交渉の際の名簿にも私たち特定失踪者の名簿が載っているのか、何人なのか、全体で何人なのかさえ分かりません。また、総理大臣面会もかなえてもらえません。等々あります。
こんな状況からはい上がるのは認定されるしかないと思い、認定のための運動を続けています。
幸い、昨年四月の拉致特別委員会で、当時の新潟県出身の梅谷守議員が大澤孝司の認定についてただしてくださり、その際、政府は、新潟県警の判断によって認定もあり得るとの返答をいただき、また、その際、証拠といっても数十年前の話で出にくいから、状況証拠で政治判断してもらいたいとのお話もありましたので、昨年六月、当時の状況証拠として、当日の最終行動の荒井焼き肉店から余湖飲食店までの行動と、大澤家の親戚続きの県警の幹部に依頼したことを状況証拠として政治判断して認定くださるよう要請しましたが、八月、認定に値する確たる証拠がないとの回答がありました。
確たる証拠とはとただすと、孝司の生存する目撃証言など、はっきりとした証拠がない限り駄目と言われました。また、その際、拉致ではないという証拠があるのかと聞くと、拉致ではないという証拠もないということでした。
また、その後、幸いに、孝司が北朝鮮の農村部で農地に関する仕事をしていて、定年を迎えてそこで生活しているとの情報が入りましたが、これも情報でしかありません。
これやかれやで、是非、この情報を精査して、弟を捜し出して日本に連れ戻してください。私も八十八歳ですが、弟との再会まで何とか頑張ります。是非ここで皆様方が突破口を開けてください。
特定失踪者については、証拠がない、証拠がないとよく言われますが、北朝鮮側も証拠がないように綿密な計画を立て、拉致を実行します。そして、成果はあります。私たち家族にとっては奪われたというはっきりとした成果もありますが、それでも政府は証拠がないと言い続けます。証拠がないとばかり言い続けないで、日本人を、一人でも多くの日本人を救出するために、是非政府がもっと深く取り組んで調査して救ってもらいたいと思います。
現に、国連は、日本人拉致被害者は百人以上いると言われています。この点からも、日本政府も国連と協調して、日本人を、一人でも多くの日本人を救出してくださるよう、皆様の御協力をお願いいたします。
私も八十八歳、弟も私より十歳若く七十八歳です。北朝鮮の健康寿命としてはもう限度です。ともかく時間はありません。皆様の御協力をお願いいたします。(拍手)