菊池馨実の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(菊池馨実君) 早稲田大学、菊池でございます。よろしくお願いいたします。
今般法案審議がなされています生活困窮者自立支援法、生活保護法の見直しに向けた議論は、令和三年十月から生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理のための検討会ワーキンググループで開始されました。私は社会保障法学を専攻する法学研究者ですが、この検討会の構成員として参画し、令和四年四月に生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理をまとめました。
次いで、この論点整理を踏まえ、社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会で議論を開始しました。私は平成二十九年に開催された第一回部会から委員として参画しておりましたが、令和四年六月の第十四回部会から始まった今回の見直し議論では、部会長として意見調整に当たらせていただきました。以来二年近く、合計十五回にわたり熱心な議論が行われ、令和四年十二月に中間取りまとめ、令和五年十二月に最終取りまとめを行いました。
本法案は審議会の最終報告書の内容に即したものであり、ここで若干意見を述べさせていただきます。
まず、生活困窮者自立支援法等の前回改正は平成三十年に行われました。お手元に簡単なレジュメを置かせていただいております。その際の主要改正項目は、生活困窮者自立支援法二条に基本理念の規定を追加したこと、また、生活困窮者の定義を見直し、経済的困窮に至る要因として就労の状況、心身の状況、地域社会との関係性その他の事情を明記することで、経済的困窮をそれをもたらし得る諸状況と関連付けることにより、経済的困窮に陥る可能性のある状況を広く同法の支援対象に含み得るという解釈を可能にし、支援の可能性が拡大したことでした。
そのほかにも、生活困窮者自立支援制度と生活保護制度の連携や、任意事業である就労準備支援事業、家計改善支援事業の一体的実施の促進、子どもの学習・生活支援事業の拡充、一時生活支援事業の拡充、福祉事務所を設置していない町村による相談支援の実施などを含むものであり、今回の法案もこうした平成三十年改正の延長線上に位置付けられる改正であると捉えられます。
審議会での議論は、地域や自治体の第一線で支援に当たっておられる実務家の委員が多いこともあり、平成三十年の前回改正後の各法の施行状況に加え、新型コロナウイルス感染症の感染拡大下において生活困窮者自立支援制度等がどのような役割を担いどのような課題が顕在化したかを踏まえ、現場の熱気が伝わる雰囲気の中で行われました。
この間、生活保護の受給者数自体はそれほど増加しなかったものの、生活困窮者支援の窓口における相談件数や生活困窮者住居確保給付金の支給件数などは飛躍的に増大し、社会福祉協議会が行った生活福祉資金の特例貸付けの件数も合計三百八十万件を超える状況となりました。仮に生活困窮者自立支援制度を始めとするいわゆる第二のセーフティーネットが整備されていなかったら、コロナ禍にあって、自治体や支援の現場はもちろん、日本社会全体が大混乱に陥ったのではないかと想像されます。それゆえ、平成二十七年施行された生活困窮者自立支援法は、我が国の社会保障制度の歴史的展開にあって、画期を成すものであったと言うことができます。
また、審議会の議論の中で、個人事業主、外国人、若年層からの相談が増加するなど相談者の属性の多様化や、三つ以上の生活課題を抱える相談者が半数以上に増加するなど相談内容の複雑化も明らかになり、このような状況に対応した支援の在り方やセーフティーネットの在り方を検討する視点からの制度改正の必要性についても活発な議論が交わされました。
さて、本法案の特徴の一つは、居住支援に焦点を当てた点です。
私自身参画している内閣官房の全世代型社会保障構築会議が令和四年十二月に報告書を取りまとめた際、独居高齢者、生活困窮者を始めとする地域住民が安心して日々の生活を営むことができるよう、入居後の総合的な生活支援も含めて、地域住民の生活を維持するための基盤となる住まいが確保されるための環境整備が必要であるとされ、住まい支援を社会保障の重要な課題として位置付けることが明記されました。これを受けて、令和五年には、省庁間の縦割りを超えて厚労省、国交省、法務省の三省合同の検討会も開催され、去る二月、中間とりまとめが出されています。我々の部会も、この三省合同検討会と連携しながら議論を進めてきました。
生活を支える基本要素として衣食住が挙げられますが、このうち住まいについては、戦後以来、国の政策として公営住宅と持家施策が主流であり、社会保障制度としての位置付けは希薄でした。今回、住まい保障のための施策として家賃負担軽減のための給付の仕組みの在り方が重要な論点となり、本法案では、家賃負担を軽減するため、低廉な家賃の住宅への引っ越し費用を補助できるよう、住居確保給付金の拡充が盛り込まれました。コロナ禍で一定の役割を果たした住居確保給付金の役割を更に広げる改正と評価できます。
ただし、単身高齢者の増加、持家率の低下といった状況の中、所得再分配政策としての給付の仕組みだけでは、生活困窮者や高齢者などが賃貸住宅を借りることができないという課題自体は解決されません。そこで必要なのは、生活困窮者や高齢者などの賃貸住宅への入居に対する大家さんの不安感を払拭し、地域の中で支え合いながら安定した居住環境を確保していくことです。
本法案では、生活困窮者の自立相談支援機関や重層的支援体制整備事業を通じて住まいに関する相談支援を行うことの明確化や、生活困窮者及び被保護者への見守り支援の強化などを通じて地域とつながりながら住宅確保が困難な方への居住支援を行うという重要な改正が盛り込まれています。今国会に上程されている国交省所管の住宅セーフティーネット法改正法案に盛り込まれている居住サポート住宅等の仕組みとも併せて、本法案により住まい支援が前進していくことを期待しています。
また、本法案のもう一つの柱である子供の貧困の対応に関して申し上げますと、生活保護を受給している子育て世帯に対し、訪問などのアウトリーチ型手法により学習、生活環境の改善、進路選択、奨学金の活用などに関する相談、助言を行うことができる事業の創設や、生活保護受給世帯の子供が高等学校などを卒業した後の新生活の立ち上げ費用に対する支援について、これまで大学進学等のみが対象となっていたものを、就職の場合も対象とする内容が盛り込まれました。これらの改正は、子供本人の希望に沿った進路選択を平等に支援し、自立を後押しし、貧困の連鎖を断ち切ることに資するものと考えます。
なお、生活保護受給世帯の大学等への進学支援の充実も審議会では論点となりました。ただ、大学等への進学支援の充実は一般世帯にも共通する課題であり、教育施策の中で幅広く検討すべきであるとまとめさせていただいています。
このほか、本法案では、例えば注目すべき改正として、平成二十五年、生活困窮者自立支援法の制定当初、被保護者は制度の対象の射程外として整理されていたものの、今般、生活困窮者自立支援制度に位置付けられる就労準備支援、家計改善支援、地域居住支援について、被保護者も支援可能とする改正を盛り込んでいます。この改正は、平成二十五年の制定時には実現がかなわず宿題となっていた課題であり、自立相談支援事業は生活保護ケースワークとの重なりがありますので依然として認めておりませんが、今回一定の対応をしたものと評価できるとともに、被保護者に対し、就労による経済的自立のみならず、日常生活における自立や社会生活における自立も含む自立支援を強化すべきとして行われてきた取組の一つの出口となり得るような改正と評価できます。
また、本法案においては、生活困窮者への支援方針の検討や地域における生活困窮者への支援体制の整備に関する議論を行う支援会議設置の努力義務化と併せて、これまでケースワーカーが担ってきた複雑な課題を抱える被保護者への支援方針の検討や地域における被保護者への支援体制整備に関する議論を行う会議体の新たな創設が盛り込まれています。
こうした会議体については、こういったものがなくても関係機関の連携はできるのではないかという声もありますが、複雑な課題を抱える方の支援に当たっては、自治体の庁内の関係部署だけではなく民間団体との連携も必要になる中で、官民が円滑に情報共有を行うには、構成員に法的な守秘義務を掛けた会議体が重要なツールになり得ます。
とはいえ、昨今の法改正により社会福祉法の支援会議や孤独・孤立対策推進法の孤独・孤立対策地域協議会など類似の会議体が次々に法定化されており、同じ案件について幾つも会議を別々に開催するのは非効率であることから、本法案にはこれらの会議体同士の連携を図る努力義務についても盛り込まれています。実際には、各自治体の特徴を生かし、どの会議体を軸に据え、あるいは相互の役割分担をどうするかなど自治体の独自性や創意工夫に期待する部分も大きく、本法案の改正と相まって、地域における様々な主体が相互に連携し、互いに支え合う地域づくりの後押しとなることを期待したいと思います。
なお、生活保護ケースワークは、従前、ともすれば他の施策から孤立した形での対応を余儀なくされ、ケースワーカーの過重負担となっていたとの実態があり、さきに述べた生活困窮者自立支援制度の各事業の活用とともに、生活保護受給世帯を地域の中、連携の中で支えていく体制づくりがこういった新たなその会議体の設置を機に加速化することを期待したいと考えています。
総じて本法案は、居住支援を始めとする生活困窮者や被保護者への各種の支援策を地域の実情に応じてより一層充実させるものであり、そうしたことと併せて、他制度や他施策との連携を深めつつ、個々人が主体性を持って自らの幸福を追求し、自らの生き方を選び取っていけるようにするための個別的な支援を更に一歩前進させていく方向にあるものであり、憲法十三条の幸福追求権、個人の自律を軸として社会保障を再構成してきた私の持論ないし構想からしても高く評価できるものと考えております。
とはいえ、特に人が人を支える支援においては、全国一律の給付を半ば義務的に全ての国民に行き渡らせるといった手法は取りづらく、法律を改正しただけですぐに困難を抱えた全ての住民に対する具体的な支援内容まで変わるわけではありません。この改正が形だけのメニュー変更にとどまることなく各自治体において着実に実行されるよう、改正の趣旨の周知や具体的なノウハウの提供も含め、国において必要な支援が行われることを期待しております。
最後に、今後の展望について述べさせていただきます。
そもそも、生活困窮者自立支援制度は、従来の社会保障の捉え方が二十一世紀を機に社会が大きく変容する中で限界を迎えつつある状況の中から誕生したものです。すなわち、日本の社会保障制度は、老齢や障害、疾病、失業、労働災害といった経済的困窮をもたらし得る社会的リスクの発生に際しての所得やサービスなどの給付として理解されてきました。
しかしながら、こうした事故又はリスクに対する保障というセーフティーネット的な捉え方、それはもちろん大事ですが、それだけでは本人の自立や成長、発達、社会とのつながりの回復といった観点とは結び付きにくく、こうした所得保障やサービス保障といった物質的ニーズを一方的に充足する保障方法である給付のみでは、孤独、孤立の問題、社会とのつながりの断絶などの問題に対応することができないことが、特にいわゆるリーマン・ショック以降明らかになりました。また、世帯が抱える問題が多様化し複合化していく中で、個別制度の谷間に落ちて支援に結び付かないケースも目立ってきました。
こうした局面を迎える中で、社会保障を単に給付につなげるための仕組みとしてでなく、社会とのつながりを奪われた人が、人と人の支え合い、つまり一方的でなく双方向の支援関係の中で再び社会とのつながりを回復し、地域で自己実現を図ることを可能にする社会的包摂の実現を目指したことが生活困窮者自立支援法の重要な意義であり、その予算規模にもかかわらず、戦後、社会保障の歴史的展開に画期を成す重要な立法と位置付けられます。このような法の基礎となる考え方は、その後の社会福祉法改正などに基づく地域共生社会の理念の広がりにおいて維持され、更に広がりを見せています。
この点にも関連して、審議会の議論では、本法案が前提としている単身高齢世帯が増加の一途をたどっていくという今後の見通しの下では、生活困窮者自立支援法における生活困窮者の範囲を経済的困窮者に限定せず、社会的孤立を含むより広い対象に捉え直す必要があるという意見も有力に展開されておりました。こうした問題意識は、法の制定時から検討課題として議論され続けてきたものでもあります。
本法案の先にあるのは、こうした生活困窮者自立支援制度の更なる見直しを含めた社会的孤立の問題への包括的な取組であり、住まい支援の先にあるいわゆる高齢者等の身寄り問題への対応や、令和八年に予定されている民法改正による成年後見制度見直しとも関連した権利擁護支援の仕組みの充実とも関連して、政府を挙げた取組が求められています。
そうした死後事務の処理まで見据えた支援体制の整備により、戦後日本を含む先進各国の社会保障制度の構築に多大な影響を与えたと言われるウィリアム・ビバレッジが言うところの揺り籠から墓場までの社会保障制度、給付のみならず個別的、包括的相談支援まで含めた社会保障制度が、人口減少社会日本にあって、ひとまず、完結とまでは言えないにせよ、一定の到達段階に達するのではないかと考えます。今後、検討が更に深められていくことを期待しております。
以上でございます。