井原聰の発言 (内閣委員会)
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○参考人(井原聰君) 御紹介にあずかりました井原聰と申します。
この度、本法案に対する意見を申し述べる機会を与えていただき、感謝申し上げます。
私は、科学とは何か、技術とは何かを問うために科学史、技術史を研究してまいりました。科学者が戦争に協力した歴史を振り返ると、二度と過ちを繰り返さないために、科学者は常にいかにあり、いかになすべきかを問わなければなりません。
先端分野の革新的技術、AI、量子、宇宙航空、海洋、生命科学分野は、欧米ではデュアルではありますが、れっきとした軍事用として位置付けられています。しかし、日本ではデュアルと称して民生用技術の側面があえて強調されてきました。無論、民生用として機能しないわけではありませんから、軍事に転用される危険性のあることを認識していないと危険です。とりわけ、憲法に戦争権限が定められた軍隊を持つ米国で発達してきた軍事制度の一部とも言えるセキュリティークリアランス制度を日本では軍事には関係ないと殊更に強調されるので、私は警戒心を持たざるを得ません。
これまでの衆参内閣委員会の御議論では、法案成立以降、有識者に意見を聴いた上で運用基準を策定し、閣議決定するというフレーズが政府側答弁で多出しました。参院内閣委員会のこれまでの審議時間二十数時間のうちに、政府と議員の間で運用基準という文言が実に二百二十回を超えて飛び交いました。本法案の肝ともいうべき重要な内容が具体的に示されず、運用基準や政省令が決めていくという議会制民主主義を形骸化するような法案審議に驚きを禁じ得ません。政府に丸投げの法案ではありませんかと詰問する議員もおられました。
本法案は、法案の枠組みだけが示され、政府の恣意的な運用を可能にする立て付けになっています。十年前の特定秘密保護法、以下、特秘法と呼びます、の折には、それでも、曲がりなりにも法案の概要が事前に公表され、僅か二週間ではありましたけれども、パブリックコメントにかけられてから国会へ法案が提出されましたが、本法案にはそうした手続もなく、批判の声が上がるいとまも与えないスピード感があります。
さて、政府に秘密情報があることを私も否定するものではありません。安全保障とはレベルが違いますが、学術分野でも秘密があります。研究のプライオリティーを確保したり、各種共同研究実施に関わって秘密保持契約が結ばれることがあります。また、利益相反を管理したり、研究の公正性、透明性を確保するために研究インテグリティーを自律的に確保していく取組がなされています。内外の共同研究や研究交流にあっては、大学や研究機関がガイドラインを作っています。そのために、秘密保持契約、共同研究か否かにかかわらず、成果有体物移転契約、宣誓書、誓約書などが作られたりしますが、違約すれば損害賠償の対象になり、研究者生命が絶たれることもあります。
大学や研究機関にとって、どのような内容を秘密保持に盛り込むのかは個別具体的です。研究機関名、予算額、研究計画、研究課題名、研究成果の発表、博士論文の審査、ノウハウ情報、契約情報などが検討の対象となります。安全保障とレベルが違うとはいえ、ガイドラインに具体的な基準もなく手を突っ込むことになるセキュリティークリアランス制度は、学術研究体制に大いなる攪乱をもたらすことになるでしょう。大学や研究機関の当事者の意見を聴取しないまま本法案を成立させては、禍根を残すことになります。
ところで、国が機微情報を提供する適合事業者はどのようにピックアップするのでしょうか。また、どのように研究者をピックアップし、あなたは適性評価の対象者になりましたと告知するのでしょうか。シンクタンクによって集約、選別がなされ、政府がより取り見取りで指定するとでも言うのでしょうか。その手続や基準も示されておらず、一部の研究目利きにげたを預けるとすれば、先端分野の食い散らかしが起き、結果としてますます日本の研究力の劣化が進行するでしょう。加えて、特許非公開や研究を機密の中に囲い込んでしまえば、健全な産業の発達にも重大な影響が出てくるものと考えられます。
また、適合事業者となるには管理運営のどのレベルの承認が必要となるのでしょうか。ある程度上意下達のある企業と違って、大学ではどこまでがセキュリティークリアランスを必要とするのか、研究の自由や種々のガイドラインとも関わり問題が少なくありません。政府による大学のガバナンス強化とも関わり、学長、副学長、担当理事、部局長なのか、それ自体が大学運営を変質させるものとなるでしょう。
これまで度々指摘されてきましたが、適性評価に不同意の場合、不利益にならない保証はなく、適性評価を受けた研究者が研究遂行途中で研究の方針を変えるような場合、離脱の自由があるとはいえ、大学と政府、研究者と政府との間の秘密保持契約の内容に規制されてしまうおそれが危惧されます。秘密保持契約の内容、その枠組みさえ示されていません。当事者任せだとすれば、情報を提供する政府側の要請が強く働き、受ける側が不利になることも考えられ、政府の恣意的な運用を規制する仕組みが不可欠です。
ところで、提供される経済安保秘密情報は明示されるのでしょうか。その定義は極めて抽象的でしかなく、自衛隊で起きた秘密漏えい事件では、当事者たちは何が秘密であったのかが分からなかったとさえ言われていますので、自覚のないままに漏えいする危険性が排除できないつくりとなっています。
適性評価を得られなかった事業者所属の研究者を受入れ可能な研究機関に移籍することもあり得るとまで有識者会議では語られています。先端科学技術分野で起きるこうした制度的攪乱は、日本の学術研究体制に大きな影響を及ぼすことになりかねません。機微情報を受け入れた先端科学技術分野は、閉鎖的研究環境となり、研究交流を遮断され、研究の批判者がなく、独善的な研究の迷宮に入り込む危険性があり、かつての核兵器のようなモンスターを先端分野で出現させないとも限りません。
先頃話題になった映画「オッペンハイマー」は、そうそうたる現代史家が書いた「アメリカン・プロメテウス」が基になっていますので、史実としては確かな部分も多いものです。この映画にはたくさんの方の批評がなされています。朝日新聞デジタル版に竹田ダニエルさんが、科学者がいかに政治に絡め取られ、自分の意図とは懸け離れた形でいかに政治が冷酷に、者がいかに政治に絡め取られ、自分の意図とは懸け離れた形でいかに政治が冷酷に進んでいくかをこの映画が描いている点も興味深かった、今の科学分野におけるアカデミアと軍事の密接なつながりの問題にも通底していると述べています。これに呼応して増田ユリヤさんが、私が一番恐ろしいと思ったのは竹田氏も指摘している政治と研究との関係だ、研究成果を生かすも殺すも、それを決めるのは研究者ではなく政治家なのだと言い、さらに、毎日新聞社の映画情報サイトで記者千葉紀和さんは、映画「オッペンハイマー」は、科学者の倫理とともに、科学と政治のありようも問いかけている、あの時代の米国の話ではなく、現代を生きる私たちの問題として受け止めたいとも述べて、今日の研究者の在り方に言及しています。真摯に受け止めなければと改めて感じました。
五十年ほど前になりますが、マンハッタン計画資料が解禁されるとすぐに関係資料を取り寄せて調査したことがあります。竹田さんや増田さんが鋭く洞察されたように、マンハッタン計画の研究者たちは軍部と一部の権限を持った政治家の統治の下にあり、それから一歩も外に出ることができませんでした。マンハッタン計画では、厳しい情報管理と秘密保全体制が取られ、機微情報に関わる内容が含まれていると判明した書籍だと知られると、秘密全体、秘密保全体制、あっ、その書籍は図書館から姿を消したばかりか、過去に誰が借り出したか、閲覧履歴まで調査されました。今日の日本でいえば、図書館の自由宣言を侵し、知る権利の剥奪の見本のようなものでした。歯止めのない本法案では、適性評価で時にはどのような書籍を読んでいたのかまで調査されないとも限りません。何しろ、事件をでっち上げて冤罪事件を起こしても、大川原化工機事件のように関係者の処罰さえ行わない現状があるからです。
さて、本法案は軍事研究とは関係がないと政府は述べていますが、米国重要・新興技術国家戦略二〇二〇に示された重要技術分野をそっくり取り込んだ日本の特定重要技術開発はまさに日米の国家戦略の線上にあり、岸田・バイデン共同声明による日米共同研究開発はそのことを明瞭に示すものとなりました。シームレスな共同研究のためにも、それに参入しようとするスタートアップ企業や軍需工業部門にとってセキュリティークリアランスが不可欠となっていると言えます。
ちなみに、有識者会議に報告された企業側の二社の声です。一社目、相手国の国防調達に相手国企業の下請として参加しようとしたが、セキュリティークリアランスを保有していなかったため詳細な情報が渡されずに苦労した。もう一社は、相手国の国防省関係のビジネスは増加傾向であり、更なる業務獲得、円滑化のためにはクリアランスが必要とする。軍事産業への参入を希望する企業の声なのです。
ところが、特秘法とシームレスに運用することが語られ、運用基準も特秘法を参考にして作ると言われています。その運用基準は、当時の世論に配慮してか、まず、拡張解釈の禁止並びに基本的人権及び報道、取材の自由の尊重などるる述べられていますが、しかしこれを担保する仕掛けはありません。行政文書の書換え、捏造、消去はおろか、憲法すら閣議決定で踏みにじってしまう政権があるとすれば、恣意的運用に待ったを掛け、違反者を罰する権限を持った仕組みが不可欠で、これを欠落させた法律は危険極まりなく、廃案にすべきです。
適性評価では、プライバシーの保護、目的外利用の禁止の項目が挙げられています。本法案の第十二条二項では七項目の調査項目が示されていますが、内心の自由を調査する究極のプライバシー侵害、基本的人権の侵害のおそれがあり、侵害を監査する権限を持った機関が欠落しています。個人情報保護法では要配慮個人情報とされている項目です。その上、適性評価を希望する本人の承諾が得られれば、家族、親族、同僚、隣人その他の承諾は必要なく個人情報を申告させるという、戦前の密告社会をほうふつとさせる仕組みになっています。
本法案は、コンフィデンシャル、取扱注意、マル秘級まで秘密情報にしてしまう一方、経済安保情報でもトップシークレット、シークレットに相当するものは特秘法の運用基準を改定して特秘、特定秘密として扱うとしています。
本法案は特秘法の大幅な拡大版と言えるもので、研究者が引き返せないような危険な仕掛けと、学術体制を攪乱し、研究力は言うに及ばず、産業の健全な発展をも阻害することが危惧されます。また、多くの事業者の経営情報を報告させ、内閣府に一手集約する前代未聞の仕組みは、経済の国家統制への仕掛けともなり得る危険をはらんだもので、廃案を強く求めるものです。
以上で私の発言を終わります。御清聴ありがとうございました。