宮島清の発言 (内閣委員会)
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○参考人(宮島清君) ありがとうございます。
鬼木先生のおとといの審議は映像で見てまいりました。また、公務員の出身であるということで、親近感を覚えさせていただきました。
相反する両方の価値をどう折り合いを付けるかということがテーマであると。子供にとってみれば、全て黒かのように疑うということをしなければならない。でも、冤罪のような状況をつくり、その人が実際行っていないのにかかわらずレッテルが貼られて、あるいはそのことが伝わり、その人が御自分の人生を棒に振る、あるいは、その人には御家族があるかもしれませんので、その奥様や例えばお子さんも排除されてしまうと、こういう例は絶対に避けなければならないというふうに思います。先ほど申し上げましたように、そういう社会は子供にとって生きやすい社会ではないので、目の前の本当に危機だけを見て考えてはいけないというふうに思います。
ただ、疑いという場合は、でもですね、疑いを持っただけでは動かないということではあってはいけないですよね。疑いがあったら動くんだと。ただ、その動き方は違うということになるだろうと思います。
やはり、先ほども申し上げましたけど、業務として疑わなければならないと、だからお尋ねしますということが当然入ってこなければいけません。ですから、まず、この法案が成り立ったときに、照会の義務がある、それだけやっぱり子供の性被害とかそういったことは重大なことなので、そのことをあなたに採用に当たってもお聞きしますということもやっぱりしなければならないことだと思うんですね。
照会回答で幾つかの内容が開示されると、そこであるなしだけでいいんじゃないかというような論調も一年前ぐらいにはあったかに思います。しかし、あるなしだけでは、例えば管理者とその仕事をしようという希望する方との話合いはできないですよね。きちんとそういったことも聞いたり確かめたりするということが必要だと思います。
実際に委員会の、有識者会議の中でのヒアリングで、児童養護施設の団体の方等が、面接に当たってそういうことは聞きづらいということをおっしゃっていました。やはり、このことが通ったときにはそういったことを、あなた個人の問題ではなくて、ちゃんと子供を守り、その仕組みとして尋ねなければならないということが、実際的に行動でスタートするということの意義は非常に大きいというふうに思います。
そのほか、様々な面で疑いだけでもできることは実はたくさんあるということ、そのことを意識して進めなければならないのではないかというふうに考えます。
以上でございます。