平岩俊司の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)

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○参考人(平岩俊司君) ありがとうございます。
 本当、申し訳ございません。ちょっと、申し訳ございません、遅れまして。
 私の方からお話しさせていただくのは、北朝鮮にとっての日朝関係といいますか、日本と北朝鮮のその関係正常化がどういう意味を持つのかということについてお話をさせていただきたいと思います。
 これまで、御案内のとおり、日本と北朝鮮との関係が大きく動きましたのは三回ぐらいだと思います。
 まず最初は、一九九〇年の冷戦が終わった、冷戦の終結のそのプロセスで大きく国際関係が動いたタイミングであります。このときは、一九九〇年に金丸元自民党副総裁が北朝鮮を訪問しまして、九一年から九二年にかけて合計八回の日朝国交正常化交渉が行われました。それが、残念ながら、第八回でその国交正常化交渉を中断するわけですけれども、そのときのその北朝鮮側の理由、中断させる理由というのがまさにその拉致問題でありまして、当時は北朝鮮は拉致そのものを認めておりませんでしたので、もう拉致問題にこれ以上こだわるのであれば国交正常化を交渉する必要がないと、そういうことで、向こう側から一方的にその交渉を中断したと、そういう経緯がありました。
 次に大きく動きましたのは、もう御案内のとおり、二〇〇二年の小泉総理の北朝鮮訪問であります。このときに、北朝鮮側は金正日、当時のその金正日総書記、日本との関係でいえば国防委員会の委員長でありますけれども、この金正日国防委員会の委員長が、拉致の事実を認めて謝罪をし、再発防止を誓い、それで国交正常化交渉に進むと、そういう流れであったわけですけれども、残念ながら、北朝鮮側が認めた拉致の事実に関連して、到底日本側として受け入れられるような事実関係では、事実関係を認定するような資料ではなかったということで、拉致問題というものが国民の関心事にもなって、日朝関係の極めて大きな問題となったということであります。
 その後、いろいろありましたけれども、その次に大きく動き始めたのが二〇一四年であります。このときは、外務省の伊原アジア大洋州局長と、それから小野啓一アジア大洋州北東アジア課長ですか、このお二人が様々な形でその尽力をされて日朝交渉を、日朝関係を動かして、それまで拉致問題は解決済みであったというふうに主張していた北朝鮮が、その立場は変わらないけれども、もう一度その調査をしようということで再調査から始まったという、そういう動きがございます。これも残念ながら大きな結果を残すことなく現在に至ると。その後、北朝鮮の核ミサイルの問題というのが紛糾をいたしまして、大きく進展することはないという状況に至っているということであります。
 これらのこの三回のもう北朝鮮側が積極的に動いた大きな理由というものは、いずれも日本と韓国、ごめんなさい、日本と北朝鮮の国交正常化、これがその視野に入っているからこそ北朝鮮側からすれば動いたということが言えるんだろうと思います。
 北朝鮮にとっての日本との関係、日朝関係というものが、彼らは御案内のとおり、一九一〇年の韓国併合によって自分たちはその植民地統治下に置かれたのだと、日本によってその植民地統治下に置かれたんだと、これを、この状態がずっと続いているというのが彼らの主張であります。日本は、韓国との間は一九六五年で国交正常化はしましたが、北朝鮮については、三十八度線以北については白紙という立場を取っておりますので、北朝鮮側からすれば一九一〇年の状態が今まで続いているということになるわけであります。
 ですから、その北朝鮮からすれば、日本との関係正常化というのはまさにこの一九一〇年以来の植民地統治を含めた関係の正常化ということになりますので、これは、日本側の立場は違いますけれども、いわゆるその賠償というのが彼らの立場であります。
 これは、日本外交、日本外務省としては極めて私はうまく対応したと思うのは、二〇〇二年の小泉総理の、先ほども少し出ておりましたけれども、日朝平壌宣言であります。この日朝平壌宣言、いろんな評価はありますけれども、私は、極めて高く評価するのは、この日朝平壌宣言の中で、いわゆるその北朝鮮との関係正常化について、国交正常化の後の経済協力、この方式を北朝鮮側に認めさせたことだと思っております。
 これは、一九六五年の日韓国交正常化も、いわゆる賠償ではなくて国交正常化の後の経済協力ということで、一九一〇年については、日本側としてはその当時の国際法の観点からいって決して不法行為ではないという立場を貫いておりますから、当然その北朝鮮との間にもこうした立場を維持するというのが日本側の立場でしたので、この小泉総理の訪朝に際して取り交わされた日朝平壌宣言、この中で経済協力方式による関係正常化ということが明記されたということは極めて大きな意義があったというふうに私は思っております。
 いずれにせよ、北朝鮮からすれば、本来、賠償であろうが経済協力であろうが、日本から当然もらっていい、もらうべきお金というのが彼らのその動機ということなんだろうと思います。
 ですから、一九九〇年は、これは冷戦の終結のプロセスですから、大きな動きの中でということで、それから二回目の小泉総理の訪朝、これに関しても、国交正常化を視野に入れるということを小泉総理は繰り返しおっしゃっておりましたので、北朝鮮側からすれば、条件がクリアできれば国交正常化をして、そして、そのときではまだ賠償なのか経済協力というのは決まっておりませんでしたけれども、いずれにせよ、日本側からその大規模な経済協力、お金が入ってくるというその動機があったんだろうと思います。
 それから、二〇一四年も、これは御記憶にあるかと思いますけれども、拉致問題だけではなくて、日本人妻の帰国の問題、それから終戦、第二次世界大戦の終戦のときに北朝鮮地域で亡くなられた日本人のお墓、亡くなられた方のお墓への墓参の問題、それから特定失踪者の、日本側で言うところの特定失踪者の方々の問題、それから拉致被害者の方々の問題と、この四つを進めて国交正常化に導こうというある種の日本側の立て付けといいますか、そうした仕掛けに対して北朝鮮側が大きく動いたということなんだろうと思います。
 しかしながら、その後、当然、日本側が納得するような結果が出なかったということで、うまく動かなかったということは事実なんですけれども、北朝鮮側がその日朝交渉にある程度積極的に臨む大きな動機というのは、やはり国交正常化とその後に続く経済協力ということなんだろうと思います。ですから、例えば、昨今、去年の五月に、岸田総理が国民大集会の後に、自分直属のスタッフが動くんだというようなことを言い、日朝関係が少し動き始めたという報道がございますけれども、そのときの北朝鮮側の反応も、やはり国交正常化を視野に入れたものなんだろうと思います。
 今年に入って三つほど、金与正副部長ですけれども、北朝鮮の最高指導者である金正恩委員長の妹が三つぐらい談話を出すんですけれども、この中で注目されるのは、拉致問題は既に解決済みだというところで、ここ、すごく注目されて、北朝鮮が姿勢変わっていないなというところは問題なんですけれども、同時に、自分たちの防衛権といいますか、自分たちが自分たちを守る権利があるんだということを繰り返し言うわけであります。これは、今彼らが繰り返し行っているミサイル発射実験であるとか国防力強化の事案に関して日本側がちゃんと理解をしろというふうに言うわけで、これは、日本側が提示をしている拉致、核、ミサイル、この問題が解決した後に国交正常化をして、国交正常化の後に経済協力というこの立て付けに見事に応えているといいますか、私の見方でいうと、日本側の主張は北朝鮮側に見事に伝わっていて、この拉致、核、ミサイルの問題が解決しなければ国交正常化はしないし、その後の経済協力も得られないということは彼らにはよく分かっているということがこの三つの談話からよく分かることだろうと思います。
 ただ、それを前提にいたしまして、やはり我々考えなければいけないのは、やはり北朝鮮を動かすためには、もちろんその拉致問題、極めて重要な問題ですし、時間が限られているということも当然ですけれども、やはりそれを動かすためには、仮に条件が整えば国交正常化をするというその覚悟が日本にはあるのだという、その覚悟を見せることがやはり北朝鮮側を動かす一つの日本側の働きかけということになるんだろうというふうに思います。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 平岩俊司

speaker_id: 15593

日付: 2024-06-07

院: 参議院

会議名: 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会