佐藤聡の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)
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○参考人(佐藤聡君) 皆さん、こんにちは。DPI日本会議の事務局長、佐藤聡と申します。
本日は、すばらしい機会をつくっていただきまして、誠にありがとうございます。私は、今日の日を本当に楽しみにやってまいりました。
今日は、パワーポイントを用意しました。お手元にも資料を配付していただきましたので、日本のユニバーサルデザイン、バリアフリーの現状の課題ということでお話をさせていただきます。(資料映写)
私は今年で五十七なんですけれども、元々障害はなかったんですが、九歳のときにけがをしまして、車椅子に乗っております。そこから、普通の小学校は、当時、車椅子だと入れてもらえませんでしたので、特別支援学校に四年間いて、それから、ラッキーなことに、新潟なんですけれども、地元の中学の校長先生が受け入れてくれて、それは本当に珍しくて、新潟で私だけだったと思いますけれども、普通の学校に行けることができて、そのおかげで高校も行って、大学は関西の方に行きました。十年前から今のDPIに移って活動をしております。
DPIは障害当事者の団体で、一九八一年に国際的な組織ができたんですけれども、日本は八六年にできました。九十一の全国の障害者団体が加盟してくれて、一緒に活動しております。
今日は、三つお話しします。まず一つ目が、今の日本のユニバーサルデザイン、バリアフリーの状況ですね。二つ目が、進展していないものはどういったものかというところ。三つ目が、全体を通してのまとめになります。
まず一つ目です。最初にクイズなんです。クイズと言っておきながら、皆さんのお手元に答えが書いてあるんですけれども、一九九〇年、今から三十四年前ですけれども、東京は四百七十四駅があったんですね。エレベーターが普通に付いていて自由に乗り降りできる、そういうバリアフリー化された駅はどのぐらいあると思いますか。
これ、いつも講演するときに聞くんですけど、大体多くは一〇%ぐらいというふうに答える方が多いですね。答えはゼロなんですね。一駅もなかったんですね。正確に言いますと、荷物用のエレベーターというのがあって、駅員さんに頼むと、それを使わせてもらったりとか、あるいは車椅子対応のエスカレーターというのがあったりとか、階段昇降機とか、そういったものもありましたけれども、多くは何もありませんので、駅員さんとか通行人の人にお願いして抱えてもらうという形で乗っていました。
これがその頃の写真なんですけれども、駅に行くということはもう階段が必ずありますので、通行人の人にお願いして車椅子をこうやって抱えてもらうというのが当たり前の時代だったんですね。この頃、駅に電車を乗りに行くと、駅員さんにもういつも言われたんですね。何で車椅子で来るんだと、もうこんな混んでいるときに車椅子で来ちゃ駄目でしょうと、あんた一人かと、介助者も連れずに一人で来ているのかと、乗ってもいいけど手伝わないよということをもう毎回言われたんですね。
中には差別的なことも言われますから、そうしたら、もう言い返さないといけませんから、もう電車に乗るということは駅員とけんかしに行くという、そういうことでした。私は全然けんかしたくないので、ああ、今日、電車乗らなあかんという日は、もう朝から気が重かったわけですね。本当に気合を入れないと駅には行けない。もう非常に駅が怖いところでしたね。
じゃ、今どういう状況かといいますと、国交省が毎年データを出してくれるんですけれども、昨年の三月時点で東京は七百五十九駅がありまして、どのぐらいバリアフリー化されたか、九三・九%ですね。もうほとんどの駅にエレベーターあります。もうエレベーターない駅を探すのが難しいぐらいですね。大阪は八三・七、愛知県は七五という形で、都市部はどんどん良くなっています。
何でこういうふうに都市部どんどん良くなってきたかという、その僅か三十四年で、全くどこも行けなかった、車椅子乗ったらどこも行けなかった町が今やどこでも行ける町に変わったんですね。何で劇的にこんな変わったかというと、大きく言うと三つあります。
一つは、バリアフリー法を作っていただいたことです。二〇〇〇年に交通バリアフリー法を作っていただいて、二〇〇六年に改正されて今のバリアフリー法になったんですけれども、一日の乗降客五千人以上の駅を十年間の目標数値を定めてバリアフリー化していこうという、そういう政策をやっていただきました。これでもう格段に整備が進んでいったんですね。
ちょっと法律の流れを見ますと、二〇〇〇年がバリアフリー法ですけれども、その前に大阪と兵庫県で福祉のまちづくり条例というのができて、ここで初めて公共交通機関のバリアフリー整備というのが言われるようになったんですね。そこから、オリパラの前に、二〇一八年と二〇年、二回バリアフリー法を改正していただいて、これでまた更に進展いたしました。
この三十数年で何でこんなに良くなったかという二点目は、補助制度ですね。これは、バリアフリー化をする、エレベーターを付けたりホームドアを付ける、そういった補助金を国がつくってくださって、国が三分の一、地方公共団体が三分の一、事業者は三分の一の負担で整備できる、そういう仕組みをつくっていただいた。これがとても推進力になったというふうに思います。
三点目ですけれども、近年整備が更に良くなっているんですけど、これは東京二〇二〇オリンピック・パラリンピックですね、このときに、日本全体をユニバーサルな社会にしよう、バリアフリーを高めていこうという機運を高めていただいて、それでいろんな制度、バリアフリー法を二回改正しましたし、基準は細かく定められているんですけれども、それも物すごいたくさん見直したんですね。それによって大きく良くなりました。
ちょっと特徴的なのは新幹線と特急ですね。今までは、新幹線、東海道新幹線は千三百二十三席あったんですけれども、車椅子席は一、二席しかなかったんですね。ですので、例えば車椅子、三人ぐらい友達で旅行に行こうとしたら、全員別々の新幹線に乗って行くんですよ。一緒に旅を楽しむということはできない。もう現地集合、現地解散なんですね。それが基準を見直していただいて、千一席以上は六席、五百から千席の車両は四席、五百席未満は三席というふうに変えてもらいました。これは特急も同じ基準です。
これがN七〇〇Sの車椅子スペースです。六席、まあ物すごく広いんですけれども、これがJR東海さんが造ってくださって、みんなで乗りに行ったんですけど、そのとき、もう本当にここに入ってうれしかったですね。今まではもう一席しか二席しかなくて、しかも自動ドアですよね、新幹線は。そうすると、そこで、ぎりぎりのところに車椅子スペースがあるんで、私がこうやって本とか読もうとして動くと、反応してドアが開いちゃうんですね。そうして、夏とかは、せっかく冷房が効いているのに、うるさくなったりするんで、ドアが開かないように、もう動かないように動かないようにじっとしている、そういうところだったのが、もう今ではそれもちゃんと車椅子席にいたら反応しないようにセンサーも変えていただいて、六席で、もう車椅子の人六人でも一緒に旅行ができるような、そういうすばらしい車両になりました。
これは北陸・上越新幹線のE七系ですね。こちらは九百席ぐらいかな、の車両ですので四席というふうになっています。こういうふうに今まで車椅子で向かい合ってしゃべるということはできなかったんですけれども、そういうのができるようなレイアウトになりました。
これは特急です。一番最初に新しい基準で作ってくれたのはJR東海さんで、HC八五系という、特急「ひだ」と「南紀」という車両で導入されました。
これは東武ですね。スペーシアXという、去年から走り出したんですけど、こちらも三席作っていただきました。
こういうふうにバリアフリーが進展したんですけれども、もう一つ大事なのは、オリパラのときに当事者参画という意識がすごく高まったんですね。
例えば、国立競技場なんですけれども、これを造るときに、元々のガイドラインもすばらしくいいものを、世界の基準を踏まえたものを作ったんですけれども、プラス、いろんな障害者とか高齢者、子育てのグループの人が一緒に入って、ユニバーサルデザインワークショップというのをやったんですね。ここで、これがとっても良かったんです。
基本設計の段階から守秘義務契約を結んで、設計の人がちゃんと出てきてくれて、図面も見せてもらって、それでみんなで、ここをこうしてほしいとか、これを盛り込んでほしいということを言って、それで設計の人がちゃんとそれを応えて、議論をして造っていくということができました。毎回三時間ぐらいやったんですけど、これ全部で二十一回やりました。とっても大変だったんですけれども、すばらしいのができました。日本でようやく世界の基準を満たしたスタジアムというのができたんですね。
車椅子席が五百席あります、国際的には〇・五%以上というのが標準的な基準なんですけれども。様々な工夫がされています。これが一階の、車椅子が入ったらぐるっとこのフィールドを囲んで一周、車椅子席になっています。こういうふうに視界が物すごくいいんですね。これ、車椅子の人が国立競技場に行くと、みんな感動したと言います。すごく見やすいということを言ってくれます。前の手すりをちゃんと遮らないようにしたりとか、いろんな工夫がしています。
あと、精神障害とか発達障害の人は人混みだと疲れてしまうんですね。少し気持ちを落ち着けさせるようにカームダウン・クールダウン室というものも作りました。あとは、子育てをしている車椅子ユーザーの女性がいて、子供のおむつ交換、車椅子でできるものがほとんどないんだという話をして、じゃ、それは是非入れましょうということでこれを入れてもらいました。あとは、トイレ、バリアフリートイレもたくさんあるんですけれども、LGBTQの方も使えるようにジェンダーフリートイレというものも作ったり、あとは補助犬用のトイレというものも作りました。
こういうふうに国立競技場はとっても良くなったんですけども、この良くなったポイントが三つあるんですね。
一つは、まず、ユニバーサルデザインで設計するということを入札の要件に入れていたんですね。二つ目が、東京オリパラのときの施設整備のバリアフリーガイドラインを東京二〇二〇アクセシビリティ・ガイドラインというんですけど、これ、世界基準で作ったので日本のバリアフリーよりずっといい基準だったんですけれども、これを守って造った。そして、いろんな障害者が意見を言う、そういう仕組みをつくる。この三つを入札の要件に入れたということです。
次は、進展していないものなんですけれども、これは建物です。
今写真ありますけれども、よくあるお店、飲食店なんですけれども、よく見るとこれ、入口の手前のところに段差がありますね、十センチぐらいある。これがあるともう電動車椅子は入れません。お店の中にもこういうふうに中に段差があるところはよくありますね。さらに、これ見ていただくと、椅子が全部固定なんですね。車椅子が入れるスペースは一つもないです。ですから、このお店になったらもう絶対入れないわけなんですね。
こういうふうに、日本のお店、小規模店舗というのは、バリアフリーなお店はほとんど増えていないです。新築で今建てられても、ほとんどバリアフリー化されたものは増えてこないという状況です。ですから、私たち友達三人ぐらいで御飯食べに行こうといったら、もう入れるお店探すのは至難の業ですね。ほとんどありません。何を食べたいかでは選べなくて、入れるお店で私たちは選んでいるんですね。
アメリカに行ったときに驚いたんですけれども、アメリカってどのお店でも入れるんですよ、車椅子で。入口でメニューを見て、あっ、シーフードでおいしそうだなと思ったら、そこに入れるんですね。もう驚きました。あっ、食べたいものでお店選んでいいんだなと思ったんですよ。あっ、人間ってこんなに自由に生きれるんだというのにアメリカに行って初めて気が付きました。そのぐらい衝撃でした。それは、アメリカではADAという法律があって、それで障害者が利用できないお店は差別ですよということで、ちゃんと人権を保障しているんですね。
日本の場合は、小規模のお店のバリアフリーの義務基準というのがないんですね。そのため、全然増えてこないという状況があります。ですから、最低限の義務基準というのを是非今後作っていただきたい。そういうふうにしたら、十年、二十年後は、鉄道と同じように、もっといい社会に変わっていくというふうに思います。
あとは、国立競技場のスタジアムが良くなったという話をしたんですけれども、ほかは余り良くなくて、例えば、これはサントリーホール、とっても有名なホールですけれども、車椅子席はどこにあるかといいますと、この写真でいうと両サイド、右と左に少し、二階にちょっとだけなんですね。こういう感じです。左側に私がいますけれども、壁際なんですね。壁際だから、音も余り良くないんですね。期待して行ったけど、何か余り良くないなという感じでした。介助者の席もないですね。隣に並べないという、そういう造りです。
これはオリパラの会場になった東京体育館、改修前の二〇一七年の状態なんですけど、これ是非皆さん見ていただきたいのは、普通は、こうやってコート、バレーボールやっていますけど、ちゃんとこういうふうに見えるんですね。でも、車椅子の席から見るとどうなるかというと、見えないんですよ。何かここにある。これ何かといいますと、手すりなんですね。車椅子の目の高さに手すりがある。それでもう全然見えなくなっちゃっているんですね。これ、本人に聞けば、車椅子に聞けば、もう見えないというのは分かるんですけど、全くそういうことをやってこなかった。
これは千葉マリンスタジアムですけど、ここも同じように、場所はすごくいいんですよ、バックネットにあってよく見えるんですけれども、バッターが何も見えないという、こういう状態です。こういうのがたくさんあって、東京ドームも同じ感じなんですね。
これはサイトラインといいまして、前の人が立ち上がっても車椅子で見えるように高低差を付けなさいという、これが国際的なルールで、国立競技場もこれを守って造ったので、とってもよく見えるようになっています。ただ、これはまだ、今、義務基準にはなっていないので、席はあっても、盛り上がってみんな立っちゃうと何も見えないという状況になっております。
最後、まとめなんですけれども、公共交通機関は本当にどんどん良くなっているんですが、建物はほとんど進展していないという状態です。それは、飲食店とか小規模の店舗もそうですし、賃貸住宅も、引っ越ししようと思って家を探すのが本当に大変なんです。今、サイトでバリアフリーというのをチェックして選べるんですけれども、選んでみると、写真があって、見ると玄関に階段があるんですね。もう全然バリアフリーじゃないんです。よく分からずにそういうチェックをしているんだと思いますね。そういうふうに、いろんな建物関係が今、日本では大きく遅れているという状況です。
あとは、ちょっと見ていただきたいのは鉄道なんですけれども、電車に乗るときにホームに段差と隙間がありますので、駅員さんに呼んであのスロープを持ってきてもらって乗っているんですけれども、実はもうアジアのほとんどの都市は段差を解消しているんです。日本でも、これは丸ノ内線、この国会議事堂前の駅の丸ノ内線ですけど、ここをよく見ていただくと、二か所だけなんですけれども、ホームが少しかさ上げしてあるんですね。スロープになって、ここであれば駅員さん呼ばなくても自分で乗り降りできます。
これはソウルの地下鉄です。去年の夏に行ったんですけれども、ちょっと分かりにくいんですけど、こういうふうに横から見るとほぼ段差なし、隙間も数センチですから、駅員さん呼ばなくても自由に乗り降りできる。駅員さん呼ぶのは、有り難いんですけれども、待たないといけないんですね。降りる駅まで連絡が付いて、駅員の配置が整わないと降りれない。だから、乗るのにもう何本も待たなければいけない。それが、段差解消することでこういった問題なくなる。
これは台北の地下鉄です。こちらももう段差なくて、車椅子でちゃんと乗り降りできる。これが今やもう国際的な標準になっていて、日本も段差三センチ、隙間七センチという目安を作ってもらったんですけども、これがまだ進展していないというところが大きな課題だと思います。
たくさんしゃべって時間になってしまいましたけれども、あとはデータ的なものを付けております。リフト付きのバスとか、いろんな車両も開発されていますので、是非これを普及を進めていっていただきたいというふうに思っています。
課題は、都市部は良くなったんですけれども、地方のバリアフリーが進んでいない。都市部は九十数%なんですけれども、三千人未満の駅でいうとバリアフリー化が二五・五というふうにとっても遅れている、そういう状況です。
では、時間になりましたので、これで終わりたいと思います。ありがとうございました。