橘幸信の発言 (憲法審査会)
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○橘法制局長 衆議院法制局の橘でございます。
枝野会長を始め幹事会の先生方の御指示によりまして、本日は、衆議院の解散、特にその限界と制限の是非を中心とした議論について御報告をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
早速ですが、お手元配付の資料一ページを御覧願います。
まず序論として、解散の意義と機能について御報告申し上げます。
解散とは、全ての議員について、その任期満了前に議員としての身分を失わせる行為でございます。
このような議会の解散は、君主主権の時代においては、君主による議会に対する制裁措置と観念されておりましたので、基本的に非民主的な性格を持つものでございました。
しかし、国民主権の下での議院内閣制においては、議会と政府との間の紛争解決の手段として、また、選挙後に生じた新たな争点に対して民意を問うための手段、いわば国民投票の代用手段として、さらに、少数与党の場合などにおける議会多数派の形成や、与党内部の造反抑制を通じた政権基盤の強化、すなわち内閣安定化の手段といった機能を持つものと整理され、解散の民主的な機能を強調する見解が一般的になってまいりました。
しかしながら、解散は、国民から一定の任期をもって選出された議員をその任期前に一斉に身分を失わせる行為ですから、依然として非民主的な性格を失ってはいないのであって、本日のテーマの根底には、議会の解散の二つの側面、すなわち非民主的な性格と民主的な機能とが横たわっていると言っても過言ではないと思います。このどちらの側面を強調するかが、解散権の限界と制限に関する本日の様々な論点についての分水嶺になってくるものと思料するところです。
次に、資料二ページを御覧ください。
衆議院解散に関する重要条文の一つである憲法六十九条の制定経緯について図表化したものです。
憲法六十九条の制定過程において、GHQ側は一貫して、解散権は内閣にあって、それが行使されるのは内閣不信任決議案可決等の場合に限定されるものと考えていたようでございます。この資料の左側の英文で、「the Cabinet shall order the Diet to dissolve」とか「the Cabinet dissolves the House of Representatives」として、内閣は不信任決議案可決等の場合に国会あるいは衆議院に解散を命ずべしとしていたからです。
しかし、その日本語訳において日本側は、これまた一貫して、不信任決議案可決等の場合に、衆議院が解散されない限り内閣は総辞職すべしとして、内閣総辞職の条件文の中で衆議院解散に言及する形を取っておりました。このような文章構造によって、解散の主語を明示せず、また、解散がこの場合に限定されるのかどうかを曖昧にしていたのです。帝国議会での答弁で、金森徳次郎大臣も、解散の原因や条件は別段規定していないと述べているところです。
次に、資料三ページを御覧ください。
このようにしてでき上がった現行憲法には、衆議院の解散に言及する条文は四か条ございます。四十五条と五十四条は、今申し上げた六十九条と同様に、衆議院の解散は条件文の形で規定されており、その主語は明示されておりません。
他方、七条だけは、天皇を主語として、衆議院を解散すると能動態で書いてありますから、これは根拠になりそうです。しかし、象徴天皇制の下では、天皇の国事行為は、それ自体が名目的な権限であり、その実質的な権限の所在、根拠はこれとは別の条項にあると考えるのが一般的な解釈ですから、これも直ちには根拠にはなり難いとされ、結果的には、現行憲法では解散権の所在も根拠も明確ではないと思われたのでした。
そこで、解散権はどの国家機関にあるのか、またその憲法上の根拠は何かが問題となってまいります。
資料四ページを御覧ください。
まず、解散権の所在が内閣にあることについては、学説、政府見解共に一致しております。一部に、衆議院自ら、すなわち衆議院の決議による自律的な解散を認める見解もございますが、これはごく少数説とされています。
したがって、問題はその根拠になります。
GHQと同様に、六十九条説も唱えられておりますが、学説の通説及び政府見解は、先ほど見た七条三号の天皇の国事行為が名目的なものであることを前提としつつも、その実質的な権限を、七条の柱書きにある内閣の助言と承認に求めています。
これに対しては、七条はその全体が形式的、儀礼的なものであり、その柱書きの助言と承認に実質的な決定権を読み込むことは技巧的で適当ではないとして、そもそも、議院内閣制や権力分立といった日本国憲法の採用する権力相互間のチェック・アンド・バランスの制度から内閣の解散権を導き出す制度説も有力です。
資料五ページは、解散詔書に掲げられた解散の根拠条文がこの議論の一端を示すことを表したものです。
第一回解散の際は占領下でしたので、六十九条説を取るGHQの示唆に従って、内閣不信任決議案を可決した上での解散とし、その解散詔書でも、日本国憲法第六十九条及び第七条により衆議院を解散すると記載されておりました。
ところが、第二回解散以降今日まで、六十九条による不信任決議案可決の場合も含めて、解散詔書には、日本国憲法第七条によりとしか記載されないようになっております。解散の根拠はあくまでも七条だということです。
次に、資料六ページを御覧ください。
以上の解散権の所在と根拠に関する議論を踏まえて、いよいよ問題となってくるのは、そのような解散権行使に限界はあるのかということです。
まず、制定経緯から引きずっている問題が、解散権行使は六十九条の場合に限定されるのか、限定されないのかということです。解散権の根拠を六十九条に求める場合には、それが行使できる場面も六十九条の場合に限られるとするのが素直でしょうし、他方、七条説や制度説の立場からすると、六十九条の場合には限られないとするのが素直でしょう。
しかし、六十九条以外の解散を認めることは、直ちにその行使に限界がないと考えることになるわけではございません。
そこで、資料七ページを御覧ください。
政府見解は、解散は内閣が政治的責任において決すべき事柄であり、憲法上、その行使に制約はないと述べています。典型的な無制限説です。
学説でも、国民の意思に基づく政治の実現のためには、内閣に自由な解散権を認めた方がよいとする見解があります。冒頭に申し上げた、解散の民主的機能を重視する見解と言えます。
次に、資料八ページを御覧ください。
これに対して、一般の有力な学説においては、解散の民主的機能を重視するのであれば、むしろその民主的機能が期待される場合にのみ解散は限られるべきであって、解散権行使にはそのような憲法習律上、すなわち慣習上などの制約があると述べています。
例えば、芦部信喜先生は、一つ、不信任決議案の可決と同視されるような、内閣の重要案件が衆議院で否決された場合、二つ、政界再編等で内閣の性格が基本的に変化した場合、三つ、内閣がその基本政策を根本的に変更するとか、さきの選挙の争点とならなかった重大な課題が出てきて民意を問う必要がある場合、四つ、面白いのは、議員の任期満了時期が近づいてきた場合などを挙げております。
また、保利茂元衆議院議長は、議長在職中に、当時の衆議院法制局の幹部と相談しながら、「解散権について」との文書をまとめており、亡くなられた後に、議長秘書だった岸本弘一さんが、保利元議長の遺稿、遺言としてこれを公表し、解散権濫用の戒めとしてよく引用されています。
次に、資料九ページを御覧ください。
以上の解釈論を踏まえて、これまで議論されてきた解散権制限に関する立法論について御報告申し上げます。先生方の御議論に資するよう、論点を三つに因数分解して御報告申し上げたいと存じます。
一つ目は、そもそも解散権を制限することの是非についてです。その上で、二つ目として、解散権を制限すべきと考える場合に問題となる論点として、まず、制限の法形式について、憲法改正によるべきか、それとも法律による対応が適当かという論点がございます。さらに、三つ目として、その制限の具体的方法として、解散できる場合を限定列挙する形で実体的に制限するのか、それとも解散の手続を制限するのかといった論点がございます。
二つ目の論点と三つ目の論点は、論理的には順列組合せで四通りありますが、一般的には、憲法改正の場合は実体的制限と、また、法律改正の場合には手続的な制限と結びつきやすい傾向にあると言えます。
資料十ページは、一つ目の論点、制限の是非についてです。
解散権を制限すべき理由としてよく挙げられるのは、与党に有利なタイミングを選んでの党利党略での解散が横行する可能性、傾向があり、何らかの歯止めが必要ということです。他方、制限に否定的な立場からは、議院内閣制や権力分立における内閣と衆議院のチェック・アンド・バランスの原則、両者の対等性などが挙げられます。
次に、資料十一ページを御覧ください。
二つ目の論点、制限の法形式としては、憲法改正による対応が可能なことはもちろんですが、法律レベルでの対応が可能かどうかが問題となります。
この点について、都立大の木村草太先生は、解散理由の衆議院での説明といった手続的制限であれば、解散権自体を制限するものではなく、違憲の評価は受けないと述べています。さらに、早稲田大学の長谷部恭男先生は、憲法上、政府や首相に与えられた権限を法律で制約している例は内閣法等にしばしば見られるものであるとして、解散権行使を実体的に制限する法律を制定することも現行憲法の枠内で可能であることを示唆しております。
その上で、資料十二ページと十三ページに、三つ目の論点、制限の具体的方法に関する提案を掲げておきました。
まず、資料十二ページの、解散権を行使できる場合を限定列挙する実体的制限ですが、これによって何が恣意的な解散なのかを判断する基準が生まれる意義は大きいと述べられています。しかし、その限定列挙に該当するかどうかは結局は内閣の判断に委ねられることになるのであり、恣意的解散の余地を排除することは困難といった批判もなされています。
また、そもそも憲法改正によって、解散は、六十九条の場合や、これに加えて自律的解散の場合に限定すべきといった提案もなされているところです。
次に、資料十三ページには、手続的制限に関して唱えられている二つの手法を掲載しました。
一つ目は、内閣が解散権を行使しようとする場合には、衆議院に解散理由を示して、その解散に大義があるかどうか審議する機会を与えるというものです。もう一つの案は、解散決定から投票日までに一定の間隔を置かせることによって、与党に有利な不意打ち的な解散を抑制しようというものです。
なお、資料十四ページには、緊急事態における解散権制限といった特殊な場面における解散権制限の議論をまとめておきました。
ちなみに、緊急事態において解散権を制限することとした場合、内閣と衆議院との間のチェック・アンド・バランスの対抗手段として位置づけられている衆議院側の内閣不信任決議権についても同時に制限する必要があるのかどうかといった付随的な論点もあり、本審査会でもしばしば議論がなされてきたところです。
最後に、資料十五ページを御覧ください。
日本国憲法下でなされた二十六回の解散の一覧表ですが、これに関して四点、補足説明をさせていただきたいと存じます。
まず第一点は、六十九条の内閣不信任決議案可決による衆議院解散は、網がけ部分の四例があること。第二点目は、これまでの解散は全て国会開会中に行われていること。閉会中にも解散できるか、またそれが適当かについては議論があるところです。第三点目は、解散詔書の朗読は本会議で行われるのが通例ですが、議長応接室に各会派の代表者を呼んで行われたことも三例ございます。最後の四点目としては、第二次小泉内閣で行われた二〇〇五年八月八日の有名な郵政解散は、衆議院では僅差で可決された郵政民営化法案が参議院で否決されたことを契機として衆議院が解散されたというもので、解散権行使が、内閣と衆議院との関係のみならず、参議院を含めた国会全体との関係においても問題となり得るとの大きな問題提起を含んだ解散で、これを憲法上どのように位置づけるべきか、議論がなされてきているところです。
以上、本日は、衆議院の解散、特にその限界と制限の是非を中心とした議論について御報告をさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。(拍手)