根本拓の発言 (原子力問題調査特別委員会)
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○根本(拓)委員 ありがとうございます。
今御回答いただいたことは非常に重要だと思っていまして、リボルビングドアというのは回転ドアなので、行ったり来たりがあるもの、これをリボルビングドア。アメリカでは、政府にいた人が民間に入って、民間にいた人が政府にまた入る、これをリボルビングドアと言うわけであって、片道切符の場合はリボルビングドアとは言わない、ドアは回転しなくて、ドアの入口からもう一方に行くだけなので、リボルビングドアとは言わないと思うんですね。
実質的に考えても、規制される側から規制する側に回ったときに本当に忖度をするのかどうかというのは、必ずしもそうとは限らないと思っていまして、規制される側にいたからこそ政策というのをよく分かっていて、より効果的な規制ができるという側面もあるように思っております。
また、原子力政策、人材の確保は難しいという話、育成が難しいという話、先ほど坂本委員からもありましたけれども、原子力政策に精通している人材の確保という観点からも、経産省で原子力政策を担当していた方が規制庁に行くということは一定の合理性があるように思われます。
もちろん、規制がゆがめられたり緩められたりするような、そういったことには十分注意する必要があるかと思いますけれども、一方で、事実は正確に把握した上で人事に関する議論というのは進められていくべきであると思いますし、片道切符で規制庁に移っておられる幹部の方たちが不当にバイアスがかかった目で見られないように、注意はする必要があるのかなと思っております。
続いて、原子力安全規制についてお伺いしたいと思います。
まず、日本と国際社会における原子力安全規制に関する考え方の乖離の有無という点についてお伺いします。
原子力発電所の再稼働を進めていくためには、安全性に対して地域住民の皆さんの理解を得ていくということが非常に重要で、そのためには、政府がどのような考え方に基づいて、どのような目標を持って規制をデザインし、その執行によってどのような状態ができるようになるのかということを明確に伝えていくという必要があるかと思っております。
そこで、規制の基本的な考え方についてなのですけれども、同じく六月三日、先日の委員会において、近藤参考人から、アメリカやイギリスなどの国際社会における原子力安全規制の基本哲学は、比例原則の下、ゼロリスクを目指すのではなく、合理的に達成可能な限りのリスク低減を原理として規制活動を行うということであって、これが国際的に確立された考え方であるということを指摘なさいました。
これに対して、原子力基本法を見てみますと、エネルギーとしての原子力利用は、事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って行うものとされていて、参考人からは、国際的に認められている原則との乖離があるということが指摘されました。
そこでお伺いしたいのですが、規制委員会としても、国際社会において確立された考え方若しくはイギリス、アメリカにおいて採用されている考え方と、日本の原子力安全規制の基本的な考え方の間に乖離やそごがあるというように認識をなさっておられるのでしょうか。もしその二つの考え方にそごなり乖離があるという場合に、その二つの考え方のいずれに立つかによって、実際の規制のデザインだとか執行にどのような差が出てくるのか、この点についてもお伺いできればと思います。